海岸エリアを賑やかにしたいと、デザインを基軸に、菓子製造と喫茶店を運営
金沢市の中心部から西北へ車を30分ほど走らせると日本海が見えてきます。たどり着いたのは、藩政期には北前船の寄港地として発展した港町の大野町。千葉県の野田や銚子、兵庫県のたつのと並ぶしょうゆの産地として知られ、古くからの蔵元が軒を連ねる歴史的な町並みが残されています。株式会社トーンは、この港に面した元鉄工所の建物を改装し、喫茶店兼生活雑貨ショップ「ホホホ座金沢」を運営しながら、デザインと菓子製造をなりわいとしています。代表取締役でクリエイティブディレクターの中林信晃(なかばやし のぶあき)さんと、取締役で店長を務める安本須美枝(やすもと すみえ)さんにデザイン事業、喫茶店経営、菓子製造をどのように成り立たせているのか、またそれぞれへの思いを伺いました。
建設機械の設計業務からデザイナーへ
会社設立の経緯をお聞かせください。
僕は石川県小松市出身で専門学校を卒業後、同市が創業地である建設機械のコマツのブルドーザーやホイールローダーをはじめ特殊な建設機械の設計をしている会社に入社。建設機械の設計をしていました。そのうちに「自分が本当にやりたかったことは、設計なのだろうか」と疑問を持つようになり、25歳でデザイン業界に転職。
広告代理店、デザイン会社、印刷会社の企画などを経験し、2010年に独立しました。当初、フリーのデザイナーたちと事務所をシェアしていたのですが、2016年頃に、焼菓子を作っていた企業と共同で会社を設立する話が出たのがきっかけで2017年1月に法人を立ち上げました。
私もたまたま小松市の出身で、フリーのデザイナーをしているときに会社を作る話が出て、立ち上げに参画しました。
現在の事業内容を教えてください。
弊社はデザインを基軸に、広告、ロゴ、Webサイト、パッケージ、装丁、イラストなどのグラフィック制作から動画などのCMコンテ制作を含めた総合的なデザイン事業を行なっています。広告代理店からの案件が多く、県外や首都圏、ときには海外の仕事を受注することもあります。
自社の菓子工房では、クッキー類のオリジナル商品の製造と卸を展開し、事務所に併設したショップの「ホホホ座金沢」では生活雑貨と喫茶をしています。弊社の事業比率はデザインが5割、菓子製造が3割、ショップが2割といったところです。
「ホホホ座」は京都をはじめ全国にお店がありますね。
2015年に京都市の銀閣寺近くに「ホホホ座浄土寺店」が開店しました。私たちが喫茶店兼ショップを開こうと思ったときに、ホホホ座が出版している『ガケ書房の頃(夏葉社)』を読んでお店作りや考えに共感を持ち、「ホホホ座」のようなお店を作りたいと考え、許可をいただいて「ホホホ座」を名乗ることができました。
「ホホホ座」というお店はフランチャイズではなく名前をシェアするという変わった広がりを見せ、現在全国に9店舗展開しています。私たちは7番目の店舗となります。各店は名前を共有していますが、経営、運営はそれぞれ独立して行っています。私たちはそれぞれの店が親戚のような関係だと思っています。
経営や販売を知らずにデザインすることに違和感
なぜ、デザイン業に菓子製造とショップを加えたのでしょうか?
フリーでデザインをしていた際にデザイナーとしての素朴な疑問として、会社を運営していない人が企業のロゴを作ることや、商品を売ったことがない人が商品をデザインすることにずっと違和感を持っていました。デザインと販売、経営は一体で考えるべきではないかと思っていたのです。
だから菓子製造会社と共同で会社を立ち上げました。自分自身が企業を運営して商品を販売しているので、クライアントの企業ビジョンに合った商品企画に携わるうえで共感する点が多く、クライアントの立場に寄り添える考えになっているのではないかと思っています。
今はご自身もスタッフとともに菓子を作られていると伺いました。
会社の立ち上げ後、菓子製造会社の方は経営から退くことになり、自分たちでスタッフを確保し、焼き菓子を製造しています。私と安本も作ってみたいと考えて、製造に挑戦し、菓子作りも担当しています。やってみて思うのは料理とデザインは似ていると言うことを改めて実感しています。
「デザインと菓子製造、ショップの運営は一体である」という考え方ですね。
「デザイン=生活」であると考えているのです。生活にとても近い位置にあるのがデザインであり、デザイン的思考を持っている方が料理人やショップの店員として働くことができれば、デザインを学んだ学生たちも社会に出る際に活躍できる幅が広がるのではないでしょうか。
デザイナーという言葉にしばられず、いろいろな分野で「デザイン=生活」という考え方で、デザイン的思考が役立つ世の中になるといいなと感じます。
港に面した元鉄工所、ひとめぼれで即購入
金沢市の中心部から離れた大野町に拠点を置いたのはなぜですか?
