業界内の口コミだけで13年! アニメ制作現場で活躍し続ける下請け企業に迫る
この記事は、とりわけこれからアニメ業界を目指す人へ送りたい記事である。株式会社シアンは2006年の開業以来、アニメーションの撮影や特殊効果などを手掛ける下請けの制作会社として数多くのアニメを支え、世に送り出してきた。取引先に名を連ねるのは大手ばかりだが、企業のWebサイトは存在せず、ほとんど業界内の口コミだけで13年間を繋いできたという。その評価を培ったのは何か? その秘密を、桑良人代表取締役にうかがった。
起業した瞬間に「はしご」がなくなる不運
起業に至った経緯を教えてください。
いくつかの会社を移りながらずっと撮影の仕事をしていたんだけど、自由にやりたかったんですね。やりたいようにやるには独立するしかなかったし、「作品があるから独立しないか」という誘いもあったので独立しました。けど、その作品が独立した瞬間になくなってしまって(笑) 。そのあとは自分で営業したんですが、当時はお金もないのでサラ金に借金もしました。
御社は設立時の資本金が5万円と伺いました。アニメを作るうえでは少なそうに聞こえますが、一般的にはどうなのでしょうか?
うちは下請けなので資本金が大きく必要なわけではないんですよ。資本金は支払える保障金額となるわけで、基本的にうちが支払うのは社員だけ。どこかに大きく制作を委託するわけではないので、高額な資本金は必要じゃなかったんです。資本金が少ないと見た目は良くないですけどね。
とは言えかなり苦労のあるスタートダッシュだったようですが、会社が「落ち着いた」と思ったのは何年目でしたか?
10年経ってからです。それでも落ち着いているとは言えないですね、まだ。ひっくり返りかけるのを毎度なんとかこらえて、あっちふさいだらこっちが開いてって感じですよ。
ひっくり返らないようこらえるのに、大切だったことはなんでしたか?
仕事の確保ですね。
では、仕事はどうやって繋いでいくのでしょうか?
基本は口コミです。うちは会社のWebサイトも設けていないので、制作や監督との信頼関係で成り立っていますね。
なにが評価されているのでしょうか?
制作をいじめないことでしょうか(笑) よくある話で、いじめているつもりや責めているつもりがなくても、仕事の材料がいつ入ってくるかわからないと問い詰めちゃうじゃないですか。今は制作の仕事もきついので、大事にしてあげないとね。おたがいさまです。
今までで一番ギリギリだった納品って、どんなお仕事でしたか?
放送前日にもらったものかな。通常では間に合わないから、このへんで切り上げるっていうジャッジをするわけです。絵が間に合わなくても、白い画面を流すわけにいかないから間を埋めるしかない。そういう作業も制作と共同でやるわけです。
でも往々にして、みんな自社で作っている気になっちゃうんですよね。基本は共同作業。「どうやって上手くリンクしていくか」っていうのが一番大事だと思います。
人との関わりがとても大事なんですね。
もちろん。
雇用の際に見るのは「技術1:人間性1:センス1」
人を雇用する際に、技術と人間性をどのくらいの割合で考えていますか?
「技術1:人間性1:センス1」くらいですね。
具体的に、どんな人がいいですか?
どんな人っていうのは特別ないですけど、真面目な人がいいかな。面接のときには、落書きでもスケッチでも構わないので、描いた作品を持ってきてもらっています。絵の上手い下手を見ているわけではなくて、感覚的に絵心があるかないかを見ているんです。もちろん、それだけを見ているわけではないですが。
つまり、仕事をしていくうちに絵が上達していけばいいと考えているのでしょうか?
そうですね。見る目があればやっていくうちに上手くなるので。感覚の部分が鍛えやすいのは20才までですから、就職するころには鍛えるのが難しいんですよ。それから撮影ではもうレイアウトは決まっていますから、実際に絵がかける必要はないんです。ただ判断する目はないと、最終的な絵に持っていけないので。それにはやっぱり自分も多少は描けないとって僕は思うんですね。
では20歳までに基礎を伸ばすために、「これはやっとけ」と思うことはありますか?
一番は、絵を描くか写真を撮るかビデオを作るか、なんでも構わないので、とにかく「画面」を作ること。 構図や色彩感覚などを身につけてほしい。だって、アニメーターになるっていうのにアニメの絵しか描けないんじゃ話にならないんですよ。ある程度デッサン力もないと途中で伸び悩みます。
桑さんが10代の頃は、基礎力を伸ばすために何をしていましたか?
僕が絵を本格的に書き出したのは高校を卒業するくらいの頃なので、遅かったです。そうなるとしんどいです。一時は落書きですけど、1日100枚を目標に描いていました。その頃は、これやってダメだったら普通の仕事をやろうと思ってました。
その頃はなにで描いてたんですか?
