世界中に平和の花を咲かせたい。アーティスト・村松亮太郎氏が「DANDELION PROJECT」に込めた願いとは

Vol.193
アーティスト/NAKED, INC.代表
Ryotaro Muramatsu
村松 亮太郎

タンポポのオブジェから飛んだデジタルの綿毛が、世界各地で花を咲かせる──。今、参加型アートプロジェクト「DANDELION PROJECT(ダンデライオンプロジェクト)」が話題を呼んでいます。

このプロジェクトの生みの親は、アーティストで株式会社ネイキッド(NAKED, INC.)代表の、村松亮太郎(むらまつ りょうたろう)さん。

同社はクリエイティブカンパニーとして映像やインスタレーション、プロジェクションマッピングを活用した体験型イベントなど、さまざまな分野で空間全体を演出するプロジェクトを手掛けてきました。ネイキッドを率いる村松さん自身も、ひとりのアーティストとして多方面で活躍中です。

今回は、村松さんのライフヒストリーにフォーカスしつつ、「DANDELION PROJECT」開催の背景や意図、今後の展望などを語ってもらいました。

 

手法もメディアもすべてミックスされると感じた

 

キャリアのスタートは俳優だったとお聞きしました。最初に俳優業を始めたきっかけから教えていただけますか?

高校生くらいまで、本当は音楽がしたかったんです。でも、ギターにせよ歌にせよ、音楽のセンスがある兄には勝てませんでした。じゃあ自分は何ができるのかと考えたときに、音楽と同じくらい好きだった映画がいいなと思って。

映画といっても、照明や音声といった職業があるのを知らない高校生ですから、やはり演じている役者に目が向くものです。役者って、自分の体があれば技能的な表現ができるわけですよね。役者だったら身一つでトライできる。それで「これならやれそうだ」という気がしたのだと思います。

ですから、芸能界に入りたいとかタレントになりたいという気持ちは、まったくありませんでした。とにかく「いい映画に関わりたい」というのが役者を始めたきっかけですね。

 

もともと演じることに興味はあったのですか?

演技そのものに興味があるというよりは、映画の完成形のイメージをもって演技している感じでしたね。映画作りには照明技師や録音技師などのスタッフがいるのと同じように、自分は役者として演技のパートで映画作りに参加している感覚です。

もちろん、役者をやっていれば演技の面白さがわかってきますし、きちんと役者としてのプライドをもって仕事をするのは当然です。ですが、今から思えば、演じることが好きで仕方がないというタイプの役者ではなかったでしょうね。

 

それからクリエイターを志したのはなぜですか?

役者を始めた頃は、まだトレンディドラマの全盛期でした。ただ、僕の理想とする役者像が、トレンディドラマに出てくるステレオタイプな役者のイメージとはちょっと違ったんですね。さらに、僕は映画以外の活動には興味がなかったので、所属事務所と意見が食い違って辞めてしまうこともありました。そうなると、自分で自分の価値観を表現する場を作る以外に方法はありません。

そのとき、たまたま出会ったのがマッキントッシュ(現在Mac)のコンピュータです。すでにデザインや音楽制作に使われ始め「近い将来、映像も作れるようになる」と期待されていました。加えて、デジタルビデオカメラの登場により、圧倒的に美しい映像が手軽に撮れるようにもなって。

1997年になるとインターネットが台頭し、テキストや音楽、デザインがオンライン上に混在するようになりました。これからはメディアもボーダレスになる。コンピュータがあれば、デザインも写真も、映像も音楽もできる。「作る手法もメディアもすべてがミックスされていくのではないか」と思うようになったんです。

それでもう「これだ!自分で作るしかない!」と思って。独学で勉強しながら、なんとか最低限の機材をそろえ、脚本から撮影・編集まで自分でこなせるようになったんです。今で言うDTV(デスクトップビデオ)の最初の世代ということになりますね。

 

面白いと思うものを作り続けた結果、今がある

 

1997年には株式会社ネイキッドを設立されます。設立の経緯を教えてください。

テレビ局の仕事をいただいたときに、「法人でないと取引できないよ」という話になって。それだけの理由です。起業やスタートアップへの憧れなんかもまったくありませんでしたね。僕はとにかく映画がやりたかっただけだから。

映画を作ろうとして始めたら、モーショングラフィックスやCGなどほかの分野にも興味が広がっていきました。ただそのとき面白いと思えるものを作っていった結果、気が付いたら仲間が増えて、株式会社になって、お仕事の種類も増えていったんです。だから会社設立について、戦略的な考えをもっていたわけではありません。

真摯に作品作りに向き合っていった結果なのですね。

それもあるかもしれませんが、世の中が自分たちのことをどう思うかなんて、眼中になかったんでしょうね。だからユニークな会社になっていったんだと思います。

そんな考えだから、99%の大人に否定されていた感覚ですね。「けしからん!」みたいな感じでしたよ。説教ばかりされて、いつも怒られていました。「なぜこんなに怒られるんだろう?」と思っていました(笑)。

 

お仕事をするうえで大切にしていることはありますか?

