「私は、エンジニアとして生きていく」挫折から再スタートさせてくれた人々との出会い
株式会社コイズミデザインは、設計・製図を中心に、製品開発やエンジニア派遣・紹介など、機械のデザインや製造に関する幅広い業務を手掛ける会社です。海外進出も果たしており、エンジニアの養成や派遣・紹介に取り組んでいるほか、近年では、映像制作などの新事業にも挑戦しているそう。その多角的な経営から、バリバリのビジネスマンを想像していましたが、お会いしてびっくり! 落ち着いた声で、言葉を丁寧に選びながらお話しになる社長の小泉伸洋(こいずみ のぶひろ)さんは、まさに“エンジニア”。ものづくりに対して真っ直ぐな”職人気質”の方でした。
思ってもみなかった、たった1人での起業。心も体も限界を超え、会社を畳もうと考えた
起業を決意したのはいつ頃で、何がきっかけだったのでしょうか?
もともと、大手設備メーカーに就職し、エンジニアとして働いていました。しかし、30歳のとき、バブル崩壊の影響を受けて会社の業績が悪化。人員削減のため、やむなく退社せざるを得なくなったんです。当時プロジェクトを一緒に進めていた企業の方に退職することを伝えると「それは困る」と言われました。先方にとっては社運をかけた大きなプロジェクトで、どうしてもエンジニアの技術が必要だったのでしょう。「どうにかしてプロジェクトを続けられないか」と考えたとき、独立して会社を立ち上げるという方法が浮かび上がりました。正直、自分が起業をするなんて、それまで考えてもみませんでしたが…。その企業さんからの強い要望もあり、やるしかないと決意したんです。
会社を立ち上げてからは、順調に進みましたか?
いえ、何とか起業まではこぎつけましたが、結婚して子供もいましたし、「とにかく家族を養わなくては」という不安と焦りでいっぱい。将来のことを考える余裕なんて、全くありません。まずは目の前のプロジェクトに集中して、頂いた仕事をひたすらこなす毎日でした。
しかし、何しろ1人でやっている会社でしたから、がむしゃらに働き続けて2年が過ぎた頃、ついに心身ともに限界が来てしまったんです。糸が切れたように、気力も体力もなくなり、仕事がないどころか、3カ月ほど何も手につきませんでした。「これから何をしようか?」と考えたとき、「もうこんな仕事はやりたくない」と思いました。エンジニアとは正反対の「体を動かす仕事ならできるかもしれない」と考えて、京都の染物屋へ面接に行ったんです。
染物屋ですか! 京都らしい仕事ですが、ずいぶん思い切った決断ですね。
ところが、面接をしてくださった社長さんにこれまでにあったことを話したら、言われたんです。
「君は、自分の仕事を続けるべきだ」と。
背中を押された思いがしました。「もう自分にはこの道しかない。つらくてもエンジニアとしてやっていこう」と、腹をくくった瞬間でした。休んでいた3カ月間は本当に苦しかったけど、この経験があったからこそ、前よりも強くなれた。今振り返るとそう感じます。
挫折からの再スタート。腕と人柄を信じてくれた1つの会社から、新しいチャレンジが始まった
復帰されてからは、それまでと同じように発注はあったのでしょうか?
いいえ。3カ月間のブランクは、相当に大きいものでした。取引先からの信用を裏切ってしまったのだから、仕方ないですよね。謝りに行ったときには、「君に任せる仕事はないよ」と、言われてしまいました。すぐにでも新しい顧客を見つけなくてはならなかったのですが、何しろエンジニアとしてしか働いたことがなかったので、営業のやり方なんてさっぱりわからない。私はまだ30代前半と若かったので、どの会社に行っても全く相手にしてもらえませんでした。
ターニングポイントは何だったのでしょう?
そんな中でたった1社、「それなら試しに任せてみようか」と言ってくれた会社がありました。私のこれまでの仕事と経歴を見て評価してくれたんです。それが、“プラスに転じる第一歩”になりました。とはいえ、任された仕事は甘くはありませんでした。その会社は仕事のクオリティに対して妥協がなく、これまでの出来では全然納得してもらえない。だから私も一生懸命になって、自分の技術を磨いていったんです。 ただ、厳しいこともたくさん言われましたが、絶対に最後まで見捨てずにチャレンジさせてくれました。初めての発注から24年間、励まされ、成長しながら、今も一緒に仕事をさせていただいていますし、仕事の実績に伴って、他の取引先からも依頼が来るようになりました。
御社はベトナムにも拠点を持っていらっしゃいます。なぜ、海外進出しようと考えたのでしょう?
これも、きっかけは取引先の方からのアドバイスでした。コストダウンのため、設計を海外へアウトソーシングすることを勧められたんです。立地は、初めから「ベトナムにしよう」と決めていたわけではありません。中国、韓国、シンガポールなど、いくつかの候補地のパートナーでテストを行い、確かな品質の設計を行えるところを自分の目で選びました。ベトナム人の方は仕事に対して真面目で、納期もしっかり守ってくれます。距離は離れていますが、きめ細かくやり取りをしながら、お互いに信頼を積み重ねてきました。
時代の流れに左右されず、自分の力で考えられる社員を育てたい
小泉社長がお一人で全ての業務をこなしていた頃からは、ずいぶん社員も増え、会社の規模が大きくなられましたね。
現在、小泉社長自身は、会社でどのような役割を担っていらっしゃるのですか?
私は今、営業職のスタッフへの技術指導に積極的に関わっています。顧客の要望をしっかりと吸い上げるためには、営業職であっても技術面の詳しい知識が欠かせません。エンジニアのニーズを正確にくみ取れるようになってもらうため、自分の現場経験を伝えています。
ベトナム支社の人手が要る分、日本では少数精鋭のスタッフで仕事に取り組みたいと考えています。これから社会の変化のスピードは、どんどん速くなっていくでしょう。社会情勢がどのように変わっても、問題に対する答えを自ら考え、解決できる人材を育てていきたい。それが目標なんです。
起業してから今までの道のりを振り返って、どのようなことを感じられますか。
起業を決意したとき、深い挫折から立ち直ったとき、海外進出を考えたときなど、人生の転機にはいつも「先へ導いてくれる“誰か”との出会い」がありました。私は物事を器用にこなせるタイプではないですが、唯一「任された仕事を責任をもってやり遂げること」には自信がありました。
真面目にやっている姿をちゃんと見て、評価してくれた人たちがいてそんな人たちが私をここまで導いてくれました。私も、一緒に仕事をしてくれる社員一人一人としっかり向き合い、自分の技術と経験を伝えていけたらと思っています。
取材日:2020年1月23日 ライター:土谷 真咲
株式会社コイズミデザイン
- 代表者名:代表取締役 小泉 伸洋
- 設立年月:1996年11月
- 資本金:2300万円(連結)
- 事業内容:設計アウトソーシング、設計エンジニア派遣・紹介、機械や部品などの製造(国内およびベトナム工場)、製品開発、映像制作
- 所在地:〒616-8185 京都府京都市右京区太秦開日町5番地4
- URL:http://www.koizumi-design.com
- お問い合わせ先:075-201-6068(総務部)