突き詰めた「好き」、行き着いた“勝てる”Web制作。地元密着実現への勝算
札幌市の中心部に事務所を構え、クライアントに寄り添ったWeb制作に励んでいる株式会社サーハビー。代表取締役の野々村 研太郎(ののむら けんたろう)さんは、11年間飲食店を経営してきたことで得たコミュニケーション能力や、テレビ番組「TVチャンピオン『デブ飯料理人選手権』」で初代チャンピオンになった貴重な経験を持ち味に、クライアントの課題解決に尽力しています。会社設立までのストーリーや展望についてお話を伺いました。
「自分で何かをやりたい」にこだわり、仲間と始めたWebマガジン。知ったWebの魅力
どんなきっかけでWeb制作の世界に興味を持ったのですか?
高校生の頃から将来仕事に就くなら、普通に就職するのではなく自分で会社を起こしたいと考えていました。東京の大学卒業後、一度就職したのですがやっぱり違うと感じ3カ月で退職。そして始めたのが当時ではまだ珍しかったWebマガジン制作でした。
音楽情報をメインにファッションやイベント、ショップ情報など若者がおもしろいと思う情報を自分たちで取材して隔月で配信していました。自分では手応えを感じていたのですが、当時はまだインターネットが普及し始めた時代でなかなか収益化にはいたらず、結局約1年で廃刊になってしまいました。しかし、Web制作の技術とおもしろさを知る最初の一歩となったことは間違いないですね。
フリーターをしながらも確実に積み上げていったWeb制作の技術
Webマガジン廃刊後はどのような働き方をされたのですか?
音楽イベントのバイトをしながら知人のWeb制作会社の仕事の一部を個人で請け負っていました。いわば半ばフリーターのような生活を29歳まで続けていたのですが、30歳になるときに「このままバイトに頼る生活を続けるのはよくない」と考え、小さなWeb制作会社に就職したんです。
そこは残業時間も多いせいか離職率も高く、気づけば古株になっていました。人手が足りなかったこともあり、デザインだけでなくシステムの仕事も自然と覚え、Web制作に関わる技術を幅広く得られました。この会社では約5年間お世話になったのですが、ここでの経験がなければ今の会社は絶対に立ち上げられなかったと思っています。
「本当に自分がやりたいことは何?」。“サザエさん症候群”機に選んだ札幌でのカフェ経営
会社設立の直前まではカフェ経営をされていたそうですね。
私の物事の考え方のベースは“自分も周りも楽しめること”なんです。しかし、2回目の就職から約4年たった頃、それが叶わなくなっていたんです。立場上、社長と部下の間で板挟みになる場面が多く、多少なりともストレスがありました。当時、子供が生まれたことも要因の一つかもしれませんが毎週日曜の夕方、翌日からの出社を考えると憂鬱になってしまう、いわゆる“サザエさん症候群”になっていたんです。
そこからカフェ経営に踏み切るにはどんな経緯があったのですか?
35歳のときに、「本当に自分がやりたいことは何?」と自問自答しました。自分には音楽、アート、フィギュア、コーヒー、料理、といったたくさんの“好き”がある。“好き”に囲まれて集まる人々がみな楽しいと感じる空間、それらをすべて叶える仕事の形はなんだろうと考え、たどり着いたのがカフェでした。カフェという空間で自分の好きなアートやフィギュアを飾り、こだわりのコーヒーや得意な料理を振る舞いながら、ときには自分や知人のライブを開催する。店が暇な時間帯を利用すればWeb制作の仕事を個人でも続けられる。そんな風に仕事をしていくことが本当にやりたいことの具現化なのだと確信し、人生の分岐点にカフェ経営に踏み出す選択をしました。
人生の分岐点に札幌をえらんだ理由は何ですか?
北海道音更町出身で北海道に馴染みがあったことや、子育てには東京よりも地方がいいと思っていたことがきっかけです。また、お店をやるならある程度人口の多い街がいいとも考えていたので、札幌がベストだという結論にいたりました。
そこから11年間はカフェ経営を本業としつつも自分のお店や知人のお店のHPを制作したり、ロゴをデザインしたりするなど、Webやデザインの仕事には何かしら携わっていました。
Web制作の経験が料理人選手権優勝の鍵?そのこころは
カフェ経営で得たことは何ですか?
コミュニケーション能力とスピーチ力ですね。あと、ちょっと自慢になってしまうのですが、実は2018年に放送されたテレビ番組「TVチャンピオン極〜KIWAMI〜『デブ飯料理人選手権』」で初代チャンピオンになっているんです。「CAFEサーハビー」の料理人として出場したのですが、何度か対戦をしていくうちに不思議と勝算が見えました。
見えた「勝算」とは?
