地域を生かし、人を輝かせる空間をデザイン。40年の助走を経て、東北のデザイン業界をけん引
「現実にないものを創り出すことに興味がある」と話す、株式会社酒井デザイン事務所の代表取締役・酒井 亨(さかい あきら)さん。漫画家を夢見て、映画やアートなどを見て歩くなかで空間デザインを知り、職業訓練校で学び就職。大手ディスプレイ会社などで40年近く空間デザインの幅広い経験を積み、定年後に起業した酒井さんは、東北の資源を活性化するためにプランニング、コンサルティングを含めてデザインしているほか、東北のデザイナーの人材育成にも尽力されています。
漫画家を夢見て空間デザイナーを知り就職、幅広い分野の経験を自分のものに
クリエイティブ・ディレクター、空間デザイナーとして豊富な実績をお持ちですが、デザイナーを志したきっかけ、デザインの知識やスキルをどこで学ばれたのか教えてください。
私は高校2年まで漫画家を目指して雑誌に投稿などしていましたが、突出した才能の人たちを見ていつまでも夢を追いかけてはいられないと思い、せめて何かを描く仕事に就けたらと悩みながら就職先を探していました。
1974年、高校2年生のとき、イラストレーターでグラフィックデザイナーの横尾忠則さんの作品展に行って、会場構成担当者の倉俣史朗さんの名前と空間デザイナーの仕事を知りました。倉俣さんは「倉俣以前、倉俣以後」と言われる、空間デザイン界を一気に変えた伝説のデザイナーで、それをきっかけに空間デザインに興味を持ちました。
そして宮城県の職業訓練校で1年間デザインの基礎を勉強しました。恩師にたくさん本を読みなさいと言われて、雑誌や本を惜しまず買って読み、現実にないものをつくっていく映画にも興味を刺激されました。専門の教育を受けたわけでもなく、空間デザインという言葉もよく分からないまま就職して、会社の上司や先輩の指導を受けながら、本を読んだり、作品や映画を見たりして視野を広げました。
デザインの仕事は多岐に渡りますが、32年間勤めた大手ディスプレイ会社では、どんな仕事をされていたのでしょうか。
2社でキャリアを積みながらステップアップして、3社目の空間デザインを中心とした大手ディスプレイ会社に就職しました。東京本社では百貨店やブティック、ミュージアム、イベントなどでは、それぞれの専門性を深掘りしたデザイナーがいますが、支店は人数も少なく、何でもやる必要がありました。
ショーウインドーのディスプレイ、商業施設の計画、店舗設計、展示会のブースデザイン、博覧会の会場計画、博物館の展示設計など、ジャンルを問わず幅広い分野の仕事を指導を受けながらこなしていきました。
例えると100m専門の短距離走の選手に対して、5種、10種の競技を得意・不得意関係なく取り組んで評価されるようなもので、それは大変でしたが、やがて自分が先頭に立って、部下を指導しながら進めなければならない立場になり、東奔西走していました。
定年後に起業した目的、思いをお聞かせください。
目指していた漫画家が自分の名前で作品を発表するのを見て当たり前だと思っていたので、独立志向はずっとありました。ただ会社員になり、家族ができると、会社を辞めてまで独立する気もなく定年まで勤めました。バブル時代は仕事仲間がどんどん独立して事務所を構えているのを見てうらやましくもありましたが、会社にいるからこそ例えば公共系の仕事など、大きい仕事もまかせてもらえるし、やはり仕事が面白かったんだと思います。
定年を迎えるにあたり、ようやく志を貫ける時期がきて独立しましたが、今になっては、40年間の会社員時代は、今のための大いなる助走だったんだろうと思いますね。
目的は『人』で、空間デザインは手段。地域の人々に愛される空間づくりとは
弊社の事業内容は主に、企画プランニング、デザイン、デザインコンサルティングですが、どのように作業を進めていくのでしょうか。
私の場合はすぐに図面を描くのではなく、最初にクライアントの話を聞いて、現場を見て、情報や要望を整理して分析することから始めます。医師が問診をしてレントゲン写真を撮ったり触診をしたりして、一番いい処方箋をつくるのと同じかと思います。
