デザインを通して、ひとりひとりがしあわせに働き「やさしさが巡る経済の実現」を目指して
穏やかな表情から、幾度となく語られる「しあわせ」「やさしさ」という言葉。大企業や官公庁、中小企業にいたるまで、それぞれの視点に立ちながら、デザインを通し「やさしさがめぐる経済の実現」を目指す東京の株式会社KESIKIの石川 俊祐(いしかわ しゅんすけ)さんに、起業までの経緯や事業、デザインが持つ力、メンバーへの想いなどについて伺いました。
自分らしく働ける場所は自分で作る。国内外でデザインの経験を積み、同志とともに起業
KESIKI設立まではどのようなキャリアを培ってこられたのでしょうか?
イギリスでデザインや芸術を学んだあと、パナソニック ホールディングス株式会社で6年間デザインの仕事をしました。この頃は企業の一員として、世の中の求める正解にいかに近づけていくか、切磋琢磨しながらなんとか一筋の光をつなげていくような作業を徹底的に続けていました。ここでの諦めずにやりぬく力は、大きな自信となりました。
退職後、イギリスのPDD Innovations UKを経て、日本ではIDEO Tokyoの立ち上げにも携わり、その後、BCG Digital Venturesで新規事業の創出や企業内デザイナー育成などにも取り組みました。形あるデザインに留まらず、コンサルティングという立場で企業や事業を融合させることなども経験し、得るものも多かったと思っています。
その後、KESIKIを立ち上げられたのですね。いずれは会社を立ち上げたいという思いをお持ちでしたか?
会社を立ち上げたいというよりは、とてもシンプルに、自分らしく考えて決定できる環境であったり、自分が信じている哲学や思想に沿った働く場所がほしかった、という想いが大きかったように思います。 それまで働いていた会社も、一生ものと思える職場だと思える場所もありましたし、得るものもとても大きかった。ただ、解決したい課題や生み出したいインパクトを考えた際に、今までいた場所を越える、ワクワクする場所は自分で作るしかなかったのかもしれません。
起業をする際「今」と感じられたきっかけはありますか?
日々業務を行うなかで、ともにビジネスホテルの再生事業をしていたクライアントの内倉さんと、理想の仕事や会社について話をしていました。「この仕事は誰に望まれてやっているのか」、「これでしあわせなのか」という共通の疑問を持っていたころ、当時親交があり同じ想いを抱いていた雑誌編集者の九法さんが、突然仕事を辞めてきてしまったんです。え、辞めたの?だったら自分も急ごう、と。勢いというか、それは大きなポイントでしたね。
そのあと、九法さん、内倉さんとともに、社会から愛され、楽しく働ける会社を作ろうと、KESIKIを立ち上げました。
どの事業にも欠かせない「信じられる人たちを応援できる存在でありたい」という想い
現在手がけている主な事業について教えてください。
デザインアプローチによる中小企業の事業承継や新規事業の創出をはじめ、企業理念作成とそれに伴う組織デザイン、制度改革、社員さんへの創造的なカルチャー変革、カリキュラム・プログラムの作成といった育成・教育プログラム開発事業も行っています。また、これらを発信し広げるためのメディアづくりをしています。 最近では、政策のあり方に対して、デザインによるアプローチを活用する事業にも力を入れており、例えば、特許庁のデザイン経営プロジェクトの推進メンバーとして事業の支援に携わっています。私たちが作った「中小企業のためのデザイン経営ハンドブック(https://kesiki.jp/projects/japan-patent-office/)」と題したハンドブックは、特許庁のホームページでも紹介され、冊子としても活用いただいています。
政策に関わるプロジェクトには、どのような想いで参加されていますか?
北欧などでは20年以上前から行っていたデザインと政策の関わりが、日本でも注目され始め、近年やっと国の取り組みが始まりました。自分たちだけではできないことも力を合わせ少しづつプロジェクトを成功に導いていくと思わぬムーブメントが起きる、クリエイティブコミュニティが社会において新たな役割を担えるという考え方が、このプロジェクトを機に定着してくれるとうれしいです。
メンバーには私が特任教授を務めている多摩美術大学クリエイティブリーダーシッププログラムの生徒さんだった方も。官僚から学生さん、さまざまなジャンルのプロフェッショナルなど、年齢や地域を問わず幅広いメンバーが活躍していますので、私はコミュニティの一員として得意ジャンルのサポートをするように心がけています。
事業としての利益というより、自分が信じられる人たちをぜひ応援してあげたいという気持ちで携わっています。
ほかにも、大手や中小企業との事業にも広く携わっていらっしゃいますが、どのような点が御社の「強み」だと考えられますか?
