インフルエンサー×芸能人!? ホリプロデジタル代表・鈴木氏が描く、新しいエンタメのカタチ
株式会社ホリプロのデジタル特化型子会社として、SNSを活用したタレントの育成やデザインを行う株式会社ホリプロデジタルエンターテインメント。
代表取締役社長の鈴木秀(すずき しゅう)さんは、中学生で起業し、IT業界やインフルエンサー業界で数々のビジネスを軌道に乗せてきました。その時代を先読みする経営手腕に、エンタメ業界から注目が集まっています。
同社が掲げる「芸能人2.0」とは何なのか、これからのエンタメ界はどう変わっていくのか。波乱万丈の半生から鈴木氏のビジネスの原点を探りつつ、デジタル時代のエンターテイメントについてお聞きしました。
お腹が空いたら冷蔵庫をあさるのと同じように、自分で仕事を作った
初めてのビジネスはどのようなものでしたか?
私は田舎のごく一般的な家庭に生まれました。あるとき、母が余命宣告をされるほどの重い病気にかかり、その医療費で経済的に厳しくなってしまったんです。父も忙しく、家に人とお金がない状況が続きました。
転機が訪れたのは14歳のとき。雨が降る七夕の日でした。祖父母からもらったお年玉を握りしめて家電量販店に行くと、在庫処分だったのか、携帯型ゲーム機のケースが100円で安売りされていたんです。
それをたくさん買って、ネットオークションに出した、いわゆる“せどり”が一番最初のビジネスです。「こんなものでも売れればお金が入って、ご飯が食べられる」ということを初めて学んだ出来事でしたね。
それからホームページ制作をしたり、Flashで映像コンテンツを作って拡散し、広告収入を得たりするなど、自分で稼ぐ仕組みを模索していきました。
自分で起業して稼ごうと決めたんですね。
起業という認識はありませんでしたね。お腹が空いたら冷蔵庫をあさるのと同じように、お腹が空いたからお金を得るために自分で仕事を作った、という感覚です。
高校1年生のときには、中国在住のバイヤーと契約をして品物を輸入し、日本の卸業者や雑貨店に販売するビジネスを始めました。月商だと100〜200万円になったでしょうか。それを生活費にしたり、母の療養費に充てたり。
高校3年生になると、SEO対策・コンテンツ制作・EC事業を三本柱にしてビジネスを行っていました。
そうした手法は誰から学んだのですか?
誰からも学んでいません。独学が良かったんだと思います。例えば、売上が伸びなかったとします。インプレッションは取れていても、クリック率が悪いのであれば、理由を明らかにしなければなりませんよね。
そのためにはどんな学術が必要なのかを列挙していくと、自分に足りない知識が自然と見えてくるんです。
高校生でそのような考え方をしていたことに驚かされます。
嗅覚だけはあったのかもしれません。毎日が背水の陣のようなもので、少しミスをしたら、ご飯を食べられなくなって死んでしまう。よくドラマで爆弾を前にした刑事が「赤と青の線、どっちを切る!?」なんていうシーンがありますが、日々そんなビリビリした状況でした(笑)。
今となってはあの環境に感謝していますけどね。もうひとつ、面白いものを進めていました。Yahoo!知恵袋では各カテゴリーごとに、ベストアンサーをたくさん持っている“主(ぬし)”のような人がいたんです。その人たちが商品を投稿すると、クリック率が非常に高かったんですよ。
そこで“主”たちを全員リストアップして、彼らにアフィリエイト商材のPRを依頼する代理店のような事業も行っていました。今でいうインフルエンサーマーケティングに近いことを行っていたわけです。
当時からすでに、影響力のある個人に着目していたのですね。
大学生のころから、ECが独自ドメインから巨大モールへと移り変わり、SEO対策もGoogleのアルゴリズムの大幅アップデートによって、今までの手法が通用しなくなっていました。これからますますプラットフォーム化が進み、個人の時代が来るだろうと気づいたんです。
そして大学院1年生のとき、地元山梨県のビジネスプランコンテストで優秀賞を受賞しました。それをきっかけに、東京のベンチャー企業から「MixChannel」という動画コミュニティアプリを作らないかとお声掛けいただきました。
