自分が本当にやりたい事、 得意な事を整理して、 大きな志を持ってほしい。
- Vol.81
- 株式会社インプレスホールディングス 取締役 北川雅洋(Masahiro Kitagawa)氏
「スマートフォン」と「電子書籍」。ポテンシャルを秘めたビジネスに注力中。
多くの重責を担っている北川さんですが、いま注力されているビジネスは?
インプレスグループの大きなテーマとも重なるのですが、今は大きく分けてスマートフォンと電子書籍のふたつの分野に力を入れています。スマートフォンは、そのポテンシャルに比べてまだ100分の1程度しかビジネスとして成立していません。また、電子書籍もいろいろな出版社や印刷会社がこぞって投資して会社が立ち上がっていますが、まだ普及しいているとは言い難いですよね。
電子書籍専用の端末もいろいろと発売されていますが、あまり身近には感じられません。
アメリカでは出版市場の4分の1程度の売り上げが電子書籍で占められており、Amazonにおいては電子書籍の売り上げが紙の本を上回っているほどです。英語が電子書籍に向いている言語なのは確かですが、日本語も電子書籍に向く新しいインターフェースを「発明」すれば、爆発的に普及する可能性を秘めています。今までの手法や見え方を持ってきてもダメなことはわかったので、まったく新しいものを「発明」するために頑張っているんですよ(笑)
大きな可能性を秘めた分野で、ワクワクしますね。経営者として新規ビジネスに関わっていらっしゃる北川さんですが、最初から経営者志向が強かったのでしょうか?
いえ、最初はビジネスをやろうなんて、まったくそんな気はなかったですね。大学卒業した時には、スーツは一着も持っていなかったくらいですから。
就職活動はしなかったんですか?
ええ、学生時代は音楽活動をかなり熱心にやっていまして(笑)当時としてはパソコン周りの知識があったので、プログラムを書いたり、専門記事を執筆したり、オーディオ販売などの仕事をやっていて食べるには困らないくらいの収入がありましたから。誘われて大卒3年後くらいにソフトバンクの社員になりましたが、社員になったら収入が激減したくらいです(笑)
「一太郎」発売前のジャストシステムとの出会いが大きな転機に。
収入が激減しても、ソフトバンクを辞めなかったのは?
ITの分野はまだ黎明期だったので、面白いことが次々と起こるんですよね。自分が仕掛けたことが「日本初」の試みだった、ということも頻繁に起きて。当時のソフトバンクはPCソフトの卸売業がメインのビジネスで、私も流通営業として四国や北陸を一人で担当したり、福岡営業所を立ち上げたりしていました。その時に、徳島県のソフト開発会社であるジャストシステムさんとの出会いがあったのです。これは自分にとっても会社にとっても大きな転機でしたね。
ジャストシステムといえば、一太郎やATOKの開発で、今や大会社です。
最初に訪問した当時は一太郎の発売前で、社員は5人くらいでしたね。経営陣と一緒に搭載機能のアイデアを出したり、価格戦略について議論したり、マーケティングシナリオを考えました。この一太郎の独占販売権をソフトバンクに与えてもらって、一生懸命売って、ビジネスソフトとしては押しも押されぬ地位を獲得しました。ジャストシステムは、あっという間に社員が100人に増えましたからね。また、それまでゲームソフトの卸が主流で、在庫を抱えがちだったソフトバンクの財務体質を変えるきっかけにもなりました。
非常にエキサイティングな仕事だったわけですね。
この仕事がなければ、会社を早くに辞めていたかもしれません。営業として、数字の競争にやっきになっていた時期もありましたが、それだけでは飽きてしまう。自分にはない能力を持った面白い人や、自分では作れない技術との出会いなど、いわば「未知との遭遇」があるからこそ、仕事は面白い。音楽も同じですね。
30歳の時に自分の人生を整理。スケールの大きな「響働」を目指す。
面白い人との出会いがあるうちに、音楽よりもITビジネスの世界に注力するようになったのでしょうか?