ほとんどのご依頼がリピートやご紹介など、人間関係によりつながったもので、私たちとしても、この人が頑張っているから力になりたい、信頼し合って一緒に良いものを作りたい、という気持ちが大きなやりがいとなります。その人たちの良さをうんと引き出したくなります。
人と人、会社と会社の間に立ち、最適な働き方カルチャーをデザインし、さらには関わる一人一人の態度や行動に結びつけるコンサルティングを合わせて実行していける点が、私たちの強みだと思います。
やりがいを発掘しモチベーションを高める「強み」が、「しあわせ」な働き方を創る
その人の良さや力を「引き出す」ために、企業として、またクリエイターとして大切にされている想いやこだわりはありますか?
いかに相手の立場に寄り添い、愛情を持って取り組めるか、人肌の温かさがあるかが、デザインをするうえで重きを置いているポイントです。
例えば、企業や組織の理念を策定する事業に携わる時、見栄えの良いメッセージや資料をデザインすることは簡単かもしれませんが、外部の人間が作るきれいなものって、中の人たちにはそうそう刺さらないですよね。カタチばかりのものを押し付けられても、むしろ気持ちが冷めてしまいます。
私たちは、そこにいる社員さんひとりひとりが、自分の会社をもっと好きになって、働くことに喜びを感じてもらえるように伴走していくことこそが重要だと考えています。作って終わりなのではなく、どう浸透させ、自分事としてとらえてもらい、自ら考えて行動してもらえるようになるか。そのためには私たちクリエイターが、社員のみなさんの行動をよく観察し、理想を否定せず共感し、良い環境を整えていくことが大切だと考えています。
寄り添う姿に信頼が寄せられるのではと感じます。
例えばKESIKIの原点として携わっていた、地方再生の「ファームホテル」。その土地ならではの体験をしたいと考える宿泊者向けに、空き家になっている農家を畑ごと生かすサービスの開発事業を進める際、私たちでいくら完璧な準備をしていても、いざ運用の段階となると現場の社員さんたちの力が不可欠になってきます。
そんななか、社員さんたちが自分の意思で考え、発言し、行動できる環境を現場で整えられれば、地域の高齢者の方にこんな活躍をしてもらおう、役所のあの会議で宣伝できるのでは、など、私たちでは及ばないような具体的なアイデアを、実に楽しそうにどんどん出せるようになるわけです。地元の雇用や活性化にも貢献できれば、地域も潤い、感謝もされ、さらなるモチベーションにもつがなりますよね。ワクワク働いて、企業にも社員にも、ひいては地域にもしあわせな結果をもたらしますよね。
そういったひとつひとつの積み重ねが私たちの次の仕事につながることも多く、これは本当に企業冥利に尽きることだと思っています。
「やさしさがめぐる経済」をデザインし、実現していく
デザインの仕事に価値をつけるのは意外と難しいですよね。
デザインやクラフトという仕事はともすれば安くたたかれてしまうこともあります。クオリティの高いものを作っても、正当な価値の分配が職人をはじめとするステークホルダーに正しくされていないのではと、疑問に思うことが多々あります。
例えば、私たちが2021年に事業継承をした無垢材家具ブランド「WOOD YOU LIKE COMPANY」を通して、日本の家具づくりの現場において、職人は休むと給金がもらえない、何か月もかけて一生懸命作っても買い叩かれてしまう立場にあるという現状を目の当たりにしました。
材料に焦点を当てても、木々が育ち出荷されるまでに何十年もの歳月を要しているのに、木材として世に出ていくときは1枚数千円ということがざらです。これでは、大きな企業や消費者だけが利益を受けて、事業者や働く人がしあわせではありません。林業家らが森林を放置して手放した結果、海外の資本に買われていくなど日本の森林が日本のものでなくなってきている事例も多いのです。
正しい価値を付与するという、具体的な例はありますか?