ネイキッドでは設立当初から「トータルクリエイション」を大切にしています。以前は撮影・デザイン・CGなどは別の会社が行っていました。しかしそれだと、作品が完成したときに世界観がそろわないことも起きがちです。対して、私たちは「最後まで作品の世界観を統一すべきだ」という考えをもっています。

テレビドラマのロゴデザインを例にしましょう。単にロゴをデザインするだけでなく、ロゴを台本に落とし込めばスタッフの方々に世界観を伝えられ、次はそのロゴを使ってオープニングのタイトルバックやCM前のアイキャッチなどの映像を制作できます。さらに劇中のCGなども一手に手掛けることで、作品の世界観が統一しやすくなるんです。

ネイキッドでは、この「トータルクリエイション」に加えて、作品の根幹となる部分を明確に意識する「コアクリエイティブ」、文字通りボーダレスに作品作りに取り組む「ボーダレスクリエイティビティ」。この3つを設立当初から企業理念に掲げ、新たな体験や価値を生み出すクリエイティブカンパニーとして活動を続けています。

 

「東京ミチテラス2012」でのプロジェクションマッピングは大きな注目を集めました。始められたきっかけは?

それ以前にも、私たちはモーショングラフィックやショートフィルム、長編映画制作などさまざまな活動をしてきました。その時々の新しい技術とメディアの在り方に合わせて、自分たちが作りたいものを作ってきたわけです。

プロジェクションマッピングも特別なものではなく、新しい作品にトライするうちの1つが、たまたまプロジェクションマッピングだった。それが今のように注目を集めるメジャーな表現手法になり、私たちもその制作者として認知されるようになっただけだと考えています。

 

これまで印象に残っている作品はありますか?

どの作品というのは特にありませんが、常に新しい体験を作ってきたという自負はありますね。プロジェクションとリアルな空間を融合した、総合演出的なアプローチだったり、映像や美術造作、音、香りなどあらゆる表現手法を掛け合わせて、一つの世界をゼロから作り上げるようなトライは新しかったんじゃないでしょうか。

「新江ノ島水族館ナイトアクアリウム」は、水族館内に体験型の3Dプロジェクションマッピングを設置するという、世界初の試みでした。水族館を泳ぐ生き物と、私たちが作ったバーチャルな映像が融合した空間は、本当に感動的でしたね。生き物が登場するため、完全なフルCGフェイクよりもずっと生命感があるんです。

ほかにも、窓から見える本物の夜景とバーチャルをミックスして楽しんだり、草花をテーマにデジタルや香りなどをミックスして空間全体を演出したり、私たちが最初に生み出したコンセプトをもとに作られたプロジェクトがいくつもあります。こうした新しいチャレンジを続けてきたことを、自分としても誇りに思っています。

 

平穏や平和を願う気持ちをシンプルに表現したい

 

2021年10月27日、京都から「DANDELION PROJECT」がスタートしました。プロジェクトについて、あらためて教えてください。

各地に植樹(設置)されたタンポポのアートオブジェ「DANDELION」にフッと息を吹きかけると、ネットワークでつながったほかの「DANDELION」にデジタルの綿毛が飛び、花を咲かせます。現在は感染対策として、吹くのではなくスマホをかざす方式になっていますが、世界各地にリアルタイムでデジタルの花を届けられます。

 

村松亮太郎さん個人名でのプロジェクトとなっていますが、その理由は?

ありがたいことに、ネイキッドのプロジェクトは次第に大型化しています。一方で、もっとパーソナルな感覚で、コンセプチュアルかつミニマムなものをやってみたいという思いもありました。アートとエンターテインメントの境目が薄れつつある今こそ、ピュアアートに近いプロジェクトをやってみたかったんです。私が感じていたものをシンプルに表現する意味で、個人名での開催としました。

 

アイデアの源泉はどこにあるのですか?

