新潟の“すごい日常”を伝えたい! 地域を深く知る雑誌を10年ぶりに復刊
日本一酒蔵の多い県、新潟県。その全88蔵に足を運び、時には4ヶ月ほぼ毎日1つの酒蔵に通いつめ、酒造りの工程を取材してきた編集者・高橋真理子さん。彼女が代表を務める株式会社ニールでは新潟県人も知らないような、新潟の食文化の背景を深く知ることができる雑誌「新潟発R」をはじめとした、新潟ならではの出版物を発行しています。実は彼女は群馬県沼田市出身。外の地域から移住したからこそ気づいた「地方の魅力」はどこにあったのか、その視点に迫ります。
編集の醍醐味は、普段会う機会がない人から深い話を聞けること
出版・編集に携わるようになったきっかけを教えてください。
教員を目指して大学で教員免許を取りましたが、社会人経験を積んでから先生になりたいと考え、絵本や児童雑誌の編集者を志して出版業界に入りました。 入社した会社では、子供向けの、動物園で会える動物図鑑を作るために1年間飼育係に密着するなど、3年間みっちり本作りに関わることができました。その後転職し、女性向けの生活情報誌「レタスクラブ」で、旅のページを中心に編集に携わりました。
出版や編集のどのようなところに魅力を感じましたか?
仕事を通して様々なジャンルの方や、普段会う機会がない方と、いきなりお会いして深いところまでお話しできることですね。そして楽しい面でもあり、大変な面でもありますが、チームで積み上げていったものが一つの形になるところです。この仕事をずっと続けたいと思うようになり、3年半『レタスクラブ』の制作に携わってから、新潟在住の夫と結婚してからも新幹線通勤で1年半東京勤務を続けました。その後出産まで仕事を続け、退職してフリーになりました。
独立のきっかけは妊娠だったんですね。
退職後も『レタスクラブ』の仕事をフリーとして受けていて、出産後も休んだのは実質1~2ヶ月くらい。入院中もゲラを読んでいました(笑)。当時住んでいた新潟県の六日町という地域は、私の実家の群馬県沼田市に近く、さらに子どもが1歳になったときに夫の転勤が決まりましたが、赴任先である新潟市には夫の実家があったので、両親や夫の家族の協力を得て、育児をしながら仕事をすることができました。
フリーになり、自ら憧れの雑誌に企画を売り込む
独立したときに取り組んだことを教えてください。
結婚前から新潟市にある夫の実家へ行くたびに、新潟が大好きになっていました。農産物、海産物といった食材の宝庫ということもあり、食後に当たり前のように季節のフルーツが山盛り出てくるなど、本当に食が豊かで、自然環境も素晴らしく、子育てをするなら新潟がいいと思っていたんです。その後東京で出会った雑誌が『新潟発』。新潟の食文化を中心に、とても丁寧に取材した読み応えある記事が掲載されていて、「新潟で暮らす時は自分も制作に携わりたい!」という思いがずっとありました。
いざ新潟に移住する、ということになり、『新潟発』の編集プロダクションに連絡を取り、企画を持って行ったところ、制作に参加できることになりました。30歳の時ですね。この雑誌が好きで集まったフリーの女性編集者たちで「編集室珉々(みんみん)」というチームを組み、旅行情報誌『るるぶ』の新潟版も同じメンバーで作るようになりました。
現在、日本酒や食にまつわるコンテンツを多数手がけられていますが、方向性を決めるきっかけはありましたか?
『レタスクラブ』の編集長から、「フリーになるなら必ずテーマを持ちなさい」とアドバイスをもらっていました。そこでずっとテーマを探していましたが、新潟の食にはかねてから魅力を感じていたし、あるとき「ああ、テーマは“新潟”だな」と思ったんです。
特に、『新潟発』や『るるぶ』で新潟県内、離島や山間地を含むさまざまな地域に足を運ぶ中に、酒蔵がありました。大学時代の苦い経験から、当時は日本酒を毛嫌いしていましたが、「なぜこの固形のお米が液体になるのだろう?」と不思議に思い、その工程を追いかけたいという思いが募ったんです。そこで新潟市の樋木酒造(ひきしゅぞう)さんにお願いし、ほぼ4カ月間通い、学ばせてもらい、酒造りの工程を取材させていただき、最後にお礼を込めて冊子を作りました。ちなみに今はお酒の中で日本酒が一番好きです(笑)。
「日本酒」「食」というテーマに注力するため、会社を設立
その後フリーから「有限会社ニール」を立ち上げますね。
以前から、新潟は魚や米はもちろん、野菜や果物もすごくおいしくて、こんなに豊かな食を日常で経験できるのはすごいことだと感じていました。同時に日本酒への興味もふくらみ、「新潟」のなかでも「日本酒」と「食」をテーマにしていこうと決めました。
しかし、フリーで仕事をしているとなかなか自分のテーマを追求することが難しいので、食と日本酒に関する仕事の受け皿として、2010年に有限会社ニールを設立。同じく県外出身で結婚を機に新潟で暮らすようになった料理研究家の中島有香(なかじま ゆか)さんと意気投合し、最初に出版したのは日本酒をカジュアルに楽しめるおつまみのレシピ本でした。
※cushu(クシュ cu:食+shu:酒=新潟のおいしい)というブランドを立ち上げ、シリーズ化しました。
※『新潟発R』、『cushu』はAmazonから購入可能です。
現在の事業内容を教えてください。
新潟の全酒蔵の情報と酒蔵ツーリズムなどを紹介する「cushu手帖」の制作、保存版観光誌『新潟発R』の出版、酒蔵をめぐるスタンプラリーができる本『パ酒ポート』など紙媒体を中心に制作しています。また日本酒や食が絡むイベントも県内外で実施しています。
「食」「酒」とテーマを持つようになり、関連するお仕事をいただくことも増えました。「新潟の地酒のことだったらニール」とお声がけいただけるようになったことは嬉しいですね。
休刊になった思い入れの強い雑誌を10年後に復活させる
転機になったお仕事はありますか?