鉛筆です。50枚入ってる白いレポート用紙みたいなのを1日2冊。授業中ずっと描いてました。写真だったら、他人に評価してもらいながら、外を歩くときは必ずカメラを持っているくらいのつもりで撮るのが一番。できるだけ若いうちに。別に歳を取ってからでもできるんだけど、大変だからね。
稼ぐために技術を身につける
高校のあとは専門学校へ進学されたんですか?
いえ、大学は海洋工学部を出ました。
アニメとは異なる畑だったんですね。最初の会社では苦労がありましたか?
苦労したっていうか当時は食えなかったので、まずはなによりも食うことが優先。だって当時は、大卒関係なく初任給が12~13万で安かったもん。稼ぐために技術を身につけていく。安くても、ひたすらやっていれば2、3年でそれなりに食えるようになる。逆に2、3年で食えなければ辞めた方がいい。
それは今も変わらないですか?
変わらないと思いますけど、そんなことしたら人が残らないから今はもうちょっとゆるいです。少し長い目で見ているし――ほら、よく給料が安いと騒いでる記事もあるじゃないですか。ああいう記事を見ても、昔だったらたぶん「もう辞めなさい」って言っているような。会社的には辞めなさいとまでは言えないので「とりあえずお給料は出しますよ」って。それでもあそこまで出ているなら業界的にはまっとうに感じます。
給料というより、歩合と思った方がいいくらいなんでしょうか。
絵描きは絵を描いてなんぼですから、絵描けないんならやめた方がいいです。描ける人は、月100万以上稼ぐ人もいますよ。
それを聞くと夢が出てきますね。
やっぱり描ける人は稼げる業界だと思いますよ。
絵コンテを見れば望遠か広角かがわかる
これまでたくさんのクリエイターと関わってこられたと思いますが、印象的だった人はいますか?
最近だと窪岡さんかな。凄い人です。TVアニメ『はるかなレシーブ』の監督です。コンテ絵を見たら、どういうカメラで撮っているか、広角なのか望遠なのかがはっきりしている。本当にすごいです。レンズが意識できると、どこにポイントをおいて画面を作ればいいかがよくわかる。ずいぶん勉強させてもらいました。
『はるかなレシーブ』はスポーツアニメですから、視点移動が目まぐるしそうですよね。
あれだけ視点移動があると、その中で混乱しないように作るのが大変です。コンテでそのへんしっかり描いてないと一瞬で今写っているのがどのキャラかわからなくなっちゃうんだよね。
監督まで行く人には、やはりそれぞれ魅力というか、長所があるものでしょうか?
なにかしらあると思うんですけど、たまたま監督になっちゃったっていう人もいるし、千差万別です。絵コンテを描かずにシナリオと音だけで、あとはもう現場にすべて任せたっていう人もいます。
これからもアニメを作り続ける企業であるために
お仕事現場はどんな雰囲気ですか?
仲はいいと思います。うちは割と距離が近いほうかな。
一緒に働いているスタッフの皆さんに対して、会社としてどんなことを求めますか?
「しっかり仕事しろ」と、「しっかり勉強しろ」。勉強っていうのは、基礎的なこともあるし、そこから先の応用もあります。勉強はやってもやっても終わらない。僕もいまだに新しいことを勉強していますから。
今はどんなことを勉強しているんですか?
今は3Dとプログラムを勉強してます。技術系は新しいことがどんどん出てきますから、勉強はずっと必要になると思いますよ。
今後、どのような会社にしたいですか?
いつもバタバタしているので、もうちょっと落ち着いた会社にしたいと思っています。仕事の回転は落ち着いてきたので、人を増やして全体の流れをすっきりさせたいです。
人を増やすというと、技術者ですか?
もちろんそうです。制作というか管理関係も増やすつもりで人を入れているんです。今までは撮影する人が管理まで全部やっていたんですね。全部の流れがわかるので、幹部を育てるっていう意味では大事なことではあるんですけど・・・。ただ会社的にいうと本来の稼ぎは「撮影」なので、進行的なことまでやらせてしまうとそのぶんだけ稼げなくなっちゃいますから、それをちょっと分岐していこうかなと考えています。
取材日:2019年8月2日 ライター:渡辺 りえ
株式会社シアン
- 代表者名:代表取締役 桑 良人
- 設立年月:2006年7月
- 資本金:50,000円
- 事業内容:アニメーションおよびコンピュータグラフィックの企画立案、および制作
- 所在地:〒177-0052 東京都練馬区関町東1-15-7 ファーランジュ武蔵関301号
- お問い合わせ先:03-3594-7040