WEB・モバイル2007.01.20

WEBというメディアは ユーザーが作り上げていくメディアである

Vol.23
WEBプロデューサー(サイバーガーデン代表) 益子貴寛(Takahiro Mashiko)氏
 
陳腐な表現でご本人は不本意でしょうが、WEB業界以外の方にも速やかに理解してもらうために、あえてこの言葉を使います――WEB業界のカリスマのひとりです。著書『Web標準の教科書』は、多くのWEBクリエイターたちがバイブルとしてデスクに置いています。セミナーやイベントで講演もするし、実務家向け講習や専門学校で講師もします。理論だけではありません、現役のWEBクリエイターとして、WEB構築の実務もこなしています。そんな多岐にわたる活動をサイバーガーデン(http://www.cybergarden.net/)というプロジェクト名のもとに行い、WEBの現状と未来を考え、発言し、行動している。それが益子貴寛さんです。あったり前ですが、WEBの見識深いです。講演やプレゼンテーションで鍛えられているのでしょうか、論旨明確、弁舌爽やか、なかなかに人を惹きつける方です。なにより、仕事と生活を心の底からエンジョイしている、素敵な成人男子です。人間でいえば成人式が済んだ位かなと思えるWEB業界ですが、もうこんな人物を輩出するようになっているのだな。凄い。そんな感慨を持ったインタビューでした。

好きだから勉強したし、共有してきた。 好きな業界だから、常に少しでもよくなってほしいと考える。

――Web標準に準拠したデザインは、もはや「守り」ではなく「攻め」だ。スポーツには厳格なルールがあるが、それらが「創造的でない」という意見は聞いたことがない。同じことがWebデザインにも言える――サイバーガーデンHPのトップにあるこの言葉の意味は?

DTP的な発想でとりあえず見栄えだけ作って公開して、動けばオーケー――WEBはここまで、そういう時代を過ごしてきました。でもこの2~3年で、そのような、言ってみれば「いい加減」な制作スタイルは大きく変わりつつあります。検索エンジンに評価されやすかったり、さまざまなデバイスで利用しやすいという点で、“正しい構造”を備えたサイトか否かが重要になっている。標準的な仕様、つまりWEB標準にもとづいて正しく構造化しながらサイトを制作しようとの機運が高まってきているのです。ポイントは、これまで高齢者や障害者への配慮といった非営利的な発想での、守りの話として語られることが多かったのですが、ここへきて攻め、つまりWEB標準が収益獲得につながるという認識が強まっていることです。

そういう考えを発信するのは、使命感から?

使命感は、あります。セミナーなどでの講師の仕事は、それほど報酬が高いわけではありませんし、場合によっては交通費だけで仕事を受けることもある。それでもやはり、人に伝える機会があれば積極的に関わりたい。あきらかにお金の問題ではないと思っていますね。

伝統的に日本では、そういう、意義のある思想やアイデアなどは披露せず隠します。秘儀や秘伝として、たとえば弟子入りした人にだけ特別に教わる権利があったりする。益子さんがまったく日本的でない、きわめてオープンな姿勢を持つのは、やはりそういう世代だからですかね。

世代もあると思いますが、大きいのはWEBが元来持っている特質じゃないでしょうか。だって、ソースコードを見ればすべてが一発でわかる世界ですから。隠しだてなんて、しようと思っても、もともとできない世界なんですよ。

意地悪に受け止めれば、「隠しだて」できないから仕方なくオープンにしている、なんてとれないこともない。もちろん、「使命感がある」と明言しているわけですか、そんなことはないでしょう。その使命感の原動力は?

原動力は、「好きだから」に尽きますね。好きだから勉強したし、共有してきた。好きな業界だから、常に少しでもよくなってほしいと考える。それだけです。セミナー資料や音声データを原則公開するのも、知識は共有したほうがよいし、それをもとに皆さんの実務が少しでも効率的になったり、よい成果物がアウトプットされるきっかけになれば、との思いからです。

1975年生まれの僕たちは、自分たちの幸せは 自分で決めるしかないと考える世代なんです。

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原動力は、「好き」。で、どれくらい好きなのかというと、経歴を読めば察しはつきますね。なにしろ大学院まで出てビジネス系のコンサルタント会社に入ったのに、辞めて今に至っている。大学の専攻も、入った会社も、WEBとは無関係なんですよね。

まったく関係ありません。大学・大学院へ通いながら、その後は会社に勤めながら、まったくの趣味としてWEBを続けていました。大学院の時はあまりに勉強に身が入らないので、研究室の先生には「クビにするぞ」と何度も脅されました(笑)。会社には3年いましたが、仕事をしながら、陰でこっそり、Webを制作したり、お声がけがあって雑誌に原稿を書いたりしてました。