プラットフォーム作りに興味があった私は、連絡があった次の日には自分の会社を清算。10人ほどいたメンバーに1円残らず分配し、再びゼロからのスタートで「MixChannel」という動画コミュニティアプリの制作チームに加わりました。
そこで動画の投稿者を育成していくうちに「この人たちは芸能人としても活動できるのではないか」と思い始め、24歳のときにインフルエンサー事業関連の会社の創業に参画。しかし、そこも3年ほどで退職してニート生活に戻ってしまうわけですが…(笑)。
紆余曲折の半生ですね。その後、いよいよホリプロに入社されます。
アルバイトとして拾ってもらった、というのが正しいかもしれません。最初はタレントのSNSのサポートなどをしていました。そのうちに、新しい事業として「スマホからスターを創る事業を立ち上げたい」という話をしていたら、一緒にやろうということになって。
創業の中心的メンバーとしてコンセプトや事業計画書などを作らせていただきました。そして3期目となった2020年6月、ホリプロデジタルエンターテインメントの代表に就任したという流れです。
求められるのはハイブリッドなスキルを備えた「芸能人2.0」
ホリプロデジタルエンターテインメントについて伺います。御社の特徴をあらためてお聞かせください。
インフルエンサーは大きな影響力を持つ一方で、必ずしも芸能人のような表現力や対応力があるとは限りません。インフルエンサーと芸能人とでは、そもそも必要なスキルが異なるからです。
当社は「インフルエンサー×芸能人」がタレントの新しい形だと考え、SNSスキルと芸能スキルを兼ね備えたタレントの育成を目指しています。こうしたデジタル社会に求められるハイブリッドなタレントを私たちは「芸能人2.0」と呼んでいます。
所属タレントは全員、自分が成し遂げたい目標をしっかりと持ち、それに対して必要なレッスンを積んで、芸能人としてのスキルを高めています。インフルエンサーとして重要なクリエイティブやマーケティングを仕掛けていき、知名度を上げつつ、芸能スキルも上げていくという、いいとこ取りといえばそうですが、非常に難易度の高い育成手法を取り入れているのが特徴ですね。
具体的にどのような育成をされているのでしょうか?
例えば、景井ひな(かげい ひな)というタレントは、2021年5月現在、TikTokのフォロワーが約640万人に達しています。彼女はインフルエンサー活動を自走できるでしょう。そのため私たちの重要な役割は、彼女が自走できる環境を作ってあげることです。
「クスッと笑えて楽しめる」動画コンテンツ作りが、景井ひなのインフルエンサーとしての側面ですが、彼女は女優も目指しています。芸能面では、クスッと笑えるというタレントのメリットやデメリットをしっかり理解して、彼女が出演するべき場所に営業をかけ、必要なスキルを常に検討して教育を行いながらサポートをします。
テレビなどに出演することで知名度が上がり、インフルエンス力も上がっていく。
インフルエンス力が上がると、彼女の仕事の機会も増えていくので、相乗効果で伸びていくというわけです。
マネジメントやプロデュースというより、サポートという言葉が近いのでしょうか
そうですね。タレントがやりたいと思ったことをやらせてあげるのは、常に意識しています。例えば、インフルエンサー出身の人は、基本的に自分が好きなことを発信するだけ、という場合が多いのですが、当社に所属しているタレントは演技をしたいという人が多いんですよ。
しかし、自分の作品を俯瞰的に見る機会が少ないのも実情です。そこで、演技をしたいタレントのために「デジホラ」というショートホラームービーシリーズをYouTubeで展開しました。
まだ無名のタレントでも、希望すればデジホラで演技をして作品になります。そして実際に配信されて、評価や批評のコメントをいただくところまで、一気通貫に提供できる仕組みがあります。ほかにも、同様の仕組みを複数用意しています。
そうした環境を提供することで、所属タレントさんからはどのような反応がありますか?