フリーのときは事務所を金沢の中心部にある繁華街に置いていましたが、法人化の際に新しい事務所は「水が見える場所がいいな」と考え、当初は犀川沿いを探していました。そんな折、安本がロケハン先の大野町で偶然、今の物件を発見したのです。
港に面したロケーションは他にはなくて、すぐに気に入りました。木造2階建てで海が見えるこんな物件はほかにはない、今しか手に入らないと考えて、大野町の町づくりに携わっていた金沢大学の先生に相談し、町の人から家主を紹介してもらい、即購入したんです。
街中から約8キロという距離は気になりませんでしたか?
金沢の人の流れを観光地として考えると、金沢駅や金沢城、兼六園だけでなく、南に6キロ以上離れた隣の野々市市にもホットなスポットがあり、観光で訪ねるエリアが広がっている傾向があります。大野町は金沢駅から6キロほど西へ向かった金沢港に面する場所なので、観光地を広げれば人も訪れるのではと考えました。
繁栄している街は海側がお洒落なので、金沢も神戸や横浜、瀬戸内海のように海側にも人が来やすくなるといいなと思います。そう考えると、大野町もこれからさらに魅力あるスポットになると思っています。
これまでを振り返って印象に残っている仕事はありますか?
東京のアーティストの方にイラスト制作をお願いしたときのことです。コンセプトや要望などをお伝えすると、数時間後にイラストが届き、即日終了した案件がありました。デザイナーといえば、徹夜作業のイメージもありますが、弊社は徹夜など皆無で結構のんびりデザインをしていますので、最速で仕上がったその案件はさすがに気持ちの良いものでした。
スペースを活用し、1棟貸しの宿泊施設を計画
仕事をするうえで大切にしていることを教えてください。
いつも「潔さ」が大切だと答えています。良い案件を決断するときも、思うようにいかない案件を諦めて見極めるときも、「潔さ」が必要だと思います。デザイナーはこだわりが強いというイメージがありますが、僕たちはあまり固定概念を持たず、一つのことに執着せず、思考の総量を増やした広い考えの中で「潔い」選択をしていきたいと考えています。
スタッフに対してはどんなことを求めていますか?
周りをよく見ることですね。そうすると次にすることや人を手伝うことなどに気配りができ、皆で働く気持ちが芽生え、協力して仕事ができるようになるからです。僕が会社を運営するうえで好きな言葉は、「早く行きたければ、ひとりで行け。遠くまで行きたいのであれば、みんなで行け。」と言うことわざです。僕たちは今、少し遠くへ行ってみたいと考えているので、皆で一緒に行ければ良いなと思っています。
今後の展開をどのようにお考えですか?
デザイン事業は枠にしばられることなく、これまでどおり「ご依頼の案件を一つ一つじっくりやる」につきます。製菓事業はできれば営業職を増やして販路を拡大していきたいと考えています。事業を始めて3年ほどなのでまだまだ発展途上ですが、一つの分野にこだわることなく、まず自社の立地に適した運営方法を完成させたいと考えています。
その一つが宿泊業です。宿泊といっても1棟貸しの規模です。自社の2階には使用していないスペースが4部屋分あり、スペースの有効活用を考えています。社屋の外には船が停泊するハーバーがあり、真横が海というロケーションを考えると、自然な成り行きで今後の事業展開としての考えが生まれました。
ショップ、喫茶、デザイン事務所、菓子製造、宿泊で、弊社が運営する「地の利を生かした事業」が完成し、地元の方々だけではなく国内外のアーティストの方々をお呼びして、宿泊を兼ねて展示や販売をしていただければいいなと考えています。この施設を利用するなかで弊社の業務も広がり、つながりの輪が広がっていくのではないかと期待しています。
取材日:2020年6月15日 ライター:加茂谷 慎治
株式会社トーン
- 代表者名:代表取締役/クリエイティブディレクター 中林信晃
- 設立年月:2017年1月
- 資本金:1000万円
- 事業内容:グラフィック、Webサイト、企画、デザイン、制作、製菓の商品企画、製造、卸、および販売、カフェ事業、生活雑貨の販売
- 所在地:〒920-0331石川県金沢市大野町3丁目51番地6
- URL:https://toneinc.co.jp/
- お問い合わせ先:076-255-2023