「一本の木から森を育む」ブランディング。顧客の課題解決と生活者を豊かにするものづくりを
“一本の木を植え、手入れをしながら育み、やがて林に、そして豊かな森へと広がっていく”。そういったイメージで企業の繁栄を願い、デザインとブランディングを行う広島県のkirin株式会社では、顧客の課題にしっかりと耳を傾け、トータルで解決策を提案しています。顧客の成長につながると確信すれば「頼まれてもいない」HPを制作し、提案することも。その人情の厚さや泥臭さを育んできた代表・永戸 修司(ながと しゅうじ)さんの人生とは。常に全身全霊で臨み、本質を捉えたものづくりを目指す永戸さんにお話を伺いました。
ただ「絵が好き」から始まったデザインの世界で、さまざまな出会いを経て起業へ
就職までの道のりをお聞かせください。
高校卒業後、“絵を描くことが好き”という理由で穴吹デザイン専門学校へ進学しましたが、当初は奨学金で焼肉を食べに行ってしまうほど不真面目な学生でした。そんな適当に過ごしていた専門学校時代、ふとしたことからやる気スイッチが入ることになったのです。
1年生から2年生に進級する時期、専門学校で行われた会社説明会でのことでした。デザイン業界の各会社社長との面接をする機会があり、某デザイン会社の社長から厳しい言葉をかけられました。「御託を並べる前にやれ!」と。今でもはっきり覚えているその言葉によって尻を叩かれ、卒業後はデザイン会社に就職を果たしました。
就職~独立へのきっかけ、そこに向けた特別な思いはありましたか?
21歳でデザイン会社に就職しましたが、そこで学んだことは、まず、社会人としての「キホンのキ」でした。電話の受け答えからお酌の仕方まで、いわゆる社会人としての基本的なマナーを教え込まれるところから始まり、時には、2時間近く立ったままお説教を聞く場面もありました。今の時代ではあり得ないスパルタ指導でしたが、私自身が師匠とリスペクトの思いを寄せる上司であり、叱責の裏にある愛情は感じていたので、辞めたいとは思いませんでした。信頼する師匠のもとでデザインを学び、10年が経った頃、とあるきっかけで退職を決意。その時点での貯金はゼロ円、独立するしかない状況となりました。
信用金庫へ資金調達の申し出をしたところ、300万円を借りることができました。その資金を元手にパソコンとカメラを買い、人づてに依頼される仕事を受けるようになりました。独立して半年くらい経った頃、規模の大きい制作会社から声をかけられ、仕事を受けるようになり、やがて傘下に看板ごと入れてもらえることに。おもにはその会社の仕事をこなしながら、個人としての仕事もこなす日々がしばらく続きました。スタッフも雇い入れ、3年ほど経った頃、仕事の受注比率が、9(制作会社経由)対1(個人あて)から2対8に変わっていました。数年の間に、傘下に入っていた制作会社経由の仕事より、自身に依頼が来る仕事が8割近くに増えていたのです。ちょうどその頃、「クライアントの話を直接聞いて課題解決に取り組めば、もっと必要な提案ができるのではないか」という思いが強くなり始めていました。下請け的に一部を託される仕事ではなく、仕事全体を託されるためにその川上に行くには起業するしかないという思いに駆られ、2022年、制作会社の傘下から法人として独立、現在のkirin株式会社創業へと駒を進めることとなりました。
「一本の木を植える」ことから始まるブランディング。「勝手に」HPも制作したワケ
kirinという社名の由来、また、現在の事業内容について教えてください。
kirinという社名は、10年勤めたデザイン会社を辞めた後、最初に個人として独立した時に付けた名前です。当初は、お客さまとの雑談の中から出た名前で、「響きがいいな」くらいにしか思っていませんでした。ただ、動物の“キリン”ではなく、“木”と“林”を結び付けた“木林”をイメージしていました。その後、ブランディングを中心に据えた会社であることと、キリンの“木”と“林”という文字から、「ともに育む森、というブランディング」というキャッチフレーズを考えました。
企業の困りごと、悩みごとの一部だけに関わるのではなく、その全体をしっかりとヒアリングし、丸ごと課題解決の道を探る。結果としてそれがブランディングにつながる。そういったスタイルが、事業内容のベースとなっています。
弊社が考えるブランディングとは、一本の木を植えることから始まり、手入れをしながら生活者とともに育む。それがやがては林に、そしていつの日か豊かな森へと育つ…林業に例えるとそういうものだとイメージしています。今は、そのブランディングを中心とし、企業の課題解決のためのさまざまな提案、生活者を豊かにするためのものづくりを行っています。
特に印象に残っている案件についてお聞かせください。
数年前、牡蠣などを扱う水産会社の仕事を手掛けたことがあります。当初は、ロゴの提案を仲介者から依頼されただけだったのですが、結果的には、ロゴを載せるためのホームページの提案までしました。依頼されていないのに、どうしても自分たちが作ったロゴを載せるホームページにもこだわりたくて、勝手に制作し、提案してしまったのです。結局、ロゴもホームページもクライアントに気に入っていただくことができ、ほかにもいろいろな取り組みを手掛けました。
制作段階では、海に潜ったり、山に登ったりしたほか、牡蠣を食べたり、その牡蠣殻を干して眺めたり…いろいろな試みをしました。そうしていくうちに牡蠣の美しさに魅了され、心の底からの牡蠣愛が育ちました。その思いは、手掛けたポスターなどに使用している牡蠣の写真にも表れていると思います。
結果、一連のブランディングによって、企業としての見え方が変わり、きちんと魅力が外へ発信できるようになりました。対企業との商談のきっかけが増え、メディアからの取材依頼や一つ星シェフの訪問など、クライアントのビジネスチャンスを拡げることができ、また、デザイン関係の賞などをいただくこともできました。
一方で、一般ユーザーへのアピールはまだまだ進んでいない面もあり、これからの課題となっています。木から林、そして森へと育むブランディングは、この先も続いていきます。
泥臭いほどの情熱で、ものづくりに取り組む。広島に留まらず、全国へ視野を広げて
御社の強みは何だと思われますか?
