「クリエイティブは、人を幸せにするためにある」 映画とTVCMの世界を行き来してたどり着いた思いとは
- 東京
- 株式会社TENRO 代表取締役 新藤 天朗 氏
写真:左)管理部 篠原 由季さん、右)代表取締役 新藤 天朗さん
トラックドライバーからスタートし、有名作品の制作現場へ
新藤さんは長年、フリーランスで活躍されていたと伺いました。まずは会社設立前までのキャリアについて教えてください。
10代からこの業界にいて、もう20年になります。もともと映像制作に携わりたいという思いがあって、専門学校に入りました。でも当時の僕は、学校の授業を楽しめなくて。映画を見た後に感想文を書くという課題で、先生からその内容を否定されたことがあったんです。自由にクリエイティブへの意見を出せないような環境で学ぶくらいなら、「もう現場に出ちゃったほうがいいんじゃないか」と思って。そんなときに、ある映画制作会社が美術トラックのドライバーを募集しているのを知って飛び込みました。
キャリアのスタートはトラックドライバーだったのですね。
はい。正社員ではなく、最初からフリーランスとしての契約でした。実際には映画の「進行見習い」という役回りで、車の運転をしたりロケ弁当の準備をしたり。やることはいっぱいあるんですが、月の報酬は5万円くらいと安いものでした(笑)。そのままずっとフリーで映画の現場に関わっているので、会社員になったことはありません。厳しい世界でコツコツと修業し、『スキージャンプ・ペア』や『海でのはなし。』などの有名作品に携わることもできた。そんなキャリアです。
ずっと映画の仕事をする中で、TVCMにも関わるようになったのはなぜですか?
映画の仕事を始めて10年くらい経った頃かな。Vシネマの現場で、スチールで入っていた人から「人を探しているので来てくれないか」と声をかけられたんです。とある大手広告プロダクションの仕事でした。それがTVCMに関わるようになったきっかけですね。
「お金に魂を売ったな」と言われても2つの世界を行き来し続けた
これまでとは違う新しい世界に入り込んで、カルチャーショックを感じることはありましたか?
ありましたね。映画は限られた予算の中で撮るので機材が限られ、「お金がなくても良いモノを作ろう」というスタンスで進めるのが当たり前です。でもTVCMは違う。これまでに見たこともないようなライトやカメラがたくさんあって、「なんだこりゃ」という感じでした。
映画を1本作るときの予算と、30秒のTVCMを作る予算が一緒ということもありました。ずっと映画だけをやってきたので、それはまさにカルチャーショックでしたね。やがて、伝統的な映画の作り方そのものに疑問が湧いてきて。「お金がなくても良いモノを作ろう」というのは分かるんだけど、はたしてそれだけでいいのか? と思うようになりました。予算がないことが当たり前になって、思考停止しているんじゃないかとね。
両方の世界を知っている人自体が少ないような気もします。
そうでしょうね。昔から、「映画畑」と「CM畑」は完全に区切られていましたから。CMの世界にも当然クリエイティブへのこだわりがあるんですが、映画畑の人はテレビの世界を軽視しがち。僕がCMの世界に入っていったら、映画の世界の先輩から「お金に魂を売ったな」と言われたこともありましたよ。
そんな風に言われてまで、あえて両方の世界で活動し続けてきたのはどうしてですか?
先ほども少し話したように、思考停止になってしまっている映画の現状を変えたいという思いがあったんです。
映画畑の人は、何だかんだと言って地力がすごいんですよ。僕は日本だけでなく、中国やフランス、ドイツなど各国のチームと一緒に撮った経験がありますが、日本のチームはすごく優秀ですね。限られた予算の中で最良のモノを作ろうとするこだわりが半端じゃない。海外では多くの場合、映画関係者はユニオンに守られているので、予算にも時間にも余裕があるというケースが多いんです。日本はそうじゃないから。
でも、そんな環境で鍛えられてきた優秀なスタッフが、いつまでも予算がないという悪しき慣習の中で制作に向かわなければならないのは悲しいことじゃないですか。僕はこれを打ち破りたくて、映画とCMの垣根を超えて挑戦してきました。CMの世界ではクライアントがいるから、十分な予算を確保できる。そんな戦略的なクリエイティブを映画の世界にも持ち込みたいと思って活動しています。
ハリウッド映画は、どうやって予算を確保しているのか?
具体的には、どんなことが必要なのでしょう?
