役者の代表が目指す“沖縄の俳優とクリエイターが輝く場”。映像武器に、解決したい地域課題とは
音楽や踊りなどの芸能が盛んな沖縄ですが、なぜか演劇やドラマは盛り上がらず、役者はなかなか食べられない。その問題を解消すべく立ち上がったのが、合同会社THE BRUSH UP(以下、ザブラッシュアップ)の代表・桃原 夏子(とうばる なつこ)(芸名ナツコ)さんです。自身も長年沖縄で活動を続ける役者である桃原さんは、映像制作会社として幅広く受注案件を請け負うことで、役者だけでなく映像やWeb制作にかかわるクリエイター全般の受け皿になりたいと意気込みます。設立間もない会社への熱い思いを語っていただきました。
コロナで役者の仕事が激減。そのときに見出した光明とは?
いつから役者の道に進みたいと思っていたのですか?
幼いころから人前で何かをすることが好きだったのですが、それが役者に結びついたのは大人になってからです。まず「人前で表現すること」を本格的に始めたきっかけは、バンド活動でした。沖縄を拠点とするロックバンドであるORANGE RANGE(オレンジレンジ)が所属していた事務所で、ボーカルとしての活動を7年ほど続けるなかで、映像制作会社の監督さんに誘われ、ドラマに出演することに。それが沖縄の夏の風物詩「オキナワノコワイハナシ」というドラマのお化け役で、芝居の面白さにあっという間に引き込まれました。
しばらくしてバンドは解散し、私は芝居に本腰を入れるべく沖縄の劇団TEAM SPOT JUMBLE(チームスポットジャンブル)に所属することに。以来、舞台やドラマのお仕事を続けて12年目になります。
役者として順調なキャリアに感じられますが、なぜ会社を設立されたのですか?
舞台を1本打つにはかなりの予算が必要ですが、いくら満席にしても採算が取れないことがほとんどなうえに、沖縄ではドラマや映画の仕事はとても少なく、生計を立てるには別の仕事をしなければなりません。私は幸運なことにナレーションや演劇ワークショップなどのお仕事をいただいていたのですが、自ら発信せず、仕事を獲得するために動いてもいない状況に疑問を覚え始めていました。
そんな矢先に、新型コロナが演劇業界を直撃し、役者を続けられないかもしれないという不安に襲われました。その状況を企業のデザインやブランディングなどを手掛ける合同会社Kivi designfarmの代表・具志堅 恵さんに相談してみたところ、ドラマを制作してYouTubeで配信してみては?と提案をいただいたんです。
自分で作るという発想がまったくなく、それまで作ったこともなかったので、具志堅さんにカメラマンや映像作家などをご紹介いただき、まず1分の縦長ショートドラマを作ってみることになりました。
縦長ショート動画ということは、TikTokやInstagramなどのSNSで配信するためですか?
そうです。1分なら制作のハードルが低いですし、サスペンスやホラー、コメディー、ラブストーリーなど、さまざまなジャンルを短期間で試しながら量産できると考えました。
また、私たちの作るショートドラマには台本がないんです。お題だけを考えておいて、現場で役者が即興で芝居を作り、カメラマンもどんどんその場でアイデアを出してブラッシュアップさせるという手法です。例えば、カメラマンの大城さん(映像工場Okashi製作所)と初めて撮影をご一緒したときは、大城さんのセンスに心奪われ、どんどんアイデアを出していただきながら作品をつくりました。そのとき、「彼らとならもっと面白いものが作れる」と確信しました。1分という限られた時間だからこそ、みんなのびのびとやりたいことに挑戦できたと思います。
助成金を生かして制作した本格的なドラマが、会社設立の後押しに
ショートドラマの制作費はどのようにまかなっていたのですか?
約7カ月の間は、全部私の持ち出しでした。大量に制作していくにつれ、少しずつ役者仲間などの業界で評判は広がっていましたが、制作費は集まりませんでした。
さすがにこのままでは尻すぼみになってしまうので、新しいステップを踏みたいと思うように。そのためにはまず資金が必要だということで、沖縄文化振興会という財団法人の助成金制度に応募したところ、採択していただくことができました。
補助金を得たことで、どのような影響がありましたか?
まず脚本を準備する時間ができ、長尺でストーリー性があるものを作れるようになりました。また、技術の面で費用をかけられるようになったので、テレビで放映できるレベルのドラマの制作が叶いました。
ほかに影響があったことは、沖縄の観光を映像で後押しできるようになったことです。補助金は、沖縄の文化振興に貢献できる事業ということで採択いただいたので、できれば沖縄の基幹産業である観光のために何かしたいと思案していました。そんなときに、「沖縄のうるま市の魅力を伝える映像を制作してほしい」と、広告代理店を通じてご依頼いただき、第42回沖縄広告協会「広告賞」Webフィルム単発部門にて銅賞を受賞しました。
それをきっかけに、よりドラマ制作に本腰を入れたいと思い、映像制作を主軸にしたザブラッシュアップを2024年3月に設立しました。
ブランディングから映像、Web制作まで一気通貫な組織へ。役者が多い強みとは
会社設立から間もないですが、設立前から引き続き事業内容は映像制作がメインですか?