本人は、ちゃんと「趣味」という認識を持っていたようですね。普通、本業があって、趣味を持っている人は、「これは趣味だからいいのだ」と考えます。ある日突然、本業を捨てて趣味を本業にしちゃうっていうのは、いわゆるキャリアを捨てることになる。かなりリスクが高くて、そう決断する人は多くないと思います。

その辺は、それこそ世代が大きな要因だと思います。1975年生まれの僕たちやその前後は、自分たちの幸せは自分で決めるしかないと考える世代なんです。バブルが崩壊し、山一證券など大手企業が倒産するのを、実社会に出る前から見ています。企業なんてあてにならないし、社会的な尺度によって個人の幸せが規定されるなんてことはなくなったのだと思っている。もちろん、大企業に勤めていればそれだけで幸せだなんて、思ったりしません。だからまず、キャリアを捨てるなんていう発想がありません。年齢的にも背負っているキャリアや地位はそれほど重いものではなく、単純に身軽だから、ということもあったでしょう。

もう明らかに、1960年代、1970年代初頭の人たちとは違う世代なんですね。

僕が21、2歳の時に日本でもWEBが利用できるようになって、大学にもPCルームが設置されて学生が自由にネットに触れられるようになりました。僕のWEBへの傾倒は、ほぼ同時に始まり、一気に進むわけですが、それがたとえば社会人としての刷り込みを経た30歳前後だったらまったく状況は違ったと思います。時代の幸運というのは、やはり感ぜざるを得ませんね。ただ、どのような世代であっても、時代に柔軟に対応できる人はいるし、僕が仕事で関わるのもそういう人が多いと感じています。

誕生を目撃して、好きになって、のめり込んでいって――よ~いドンで、最初からWEBと付き合えているということですね。

先行者利得は確かにあるかもしれません。新しいWEBのあり方や考え方に人より早く気づき、好きになって、その分少しだけ早くいろんな知識や経験を身につけ、発信し続けてきたというアドバンテージがある。もちろんこれまでもこれからも、身につけるべきことはいろいろあるのだけれど、ちょっとだけアドバンテージがあるので、こういう仕事ができているのだとは思います。

好きなことを仕事にできている―― という意味で、とても幸運だと思います。

今、仕事の構成はどんなふうに?

執筆が3分の1、教育―トレーニングや講義、セミナーなど―が3分の1、WEB構築の実務―コンサルティングも含む―が3分の1という構成です。実は、僕はあまり計画的な人間ではないんですよ。会社を辞める時も、最初に計画があったわけではなく、一歩一歩積み重ねていたら、時期がきたことを感じたのでそうしただけ。今もその一歩一歩は日々続き、漠然と「実務と教育と執筆は3分の1ずつがちょうどよいだろうな」と考えていて、実際にそうなっている。明確に意識しているとすれば、「社会が自分に何を求めているか」ということに常にアンテナを張ることでしょうか。よく考えれば、自分が社会で果たすべき役割が見えてくるものだと思っています。それに従って日々、一歩一歩。そういう日常を過ごしています。

実務と教育の間には、関連性はあるのですか?

もちろんあります。実務で得たことを伝えて、循環させて、業界全体を上のベクトルに向かわせるのはとてもやりがいのあることです。ある意味、技術は、正解・不正解がわかりやすい。たとえベストでなくても、ベターアンサーの積み重ねができる。内容によっては、誰が教えても同じということにもなるのですが……。ですから、特に僕は、仕事のやり方――この世界は残業が当たり前で、余暇を捨てて会社へ行くのが当然という姿勢がかなり標準的と言ってよいのですが、そうではない、プライベートをしっかり確保し、人生をトータルで楽しみたいという僕の仕事のスタイルに、ひとりでも多くの人が共感してくれたらいいなとも考えています。

幸運だと思う?