自分が本当にやりたいことは何なのか、30歳の時に一度整理しました。私は共感・共鳴できる人を探して一緒に働く『響働』ということにあこがれており、それを実現するための分野として音楽だろうがITだろうが根底は同じだと気づきました。どちらかというと、専門職としてプロフェッショナルとして道を究めるよりも、全体を統括するマネジメントやプロデュースをやりたい。どうせやるなら、スケールが大きいほうが面白い。世の中には面白くてすごい人がたくさんいるから、そんなすごい人を活かす仕事をしたいな、と。
そこからいくつもの外資系企業に経営者として関わるなど、数々の輝かしいキャリアを積んでこられたのですね。そして現在向かい合っている大きなミッションが「スマートフォン」と「電子書籍」。
現在代表を務めている株式会社ICEは、「Impress Comic Engine」の略で、その名の通り漫画をデジタル化して携帯電話に配信するビジネスをやっていました。国内では700億円という市場規模まで成長したのですが、この手法をそのままスマートフォンに持ってきてもうまくいかないんです。ということが、やってみてようやく最近わかったのですが(笑)
携帯電話のデジタルコミックでそれだけの売り上げがあるなら、スマートフォンでも同じようにニーズがあると思うんですけど・・・
スマートフォンはPCの要素も持っているデバイスですから、ユーザーとしては「コンテンツは無料があたり前」の文化を引きずっていて、お金を出すことに抵抗感があるんでしょうね。その抵抗感を取り払うことは、今までの成功体験をいったん捨てて、新しい視点で取り組まない限り難しい。ところが、それがなかなかできないんですよね。
過去の成功体験は不要。まったく新しい視点でものを作るクリエイティブな仕事。
どうしても今までの成功体験に基づいて考えがちですよね。それが「ノウハウ」と呼ばれ、もてはやされることも多いですし。
なかなか普及しない電子書籍でも同じことが言えるのですが、紙の本ならば、たくさん刷って店頭で平積みし、POPをぶら下げれば「買う気にさせる」ことができたかもしれません。しかし、デジタルの世界では、紙の本での経験は通用しないのです。例えば、電子書籍の中身を公開する「立ち読み」という機能があるのですが、この立ち読みページをケチっていては販促効果が得られないんです。無料でたくさん読んでいただき、続きが気になるところまで引きずり込めば、読者としてはそこに至る時間も投資しているので、「こうなったら最後まで読もう」という感じで「買う気にさせる」ことができます。ですが、このメカニズムをこれまで紙の書籍で成功体験を味わっている人に理解してもらうのは、なかなか難しいんですよね・・・。
なるほど。電子書籍は、紙の書籍を持ち歩くのが重くて大変だからデジタル化したものを買う、というイメージがありましたが、普及のカギはそこではないようですね。
その通りです。紙の置き換えだけでは電子書籍は普及しません。電子書籍には紙の書籍にはない自由な要素が多くあるので、そこを活かしていかないと。
「自由な要素」とは?
例えば、従来の書店で10ページや20ページの本、逆に1万ページの本がありますか?取次や流通を考えたら成立しない本を、電子書籍は扱うことができます。コンテンツの分量に価格を連動させる必要もないし、一切のしがらみから抜けて自由に決めることができます。また、現在の環境で電子書籍を普及させるにはスマートフォン対応が必須なのですが、そこに特化した読みやすい電子書籍の作り方があるはずです。書き手も今までの作家や評論家ではない、新しいタイプの人が向いているかもしれない。従来の成功体験にとらわれている人ではなく、新しい考えができる人と一緒にやっていきます。
新しいスタイルのコンテンツを作る、非常にクリエイティブな仕事ですね。クリエイターズステーションを読んでいる若いクリエイターにメッセージをぜひお願いします。
従来の概念を壊していく仕事ですから、気概ある若い人のチャレンジを心待ちにしています。環境を作ってくれるのを待っている人が多いような気がするので、自分から作り出すように心がけてほしいですね。また、短期的な「あいつに勝ちたい」と常に誰かと比較するのは、あまりクリエイティブな考え方ではないと思います。自分が本当にやりたいことは何か、得意なことは何かを整理して、大きな志に向かって若いパワーを注ぎ込んでください。
取材日:2012年3月28日
Profile of 北川雅洋(きたがわ・まさひろ)
ソフトバンクを経て、オープンインタフェース副社長、パシフィックシステムソフト社長、ブークドットコム社長、イングリッシュタウンCEO、エスプリラインCOOを歴任。現在はインプレスホールディングスにて取締役と関連会社の取締役や顧問を兼務。