要は、「映画プロデューサーはもっとビジネス感覚を身につけるべき」ということなんです。最近は映画とCMの世界を行き来する人も増えてきましたし、畑違いの業界から映画制作に参入する人も増えてきました。吉本興業の芸人さんとかね。僕はこれ、全力で歓迎すべきことだと思っています。映画って、誰が撮ってもいいと思うんですよ。面白い企画があって、ちゃんとした予算が確保できるなら、誰がやってもいい。
そんなコラボレーションなども含めて、もっともっとビジネス感覚を磨いていかなければいけないでしょう。「長年の下積みを経て、助監督、映画監督へ」という業界特有のキャリアプランに縛られる必要もない。今は一眼レフでも簡単にいい映像が撮れるようになったし、ネットで簡単に作品を発表できるようにもなりました。誰にでもチャンスがありますよ。
しかし、従来の映画業界の人たちにとっては「三流仕事」と見られてしまう可能性もあるのではないでしょうか? なかなか認めてもらえないような気もしますが……。
もちろん、映画人がこうした動きを敬遠する気持ちもよく分かります。それでも日本の映画界は変わっていかなければいけないと思う。賞を獲ることだけを目指していては、いつまでも進化できません。
僕は『バック・トゥ・ザ・フューチャー』などのハリウッド映画が大好きなんです。いわゆる「大作映画」を批判する人もいますが、現実には全世界で何億人もの人が見ているわけですよ。商業的に大成功しているんですね。ただ批判するだけじゃなくて、彼らはどんな風に予算を取り、制作しているのかを知りにいかなければいけないと思います。例えばハリウッド映画なんて、モノによっては「スタッフ全員にハイヤーを付ける」こともあるんですよ。僕自身、そんな世界へのあこがれも感じています。
1人のフリーランスには無理でも、会社ならできる
新藤さんは2014年にTENROを設立されています。フリーランスとして長いキャリアを持ち、すでに十分な成功を収めていたと思うのですが、なぜ会社を作ることにしたのですか?
きっかけは東日本大震災でした。
震災直後は通常のCM放映はすべて自粛し、動いていた撮影プロジェクトもすべて止まったんです。衣食住に直接関わるわけではないクリエイターは、震災にはとても弱い。「僕らの仕事は世の中に必要ないんじゃないか」という気さえしましたよ。1人のフリーランスとしてできることの限界も感じました。
当時、TVCMはACジャパンの公共広告ばかりが繰り返し流れていましたよね。鮮明に覚えています。
そうですね。あのときのTVCMを記憶している方は多いでしょう。
そんなとき、あるプロダクションから「震災をテーマにしたTVCMを作りたい」という依頼があったんです。その準備をするために原発20キロ圏内の街に入りました。そこには津波の生々しい爪痕があって、家ごとなくなっていたり、船が陸地に取り残されていたり。一方では塩害を受けた畑を復活させようとしたり、街をきれいにするために花を植えたりしている人たちも。被災地では150人くらいの人に会い、たくさん話を聞かせてもらいました。
ちなみに、これを覚えている人はいるかなあ……。あの頃テレビ東京は、他の在京キー局が震災報道番組だけを放送する中で唯一、アニメ番組を流したんですよ。不謹慎だと叩かれていた。でも被災地では、あのアニメ放送を見て笑顔を取り戻した子どもたちもいたそうです。あまりにも辛い経験をした被災地の人たちにとって、「テレビをつけても津波の映像ばかり」という状況は耐え難いものだったのかもしれません。テレビ東京がアニメを放送したことに心から感謝していた人たちもいたと聞きました。
クリエイターや番組作りに関わる人が、被災地の人々の心を癒した。
はい。確かに僕たちの仕事は、生きる上で欠かせないものではないかもしれない。だけど、人を幸せにするためには絶対に必要な仕事なんですよね。クリエイティブは、人を幸せにするためにある。僕はそのことに気付かされました。
またいつか大きな自然災害が起きたときに、1人のフリーランスでは対応できないようなことでも会社組織なら可能かもしれない。トラックに白布をつけて被災地へ行き、仲間と一緒にアニメ映画の一つでも上映できるかもしれない。そんな思いでTENROを立ち上げました。
プロフェッショナルとして、ちゃんと利益を出す
プロのクリエイターとしての矜持を感じます……。
うん。いろいろな人たちの思いを聞く。それを形にして伝える。それが映像の仕事の醍醐味ですからね。TENROは長年映画の世界で一緒にやってきた人たちと立ち上げたプロ集団です。「TENRO」という社名の由来は私の名前「新藤天朗」で、ちょっとおこがましいかもしれませんが、真面目に面白いものを作りたいと思って仕事をしてきた実績とブランドがあると思っています。おかげさまで、フリーランスのときには受けきれなかった規模の仕事を仲間と一緒に手掛けられるようになりました。
現在はどのような仕事が多いのですか?
