『花よりもなほ』制作秘話を語る ~あだ討ちを笑いで包んで届けたかった~
- Vol.14
- 映画監督 是枝裕和(Hirokazu Koreeda)氏
汚い長屋が舞台の『花よりもなほ』。 カラーでどれくらい汚せるかにチャレンジしてみました。
完成した今の気持ちは?
撮影は楽しかったし、今も楽しいですね。完成披露試写をあちこちでやっているんですけど、お客さんが笑ってくれるので、とても新鮮です。
こういう作風は初めてですよね。ここまで笑わせるのって、企画の当初からあった狙いですか?
見終わった後に「面白かったね」と言いながら劇場を後にしてもらいたいと思っていました。扱っているのがあだ討ちで、重たく描こうと思えばいくらでも重たくなるものなので、笑いで包んで届けたほうがいろんな世界観が伝わると思ってましたから。
テーマはあだ討ち、舞台は元禄。
あだ討ちをしなきゃいけないんだけど、「なんとかしないですまないか」と思っている侍を描きたかった。それを考えていたら、戦国時代が終わって100年、武士が公務員化している元禄時代ならありえるかな、と。そして、どうせなら「忠臣蔵の人を同じ長屋に住まわせてしまえ」と思って(笑)。時代を限定したら、逆にイメージが広がったという感じですね。
たくさんのキャラクターが出てきますね。大変じゃなかった?
もちろん書くのは大変だったけど、一度人物設定が終わったら、その人たちをどう動かすかがとても楽しめました。特にキャスティングが決まってからは、ワクワクしてました。
凄いキャスティングですね。
タレント名鑑から抜き出しながらキャスティング表を「夢」として作ったんですけど、ほぼそのまま実現してしまった。むしろ驚きでした。
たぶん、是枝作品としては、過去最高のバジェットになりますね。
はい。
大型予算のプレッシャーはなかった?
無責任な性格なもので、まったくなかったです(笑)。
みずから「時代劇ブームにあやかって」なんて発言してますけど、ブームだから撮れた作品?
だと思いますけど。企画を出したときに、「チャンバラないの?」と突っ込まれました。絶対チャンバラにするつもりはなかったので、頑張って押し通しました。ブームに乗って、こういう企画をこっそり出すのは、それはそれで大変でしたよ(笑)。
この長屋の汚さは、当初からの構想?
汚せるだけ汚したかった。リアリティなんていう水準を超えても、汚くしてくださいとお願いしました。
なぜ、汚したかった?
最近作られている時代劇があまりに汚れてないので。以前から、『どん底』や『隠し砦の三悪人』の人の汚れ方が素晴らしいと思っていました。ただあれはモノクロだからできることで、カラーでそのままやっても、だめなんですよ。だから、カラーでどれくらい汚せるかにチャレンジしてみたかったんです。
お気に入りのシーン。苦労したシーンは?
夕方、主人公が帰ってきて、屋根の上に木村祐一(孫三郎)さんが座っているシーン。あそこが好きです。脚本にはないシーンです。美術の磯見さんが「この長屋の屋根に誰か乗せると面白くない?」と言い出し、「そうですね」「誰にする?」ということでできました。綺麗なシーンだと思う。苦労したのは、もちろんいろいろ苦労しているんだけど、特に雪。雪って降らすのなかなか難しいんです。いろいろ試しました。今はエコスノーというトウモロコシから作ったものを使うことが多いんですが、降るスピードが速い。スノーマシンという、泡を使うものもある。それも試したけど、だめで、結局羽毛を使いました。羽毛は理想的なゆっくりとした降り方をしてくれるけど、風の影響を受けやすく、風をさえぎりながらの撮影はスタッフがとても苦労してました。おかげで、いい情感がでたと思います。ちなみに情感の不要な雪のシーンもあって、そちらはむしろ情感を消そうということでエコスノーを使っています。
かなりタイトでしたね。でも、濃密でした。 不思議と撮影日数が足りないとは感じなかった。
これまでの是枝さんの映画は、ドキュメンタリーのテイストが特徴でしたが、演出法は変えましたか?
これまでと違ってまったくのフィクションにはなったけど、演出は基本的には変わってません。自分でももっと変わるかなと思っていたけど、やってみると地続きでしたね。人の気持ち――なぜこの人がこのときに、こう動くのかということを考えながらやったんですが、その部分は時代劇でも変わりないのだと実感しました。
特別な苦労はなかった?
キャリアが浅いので、苦労はずっとしてますが(笑)。キャストがみなさんうまくて、いろんなアイデアが役者さんから出てきて刺激的でしたし、助けられました。
撮影はあしかけ2ヵ月。
かなりタイトでしたね。でも、不思議と撮影日数が足りないとは感じなかった。ただ、僕は今までのやり方に慣れてしまっていて、撮影して編集して次のことを考えるというインターバルが欲しいんです。なので、その日の撮影が終わったあとに、夜中に編集していました。夜は撮影の夢しか見なくなってましたね(笑)。1ヵ月半びっしりだったので、体力的にはきつかったけど濃密でいい経験になりました。今にして思うと、あれくらいでちょうど良かったと思います。
もう時代劇は懲り懲り(こりごり)?
役者のみなさんが、「このメンバーで『花よりもなほ2』をやりたい」と言ってくれてまして(笑)。嬉しいですね。僕もまたやりたいです。
花見のシーンは落語からの引用?
