テクニカルライターには、 未来を伝える責任がある。
- Vol.94
- テクニカルライター/講師 大重美幸(Yoshiyuki Oshige)氏
今からプログラミングを勉強するなら、 iOSというフィールドでワクワクしよう
最新刊の「詳細!Objective-C iPhoneアプリ開発入門ノート」は、大重さんにとって初めてのiPhoneアプリの本だそうですね。
そうです。僕は30年ぐらいテクニカルライティングの仕事をしていますが、12~13年前からFlashやActionScriptをメインに据えて執筆してきました。ですが、2年ほど前、「これ以上つきつめても行き場がない」と煮詰まってしまったんです。この閉塞感は僕だけじゃなくて、当時WEB制作に携わっていた人はみんな少なからず感じていたんじゃないかと思いますが、その時僕が選んだのは今までひたすら高みを目指して登ってきたFlashという山を一度下りてみる、プログラミングから離れてみるということでした。
その閉塞感というのは?
まず、制作者として言うと、当時、華やかで見栄えの良いフルFlashのサイトが大人気でしたが、それにはかなりのコストがかかります。高級車やナイキみたいな広告でブランド価値を高めていくような商品や企業にはすごく向いていますが、そうでない中小企業にはかなり無理がありました。それでもクライアントはこぞってフルFlashの見栄えの良さを求めるわけです。さらに、お客様から飽きられないようにするにはFlashの中のコンテンツ勝負になります。結果、厳しい予算の中でもっと大きくしていこうとか、もっとダイナミックに3Dの奥行き感がほしいとか、他にも多様な表現や考え方があるはずなのにFlashにこだわることで、お互いにかなりいびつな無理を重ねることになっていました。
そんななかでiPhoneが登場したのですが、Flashに対応しないというのがアップル社の方針でした。つまり、どんなに凝ったWebサイトを作ってもiPhoneでは見られない。そうしたらクライアントからは、だったらFlashじゃなくていいよと言われるようになってしまった。 さらにテクニカルライターとして言えば、僕はFlashのActionScriptが世に出てきたときからずっと追いかけてきて、この技術がかなり尖った進化の袋小路に入り込んでしまいそうな不安を感じていました。もう書くことがなくなってしまったという感じでした。最先端技術について本を書いても、読む人がいない。それらの情報を使いこなせるのは、自分で情報を集め読みこなせる人たちだからです。 そんなこんなが重なって、さて自分はこれからどこに向かって仕事をしていこう・・・というのが正直なところでした。
それで、今まで十数年かけて登ってきたFlashという山を下りてみたと。それってずいぶん勇気がいることですよね。
僕にとって一番手軽な道は、「Flashのゼロから入門」みたいな本を書くことだったかもしれないけれど、今から何かを勉強しようという人たちを「Flashどうよ」って呼び込んできたら、その人たち出だしで間違うよねって思ったんですよ。今からどんどんいろんなものが変わっていくときに、FlashやActionScriptを頑張っていくとすごくいいものがつくれるようになるよって言うのはどうかと。もちろん、やればできるようになるんですが、今からはじめるならここじゃなくて違うことをやった方がいい。既にFlashを使える人がブラッシュアップするのとはワケが違って、これから勉強しようとする人にここで出だしを狂わせることはできないよって思ったんです。
テクニカルライターという仕事の本質的な責任ですね
ちょっと口幅ったい言い方になりますが、僕が書くものはいわゆる教則本だから、それを見て入門したり学習する人がたくさんいるわけですよね。特に入門書の場合は、書いてあることを礎としてそれから先を積み上げていくわけじゃないですか。そのはじめの積み上げで失敗すると、その人の人生をすごく遠回りさせてしまうかもしれない。出会う入門書ひとつで、この分野は自分には向いてないとか難しすぎるとかってなりがちで、あるいは最初に嘘を覚えちゃったりね。やっぱり目先の欲でいい加減なことをしたら、読者も育たないし、全体的にジリ貧になるぞっていう危機感はすごくありますね。 不思議な立場なんですよ、テクニカルライターっていうのは。未来を伝えるっていうかな。これを読んだら次にこういうふうになってほしい、こんな風に育っていってほしいってイメージしながら書いていますね。
これからプログラミングを学ぼうとする人たちにとって、iPhoneのアプリ開発が目指すべき山だというのが大重さんの答えなんですね?