大手ナショナルクライアントの仕事を広告代理店と一緒にやらせていただいています。クライアントや代理店の意向をしっかり汲み取りつつ、良い意味でそれを壊していくのも僕たちの仕事。例えば車のCMには、道路交通法などを踏まえた適切な作り方があるんです。そうしたプロの知見については、クライアントよりも代理店よりも多くのことを学んでいます。
一方で、大きな規模の仕事をやっている割には事務所などにお金を割いていません。だから会社の利益としてはかなり安定しています。プロフェッショナルとしてちゃんとしたものを作りながら、赤字を出さないように頑張っていますよ(笑)。企画や編集、クリエイティブ、予算管理までを一貫してできる人がうちには3人いますが、同じように総合力を持つ人を輩出するために若手育成にも力を入れています。
「しっかり利益を出す」というのは、映画制作の現場で新藤さんが感じていた課題感を乗り越えるためにも必要なことですよね。
そうですね。広告の仕事でちゃんと利益を出していけば、会社として映画制作を手掛ける際にもしっかり予算を投下できます。我ながら、稀有な経験ができる会社になったと思いますよ。フリーランス時代から僕を育ててくれた人たちに、本気で感謝しています。
全然違う世界の出身者とも、一緒に働いてみたい
これから映画やTVCMの世界を目指す人も多いと思いますが、どんな人ならTENROで一緒に働けますか?
「面白いことを面白いと思える」感性を持ち、常にアンテナを張っていられる人。これがいちばん大切ですね。CMって面白いもので、予算を全然かけていない、僕なんかが見て「正直ダサいな」と思ってしまうようなものでも、ものすごく効果的で長年続いているものもあるんです。そうしたCMならではのクリエイティブのあり方も含めて、幅広く興味を持ってほしいと思っています。
経験やスキル面で求めることはありますか?
現場の経験はいりません。「人に気遣いができる」だけでも戦力になりますから。PCは使いますが、まあMacの基本的な使い方に慣れていれば大丈夫です。
ただ、自分から積極的に学ぶ気持ちは絶対に求めたいですね。世の中の技術革新スピードが早くて、カメラは半年に1回新しいものが出てくるような時代です。業界の常識も毎日のように変わっていくので柔軟に対応していかなければいけません。僕自身、日々勉強しています。
もちろん古い機材の良さもあります。今でもあえてフィルムで撮ることはある。でも、それだけにとらわれていてはダメだと思うんです。新しい機材をどんどん使って、新しい表現に挑戦していく。それがクリエイターというものでしょう。
ありがとうございます。最後にぜひ、TENROとして今後挑戦したいことについても教えてください。
映像制作のプロフェッショナルが集まっているので、ここからさらに派生して得意分野を広げていきたいですね。チーム皆で、尖った者同士の集団として、斬新なモノづくりに挑んでいきたいと思っています。
映像だけでなく、写真とか雑誌とか、挑戦してみたい世界もたくさんあります。TVCMをやっているからこそ分かる映画の良さがあるように、異なる世界からクロスオーバーすることが本当に面白いモノを生み出すポイントだと考えているので。だから、全然違う世界の出身の人とも一緒に働いてみたいですね。フランクにやりたいことを語り合って、互いの長所を生かしながらモノづくりをする。そんな会社であり続けたいです。
取材日:2017年6月23日 ライター:多田慎介
株式会社TENRO
- 代表者名(ふりがな):代表取締役 新藤天朗(しんどう てんろう)
- 設立年月:2014年6月
- 事業内容:TV・WEB コマーシャル、映画、TVドラマの企画・制作・協力、エンターテインメントコンテンツの企画・制作、販売および輸出入並びに著作権管理、映像に関するプロモーションの企画・制作、クリエイターマネジメント業務、各種イベント・セールスプロモーションの企画・制作・運営、デザイン・キャラクターの企画・制作、写真やグラフィックデザインの企画・制作、撮影に関するロケーションコーディネート業務
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