事業はお金にならないと成り立ちませんから、新しい視点で正しい価値を見出し、利益を生み正当な分配がされるようなサービスを続けています。
職人の手により丁寧に作られた、大きな無垢の木のテーブルがあるとします。一つ100万円するものでも使い続ければ、そののち用途に合わせて半分のサイズにリメイクして2つのテーブルにリメイクすることもできます。製造過程から家具との付き合い方までをも、デザインという手段を通してたくさんの方に素敵だと思ってもらえれば、そこには大きな価値が生まれます。
デザインという手段を通して社会に好循環が生まれますね。
作り手や天然素材を大切にしていくことで、技術だけでなく日本の森林をも守れて、携わる人や世の中がしあわせになる。そんなめぐりの一役が担えたら、という願いや理念があります。
デザインで世の中を良くするという考えは、弊社の「やさしさがめぐる経済の実現を目指す」というビジョンにつながっています。目の前にいる顧客の想いやそこで働く人の力を引き出すコンサルティングで経済をめぐらせて、しあわせに働き、暮らせるように結びつけていくことが、社会のなかでのミッションだと思っています。
漁師や経営者など「ばらばら」な個性のメンバー。共通しているのは「やさしさ」
チームにはどのようなメンバーがいますか?
金融や不動産業に従事していた人や、起業の経験がある人、なかには漁師や俳優の一面を持っているメンバーもいます。社会の課題が多様にあることを考えると、個性がばらばらなことは会社にとって利点も多いと考えています。
一見ばらばらなメンバーですが、やさしさを大切にしている、思いやりを持ってしあわせに働くという理念は、全員に共通していると思います。
「やさしさ」でメンバー同士がつながっているのですね。具体的に石川さんが心がけていらっしゃることはありますか?
メンバーと接する時は、常にその人の立場に立ったり、お互いの違いに共感して考えることを大切にしています。例えば、作業の進捗が見えないときに「それぞれにこだわりや順序があるはずだ」「時間をかけているのには何か意味があるのだろう」と考えるようにしています。
また、パーソナルな部分は優先してほしいと思っています。例えば子どもの具合が悪い、恋愛がうまくいかないなど、その人が抱えている問題の大きさはその人にしかわからない。集中力が保てないときは「今日はもう帰ってもいいよ」と声をかけます。誰かがサポートすればよいこと、時間に余裕があることならば、慌てずに助け合えればと。
これから一緒に働くメンバーに対して、求めることを教えてください。
好きなことやこだわり、得意分野を持っていること。その上でそれを生かす実行力とスキルがあることですね。誰しも得意不得意はあると思うので、できるだけ一番得意なところを生かして楽しく働いてもらえるようにと考えています。
また、グローバルな視野を持った人材であるかももちろん大事ですが、やさしさを持って仕事に取り組めるか、助け合えるか、そして、アウトプット以上にアウトカムが出るまでやるということがとても大切だと考えています。
「私たちだからこそできる」デザインで社会に変革を。生き方をデザインする必要
会社のビジョンを教えてください。
「やさしさがめぐる経済の実現」は今後も目指し続けていきます。「働く人が自らやりがいを発掘する」「自主的にアイデアを出す」など、モチベーションを持ってもらえるような問いを投げかけていきたいです。企業だけでなく、教育の分野でも同じようなアクションをしていければと。私たちだからこそできる、デザインを通した変革を進めていきます。
クリエイターのみなさんへアドバイスやメッセージをお願いします。
地域の人にありがとうと言ってもらえる仕事ができると良いですよね。デザイナーはどうしてもスケジュールに追われてしまうことが多いですが、自由な発想で行動できるのならば、どこにいても豊かに働けると思います。
でもこれは、さまざまな働き方をしてきた今だからこそ言えることかもしれません。無我夢中で働いたり理不尽と戦ったり、ひと山超えて感じられたこともあります。いろいろな経験を経て思うのは、みんながもっと自由に生き方をデザインする人間になれば、より自分に合った方法でやりがいを高めていけるのでは、ということ。自分も他者も尊重して、やさしい気持ちでしあわせに仕事をしていただきたいです。
取材日:2023年12月5日
株式会社KESIKI
- 代表者名:石川 俊祐、九法 崇雄、内倉 潤
- 設立年月:2019年8月
- 資本金:100万円
- 事業内容:デザインアプローチによるカルチャー変革や新規事業づくり、中小企業の事業承継や教育事業、メディアでの発信など
- 所在地:〒107-0061 東京都港区北青山3丁目13-12 Les Sta 北青山 4階
- URL:https://kesiki.jp/
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