新感覚のテキスト通話アプリが急成長。作り手に必要なのは「技術」より「熱意」
iOS用のテキスト通話アプリ「Jiffcy(ジフシー)」が10〜20代を中心にユーザーを拡大し続けています。開発・運営を行う東京の株式会社穴熊の代表取締役CEOである西村 成城(にしむら まさき)さんは、コミュニケーションの進化が新たな価値創造につながると信じ、Jiffcyを配信しています。若者のニーズをつかむJiffcyがどのようにして生まれたのか、西村さんの原動力や展望を伺いました。
経営者が“冒険家”でもあると知った学生時代
西村さんご自身の経歴を教えてください。起業はいつごろから考えていたのでしょうか。
小・中学生の頃は親の仕事の関係でシンガポールやタイに住んでいたのですが、当時の夢は冒険家でした。そんな頃に祖父が会社の経営者であることを知り、話を聞きました。刻一刻と状況が変わる市場を見極めたり、時には前人未到の領域へ踏み込んでいったり……経営も“冒険”であるのだと知り、将来の夢が冒険家から経営者に変わりました。
その後大学に進学し、在学時からさまざまなサービスを展開されたそうですね。
最初に立ち上げたのは、大学の講義情報をまとめたWebサービスでした。私は一緒に起業してくれる仲間を求めて大学に通っていたので、人脈を広げるために10個以上のサークルに所属していました。そうすると、単位を取得しやすい講義の情報が集まってくるんです(笑)。
そうした情報を整理して誰でも閲覧できるようにしたら、さらに有用な口コミが集まるようになり、やがては利益すら出せるようになりました。そこで、学校側に目をつけられたのでサービスをクローズしましたが、起業に向けての手ごたえは得られました。
大学に行く目的が明確なのはよいことですが「起業してくれる仲間を探すため」というのは驚きです。
しかし、ようやくできた仲間もやがて意欲を失って抜けていくことがほとんどで、大学時代は思いついたアイデアを形にする喜びとともに、チームを作る難しさも学んだように思います。
400万インストールの個人制作アプリが起業への弾みに
そこから、株式会社穴熊の設立へどのようにつながっていくのでしょうか。
在学時に親から「就職せずに起業したいのなら在学中に会社員にも負けないくらい稼いでみせること」と言われ、Android用のメモ帳アプリを開発しました。それが400万超のインストールを誇るヒットになり、条件を達成できました。
そうして2018年に大学を卒業すると同時に、メモ帳アプリをそのまま会社の資産・事業とする形で穴熊を設立しました。
穴熊という企業名に込めた意味を教えてください。
共同創業者が将棋への知見が深い人だったので、将棋の「穴熊囲い」にちなんで命名しました。穴熊囲いは守りを固めつつ、飛車や角で攻めもこなせる戦法のことです。会社を倒産させないよう守りを固めつつ、攻めの気持ちも忘れないようにという意味を込めています。
穴熊の現在の事業を教えてください。
ベンチャーキャピタルからの投資を運転資金に、現在は「Jiffcy(ジフシー)」というテキスト通話アプリ1本に注力しています。Jiffcyはテキストで通話感覚のコミュニケーションを楽しめる新しい形のSNSで、iOS用完全無料アプリとして配信中です。
Jiffcyの着想は、どのようなところから得られたのでしょう。
2018年に穴熊を設立したものの、2021年ごろまで急拡大するサービスを展開できていませんでした。同時期に起業した人たちが大きな成功を収めているのを見たり、コロナ禍が重なることで友人と気軽に会えなくなったりで、当時は落ち込んでいました。
誰かと話したい、恋しい気持ちはあれど、(コロナ禍なので)友人と直接会うことは憚られるし、かといって通話する気力もない……。私の中に「気軽なコミュニケーションをしたい」「声は出さず、かつリアルタイムで、そして相手に負担をかけない形で対話できるツールがほしい」という欲求が生まれ、それを形にしたものがJiffcyのプロトタイプとなるアプリでした。
「会話が弾む体験」を味わえる唯一のコミュニケーションアプリ
Jiffcyのプロトタイプをリリースしての反応はいかがでしたか?
プロトタイプは起動するとフレンドたちに通知が行き、その時に手が空いている人とテキストで対話できるというシステムでした。うまく相手が見つかると話が弾むのですが、そもそもの話としてなかなか対話が成立しないという課題もありました。成立したのは全体の10%程度だったと思います。
試行錯誤を重ねて、対話したいフレンドに電話着信のように告知するインターフェースを導入したところ、すごくいい反応を得られました。その時にはじめて「これは声を出さずに“通話”できるアプリなのだ」と気づき、大きな可能性を感じました。それがJiffcyへとつながっていきます。
Jiffcyという名称は、どのような意味が込められているのでしょうか?
「Jiff」は英語のスラングで「瞬間」、「少しの間」という意味があります。それに状態や性質を表す接尾語の「-cy」をつけることで「瞬間的な性質のもの」という意味を込めました。言い換えるなら、リアルタイムコミュニケーションということにもなりますね。
Jiffcyでの通話は、入力途中のテキストが相手からも見えるようになっています。既存のチャットアプリやSNSには見られない特徴ですが、なぜそのように発想されたのでしょうか?