強みですか…正直、自分自身ではよくわからないんですが、スタッフに聞いてみたところ、「泥臭さ」「体育会系」「時代に逆行しているところ」などの意見が挙がりました。グラフィックの制作会社らしからぬイメージの単語ばかりですが、実際そうなのかもしれません。
例えばロゴ一つとっても、それは企業の資産になるものです。そして、ロゴそのものが優れたデザインだとしても、その扱い方次第で良くも悪くも見えてしまう。それではもったいないから根っこにある思いや価値観などを明確にしたうえで、しっかりデザインをします。そのため、頼まれてもいないホームページの提案をすることもある。それが泥臭いと言われるゆえんかもしれません。しかし、土台を固めることで初めてそのロゴは生きてくると思うのです。
kirinのクリエイティブマインドとして「クリエイティブに全身全霊で臨んでいます」とホームページに記しています。“クライアントの課題解決のために常に全力を尽くす”、“クリエイティブに全身全霊を注ぐ”。時には泥臭く見えるかもしれないその姿勢が、結果的に弊社の強みとなっているのかもしれません。
これからの展望、やりたい仕事などお聞かせください。
美術館のブランディングをやってみたい、という思いがあります。例えば、オリンピックや、有名アーティストの仕事などは、地方で活動しているわれわれのような存在には声すらかかりません。この数年、幾つかの賞をいただきましたが、実は、賞へのこだわりは特にないのです。けれど、賞という目標があることがクリエイティブ全体のレベルアップにつながっていると思いますし、いろいろな意味で受賞はありがたいと思っています。とはいえ、現状としてわれわれはまだ県大会出場レベルです。今後は、全国大会出場のレベルまで押し上げたいと考えています。そうすることによって、オリンピックや有名アーティストに関わる依頼が来る可能性も見えてくるはず、と信じています。
また、例えばF1レースが、すべてを最高の要素で作り上げることによって、自動車業界全体の発展やその起爆剤になるのと同様に、グラフィックの分野においてもそういったイノベーションを生み出す原動力になりたい、そしてクリエイティブのクオリティーを更に追求していきたいと考えています。
スタッフ全員で「高みを目指していきたい」。幅広くインプットする大切さ
これからのkirinが目指すことは何ですか?
私自身が最初に就職した会社では、師匠への依頼に対して、師匠のアートディレクションの中で、クリエイティブを形にするという仕事をしていました。優秀なアートディテクターのクリエイティブが最上位にあり、それを皆で形にするものづくりです。
kirinでは逆で、スタッフ同士で意見を求め合い、周囲に客観的な受け止めを聞くことが日常です。”自身の感覚を大切にしながらも幅広い意見から可能性を探り、より幅の広い視点で考えられたゴールを目指したい”と考えているからです。kirinのスタッフそれぞれの個性を生かした仕事で、kirinという一つのチームとして高みを目指していきたいと思っています。
クリエイターを目指す若い方へメッセージをお願いします。
まずはシンプルに、「頑張ってください!」と言いたいです。
特に、インプットをしっかりとしてほしいと思います。クリエイティブの仕事においては、誰もが経験によってある程度までのスキルを身に付けることはできると思います。ですが、さまざまなインプットがあるのとないのとでは、その後の差が開いてしまうと感じています。クリエイティブのクオリティーをあげるためには、常に幅広くインプットすることを心掛けてほしいと思います。
取材日:2024年10月30日 ライター:村上 雅水
kirin株式会社
- 代表者名:永戸 修司
- 設立年月:2022年4月15日
- 資本金:200万円
- 事業内容:ブランド開発/ロゴシンボルデザイン/広告/装丁/イベントのビジュアルデザイン/店舗のグラフィックデザイン/エディトリアル/パッケージ/グッズ/Web/UI/動画制作
- 所在地:〒730-0004 広島県広島市中区東白島町18-13東白島ビル201(白島オフィス)
- URL:https://www.kirin1.com/index.html
- お問い合わせ先:082-836-7693(白島オフィス)