50代の挑戦。「禅の里」を舞台に、夫婦で紡ぐカフェの夢。シニアに希望と勇気を伝えたい。
- 福井
- COZY COFFEE 林 浩治 氏
アパレル業界で長年、仕事をされていたのですね。
福井県内の高校を卒業後、名古屋に本社を持つ、メンズカジュアル主体のアパレルメーカーに就職しました。2年ほど経って福井の営業所に配属となり、地元に戻ってきました。30歳を迎える前に、当時の営業所長とともに独立して、アパレルの代理店を立ち上げました。Hanes(ヘインズ)とChampion(チャンピオン)の代理店として、北陸地区のショップにシャツやソックスを卸していました。この時期に流通というものをしっかり身につけることができました。
仕事は順調に進みましたか。
ブームもあって、仕入れがあると即、引き合いがあるという状況でした。しかし、インターネットという黒船がやってきて、メーカーが一般消費者にも直接商品を卸すようになり、代理店の強みが失われていきました。フェイス・トゥ・フェイスの商売が難しくなる危機感を覚え、アパレル業界に魅力を感じられなくなっていきました。
そこでなぜ、コーヒー豆の焙煎にたどり着いたのですか?
クリエイティブ・ディレクターとして、自分でモノをつくり、ブランディングをして、マーケティングもしていけるような仕事ができないだろうかと、ずっと考えていました。今まで自分が培ってきたことを生かして何かできないかと考えていくうちに、サードウェーブコーヒー(※1)が流行り始めたのを見て、これが自分の探していたことだと確信し、50歳を迎えた時に、アパレルからコーヒーの焙煎とカフェという道への転身を決めました。地域密着のカフェを開設する講座が開かれているのを知り、受講し、さらに開業プランコンテストで最優秀賞を受賞したことで自信がつきました。一方で、生活のために昼は配送、夜は皿洗いのアルバイトをしながら、師匠に付いて焙煎の技術を学び、日本スペシャルティコーヒー協会のコーヒーマイスターの資格を取りました。
※1 サードウェーブコーヒー 米国におけるコーヒーブームの第3の潮流。19世紀後半から1960年代まで続いた大量生産・大量消費のコーヒーが第1の波、2000年ごろにかけて広がったスターバックスなどのシアトル系コーヒーに代表される深煎(い)りコーヒーが第2の波とされる。煎りたて豆を目の前でドリップして淹(い)れるスタイルが「サードウェーブコーヒー」とされ、日本でも2015年に「ブルーボトルコーヒー」がオープンするなどの動きが広がった。
永平寺町で開店された経緯を教えてください
母親の実家があり、いとこが17年間この場所でスナックを経営していました。50歳を迎え、子どもたちも大学を卒業し、それまでのことを一度断捨離して、新たに生まれ変わりたいという気持ちがありました。そんな時に、いとこが「新しい事業をやるのならばこの場所でやれば」と誘ってくれました。妻がひと目見て、「ここでやろう」と言ってくれたことで、この場所を譲ってもらう決意をしました。50歳で心を浄め、精進して新しい道へ向かおうとする私のスピリッツが永平寺という舞台を通して伝わるかなと思いました。ここで生まれ変わりたいという自分の想いを、永平寺町が受け入れてくれて、まさにここに導かれたと言えば言い過ぎでしょうか?
禅をコンセプトに、ドリップバッグ「精進」「浄め」を開発
場所が決まってから開店されるまでどれくらいの期間がありましたか?
物件を譲渡してもらう話がまとまったのが2016年6月。夏から急ピッチで改装に取り掛かり、10月1日にオープンしました。融資については、はじめに地銀の創業支援ファンドを利用して焙煎機とショーケースを購入、次に建物の改装にかかる費用について融資を受けました。
COZZY COFFEEの独自性を出す商品開発についてうかがえますか。
「冷めてもおいしいコーヒー」が店のコンセプトです。シングルオリジン(※2)の豆を芯までしっかり焼いた深入りのコーヒー豆の数々を、お客様にまずテイスティングしていただくスタイルをとりました。しかし、シングルオリジンは自分にとってはアイテムに過ぎず、幹の部分ではないので、自分のブランドを作らなければいけないと思いました。店の近くに「浄(きよ)めの滝」という滝があり、女性をターゲットにしたカフェインレスコーヒーとして、「浄め」のブランドアイデアが生まれました。対象的に、タフなビジネスマンをターゲットに、コクと苦味のあるガッツリとしたブレンドを考え、「精進」と名づけました。2016年12⽉に福井県が県内で創業する事業者に、新商品開発を補助する「ふくいの逸品創造ファンド事業」の採択を受けたことから、パッケージデザインにも積極的に取り組むことができました。
※2 シングルオリジン 産地を国単位で捉えるのではなく、農園など、より小さい単位で捉え、栽培品種・生産方法にこだわった安心で上質な生産者の顔が見えるコーヒー。
パッケージデザインにはどのような工夫を凝らしたのですか。