誰かと対面して話している時は、相手が発言している途中に相づちを入れたり、仲のいい友人同士であれば発言途中で言いたいことを汲み取って返答したりしますよね。
そのような対面コミュニケーションならではのコンテクスト……つまり会話が弾む体験を味わえればもっと楽しいはずだという思いから発想しました。タイプミスも相手に見えるわけですが、会話が弾んで思わず言い間違えてしまうようなもので、これもコミュニケーションを盛り上げる一要素になると考えています。
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ユーザー同士が会話している様子
ユーザー数1億超を目指して「Jiffcy」を全世界で展開
ユーザーのコア層とユーザーからの反応を教えてください。
テストユーザーをTikTokで募ったこともあり、ユーザーは2000年前後に生まれたZ世代とα世代が中心です。「誰にも聞かれることなく通話できるアプリがほしかった」という声を多くいただいています。
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利用ステップ
そういうニーズは、携帯電話やスマートフォンの普及でなくなったものかと思っていました。
自分の部屋であっても、通話している声が廊下に漏れているかもしれない、それを親に聞かれているかもしれない……ということを気にする子は、今も多いです。電話は恋人や親友のような深い仲にある人とすることがほとんどなので、余計にそういう気持ちが働くのだと思います。
Jiffcyは2023年4月に招待制アプリとしてリリースされ、2024年7月に招待制を終了して一般公開されています。招待制にした理由と、一般公開に踏み切った理由を教えてください。
招待制にした理由は、ブランディングのためです。普及する前に出会い系などの踏み台に使われてしまうと、イメージが大きく損なわれて一般的なコミュニケーションツールとして普及する芽がなくなってしまいます。
ユーザーへのヒアリングや使用状況の確認で、面識のない人とJiffcyで通話する事例がほぼなくなったので、一定のブランディングができたと判断して一般公開に踏み切りました。ユーザー数は非公開とさせていただいていますが、一般公開してからの4カ月間でユーザー数は8倍に成長しています。
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利用画面
今後は海外展開にも力を入れていくとのことですが、海外での反応はいかがですか。
日本では電車のような公共の乗り物での通話はマナー違反ですので、そういう時にJiffcyを活用するユーザーが多く見られます。日本の次にユーザーが多いのはアメリカですが、アメリカは電車の中であってもみんな普通に通話をします。
しかし「親に通話を聞かれたくない」ニーズがあるのは日本と同じなので、そこを足掛かりにユーザーを拡大し続けています。
まずはユーザーを増やして認知を拡大するのが最優先で、ユーザーが全世界で1億人を超える規模にできたらマネタイズもしていこうと考えています。現時点では、完全に無料で使えるアプリですので。
ビジネスに必要なものは「プロ意識」と「熱意」
会社の展望を教えてください。
穴熊のビジョンは「人類の可能性を解放する」というものです。人類の可能性とは、既存の知識をもとに新しい何かを創造することを意味します。
人類が知識を蓄積し続けて己を高めてきたように、Jiffcyによるコミュニケーションで新たな価値を発想・創造できる……そんな未来を実現できればと思います。そのスピードを速めるためであれば、あらゆることをしていきます。
将来的には、通話以外の機能がJiffcyに実装されることもあるのでしょうか。
必要であると判断すれば、その可能性もあります。
今後、会社のスタッフを増やしていく考えはありますか。
今は少数精鋭を大切にしており、正社員と役員が合わせて4人、業務委託で関わっている人が15人という規模で運営しています。
SNSは少人数で運営できる業態のサービスですので急拡大は考えていませんが、ゆくゆくは社内スタッフを20人くらいまで増やしたいと思っています。
将来一緒に働くスタッフに求める人物像を教えてください。
穴熊は「挑戦し続けよう」「最高を目指そう」「大きくやろう」という三つの価値観を掲げています。
一つでも怠れば、Jiffcyを世界的なアプリにするうえで支障が出ると考えていますので、この価値観をすべて持っている人であることが望まれます。
最後に、西村さん自身の展望を教えてください。
私はこれまでにさまざまなサービスを展開してきました。その中には安定した利益を出せるものもありましたが、継続はせず今は事業をJiffcy一つに絞っています。
ビジネスが軌道に乗るほど自分の時間を多く費やすことになるわけですが、そこに熱意が伴っていないと「これが望んだ“冒険”なのだろうか?」という満たされない気持ちを抱く自分に気が付くことになります。
ビジネスに一番必要なものは、自分自身の熱意である。これが私の今までの経験から得た結論です。今後も熱意を大切にしつつ、会社のミッションである「人類の可能性を解放する」を実現できればと思います。
取材日:2024年12月10日 ライター:蚩尤
株式会社穴熊
- 代表者名:西村 成城
- 設立年月:2018年1月
- 資本金:7,181万円
- 事業内容:スマートフォン用テキスト通話アプリ「Jiffcy」の開発・運営
- 所在地:〒150-0043 東京都渋谷区道玄坂1-10-5 渋谷プレイス3階
- URL:https://anaguma.co.jp/
- お問い合わせ先:上記ウェブサイト内のお問い合わせフォームをご利用ください