いや、僕が見ているのはiOSデバイスとしてのiPhoneです。iOSデバイスはいまのところ、iPhoneとiPad、それにiPod touchしかありませんが、アップルは新しいデバイスを何年かおきに出してきていますから、これからも増えていくことは間違いないでしょう。そのときにiOSアプリのデバイスを出してくる可能性が最も高い。
パソコンのほうのMac OSもiOSにどんどん近づいてきていて、どちらも同じ開発言語、Objective-Cを使っています。もちろんMac OSの方が高機能ですが、基本的に同じプログラム言語を使うので、objective-Cをやっていれば、例えばiPhoneがなくなってiWatchになったりと違うデバイスが出てきたとしても、少なくてもこれから先5年間ぐらいは行き止まりになってしまうことはないでしょう。iOSは、何もないところに全く新しいデバイスが必ず生まれてくるだろうということも大きな楽しみです。時計なのか、テレビなのか、車なのかわかりませんが、楽しみに待っていようと思っています。
iOSデバイスの可能性にはワクワクしますね!本としてまとめるに当たって一番力を注いだのはどんなところですか?
Objective-Cというプログラム言語もiOSも誕生からかなり時間が経ち、すでに開発本もたくさん出ています。だから、まずは一から調べ直して情報を整理することからはじめました。開発言語というのはどんどん進化しているので、Webにある情報は間違ってはいないけれど古いものがたくさん混じっているんですよね。デベロッパーのサイトにある資料も同様で、古いものと新しいものが混在している。書いてあるレベルも入門者からエキスパートレベルまで混ざっていて、そのなかでさらにバージョンが違っているのを読みこなす作業が必要になってくるんです。この作業が一番大変でした。新しいバージョンの変更点などを細かく擦り合わせをしていかないと新しい機種では動かないとか、動いたとしてもせっかくのパフォーマンスの新しいところが全然生きていないっていうことになる。この情報整理作業にすごく時間がかかりましたが、これから学ぶ人だけでなく今使っている人たちにも役に立つと思います。
この秋に新しいiOS7が出ますが、満を持してそのスタートラインに立つぞと。これからはじめる人はついておいで!っていう感じです。
では、パソコンやWebはこの先どうなっていくと思いますか?
パソコンが登場して30年くらい経ちますが、いつになったら全員に普及するだろうと思っていたら、結局普及していないんですよね。仕事で使っている人たちもいるから徐々には広まっていますが、パーソナルコンピューターって1人に1台でパーソナルですよね。でも3台も4台もパソコンがある家庭はほとんどないでしょう?せいぜい1台あればいい方で、それも大都市部の若い家庭の話であって、地方ではパソコンのない家庭は普通ですよね。あってもすごく古い機種がそのままホコリをかぶって放置されていたり。 多分、これから先10年20年経っても今とあまり変わっていない気がします。
一方、iPhoneやiPadは意外に浸透が早いですね。パソコンが普及しなかった割には田舎のおじいちゃんおばあちゃんでもiPadという言葉を知ってたりするんで、ずいぶん普及のスピードが違う。あの形態のものがどの家庭にも入るかどうかはわかりませんが、少なくてもこっちの方がデバイスとして面白いなと。ビジネスとしても結局そっちにシフトしていくだろうと思いますね。
パソコンは我々のような開発の人間は使いますが、大方の場合はその会社専用のアプリが入っている専用機という形になっていくと思います。いわゆるパーソナルコンピュータというイメージではなくなっていくと思うんですね。日本のメーカーも売れないからパソコンをつくらなくなってきていますし。
Webサイトがなくなることはありませんが、見るとしたらiPhoneなどのスマートデバイスで見る、テレビで見るという方向に変わっていくと思います。これからはテレビがiOSデバイスやAndroidデバイスになっていくんじゃないでしょうか。メーカー独自のOSが出てくる可能性もまだありますけれども、各社すでにお手上げ状態ですからね。
Webについて言うと、ひとつのサイトをスマホで見る、iPadで見る、テレビで見る、そのためのWeb開発というのがこれから出て来るでしょうね。 僕がiOSアプリ開発を先にはじめたのは、こちらの方が時間がかかりそうだと思ったからですね。というのも、スマホ向けのWebサイトをつくる技術開発はまだみんな模索の途上にあって、横目でちらちらっと見ながら「だいたい決まった? それでいく?」となってから取りかかっても十分間に合うんですね。iOS7をもう少し固めてから、スマホ対応Webに取りかかろうかなと思っています。
自分にないことにトライして世界を広げる。 すべての人生経験がクリエーターとしての力になる
先ほどテクニカルライターの責任というお話がありましたが、これ面白いよとか、こういうことわかるとみんな楽しくなるよとか、大重さんは一緒にワクワクしながらその道案内をしたいんですね。
そうなんです!ワクワクすることを探してきてみんなに伝えたいんですよ。それには、好きなことだけに留まっていてはダメだと思います。この業界にいる人って、パソコンとかiPhoneとかデジタルデバイスが好きで、それを触っているだけで幸せだから他に興味や関心を向けない人が多い。でも、本当はもっと世界を広げて、ここにないものを見なきゃいけないんですよ。
一日中パソコンの前に座っていてもワクワクは広がらないんですよね。やっている間は楽しいけれど、それを何年やっていてもそれ以上の幸せは広がっていかない。ネットに繋がっているといろんな人とコミュニケーションして充実した気になるけれど、同じような興味関心の人たちで集まっていても、お互いに知識の比べっこをしているだけになりがちだから世界は広がらないですよ。
僕は走ったり、波に乗ったり、ビーチコーミングやったりしてるんですが、そのパソコンの前に座っていない時間を持つことが座ったときの仕事に良い影響をしていると思います。
お住まいは茅ヶ崎ですよね。自然に触れる環境や趣味は、意識的に選んだことですか?
