WEB・モバイル2017.11.01

仙台に根を張り、東北の魅力をデザインで世界に発信

仙台
仙台デザインワークス株式会社 代表取締役 和田 冬樹 氏
仙台に根を張り、地域のデザイン業界の盛衰を数多く目撃してきたという仙台デザインワークス株式会社の和田冬樹(わだ ふゆき)さん。長く個人事業主として、デザイナーとして活躍してきましたが、2017年1月、満を持して法人化しました。照れながらも「一番大切」と語る3人の従業員とともに、新たな船出を迎えました。ウェブ、グラフィック、映像制作、イラストレーション……。日々進化するデザインの世界で「業務拡大」という大きな一歩を踏み出した理由と今後の展望、未来を築く人材について強いまなざしで語ってくれました。

個人でできる最大の「地域貢献」は働く場をつくること

この1月に株式会社組織に改編、大きな転機を迎えていらっしゃるそうですが。

私の中で40歳というのは大きな区切りの年齢でした。これまで青年会議所を通して、個人としても仙台の街と深く関わってきて、祭りやイベントにも参加してきました。しかし40歳で青年会議所を卒業し、そろそろ個人でできる地域貢献をしようと思ったのが会社を興したきっかけです。仙台も、東北も、日本全体で景気が悪い中、そういうときに企業に求められる役割というのは、人を一人でも多く雇って、その人たちにちゃんと給料を支払うことだと思います。地元の企業が大きくなって、税金を納める、働く人を雇って、さらにその家族まで養うこと。私はそういう形で地域に貢献していきたいと考えています。

社名のポイントは仕事の内容が誰にでもわかること

「仙台デザインワークス」という社名の由来は?

この土地でずっと働いてきましたので、「仙台」はmustでした。さらに、デザインの仕事をしているということがクライアントを含め、誰にでもわかる社名にしたいと考えていました。そういう名前で仙台のデザイン業界に会社として残っていくことが大事なのです。

デザイナーの卵を惹きつけた仙台の魅力

長野出身の和田さんが、なぜ仙台でデザイン会社を創ることになったのでしょうか。

高校生の頃、グラフィックデザイナーになると決めて、3年生の夏に東京に出かけました。その当時の東京は排気ガスが充満していて、臭いもすごいし、ゴミもいっぱい落ちていて……。長野の自然豊かな土地で育った私には合わないなと感じました。それで知り合いが暮らしている仙台に来ました。空気もきれいで、緑も多い仙台は18歳の私には美しく見えた。仙台の専門学校に通うことを決め、そのまま仙台に根を張ってしまいました。

異業種での体験が経営者としての今の自分につながる

それからずっと仙台のデザイン業界でお仕事をされてきたのでしょうか。

専門学校に通いながら、デザイン会社で2年間勤めました。しかし20歳の頃の私は車が欲しくて!(笑)。車の購入資金を貯めるために、大手のカー用品販売会社に転職しました。そこでの3年間がものすごく濃密で!従業員がトイレを素手で掃除したりするような、啓発的な考えのある会社だったのですが、私にはこの会社の雰囲気が合っていました。社訓の「凡事徹底」の通り、普通のことにも徹底して取り組みました。車の整備もできるほどになり、3年間で多くのことを学ぶことができたと思います。

それほど濃い3年間はハードでもあったのではないでしょうか。

そうですね。非常にハードな3年間でしたね。お客様と密なコミュニケーションをとる中でも、ノルマを課されていて成果を上げなければならないジレンマもありました。でもその3年間で、気持ちを切り替えるための精神の在り方や、スケジュール管理、資金をうまくやりくりする方法も学びました。デザイナーという仕事は部屋にこもって作業している時間が長くて、中には人と会うのも嫌だという人もいますが、会社を経営していくためには、まともにコミュニケーションも取れない、社会通念もよくわかっていないというのでは困ります。本当にハードではありましたが、このときの経験が、独立したときに非常に役に立ちました。

デザイン業界に復帰。独立までの道のりとは

その後、デザイン業界に戻られたのですか。

デザイン会社に就職して、現在でも仙台で発行されている地域情報フリーペーパーの制作をお手伝いする機会に恵まれました。最初は所属会社から出向という形でしたが、その仕事を丸々私個人で請けて独立することになりました。

当時はまだ20代ですね。不安はなかったのでしょうか?

不安がなかったわけではないのですが、カー用品販売会社を辞めた時点で、次は独立と決めていました。デザイン業界は徒弟制度の厳しい世界で当時でさえ、すべて修行だと思わないとがんばることはできなかった。当時は、先輩方を見ていても、最終的にこの業界は、独立するか、デザインをやめて管理職になるかという選択肢しかありませんでした。そこでデザインを続けていこうと思ったら、独立は自然な成り行きですし、目の前に独立のチャンスがあったので自分の力でつかみ取ったということです。

仕事は自分の目の届く範囲でコンパクトに、丁寧に

20代で独立、個人事業主となったわけですが、これまで会社をコンパクトに保ってこられた理由は何かあるのでしょうか?