実はこの選手権とWeb制作は同じものの考え方で勝てたのです。選手権では、調理中のどの工程がカメラに映ればベストパフォーマンスを見せられるか、今回の審査員たちはどんな層か、北海道産食材の魅力をどうアピールするかなど、多角的に計算して挑みました。Webを制作するときにどう見せれば企業やショップの魅力をよりベストな形で引き出せるか、閲覧者の目を引くことができるかを考えるのと同じ感覚なんです。「デブ飯料理人選手権」初代チャンピオンの功績は、今のWeb制作にもしっかりと生かされています。
カフェの取り壊しが転機、芽生えた想い。「勝てるサイト」で顧客を後押し
11年間のカフェ経営を経て、現在の会社設立にいたった経緯を教えてください。
20年2月、カフェが入っているビルの取り壊しの知らせが届きました。突然、移転か閉店を決めなくてはならなくなったんです。一生この店でお客さんや仲間と楽しく過ごせると思っていただけに残念に思う反面、もう一つ別の思いが湧き上がってきたんです。店という枠にとらわれず、今よりももっと自由に挑戦していける機会なのではないかと。
これまで手放さなかったWeb制作という仕事を思う存分やってみたくなりました。そして事務所を借りて株式会社サーハビーを誕生させたのが20年の11月。世の中はコロナ禍の真っ最中だったのでオンラインでの仕事が普及していたのも手伝って、仕事は道外からも順調に入ってきました。知人やクライアントからの紹介で案件数やジャンルの幅も広がってきています。
現在の事業内容と業務体制についてお教えください。
Web制作・Webデザイン・Web運用がメインです。これまでの受けたのは、水産加工ショップのECサイト、情報誌のオウンドメデイア、ハウスメーカー、「子ども食堂」など多岐に渡っています。サイトをデザインして構築するだけじゃなく関連するサイトのディレクションと運用も承っています。
スバリ、御社の強みは何ですか?
キーワードでいうなら「安心」と「勝つ」。安心して任せてもらえることと勝てるサイトを作ること。弊社にWebサイト制作や運用を任せることでクライアントは安心と時間を得られ、業務効率化が可能になります。もちろん売上アップを狙った“勝てるサイト”を提案いたします。
一度チャンピオン(デブ飯料理人初代チャンピオン)になったという大きな成功体験があるからこそ「野々村さんは『勝つ』感覚が身についているね」とよくいわれるんです。あの時の功績がクライアントからの「信頼」と「安心」の獲得にもつながっていると実感しています。
「地元に根付いた会社」目指し、規模拡大へ。信頼築ける仲間とともに
今後の展望や将来のビジョンを教えてください。
会社を立ち上げて約3年経ち、案件も増えてきたため1人体制に限界を感じてきました。そこで今年中に1人、3年以内には3〜6人くらいスタッフを増やして、事務所ももう少し広いところに移したいと考えています。今よりも規模を拡大してもっと幅広い案件に対応できる体制を作ります。また、これまでは東京の企業からの受注が多かったのですが、これからは道内企業の案件も増やして地元に根付いた会社にしていきたいですね。理想は「サーハビーさんと仕事をしてすごく楽しかった!」と毎回いわれる会社にすることです。
カフェ復活を求める声も多いそうですね。
看板だった「デブめし」メニューがまた食べたいという声が多いんですよ。今は本業が軌道に乗ってきたところなのですぐに復活ってわけにはいかないんですが、1日限定復活イベントを不定期で開催していこうと考えています。イベントの反響や状況次第ではカフェ復活も夢ではないかもしれないですね。「CAFEサーハビー」は自分と仲間の“好き”と“楽しい”がつまった空間であり原点ですから。
これから仲間になるスタッフや世の中のクリエイターにどんなことを求めますか?
即戦力になり、安心して仕事を任せられるような能力の高い人だと当然ありがたい。でももっと大事なのは一緒に仕事を楽しめること。つまり、信頼関係を築ける相手ですね。やりたい、こうしたらもっとおもしろいという感覚を共有できるといい仕事ができると思います。あとは上からの指示をただ受けるのではなく、自分の意見をきちんと持っていて、それをまっすぐに伝えてくれること。クリエイターですから、自分の技術や持ち味を最大限生かして具現化できる力を磨いてほしいです。
取材日:2023年9月22日 ライター:宮本 和加子
株式会社サーハビー
- 代表者名:野々村 研太郎
- 設立年月:2020年9月
- 事業内容:Web制作・Webデザイン・Web運用・飲食店コンサルティング
- 所在地:〒060-0031札幌市中央区北1条東5丁目10-5 メゾン北1条305号
- URL:https://office-sahabi.com/
- お問い合わせ先:011-200-0546
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