独立して1年後ぐらいに依頼された、東北学院大学土樋キャンパスの学生食堂のリニューアルデザインを例に話しますと、そこがどういう場所として使われているのか、機能や第一印象、快適さなどを調べ、デザインのコンセプトやキーワードをつくっていきました。
学生食堂を何度か訪れるなかで、就活の情報交換をしている学生が意外に多いことが分かりました。食べる時間よりも、情報交換したりサークルのミーティングをしたりするコミュニケーションの場として使われている食堂。通年就活をしているような学生たちがリラックスして安らぎを感じる場所にすべきだろう、と思い「優しく温かく、落ち着けるホスピタリティあふれる空間の創出」をコンセプトにしました。そして、大学の伝統に合っていて学生に長く愛される空間をつくりたいと思い、「大学、学生(背後に保護者)、時代と社会、運営」という四つの軸を十字チャートにして全体像を整理しました。
そして、外光により空間が暗く感じるのを補正し明るく見せるなど、目的を明確にして、何をどうつくるかを具体的な方法として示します。
床材、照明器具を変えて明るさを演出し、空間にゆとりがもてるよう椅子の数を減らし、緑視率(視界に入る緑のボリューム)を上げ、トイレの気配や下膳内部の露出といった不快な部分を解消する対策も講じました。食堂の名前を学生から募集して変えて、ロゴのデザインを制作するなど、いろいろな形で関わりました。
目的は空間デザインではなく人で、学生食堂の在り方を改善することで、その手段として空間デザインをします。そして、作り手も人、さまざまな職人さんたちがつくってくれます。私は東北工業大学の講師としてディスプレイデザイン論を教えていますが、デザインは目的でもゴールでもないと学生にもそう話しています。
御社が目指しているのは、空間デザインを基軸に、地域の振興、活性化に向けたデザインかと思われますが、実際に地域の振興、発展につながったと実感されたお仕事について教えてください。
山形県の山形蔵王スキー場の見晴らしのいい高原にあるロープウェイ駅食堂のリニューアルの例で、スキー人口が減るなか、展望デッキをつくり開放して人を呼び、地域の活性化につなげたいというご相談がありました。
そのときは、クライアントからの依頼で最初にイメージイラストを描いて提出しました。主役は自然景観なので、主張しない長く愛されるデザインを目指しました。
スキーシーズン以外にも、登山客、新緑や紅葉を楽しむ人、コーヒーを飲みながら本を読む人、インバウンド客も含めていろいろな使い方をしてもらう場所と考えて、余計なものは排除し、照明にこだわって木質感あふれる空間を提案しました。これが起爆剤になって、ふもとの町も、地域全体も人がどんどん増えてくれたらと思います。
御社の強みを教えてください。またどんなときにやりがいを感じますか。
多くの実績や経験、体験、知見を保持していることで、ジェネラリストなどと言っていただきます。また、東北工業大学でディスプレイデザイン論の講義をしているので、人前で話す機会も多く、話術、プレゼンテーションは得意です。
毎日の新聞はもちろん、海外のデザイン雑誌を取り寄せて、時代の潮流をつかんだり、興味を惹かれたデザインの書籍などを読んで情報をインプットしたりすることは続けています。だからこそ、今も仕事を発注いただけると思っています。
そして、思い描いたイメージどおりの空間が完成して、エンドユーザーに使っていただいたとき、やりがいを感じます。
東北の業界の未来に期待し、若いデザイナーの成長のきっかけをつくる
一般社団法人日本空間デザイン協会(DSA)東北支部の支部長などをされていますが、どのような取り組みを行っていますか。
空間をデザインすることを生業としている会員が、空間デザインの可能性を広げ、豊かで持続可能な未来社会の実現を支援するプロジェクトに取り組み、空間デザインを東北に普及させるための啓もう活動もしています。
例えば、「ブラタモリ(NHK)」仙台編でナビゲーターをつとめた「ブラキムラ」こと、木村浩二さんを案内人とした活動を、コロナ禍を経て再開しました。もと仙台市文化財職員で文化財専門家の木村さんと、仙台の成り立ちや歴史、地形などを空間デザイン的な目線で見て歩き、生業に生かします。