最初に就職した会社も、独立前に勤務していたデザイン会社も今はありません。電通、博報堂、第一エージェンシーのような大手代理店以外、仙台で名の通っていた会社はすべてなくなってしまいました。それがトラウマになっているところがあって、拡大すると会社がつぶれてしまうというのは、この業界の定説のようなところがあります。だから私は自分の目の届く範囲でなるべくコンパクトに、丁寧にやっていこうと思ってここまできました。

WEB、グラフィック、動画、ネット構築業務拡大で視野は仙台から世界へ

しかしそれを乗り越えて株式会社に、そしてWEB、ネットショップ構築、動画まで幅の広い制作を行っていらっしゃいますね。

自社でWEB、グラフィック、動画もできるということは発信もしやすいということです。東北以外の地域から訪れる観光客の数も少なく、東北は経済的にも全国から取り残されている気がします。私の地元、長野は、かつて日本一東京から遠い県庁所在地といわれていましたが、今は新幹線と高速道路ができたおかげで活性化されています。たまに帰省すると、県外ナンバーの車がたくさん走っているのを見て、驚きました。ところが仙台を走っている車は宮城、仙台ナンバーがほとんどで、その他は福島や山形ナンバーばかりです。東北6県のどの県を見ても、東北のエリア内で移動している人が多いと感じます。それに結局、県外や東北以外から人を呼ぶといってもその数には限界があります。そこでさらに大きな経済交流の場として海外に活路を見出したとき、例えば東北のお酒を海外に売るとすれば、我が社ならネットショップの構築から、動画も含めた紹介サイトも作ることができます。業務内容をうまく使って、世界に東北の魅力を発信していけないか、今後はそういう視点で仕事を拡げていきたいと考えています。

業務特性を活かして盛り上げる、仙台の冬の風物詩

現在、和田さんがスタッフの一人として進めている、仙台のメインストリート、定禅寺通りをイルミネーションで彩る「SENDAI 光のページェント」の広報活動にもそういう視点は生きていますか?

もちろんです。「SENDAI 光のページェント」を、HPやSNSなどさまざまなツールを使って世界に発信できないか、現在いろいろ試しているところです。テスト段階ではありますが、「SENDAI 光のページェント」のネームバリューもあってやはり反応は良いですね。おかげさまでフォロワー数も増えています。ただ海外のお客さんを大勢呼ぶには、まだまだ足りないと考えています。

見る人、利用する人すべての喜びとなるような自社媒体を作る

現在は既存のクライアントからの依頼を中心とした仕事をされているとのことですが。

業務を拡大する中で、自社の媒体を作ることも目指していきたいです。我が社のスタッフは一人ひとりが高い能力を持っています。彼らの優れたアイデアを具現化して、形にする、そんな媒体を作りたいのです。私は地域への貢献や人の喜びにならない仕事は長くは続かないと考えています。先ほどの日本酒の紹介サイトに例えるなら、紹介文を読む人、日本酒を買う人、さらにそれを飲む人も幸せになることが重要です。ですから自社媒体は、人に喜びを与える、人を幸せにするという視点で制作するものになると思います。

一番大切なことは、スタッフの未来がより良いものとなること

業務拡大に自社媒体を作るとなると、さらに従業員の力が必要になります。

そうですね。今は従業員数を考慮して仕事を受けています。業務拡大となると、より彼らの力に頼ることになるでしょう。ただ私にとって一番大切なのが、スタッフだということに変わりはありません。こんな小さな会社で働いてくれるなんて、ほんと涙が出てくる!だから自社媒体もつくりたいし、業務拡大も目指していますが、一番はスタッフ一人ひとりが今年より来年、来年よりその先と、さらにより良い環境で働いていけるようにすること。この仙台で長く働いていくことこそが大切です。

デザインという仕事を楽しむ、熱意ある人材を育てたい

将来的には新たな人材の育成も必要になってきますね。

せっかくデザインの大学や専門学校を出ても、仙台には受け皿がありません。デザインの仕事をする場所そのものが多くないのです。小さくても、我が社がその受け皿になれればと思っています。幸運なことに、現時点で我が社には即戦力がそろっていますし、若い人には学びながら長く働いてもらいたい。制作の仕事は楽しめる熱意が非常に重要だと思います。チラシ1枚を作って、それが世に出るということに喜びを感じられる人と一緒に仕事をしたいと考えています。楽しく、興味を持って仕事に取り組む、仕事を苦に思わない人をデザイナーとして今後は育ててみたいですね。

取材日: 2017年9月4日 ライター: 飯田裕子

仙台デザインワークス株式会社

  • 代表者名:代表取締役 和田 冬樹(わだ ふゆき)
  • 設立年月:2016年10月
  • 事業内容:グラフィックデザインおよび書籍・雑誌・広告・各種印刷物制作、
         Webデザインおよびホームページ制作、イラストレーション、
         映像制作ほか
  • 所在地:〒980-0803 宮城県仙台市青葉区国分町3丁目4-15-301
  • URL:http://www.sendaidw.co.jp/
  • TEL:022-715-5338
  • FAX:022-715-5338
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