デジホラに出演した水瀬紗彩耶(みなせ さあや)というタレントは、「今まで気づけなかった自分の能力に気づくことができた」といいます。
水瀬紗彩耶はもともと、絵を描くなど自分の作品を作ることが得意なアーティスト志向で、いわば“作る側”の人だったんです。それがショートムービーで演じたり、舞台でトークをしたりすることで、新たな得意分野に気づくことができたと。
ほかのタレントからも、「自分ひとりでは絶対に発見できなかった部分について気づく機会を与えられた」という声をよくもらいますね。
特化した才能を活かすPtoCモデル。その先にあるのは「タレントのホールディングス化」
気づくことで表現に深みが増し、仕事の幅も広がると。
ありがたいことに、単発でいただいた投稿のお仕事から、長期のお仕事に発展するケースも増えています。インフルエンサーは横に広げていくのに対して、芸能人は縦軸でブランディングしていくイメージ。当社のタレントは両方できるため、末永いお仕事につながるのではないかと思っています。それは僕自身も、この3年間経営者として携わってみて、あらためて気づかされました。
純粋に興味のあることを発信するインフルエンサーの側面と、企業の広告塔としてブランディングに貢献する芸能人としての側面、舵取りが難しいようにも思えます。
コンテンツの視聴維持率とクライアント企業様のメリットとの両立は、確かにバランスが難しいこともあります。しかし、タレントに伝えてほしい要点を共有し、それ以外はエンタメに振ることで、ほとんどは問題なく解決できるものです。
例えば、水瀬紗彩耶が『フェローズフィルムフェスティバル』のアンバサダーを拝命した際は、初めて大きなお仕事をいただけたとファンの方々がとても喜んでくださいました。彼女はアートとの親和性が高いので、今後も作品に関わるコンテンツなどは違和感なくお仕事にフィットするのではないでしょうか。
発注する企業側も、あらかじめタレントさんとの親和性を考慮するとより効果的ということですね。こうした両立が図れるのも、やはりタレントさん全員が明確な目標を持っているからでしょうか。
はい。当社の所属タレントは、語学やコスメ、フィットネスやファッションなど、それぞれが特化した才能やスキルを持っており、やりたいことがはっきりとしています。何かしらのフックがあるからこそ、ファンの方々の熱量が高い。
当社では、そうしたニーズに対してタレントが直接、ユーザーに体験やサービスを届けるための「PtoC(Person to Customer)」モデルの構築を進めています。ひとつ事例を挙げると、のぼりもえという大学生のタレントは、自分でコスメブランドを作りたくて薬学部に入り、Instagramに毎日、コスメに関する投稿をしています。
彼女のフォロワーの90%以上が女性で、かつ90%以上がコスメやメイク、ファッションに興味のある方々です。そこで、彼女が自分のトータルテイストを表現したコスメブランドを立ち上げたら、ものすごく支持されると思うんですよね。
最終的には、タレントのホールディングス化をしたいと思っていて。タレントそれぞれが経営者としてひとつの子会社を作るイメージで、自分のやりたいことを実現させ、ホリプロデジタルエンターテインメント内にいろいろな事業がぶらさがっている。そんなビジョンを掲げています。
素晴らしいモデルですが、御社とタレントのベネフィットを両立させていくのは大変ではありませんか?
私たちがタレントに提供する「育成・販売・マーケティング」をしっかりレベルアップしていければ、お互いWin-Winの関係を築けると考えています。タレントからしても、新しい人脈、新しい考え方、新しいマーケティングが常にアップデートされていくため、メリットが大きいはずです。
そうした企業であり続けるべきだというのは、常に考えていますね。そのためにも、タレントの育成だけでなく、会社組織や従業員の育成にも同様に注力しています。
AIの戦争が生み出す格差社会。生き残る戦略とは?
5年後のエンターテイメントの世界は、どうなっていくとお考えですか?