知り合いのデザイン会社に依頼して、永平寺町で誕生した店のコンセプトを表現してほしいと伝えました。「精進」「浄め」というネーミングもそうですが、「禅の里」を感じてもらえるデザインが必要だと考えました。アパレルの仕事の経験から、商品にとって品質の良さが大切なことはもちろんですが、デザインがブランドイメージを大きく左右し、お客様の選択を促す重要な要素になると考えました。プロのデザイナーに依頼し、自分の考えを伝え、コミュニケーションが図れたことで、思いがカタチになりました。金色と銀色のパッケージはコーヒーを味わう際の特別なひと時を演出するツールにもなっていると思います。今年9⽉には、このドリップバッグが永平寺町の特産品ブランドにも選ばれました。
独立し、自分をコーヒーの道に順応させた
焙煎やカフェも競争の厳しい世界だと思いますが。
自分がすべてを管理できる事業でなくては、資本力のない小さな事業体ではたち行かないと思いました。そこで、コーヒーに巡り合ったというか、むしろ自分を変化させ、コーヒーの道に順応させたというほうが正しいでしょうか。焙煎職人、バリスタという技が加わっただけであって、取り組んでいることはアパレル業界にいた時と、それほど変わらないと思っています。流通は全く一緒ですし、接客も営業マンとしてやっていたことと同じです。全てが自分の経験に基づいているのかなと感じています。
永平寺町の地で、すっかり地域に根付いた印象がありますが、地元地域との関係はどのように形成されてきたのですか。
地域の人たちに親しんでもらえればと、春と夏にイベントを2回開催しました。ポイントは、やはり町おこしですね。この店が希望のともしびとなって、永平寺町も巻き込んだ中で、、みんなが笑顔になってくれれば良いなと思っています。春のイベントには町長に来ていただき、店の前の道路沿いにはプランターが設置されるなど少しずつ地域に認めていただいています。
今後どのようなサービスを提供したいとお考えですか? 目指していること、今後の展望、将来のビジョンなどをお教えください。
自分でモノを作って、それを売ること。自分では「コーヒーセレクトショップ」と呼んでいますが、自分で焙煎した豆を売るという基本は守っていきたいです。裏を返せば、それしかできないということになります。ランチやケーキが作れるわけでもなく、お客さんに合わせていろんなことができるわけでもない。僕はコーヒーしかできないので、それで充分なのです。アパレルの時もそうでしたが、自分が企画して売れると思ったものは、思ったとおり売れました。自分が良いと思うものを、自分が良いと思う市場で、自分が売れると思う方法で売りたいと思っています。
音楽ダウンロードコード付きのコーヒー豆販売に取り組む
県外の方々へはどのように発信されていきますか?
東京の南青山にある福井県のアンテナショップで商品を販売させてもらったことがあります。単に東京で販売するだけでなく、ぜひ、永平寺町のこの場所に足を運んでいただいて、この空気の中でコーヒーを味わってもらたい。体験してもらいたいと思って、情報発信しています
具体的には、どんなことをされているのでしょうか?
かつて、テニスを通じて知り合った若者が東京で、ベジタブルレコードという自主制作レーベルを立ち上げました。彼らが、コーヒーとビールを楽しめる専門店「Vegetable Corporation」を台東区元浅草に、2017年9月にオープンし、当店で焙煎した音楽ダウンロードコード付きのコーヒー豆の販売を行なっています。五感を刺激し、リラックスさせるコーヒーと音楽のコラボレーションによって新たな商品の開発を進めており、まさに東京で展開を始めたところです。
シニア世代向けに、コーヒースタンド創業支援セミナー開催へ
今後は、シニア世代に向けたコーヒースタンドの創業支援を目指しているとか?
シニア世代を対象に自分が今までに培ってきたノウハウを伝え、コージーコーヒースタンドの創業・独立・経営をしていただき、そこに焙煎した豆を納める。「精進」や「浄め」のオリジナルブランドがより手軽に、わざわざここに来なくても楽しんでもらえるような場所を提供していきたいと思っています。シニアの方を対象にした講座を来年の春から実施していく予定です。コーヒースタンドはコーヒーを通じて、コミュニケーションを図る場で、ある意味お客さんを絞り込んでいます。尖った感性を受け止めてくれる人たちに来ていただきたい、そういう繋がりの場をつくっていきたいです。
尖ったコーヒーとはいえ、近所の方々もお見えになりますよね?
80代の方たちにも愛用してもらっています。皆さん、コーヒーチェーン店に行くのとは違って、コーヒーしかない尖った店に来るから、ちょっと正装したり、気取って来られます。若い世代のオシャレな人達とも知り合うことが出来る。「よそ行きのお店」には「よそ行きの出会い」があるんですね。なんでもかんでもウエルカムなチェーン店のようにすると、そういうお客さんばかりになってしまって、ですからそこは尖りたいと思っています。
一緒に働くスタッフに対して、会社としてどのようなことを求めますか?
首都圏ではコーヒースタンドが若者の文化になっていますが、福井では若い連中ではなく、シニアの我々がやるべきで、若い人たちを我々が迎えていきたいと考えています。ですので、50歳以上の人間しか店では雇用しないように心がけています。マニュアルのない世界ですので、懐の深さで、いろいろな対応を上手にしてもらうことができます。今ストレスを抱えて、悩んでいる若い世代がこの店に来て、両親には言えないような話しを我々が少しでも聞いてあげられればと思っています。
取材日:2017年9月14日 ライター:加茂谷慎治
COZY COFFEE