大きく2つあります。最初に勤めた会社の上司が『かながわのおかず』という本を出版しており、「新潟ならもっといいものができる!」と直談判して、『にいがたのおかず』を編集・制作したことがあります。この時に地元のお母さんたち(新潟県食生活改善推進委員協議会)が長年活動してきた食育のレシピをもとに、新潟の食を体系立てて学ぶことができたことが、その後の仕事の基礎となっています。
もう一つの転機はどういったお仕事ですか?
新潟に移住した頃から関わっていた雑誌『新潟発』は版元の事情で、2006年に休刊になりました。それで「『新潟発』はもう絶対やることはないな」と思っていましたが、数年前から、取材先や書店で「『新潟発』という雑誌、よかったよね」という声をよく聞くようになりました。それに今の時代、ネットに情報はたくさんありますが、より深い、新潟の背景やストーリーなどを丁寧に紹介した保存版となる媒体が求められていることを肌で感じました。しかも会社を立ち上げたことで版元になれると気づいてしまって…(笑)。好きな雑誌だったし、気付いたら久しぶりに当時の制作メンバーで集まり、みんなで話が盛り上がり、2016年に『新潟発R』として創刊が決まりました。
休刊した雑誌を復活させるほど、高橋さんが感じている新潟の魅力を教えてください。
酒蔵をはじめ、とにかく日常が豊かなところです。酒蔵が身近にあり、普段食べているもののレベルがすごく高い。ただ、それが「日常」だからこそ地味でもあり、伝えるのが一番難しいところでもあります。でもその魅力が分かると地元の人は豊かさを強く実感できるし、外の人はファンになったり新潟が第二の故郷にもなる。それに最近は若い料理人がさらに工夫して、新しい新潟の魅力を生み出しています。もっと「食」は新潟の売りなんだということを発信していけたらなと思っています。
あえてローカルにフォーカスしたことで気づいたことはありますか?
すべてにストーリーがあるところですね。歴史や風土から生まれた郷土料理、食だけではないものづくり産業や、雪国だからこそ発展してきた文化の理由や背景など、地方は突き詰めていくとそういったストーリーが見えてきます。それが紙媒体に向いている点でもあると思うので、『新潟発R』を「深く、濃く、美しく 新潟を伝える保存版観光誌」と銘打ち、何年経っても読めるクオリティにこだわって作っています。
クラウドファンディングにも挑戦!若い人が自慢に思う新潟を発信し続けていきたい
今後どのようなことを手がけようと考えていますか?
食文化研究家の本間伸夫(ほんま のぶお)先生(88歳)から、お持ちの資料をすべて譲ってくださるというお話をいただきました。その本や資料を関心がある人が自由に読める「食の文庫」を事務所の一角に作ろうと、春からクラウドファンディングを始める予定です。 刊行物においては、『新潟発R』は年3回の発行ですが、関わるメンバーみんな思いが強く、載せきれないほどやりたいテーマがたくさんあって(笑)。「食」「酒」「佐渡」をテーマにしていますが、ものづくりなどにも内容を広げていきたいし、そのためにも認知度を上げ、継続して発行していく体制を強化していきたいと思います。
これまでの積み重ねの中で「やっていてよかったな」と思う場面はありますか?
子どもが二人いますが、二人ともすごく新潟が好きで、新潟を自慢していることが嬉しいですね。長男は特に地酒が好きだし、そんな風に若い人たちが新潟を誇りに思ってくれることはいいことだなと思います。
新潟の人でも知らなかった背景や物語などを紹介することで、「新潟を改めて知るきっかけになった」という声を地元の方からいただけることも嬉しいですね。
制作を共にするメンバーにはどのようなことを求めていますか?
編集という仕事が好きで、一つのものを形にしていく楽しみを共有できる方たちと一緒に仕事をさせていただけたら幸せですね。
また新潟には、地元の経験豊かな方と、県外で経験を積みUターン、Iターンしてきたデザイナー、ライター、カメラマン、編集者たちがいます。クオリティの高いクリエイターの方たちと本作りができる環境にも感謝しています。
取材日:2020年1月21日 ライター:丸山 智子
株式会社ニール
- 代表者名:代表取締役 高橋 真理子
- 設立年月:2010年4月
- 資本金:888万円
- 事業内容:書籍の発行、イベント・ギフト企画、編集企画
- 所在地:〒951-8067 新潟県新潟市中央区本町通一番町178 MAY1F
- URL:http://cushu.jp/index.html
- お問い合わせ先:TEL)090-2952-5080(高橋) MAIL)nhr@n-hatsu-r.com