5年後といわず、エンタメ界は毎年アップデートされていると、私は考えています。今、世界的に躍進しているのは相変わらずIT業界で、その中でも代表的なFacebookにせよGoogleにせよ、結局はエンタメの要素が強いものだと思っていて。IT系のユニコーン企業にいたっては、おそらく8割以上がエンタメ関連事業ではないでしょうか。
オセロのようなゼロサムゲームが繰り広げられ、勝ち負けがひっくり返されています。例えば、十数年前はミクシィ全盛だったのが、Facebookに塗り替えられ、Twitterが来て、Instagramが来て。その後もYouTube、TikTokと変遷は止まりません。さらに今はNetflixが注目を集めていますよね。
それを踏まえて、あえて近い将来のエンタメ界がどうなっているかというと、AIの戦争になるでしょう。NetflixがAIによるレコメンドシステムでコンテンツを決めていることは、有名な話ですよね。各SNSの動向や視聴率、ユーザーの行動分析、タレントの視聴維持率などのデータを蓄積しているわけです。
そこから、あるタレントのフォロワーが多いのか少ないのか、多いのであればどの層が厚くて、どこでエンゲージメントが高いのかなど、全てビッグデータ解析から判断するのが、今のエンタメ業界です。
本当に人に求められているものが数値化され、そこがますます尖っていくとどうなるか。そこには格差社会が生まれます。
それは人気の格差といったものですか?
そうですね。人気も数値化されて白黒はっきりつくので、いわゆる“不発の映画”などはなくなると思います。プロスポーツに例えていうと、トップリーグで優勝争いをする上位4チームだけが残り、ずっと戦っているような状態です。映画さえ作れない人と、どんどんヒットを連発する人。このような二極化した格差社会になるのだと思います。
そうすると下剋上が起こらず、まさに一人勝ち状態ですね。
ただ一方では、思いもよらないビッグヒットが生まれる可能性もあります。AIで戦っている人たちはAIの戦いに巻き込まれていきますが、AIと戦うことをやめた人たち、つまりAIの枠外で人間味のあるコンテンツを作る人は、独自の特大ホームランを打ち続けるかもしれません。
フリーのクリエイターが予算をかけずに作った作品や、小劇場で上映されているような映画などが、急に脚光を浴びる。そうした“ロマンある昔のエンタメ界”の部分も色濃くなると考えているんです。
僕は分析屋なので、AIのアルゴリズムの解析結果をタレントに提供して、「今年のTikTokとYouTubeはこういう傾向にあるから、こういうコンテンツづくりをしたらどうか」といったアドバイスをしています。
基本的にはAIに最適化されたコンテンツだけが伸びているのですが、AIに関係なく急に伸びたものが、今年だけでもいくつかありました。ちなみに、景井ひなはAIに判断されない独自路線のタレントですね。
鈴木社長としては、AIに則したものと判断されないもの、どちらに注力したいとお考えですか?
最初の50万フォロワーなど、一定数のインプレッションが出るようになれば戦いやすくなります。そこまではAIに沿っておすすめにのりそうなコンテンツを分析してSNS投稿などを続け、ある程度のフォロワー数になったら変化させていく。基礎が固まるまではAIで育成をして、その後はホームランをバカバカと連発する4番バッターにするのが理想です(笑)。
「型破り」という言葉は、きちんと型ができているから破れるわけで、ベーシックな基礎がなければ破ることもできません。ですから、タレントには一旦しっかりとした型を作ってほしい、というのが当社の次のエンタメに向けて必要な戦略だと思っています。
いずれにせよ、尖った個性がなければ全く評価されないので、何かしらでトップを取れる選抜メンバーがそろった事務所にしていきたいですね。
今後、エンタメ業界にどのような貢献をしたいですか?
人材を輩出するため、教育基盤の整備に取り組みたいですね。今、エンタメ業界は全体的に人手不足で、特にデジタルネイティブ人材が足りていません。デジタルコンテンツを作れる人が現場にいないんです。
今でこそ「YouTuberになりたい」という人は増えましたが、「YouTuberにさせたい」という人はいません。持論ですが、動画の作り方やプログラミング、マーケティング、統計分析を小中高で教えていたなら、日本の産業はもっと大きく成長していたと思うんですよ。
ですから、年内にも地元の山梨で教育事業を立ち上げる予定です。デジタルエンタメ人材の発掘のための教育を行い、この業界に貢献していきたいと考えています。
取材日:2021年4月26日 ライター:小泉 真治 スチール撮影:庄司 健一 ムービー撮影:村上 光廣 ムービー編集:遠藤 究
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