いえ、なんとなくですね(笑)。たまたま海の近くに引っ越したのでサーフィンをはじめたり、しょっちゅう海に行くので自然にビーチコーミングにつながり、ネットで知り合った人が走っていたからサイクリングロードのジョギングが日課に加わり、トレイルランニングとつながっていったという感じです。
仕事のことを考えるには考えるために必要な言葉をたくさん知っていることが大事ですが、サーフィンでもトレランでも何でもいいんですけど、直接仕事とは重ならなさそうなことの周りにある言葉をたくさん知ると、仕事を考えるときにヒントになったり表現がつながったりします。 サーフィンの波待ちや波に乗る、山を駆けるといったことは、仕事の中では直接体験しないことですが、感覚的に似たことはあるわけです。 何かを作り出すためには、できるだけリアルな感覚でイメージできる方が集中力を保てると思います。仕事のためにやってるわけではないですが、仕事には役立っていると思いますね。
最後に、これから世界を広げていく若い人たちにメッセージをお願いします
まず、諦めないっていうのが一番大事です。若いうちは不安が大きいから、見限るのが早すぎる気がします。もうダメかなって思ったときにあと3歩くらい進んでみることは大事かもしれません。 もう一つは、積極的にいろいろなタイプのたくさんの師匠を探してください。この人はすごい、かっこいい、惚れちゃう、尊敬すると思える人と出会える努力をしましょう。そして次に大事なことは、その師匠が今やっていることではなく、目指しているものが何なのかをよく見てください。そうすれば、師匠がいなくなっても進んで行けます。 大事なのは、クリエーターとしてのスキルを高めるために費やしている時間は、同時に人生経験を積む大事な時間だということを忘れないことです。積み重ねた経験こそがクリエイティビティの原動力、説得力になります。
取材:2013年8月5日 ライター:小林
緊急告知:2013.8.23 大重氏のセミナーイベント開催!
Summer Camp 2013 iOS7直前の今が絶好のチャンス! iPhoneアプリ開発スタートアップ講座
Objective-CによるiPhoneアプリ開発についてはWebページ、書籍、デベロッパ資料で多くの情報を得ることができます。しかしながら、情報が断片的でXcodeのバージョンも様々なこともあり、入門者にとってはせっかくの情報も読み解くのが簡単とは言えません。 本セミナーでは現在リリースされている最新のObjective-C+Xcodeを使ってiPhoneアプリを作成するための基礎知識を学びます。Xcodeのアシスタントエディタの使い方、Objective-Cのクラス定義、オブジェクトの操作、基本的なシンタックス、ビューとビューコントローラの関係、デリゲートを使ったイベント処理などをサンプルを作りながら理解しましょう。
■日時:2013年8月23日(金)13:00 - 17:30(開場12:30) ■会場:東京・新宿「 市ヶ谷健保会館会議室 2階 F室」 ■定員:50名(会場の都合により増減あり) ■料金: 4,800円(書籍なし・税込み) 6,800円(書籍 付きチケット・税込み) ■主催・運営:株式会社ロクナナ・ロクナナワークショップ ■詳細・お申込み:http://event.67.org/summercamp/20130823/
Profile of 大重美幸(おおしげ よしゆき)
テクニカルライター、株式会社ロクナナ 顧問 ロクナナワークショップ 講師
日立情報システムズ、コミュニケーションシステム研究所を経て独立。Mac専門誌への寄稿から開始し、CD-ROMやWebのコンテンツ制作、商品開発、セミナー講師を行う。HyperCard、Director、ActionScriptに関する著述やセミナーを多数こなし、デジタルコンテンツ制作業界のリーダー的役割を果たす。著作は約60冊を越える。 特にHyperCard、Director、ActionScriptに関する著作活動では重要な役割を果たし、制作においても世界初のQuickTimeマガジンQTV、スタックウエア雑誌FiLoのオーサリングなど、日本のマルチメディア創世記に実験的なチャレンジを精力的に行った。受賞歴多数。 趣味はトレイルランニング、サーフィン、写真、ビーチコーミング。茅ヶ崎在住。 (プロフィールは67WSより引用)