クリエイティブなしには 企業の言いたいことは何一つ マーケットには伝わらない

Vol.15
株式会社新生銀行マーケティング部長 福田桂子(Keiko Fukuda)氏

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このコーナーに銀行の方が登場するとは、思わなかったでしょう?クリステ編集部にも、そんなことを想像できる者はひとりもいませんでした。想定外、ですね。きっかけは、「32色のキャッシュカード」。ご存知の方はご存知と思いますが、昨年銀行界はではかなり話題になった企画。その企画の素晴らしさは銀行界を飛び出して、各種広告賞に輝き、グッドデザイン賞まで獲得し、コミュニケーションデザイン部門では金融業界初になりました。もちろん消費者にも受け入れられ、多くの新規口座を獲得したそうです。表参道ヒルズの地下3階に行くとカフェと隣接したバンクカフェなるものが出現しました。「新生銀行って、なんか他とは違った銀行だなあ」と思い、取材を申し込むと、スルスルとOKが出た。32色/カラーキャッシュカードの導入をリードした福田桂子さんも、予想を超えて“他とは違う” 新生銀行のリテールバンキング(個人顧客部門)の素顔を解説してくださいました。

 

ある市場調査では、 「銀行に行くときはお役所に行くのと同じ気持ち」という 消費者の意見がありましたが、私たちはそう思われたくありません。

カラーキャッシュカードが生まれたいきさつを教えてください。

「Color your life」――これは2005年から本格的にスタートした新生銀行リテール部門(個人顧客ビジネス)のブランドコンセプト。真に価値ある商品とサービスの提供を通じてお客様の生活を豊かにし、彩りのあるものにするお手伝いしていきたい、という意味。32色のカラーキャッシュカードは、その一環として生まれました。 金融商品は目に見えないもの。そんな中で、キャッシュカードはお客様と銀行の接点にあって、唯一目に見えるものです。タンジブル(有形)で毎日見てもらえるキャッシュカードには、お客様と銀行のコミュニケーションツールとして最適であると考えました。では、「Color your life」というコンセプトで発想したら、キャッシュカードはどんなコミュニケーションツールになるのだろう?と考えて生まれたのがこのカードです。

狙いは、彩りが華やかで、楽しいということですか。

単なる華やかさを狙ったものではありません。私たちのリテールブランディングの根底には、エンパワーメント(権限を与える)という概念があります。お客様に選択の余地を持っていただくということです。これまで日本では、銀行の窓口は3時になると閉まるし、自分のお金を引き出すのに105円、210円と手数料を取られるのもあたりまえでした。すべて銀行側の都合が優先されてきたのです。本来リテール業というものは、そんなことではいけない。新生銀行の店舗は夜7時まで開けていますし、ATM引出手数料はいただきません。お客様に選択の余地を持っていただくことは、そういう考えの延長線上にあります。 ですから、「カラフルなキャッシュカードを」という着想も、ある意味必然的に生まれたのです。自動車だってお洋服だって買うときには色を選べるのに、銀行のカードだけは選べない。しかも、銀行のロゴが大きくついていたりするんですから(笑)。そこで、エンパワーメント――選ぶことを楽しんでいただくための32色をご用意することになりました。

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色にはオリジナルネーミングが施されていて、それぞれの色にストーリーもありますね。

狙いは、エモーショナルコミュニケーション――お客様と感情的なつながりを持ちたいということです。そう考えると、「黄色」「赤」ではなく、「パッション イエロー」「ファースト ルージュ」といった感情的なことを想起させるようなネーミングにすることになりました。そんな流れの中で、担当のクリエイターたちと詩も作ろうと盛り上がりました(笑)。

たとえば「チェリーブラッサム」というピンクのストーリーコピーは、「花は散る。そして記憶は降り積もる。……あっという間にあの人は去っていった。でも悲しむ必要はない。私の心にずっと咲いているのだから。強く、深く、いつまでも」このような表現は銀行にしてはめずらしいですね。

特に今回のクリエイティブの狙いはエモーショナルコミュニケーションですから、銀行っぽい「固い」表現は避け、お客様とつながりがもてるようなもの、誰にでもなにかを想起できるようなものにしようと思いました。ある市場調査では、「銀行に行くときはお役所に行くのとおなじ気持ち」という消費者の意見がありましたが、私たちはそう思われたくありません。カバンを買うと心に決めて外出するときのワクワクと同じように、ワクワクしながら訪れてもらえるような銀行でいたいのです。

お客様からの評判は?

おかげさまで大変好評です。昨年6月の導入当初には、新規口座開設が前月比160%という結果を出しました。口座開設の動機として「32色のカードがあるから」というご意見も多数いただいています。

「デザイナーが見当違いのものを出してきた。」 ――私の経験上、そういう場合は十中八九、 原因はオリエンテーションの不備にあります。

広告クリエイティブには、どんな考えをお持ちですか?

コミュニケーションによって企業のメッセージは、社会に、消費者に伝わります。企業は広告やプロモーションなどを通じて、常に商品やサービスを消費者に伝達したいと考えていて、それを届けるのがコミュニケーションです。どれだけ伝達したいことを伝えれるかは、すべてクリエイティブにかかっていると言っても過言ではありません。クリエイティブなしには、企業の言いたいことは何一つマーケットには伝わらないので非常に重要なことです。特にリテール業というのに求められるのは、何百万、何千万人というお客さまへのコミュニケーションで、それはマスコミュニケーション。それはすべてクリエイティブが要なんで、重要なことですよね。

クリエイターに求めることは?