映像だけでなく、ご要望に応じてブランディングからWeb、グラフィック制作、Web広告の運用まで一貫して請け負える体制を敷いています。社員としては私1人ですが、役者はもちろん、フィルムメーカーやカメラマン、デザイナー、マーケターなど、さまざまなプロフェッショナルのクリエイターがサポートスタッフとして参加していますので、幅広いご提案が可能です。
とはいえ、弊社の強みはやはり「多くの役者がいること」であり「ドラマを作れる」点だと思っています。役者はいわば技術職です。芝居だけでなく、モデルやナレーション、歌手、司会など、多くの高いスキルを持っています。しかし、数値化できるものではないので、何ができるのかわかりにくく、依頼料も明確な基準はありません。そこを明文化して提示できるようにすれば、クライアントも安心して依頼できると思いますし、役者も仕事につなげられるはずです。
もう一つの強みであるドラマ制作に関しては、近年、PRの手段としてドラマを作りたい、というニーズが増えているように感じます。実際すでに、うるま市以外の自治体や整形外科、調剤薬局など、多種多様な業種からご相談を受けています。「他社との差別化を図りたい」や、「インパクトのあるPRをしたい」と考えているクライアントが多い証左だと感じています。
そのような依頼があった場合、まず映像制作を提案するのですか?
その場合もありますし、映像制作ではない手段の方が適している場合は、そちらをご提案します。実はよくよくお話を伺うと、根本的なブランディングの方法に課題を抱えているクライアントも多いんです。そんなときこそ、弊社のサポートスタッフの出番です。映像制作はフェーズ3ぐらいに据えて、ヒアリングを通じてより適切なPRをご提案します。
目指す「沖縄の役者が食べられる『基盤』」づくり。「精神疾患」題材の映画にも力、そのワケは
スタッフに役者さんが多いことが強みとのことですが、そもそも沖縄を拠点に活動する役者さんは大勢いらっしゃるのですか?
小さな島にもかかわらずとても多いのですが活躍できる場は限られていて、役者の仕事だけでは食べていけないからと辞めてしまう人も多いのが実情です。だからこそ、食べられる「基盤」となるコンテンツを生み出したいと強く感じます。
沖縄は音楽などや踊りなどの芸能は盛んですが、演劇文化はそれほどでもありません。特に沖縄で作られるオリジナルドラマは極端に少なく、夏に放映される怖い話か戦隊ものぐらい。だからこそ、沖縄を代表する作品も手掛け、地上波だけでなくWebを通して発信していきたいですね。
オリジナル作品の制作が、目標の一つなのですね。
大切に育んでいきたい夢の一つです。実は密かに、精神疾患の方々を題材にした映画をいつか作りたいと構想中です。以前演劇のワークショップを、精神疾患の方々が集まる施設で開催する機会があり、彼らが自分たちの病気について世の中に広めたいと思っていることを初めて知りました。センシティブな病気なので、あまり知られたくないのかと勝手な先入観があったのですが、患っている方々は、逆に知られることで偏見や差別をなくしていきたいと思っているとのことでした。役者として、彼らが求めていることを形にすることで、少しでも役立てたらうれしいですね。
沖縄のクリエイターが夢を見つけられる場所に。「誠心誠意向き合い、全力を尽くせる方」歓迎
ほかにも目標があれば教えてください。
会社を立ち上げて間もないので、まずは一つ一つの受注案件にていねいに向き合い、仲間とともに形にしていくことが当面の目標です。
そしてゆくゆくは、クリエイターの受け皿のような会社にしたいと思っています。今のところ社員は私一人なので、案件ごとにスタッフを招集して、私がディレクションしつつ一緒に相談しながら一つのものを作り上げていくスタイルです。そこにはさまざまなスキルや才能を持ったクリエイターのアイデアが必要です。だからこそ、すでに仕事として何かを作っている方はもちろん、「お芝居をしてみたい」とか「カメラマンになりたい」とか、漠然とした夢を持つ方にも参加してほしいですし、参加しやすい雰囲気を作っていきたいですね。新しいことに挑戦できて、自分の進むべき道を見つけられる場所でありたいです。
具体的にはどのようなクリエイターに参画してほしいですか?
スタッフにはゲームとアプリを作れる方がいないので、そのような方は大歓迎ですが、スキルがなくても案件に対して誠心誠意向き合い、全力を尽くせる方であれば問題ありません。ひとまずドラマ制作などの現場に来て、見学したり、未経験でもカメラマンを手伝ってみたりすることからスタートしてみてもOKです。一緒に楽しみながら、いいものを作っていける方と一緒に働きたいですね。
取材日:2024年4月5日 ライター:仲濱 淳
合同会社 THE BRUSH UP
- 代表者名:桃原 夏子
- 設立年月:2024年3月
- 事業内容:映像制作事業
- 所在地:〒900-0004 沖縄県那覇市銘苅211-1 ユーカリ那覇208 株式会社hais内
- URL:https://thebrushup.net/