もともとこのアイデアは、アメリカ同時多発テロ事件があったときからもっていました。例えば、9月11日にワールドトレードセンターに置いた「DANDELION」を中東の方々を含めた世界中の人が吹き、花で鎮魂する。または、日本の終戦記念日に世界各地の「DANDELION」が吹かれ、原爆ドームなどの戦争の遺構に花が咲く。このように、誰もがもっている平和を願う気持ちをこのプロジェクトで表現したかったんです。

今、コロナ禍ということもあり、世界は再び分断が進んでいるように感じます。「Black Lives Matter」(※)にしても、一方が正しさを主張すると、もう一方には反発が生まれる。9.11のときと同じことが起きているのではないかと思うんです。

そのなかで、私たちは何ができるのでしょうか。先ほども言ったように、平穏や平和を願う気持ちは誰もがもっています。今こそ分断を越えて、その気持ちをみんなが確認し合い、世界がつながるときではないのか。そんな思いから、今こそ「DANDELION PROJECT」を開催するべきだと考えました。

言葉によるメッセージではなく、タンポポに願いを込めて吹くという原体験に重ね合わせ、ただ平和の象徴としての花を咲かせる。とてもシンプルな発想のアートですが、少しでも世界中の人の心がつながり合えることを願っています。

「DANDELION」の設置を“植樹”と呼んでいるのも、平和を願う花を世界中に植えるプロジェクトにしたいという気持ちを込めています。増えれば増えるほど世界がつながり、またみんなが花を咲かせ合うというのは、とても素敵だなと思って。重要なのはオブジェではなくて、実はネットワークそのものなんです。絆そのものこそアートである、という表現ですね。

 

このコロナ禍で考えさせられるテーマだと思います。

こういう時代だからこそ、一度シンプルな表現に戻りたいという考えがありました。今回、「ピースフル」というシンプルなテーマを打ち出していますが、この時代でなければそれは言わなかったと思います。コロナがあって、人それぞれに「こういうことが大事じゃなかったっけ」という気付きがあったと思うんですよね。

世界の流動性が高まる一方で、コロナもあっという間に世界中に広がりました。かといって、もう以前の世界には戻れません。だったらコロナではなく、愛や平和を願う気持ちなど、ちょっとでもいいものが循環していってほしい。そういうシンプルなメッセージが届けばいいと思っています。

(※)「Black Lives Matter」:アメリカで始まった人種差別抗議運動

 

言葉で語る暇があったらモノを作れ!

 

「DANDELION PROJECT」は京都を皮切りに、世界規模で開催予定ですね。意気込みを聞かせてください。

京都からのスタートに意味があると思っていて。昔ながらの町並みが残っているのは、やはり平和という背景があると思うんです。加えて、京都にはさまざまな神社仏閣が宗派を越えて共存しています。これはすごく象徴的なことではないでしょうか。だからまずは京都からスタートして、この平和のアートが世界中に広がっていけばいいですね。

実は計画当初、「DANDELION PROJECT」はライトアップイベントなどもっと大きなイベントの中に置く予定でした。ただ今回、感染対策もあって多くの人を集めないように、このアート一つに絞ったんですよ。私は、結果的にそれが良かったと思っています。シンプルにすることで、アートのメッセージが届きやすくなり、コンセプトが浮き彫りになったと感じているからです。

来年以降は、人がもっと行き来できるようになり、今年飛ばした綿毛がたくさんの花を咲かせて、華やかなイベントになると信じています。

 

作品を通じて、これからどのような世界観を実現していきたいですか?

まったくわかりません(笑)。もともと私はポリシーという言葉があまり好きではなく、人類を前進させたいだとか、社会に対して影響を与えたいだとか、あまり考えないんですよ。

私の作品が、結果的に誰かに影響を与えたり、社会にとっていい影響があったりすれば幸せですが、そういう使命感では動いていないんですよね。

「言葉で語る暇があったらモノを作れ!」というタイプなので(笑)。

これからも作り続けること。自分がその時々に何を感じて、何を作るかが大切だと思っています。その作品で届かなかったら、ただ私の力不足ということ。私自身がSNSで発信しないのは、作品に力をもたせたいからです。作品で雄弁に語りたいんです。そういう活動をこれからも真摯に続けていくだけですね。

取材日:2021年11月11日 ライター/スチール撮影:小泉 真治 ムービー編集:遠藤 究

 
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プロフィール
アーティスト/NAKED, INC.代表
村松 亮太郎
1997年にクリエイティブカンパニーNAKED, INC.を設立以来、映像や空間演出、地域創生、伝統文化など、あらゆるジャンルのプロジェクトを率いてきた。映画の監督作品は長編/短編合わせて国際映画祭で48ノミネート&受賞。2018年からは個人アーティストとしての活動を開始し、国内外で作品を発表。 2020年には、分断の時代に平和への祈りで世界を繋ぐネットワーク型のアートプロジェクト「DANDELION PROJECT」を立ち上げ、世界各地での作品設置に取り組む。

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