好きなことを仕事にできている――という意味で、とても幸運だと思います。

リアルも大切。その時に要求される五感や第六感の働きは いろんな意味で自分を活性化させてくれる。

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今、WEBクリエイターたちにはどんなアドバイスを贈りたいですか。

そうですね、制作レベルに必要なことは普通に実務をこなしていれば知識として身につく。僕がアドバイスしたいのは、もう少し大きい視点ですね。自分の関わっている仕事の方向性の見極めが、とても大事だと思います。たとえば今、会社でWEBデザイナーやプログラマーとして働いているとしたら、その仕事を10年先までやっている自信はあるか。自信がないとしたら、今後どういうスキルを上乗せして、自分をどういうポジションに向かわせることで解決するのか。 私の場合は、組織のどのレイヤーに属しているかを認識して、常にそこでのNo.1を目指すことを心がけました。そうすると単純に個人の力量だけではNo.1になれない壁が見えてきたり、順番では価値が測れない物事がわかってきたり、組織と自分の間にやりたいことのギャップが生まれていることが理解できたりします。そうした有形・無形の積み重ねはムダにはならないし、むしろテコとして利いてくる機会は決して少なくないので、ひとつひとつ納得のいく仕事を続けることが大切だと思います。

WEBクリエイターが自分を伸ばすためには、どんな努力をすべきなのでしょう。

まず、WEBというメディアはユーザーが作り上げていくメディアであることを理解すべきです。企業がサイトを立ち上げて押し付けても、誰も見てくれません。ユーザーが主体的に探し、拾っていくメディアですから、作り手は「WEBはユーザーのものである」という意識を強く持たなければならない。そこさえ間違わなければ、サイトの価値向上につながる循環を生み出すための努力はほぼ実になるはずです。

益子さんは、WEBオタクですか?

僕はオタクは苦手です。根っこはオタクでいいし、僕自身にもそういう属性はあるのだけど、見せ方がオタクというのは好きじゃない。最近つくづく感じるのですが、僕もWEBが好きでWEBをやっていますが、リアルも大切だと思います。よい仕事をしたければ、単にWEBで情報収集して終わりにしないほうがいい。人に会う、物に触れる、その時に要求される五感や第六感の働きはいろんな意味で自分を活性化させてくれるし、情報量も格段に違います。

最後に、読者、主にWEBクリエイターたちにエールを贈ってください。

WEBというメディアはユーザーのもので、作り手の取り組みはユーザーによって評価されるし、フィードバックのスピードも速い。それが、作り手のモチベーションにもつながっている。そういうメディアなんですね。そこさえ押さえていれば、間違った方向にはいかないはずです。 もうひとつ、スキルを身につけるにあたっては、ぜひ楽しんでやってもらいたい。ワクワク感や楽しみは、与えられるものではなく、自分で作り出すものです。日常的なワクワク感やドキドキ感、つまりモチベーションは、自分で上げていかないとだめですね。そのためには、積極的に人と関わることが大切だと思います。すべてをコンピュータやWEBに頼るのではなく、セミナーやイベント、講習などに積極的に参加する。つまり、足を使う。昔のジャーナリストの教訓みたいですけどね。 作家の村上龍さんも、「移動距離と情報の確かさは比例する」と言っていますが、その通りだと思います。今後も皆さんといろいろなところでお会いすると思いますが、気軽に声をかけていただき、WEBについてトークしましょう。

Profile of 益子貴寛

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1975年生まれ。 早稲田大学大学院商学研究科修了。大学院在学中の1999年5月にWebリファレンス&リソース提供サイト「CYBER@GARDEN」を立ち上げる。一般企業に就職後もWebデザイン誌での執筆やW3C仕様書の翻訳活動を続け、2003年5月に独立。Webサイトのプロデュースや戦略立案、Web制作会社のコンサルティング、Webクリエイター向けのセミナー講演やトレーニングに従事。社団法人 全日本能率連盟登録資格「Web検定」プロジェクトメンバー。 Webデザイン全般、Web標準、(X)HTML+CSS、Webプロデュース/ディレクション、Webライティング、アクセシビリティ/ユーザビリティ、SEO/SEM、XMLアプリケーションに関する執筆・講義など多数。宣伝会議/編集会議、日本電子専門学校、デジタルスケープ、東京都、テクニカルコミュニケーター協会、allWEBクリエイター塾などで講師を担当。2007年2月に、Webクリエイター向け講習・ハンズオントレーニングの独自ブランド「サイバーガーデンbiz」を立ち上げる。 著書に『Web標準の教科書─XHTMLとCSSで作る“正しい”Webサイト』(秀和システム刊)、『伝わるWeb文章デザイン100の鉄則』(同刊)。近刊に『スタイルシート・デザイン』(共著、MdN刊)、『ウェブの仕事力が上がる 標準ガイドブック1 Webリテラシー』(監修・共同執筆、ワークスコーポレーション)。 『月刊 web creators』(MdN)『Web Strategy』(同)、日経BP社 ITpro Select、MYCOMジャーナルなど多数の連載を持つ。 サイバーガーデン http://www.cybergarden.net/ サイバーガーデンbiz http://web.cybergarden.net/ 社団法人 全日本能率連盟登録資格「Web検定」 http://www.webken.jp/

 
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