「花見のあだ討ち」ですね。落語ネタは、他にもちょろちょろあちこちに応用してます。エピソードだけでなく、会話のリズムとか場面転換とか。
忠臣蔵の新解釈もありましたね。
新解釈というほど大袈裟なものではないんですけど、「ヒーロー像」に対する自分なりの違和感を出しました。赤穂弁の指導のために、現場に「赤穂義士会」の方がいらしていたので、一応、「こんな話だけど、いいのでしょうか」とお伺いはたてましたよ。とりあえず、問題はなかったようですが、内心、怒られたらどうしようとドキドキしてました(笑)。ただ、300人の仲間がいたけど結局47人しか討ち入らなかったというのは事実。なんらかの理由で参加しなかったわけだけど、歴史的には「私は第二陣のはずでした」とか、後で言い出す人が出てきた(笑)。それが事実かどうかは置いておいて、言い出したくなる気持ちは人間的だし、そんな参加しなかった側の感情の機微が出せるといいと思いました。
主人公は、ストーリーの途中まで「強いかも」と思わせる。 あれは岡田準一君のアイデアです。
岡田准一さんは最初からのイメージ?
ナイーブなお芝居をする人だということ、相手の芝居を受けられるということなどが決めてでしたが、これほどとは思いませんでした。会って話してみると理解力は高いし、内省的だし、華があるし。すぐに「ぜひ」と申し出ました。
主役に華を求めるからこういうキャスティングになった?
今回、主役は一番動かない役です。立ってるだけでも絵になる、存在感を出せることが大事だと思っていました。それが華といえば華、色気といえば色気だとは思います。うまく言葉にはできない……お互いにぴんとくるかどうか、ということですかね。
岡田さんがアイドルだということも、期待値に入っていた?
それはないですね。ただ、アイドルの凄さを見せつけられることはありました。全力で走って逃げるシーンがあって、レールの上をカメラも移動して撮影したんです。ぶれないように走る必要があって、普通何度もテストするのですが、本人が「カメラは走りたいスピードで走っていただいてかまいません。どんなスピードでも大丈夫です」と。実際やってもらうと、本当にできていました。スタッフは、みんな驚いてましたね。彼は唄って踊っているときに、まわりがどう動いているかを感じながら踊っている。最初全然できなくて、みんなに申し訳なくて、必死で練習したので、それには絶対的な自信があったんだそうです。そのシーンだけでなく、他の役者さんとのコラボレーションでどう立つか、動くかということに関しても、非常に勘のいい人でしたね。
この主役、ストーリーの途中までは「強いかも」と思せますね。それが、素手でボコボコに殴られて厠に投げ込まれるシーンで、突然へっぴりぶりが露呈する。巧妙な作りだと思いました。
僕が書いたプロットでは、出てきた途端に弱かった。あれは岡田君のアイデアです。あのシーンまでは「もしかしたら強い」と見せたいという申し出でした。道場の跡取りとしての虚勢を出すことで、人間としての陰影が出ると思って採用しました。ちなみに「厠に放り込んでくれ」と言い出したのも彼です。
自分ではとても書けない原作や人物を監督することにも、 興味が出始めています。
「役者がアイデアを出してくれる」というのは、たとえばそういうことなんですね。でも、それを公表するのって、脚本家の沽券に関わらない?
全然(笑)、他にもたくさんありますよそういうシーン。
以前から、役者のアイデアは採用してましたっけ?
やってます。
そういうスタイルなんですね。
そうですね。演出計画は、リハーサルの段階でどんどん変わります。毎日、変更されたコンテを貼り出して撮影するので、脚本があまりあてにならない。
役者は戸惑わない?
どうだったんですかね、スタッフは確実に戸惑ってましたけどけどね(笑)。
こういうエンターテインメントは是枝さんの新境地ですね。『ワンダフルライフ』みたいな作風はしばらく封印ですか?
いや、自分の中では、あれをやって、これをやめてというのはないんです。演出の内容は、変わっているとは思いませんから。
是枝さんはプロデュースも含めて全部自分でやるから、そういう感想になるんですかね。
そうですね、『ワンダフルライフ』以降、企画からすべて自分で手がけているので、監督の自由度が高いのは確かだと思います。でも、実は、同じ作り手が作っているせいで、それぞれの作品に似ている部分が出始めているのも感じていて、今は、一度他人の原作を手がけてみる必要があるんじゃないかと思い始めてる。自分ではとても書けないシーンや人物を演出することにも、興味が出始めています。
次回作の企画なんて、進んでるんですか?
聞かれたら「ラブストーリーがやりたい」と言ってます。そういうとみんな驚くので(笑)。
Profile of 是枝裕和
1962年、東京生まれ。早稲田大学第一文学部文芸学科卒業後、テレビマンユニオンに参加。主にドキュメンタリー番組を演出、現在に至る。1995年、初監督した『幻の光』が第52回ヴェネツィア国際映画祭で金のオゼッラ賞等を受賞。2作目の『ワンダフルライフ』は、各国で高い評価を受け、世界30カ国、全米200館での公開と、日本のインディペンデント映画としては異例のヒットとなった。2001年にはカルト教団による殺人事件をモチーフに、加害者遺族の「その後の生」を描いた野心作『ディスタンス』を発表。2004年監督4作目の『誰も知らない』がカンヌ国際映画祭にて映画祭史上最年少の最優秀男優賞(柳楽優弥)を受賞、国内外で大きな話題を呼んだ。 【作品】 1995年 『幻の光』 1999年 『ワンダフルライフ』 2001年 『ディスタンス』 2004年 『誰も知らない』