やっぱり 感情を動かすしかない、 感動を与えるしかない
- Vol.78
- 株式会社博報堂アイ・スタジオ クリエイティブディレクター 佐野勝彦(Katsuhiko Sano)氏
「ザ・定型」に、常に疑問を持つことを心がけています。
佐野さんが手がけたWebサイトは、どれも佐野さんらしい「こだわり」がありますよね。
「クライアントの希望を反映したWebサイトを普通に作ればこうなるだろう」という「当たり前」から必ず一歩先に進んだ作品になっています。 何となく時代に逆行しているような気もするのですが(笑)。というのも、Webサイトの大きな役割として、「情報をわかりやすく整理して、トップページからユーザーが求めている情報にいかにスムーズに連れて行ってあげるか」という、ユーザビリティの部分が強く求められる仕事が多くなってきているのは事実です。なので、トップページのインターフェースは下階層にどんなコンテンツがあるか、しっかりとメニューを出して説明して、企業が伝えたい情報を目立つエリアに掲示して…と、これでもかと詰め込んだ情報をわかりやすく整理しました、というサイトが多いですよね。
キャンペーンサイトやスペシャルサイトならまだしも、いわゆる「企業サイト」「オフィシャルサイト」では、どうしてもユーザビリティを重視せざるを得ないのではないでしょうか?
企業サイトでも「情報整理」以外の目的をトッププライオリティにすべき場合も多いと思うんですよ。僕が制作したTASAKIのサイトは、一番のプライオリティを「ロゴが美しく見える」ということで提案し、採用されて今のデザインになりました。2009年に「田崎真珠」が「TASAKI」にブランド名を刷新するタイミングでリニューアルしたのですが、「TASAKI」のブランドコンセプトが決定されていく中でロゴが完成し、新しい企業サイトはこのブランドコンセプトをロゴを美しく見せることで伝えるべきだ、と考えたのです。
トップページは情報をそぎ落としていて、表現がシンプルで企業サイトとは思えませんね(笑)海外のジュエリーブランドのような雰囲気です。
僕は極論を言えば、トップページは何が表現されていてもいいと思っています。手厚くユーザーにホスピタリティを提供してほしがっている情報に連れて行ってあげるとか、企業側がプッシュしたい情報を出してユーザーを誘導するとか、企業サイトでは当たり前になっている「ザ・定型」があることは否定しませんが、みんながそうだから、それが正しいと考えるのは良くない。 面倒に感じるかもしれないけど、まずはそこに疑問を持たなくてはいけない。定型に沿って当たり前に作れば楽だし、クライアントも満足するかもしれませんが、そこは何が一番かとことん考えないと。結果それが定型であるとしても、そこに込める意思が全然違ってくる。
考える提案作業は一番苦しいけれど、一番楽しい。
「考える」のは苦しい作業ですよね。
考える提案作業は一番苦しいですけど、一番楽しいですね。提案が通って実装に入れば、体力的には徹夜が続くとか、だいぶ厳しいんですけど(笑) 考える時の苦しさに比べれば、あとは頑張るだけですから。苦しんで苦しんでアイデアを思いついて、企画書やラフデザインに起こせたときは楽しいです。
最近の仕事で、考えたアイデアを形にしたものはありますか?
NTTdocomoの「Xi」(クロッシィ)のスペシャルサイトですかねえ。まず「点在しているXiの情報をひとつにまとめて、Xiの『今』を伝えるサイト」というテーマを導き出しました。これも単純なインデックス(見出し)ページを作る、というのが定型の解決方法だったと思うのですが、そこで考えて「カレンダー」というインターフェースモチーフをひねり出しました。Xiは新しいサービスであり、これから近未来に向かって歩んでいく…という「時」の感覚をカレンダーに託してみました。
追求する姿勢は、大学の2年間で身に着けたこと。
佐野さんのように、楽な方向に流されずに、常に自分のアイデアを形にすることに挑み続ける、というのは非常に難しいことだと思います。
課題をいろいろな角度から見て追求していく、という姿勢は、大学時代から体に染みついているんです。僕は建築を専攻していたのですが、1年から3年まで遊び過ぎて4年生になれなくて留年しているんですよ(笑)そこで「このままではまずい」と危機感を持って、それから卒業までの2年間は大学に住み着く勢いでコンペにも意欲的に参加したり、卒業制作も情熱を持ってトコトンやったり、考えて追求していく生活リズムを作ったまま、社会人になったんです。
専攻は建築だったということは、Webとの出会いは?
ちょうど僕の学生時代はiモードが登場したりして、Webが盛り上がるんじゃないかなーという予感が出てきたころでしたね。Webはまだ何も決まっていない新しい世界でしたから、いろいろなチャレンジができそうだ、と思ってこの業界に入りました。この「Webは何も決まっていない」というのは、今でもそうですよ。新しい技術やデバイスがどんどん登場していますから。
感動を与えられるWebサイト制作に挑戦! 自分の意思を反映させたアウトプットを常に心がける。
Web広告制作の大手である2001年に博報堂アイ・スタジオに入社されて、もう10年になるわけですよね。一番印象に残っている仕事は?
郵政民営化の時に作った日本郵政の「あなたの近くにある会社」というサイトですかね。これは色鉛筆の一筆書きをモチーフにして、日本郵政は人と人をつなぐ、ということを表現しているのですが、サイトを見た人から本物の手紙が届いたんですよ!
すごいですね。サイトの感想が書いてあったんですか?
そうですね、「感動しました」と褒めてくれました。ある人が「カッコイイWebサイトはたくさんあるけど、笑いと感動がWebサイトにはない」と言っているのを聞いて、「じゃあ『感動』を与えられるWebサイトに挑戦してみよう」と思ったんですよ。興味のない人を動かすには、商品のメリットをいくら訴求してもダメでしょ。やっぱり感情を動かすしかない、感動を与えるしかないと思うんです。
どうすれば、佐野さんのように「感動を与えるサイト」を作れるのでしょう?
今は若いデザイナーに指導する立場でもあるのですが、日々言っているのは「自分の意思を反映させるアウトプットを出せ」ということです。僕たちの仕事は、得意先はもちろん、プランナーや営業やいろいろな人の思いを反映させなくてはいけないのですが、あまりに素直にいろいろな人の思いをくみ取ると、当たり障りのない当たり前の表現になってしまう。構成(ワイヤーフレーム)をそのまま画像にしたようなデザインを出してくる若いデザイナーには「お前の意思はどこにあるんだ」と強く言いますね。まず、デザイナーとして一番の解決方法はどこにあるのか必死に考えて、それを表現して提案していくことを心掛けていってほしいと思います。
取材日:2011年11月28日
Profile of 佐野勝彦
株式会社博報堂アイ・スタジオ クリエイティブディレクター。企画、デザインからフラッシュまでトータル的に手がける。近年は、Cannes Lions 銅賞、One Show銅賞、NY Fest. 銀賞、東京インタラクティブ・アド・アワード金賞、文化庁マルチメディア芸術祭優秀賞をはじめ国内外のアワードを多数受賞。また、仕事とは別にグループ展 の開催、個人的作品の制作などを行い、文化庁メディア芸術祭で審査員推薦作にも選ばれている。 → 個人Webサイト http://www.30k2.com/