また、Webセミナーを毎年主催していますが、2023年はスターバックスコーヒーのクリエイティブ・ディレクターでデザイナーのブライアン・ヴァン・スティップドンクさんを仙台に招いて、私が進行役となり話をうかがいました。若いデザイナーも多く視聴していただきました。
東北、仙台のデザイン業界でさまざまな役割をされていますが、その業界に期待することはありますか。
発注する側では未だにデザインはハードの付帯的サービスと認識されている方をお見受けします。クライアントあるいは大手の内装会社、代理店や印刷会社の2次請け3次請けを生業にしている方々が多いと思いますが、それだけでいいのか、と私は感じます。弱い立場に置かれているのは理解しますが、東京のデザインにはかなわないとか、東京のデザイナーが担当するのだろうと最初から諦めないでほしいと強く思います。東北にもユニークな方々も出てきているので一方的な言い方はできませんが、まだまだ、東京に届かないという意識が強い気がするので、若い人たちには、そこを打破してほしいです。
先の、日本空間デザイン協会東北支部のWebセミナーも、ブライアンさんに東京から参加してもらえばいいという意見もありましたが、東北に来てもらい東北から発信する、そして東北支部の会員と話をすることに、支部の存在価値があります。
自分が若いころに、いろいろなパーティーや集まりで著名なデザイナーにお会いして直接話をする機会がありましたが、皆さんオーラを持って輝いていました。そういう経験をすることは時代が変わっても価値があるはずですし、実際デザイナー人生も変わってくるはずです。そういうきっかけをつくっていきたいです。
生成AIに負けない「妄想力」とコミュニケーションを大事にしてほしい
今後の会社の展望は。
会社を大きくしようという気持ちはまったくなく、今をできるだけ長く持続することですね。目標を挙げるなら、ミュージアムの企画・デザインを担当するとか、国の事業に関わる仕事の実績はありますが、宮城県や仙台市の空間系の業務など、公共事業に参画できたらいいなと思います。
酒井さまはデザインの指導や人材育成なども行っていますが、デザインの仕事を志す方はどのような心構え、スキルが必要と思われますか。
テキストや入力情報からコンテンツを作り出す人工知能の一種・生成AIに負けないため「妄想力」を高めることが大切です。やはりこれからの未知の世界に向けてこの力をどう高めていくか、意識することが必要だと私は思います。私自身、大学の講義でも話していますが、妄想できるというのは、森羅万象に対する好奇心や、線引きをしない探究心。ボーダーレスの世の中で、目に見えるもの、存在するものだけを勉強していてはダメで、雑学を読み漁り、知識をストックして、広い視野で見ていくなかで、新しいものを創造できるのではないか、と思います。
もう一つは人脈のネットワーク、交流ですね。たかが1人の人間ができることには限界があります。私はそういう素晴らしい先輩や仲間がいたからこそ、今日までやってくることができました。いろいろな方と付き合い、考え方、つくり方を知って自分の幅が広がっていく、それは生成AIにはできないことですね。
これからデザインやクリエイターを目指す若い人へのメッセージをお願いします
例えば、Web系のデザインをされている人たちが、山の中の民家で仕事が完結されているということを目にしますが、私たちのような空間デザインの仕事は、現地を見て歩き、現実をよく知らないと成り立たないんです。
私も今だからこそこう話していますが、若いときから人をよく観察してきたわけではありません。年を重ねるごとに訓練されてきたので、若いときから心掛けていただくと、より大きな実を結ぶと思うので頑張ってほしいですね。
取材日:2023年12月14日 ライター:佐藤 由紀子
株式会社酒井デザイン事務所
- 代表者名:酒井 亨
- 設立年月:2018年1月
- 資本金:500万円
- 事業内容:企画プランニング、デザイン、設計・設計監理、デザインコンサルティング
- 所在地:〒980-0065 宮城県仙台市青葉区土樋1-1-5 プレミスト五橋702号
- URL:https://sdo-sendai.com/
- 電話番号:TEL 022-355-6670、080-5561-7223 / FAX 022-355-6670