たとえば、銀行のマーケティング部の広告担当スタッフが広告クリエイターに仕事をお願いするとき、彼らは、銀行から課せられた明確なミッションを抱えています。クリエイターさんには彼らが抱えるミッションをまず、理解してほしい。銀行が「これで1日2000人呼ばなきゃいけない」と考えているのに、クリエイターさんが「これで広告賞を獲りたい」と考えているケースは決していい結果は生まれません(笑)。結果として賞を獲得するのは素晴らしいことですが、その前にミッションを共有してもらいたい。そこを理解してくださっているクリエイターさんの才能を、買わせていただきます。

「才能を買う」とは、独特の表現ですね。

大手流通業宣伝部に勤務しているときに、上司から受けた薫陶(くんとう)です。広告クリエイティブは「アートバイイング」――アーティストやクリエイターのタレント、才能を買わせていただいているのだということを徹底的に教えられました。広告クリエイターを下請け業者のように扱う宣伝担当者がいるとしたら、勘違いもはなはだしい。それが、私の価値観です。

今は、福田さんが部のスタッフにそれを伝えている?

そうですね、たとえばデザイナーさんにフィードバックをする場合も、「ここを赤くして」ではなく「ここを目立たせて」と言うよう指導しています。私たちの希望は、「赤くする」ことではなく「ここが目立った方がいい」のはず。そのために赤が必要か青が必要かを決める能力はあきらかにクリエイターの方が上だし、それを期待して参加してもらっているのだから、スペシャリストの能力に蓋をするような間違いは犯してはなりません。 また、発注側の内部の打ち合わせでよくあるのが「デザイナーが見当違いのものを出してきた」という発言。私の経験上、そういう場合は十中八九、原因はオリエンテーションの不備にあります。発言者に「どんなことを、どう伝えた?」と問いただすと、必ず説明の不備や間違いがみつかるので、オリエンテーションのやり直しを指示することになる。担当者が広告代理店やクリエイターのせいにして終わる、なんてことは、私は許しません(笑)。もちろん、何度オリエンテーションをし直しても、的を射たものが出てこないこともあります。それは、広告主とクリエイターの相性が合わなかったということ。仕方のないことです。それがわかった時点で、ちゃんと説明した上で、クリエイター変更をすべきです。

実は私たちは、他の銀行さんは意識していないんです。 意識しているのは、他のリテール業ですね。

この5月からは、ロッテのバレンタイン監督を起用したCMも流れていますね。面白くて、印象に残るCMだと思います。

ありがとうございます。嬉しいです。ちょうどあのCMが始まったときに、ロッテがペナントレースで首位に踊り出てくれました。広告主としては、願ってもない展開(笑)。

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バレンタイン監督というのは、新生銀行ならではのキャスティングなんでしょうね。他の銀行では、ちょっとありえない感じがします。

なるほど、実は私たちは、他の銀行さんは意識していないんです。意識しているのは、他の一流リテール業ですね。目標は東京ディズニーランド&シーやアップルコンピュータなどの顧客評価。そういう企業と競争しているんだという自覚を、社内的にしっかりと統一していきたいです。 ちなみに2005年の日経リサーチによる利用経験者のブランド求心力ランキングという調査では東京ディズニーランド・シーが1位で新生銀行が4位にランキングされてます。これは、「また行きたい」「人に紹介したい」「満足してかえってきた」というような指標で消費者の満足度を調べたものです。また週刊ダイヤモンドが2006年6月に発表した、リテール業16業種・254社を対象に行ったの顧客満足度総合ランキングで、新生銀行は12位でした。

マーケティング部長としての、今後のブランディングの方針は?

私は、新生銀行に移るまでは、消費財を扱ってきました。金融商品と消費財の大きな違いは、金融商品はものが見えないということ。消費財のプライシングにあたるのが金利という超リアルなものですから、付加価値をつけるのは難しい。そこで広告コミュニケーションがブランディングをサポートするわけですが、広告にできることはあくまでサポートです。 まず、大切なのは、いかにしてお客様に有利な金融商品を開発し、提供していくかということ。良い商品を出し続けることが、ブランディングの最大の肝です。ただ、お客様は、「売ってくれる人の感じが良いか」ということも気になさっていて、そういう経験値の積み重ねもブランディングにつながっていくのです。いろんな場面で一回一回期待を裏切らない。一度でも裏切ったら、ブランディングが失墜する。新生銀行にはブランディングに関する社員トレーニングの時間があって、私はそういう場でもこうした考えを話し続けています。

“女性マーケティング部長”ということで注目されることが多いと思いますが、嫌じゃないですか?

嫌な感じはしませんよ。どんな視点であれ、私が注目されるのは新生銀行にとって良いことだと受け止めています。

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大手流通業→LVMHグループ→新生銀行というキャリアステップは、華やかだし、ユニークですね。自分の人生は、思い描いたとおりに行っていると思いますか?

その都度その場で懸命に仕事をしているのを見てくれた人が、新しい仕事を紹介してくださり、ここまできただけです。思い描いてきたわけではないんですよ実は(笑)。

福田さんなら、どの色のカードを選びますか?

サンフラワーですね。「幸せとは、見つめてくれる人がいること」(笑)。

Profile of 福田桂子

profile

東京生まれ。

マーケティングアシスタントマネジャーとしてマーケティング、PRなどを担当
1992年武蔵野美術大学造形学部デザイン学科卒業 同年 大手流通業入社 同出版部を経て宣伝部へ
1999年LVMH(モエ ヘネシー・ルイ ヴィトングループ) (株)セフォラ アメリカアジアパシフィック ジャパンに入社
2001年LVMHグループ内異動で、パルファム ジバンシイ株式会社へ異動 高級化粧品ブランドのマーチャンダイジング・プロモーションを担当2003年パルファム ジバンシイ コミュニケーションマネジャー マーチャンダイジング、販売促進、PRなどコミュニケーションを担当2005年3月マーケティング部長として新生銀行に入社
 
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