やりたいことを実現するには 若いうちに目の前のことを 一生懸命やることです
- Vol.95
- 株式会社プラネットファイブ代表取締役 コンサルタント/プロデューサー 田中和彦(Kazuhiko Tanaka)氏
実に何足ものわらじを履きこなしていることに驚きますが、ここに至るまでの道のりもまた波瀾万丈。新卒入社したリクルートで人事部からスタートし、リクルート事件勃発で対応のために広報室へ。事件が落ち着いたところで就職雑誌の編集部に配属され、4誌の統括編集長まで登り詰めたと思いきや子どもの頃からの夢を追って映画製作会社のギャガにまさかの未経験転職、あの『バトル・ロワイアル』をプロデュースし、さらにいくつかの会社を経て「やりたいことを全部やる」ためにプラネットファイブを設立したというのです。
仕事に迷い悩むことの多い若い人たちに向けて、やりたいことをやれるようになるためのヒントをお話しいただきました。
株式会社プラネットファイブ代表取締役・田中和彦さんの肩書きは、人材コンサルタント&コンテンツプロデューサー。その中身を聞いてみると、企業のさまざまな人材研修を行うかたわら、年間100回以上の講演活動を務めつつ、本を何冊も執筆し、新聞や雑誌にコラムを連載し、さらに2年に1本の割合でインディーズ映画をプロデュースして若い監督たちの熱意と才能をサポートしているそうです。依頼された仕事は基本的に断らない。 思いがけない自分を発掘してくれるから。
現在の田中さんの本業というと、何になるのでしょうか?
その「どれが本業ですか?」ってよく聞かれるんですが、特に決めていないんですよ。 2007年に会社を立ち上げたのは、やりたいことをやりたいようにやれる環境をつくるためでした。「プラネットファイブ」という社名は、『星の王子様』に出てくる5番目の星なんです。5番目の星は一番小さいけれど、アルミュール=点灯夫が住んでいて、彼がガス灯をつけることによって花が咲いたり星が輝いたりする。星の王子様いわく、唯一、自分以外の何かのために熱心になっている人です。
会社をつくるとき、本も書くし、映画もつくるし、研修の仕事もするし、それらにひとつ共通なものってなんだろうと考えて、僕は人の気持ちに火をつける仕事がしたいんだとこの社名にしたんです。心の中に燃えるものはあっても火のついていない人に火をつける。迷っている人の背中を押す。それが本業といえば本業ですね。
やりたいことがわからない、今の仕事は向いていないんじゃないか・・・。悩んで立ち止まって動けなくなってしまう若い人たちが多いようですが。
そういう人には、「自分にこだわる前に、まず社会人としての基礎力をつけたほうがいいですよ」と言いますね。 この基礎力って、業界、職種、どんな会社でも共通なんです。遅刻しないとか、出社したら大きな声で元気に挨拶するとか、そんな小さなことから当たり前に実行できる人になる。できたら20代前半のうちに身につけてほしいことです。
田中さんご自身の20代はいかがでしたか?
僕も新卒でリクルートに入ったとき、本当はコピーライターになりたかったんですね。でも、配属されたのは人事部で、クリエイティブとはほど遠い部署でした。すっかり嫌気がさして腐っていたんですが、あるとき社用車を買うのに約束手形が必要だと言われていたのにその意味がわからず、社内外に大迷惑をかけるという失敗をしたことがありました。そのお陰で気がついたのが、社会人としての基礎もできていないのに夢ばかり見て駄々をこねている恥ずかしい自分の姿でした。
まずは社会人のプロになろう。そう決心したら、目の前にある「やるべき」仕事で成果を出すことに集中できるようになりました。「やるべきこと」をどんどんクリアしていくと自然に「できること」が増えていきます。「できること」が増えていったら、自然に「やりたいこと」に向かって道が開いていきましたね。
やりたいことが自由にできるようになった今でも、依頼された仕事は極力断らないそうですね。
突拍子もないような依頼でもできるだけ断りませんね。人から相談されることも多いですが、「この仕事頼まれたんだけどどう思いますか?」って聞かれたときは、「とりあえずやってみたら?」が決まり文句です。 というのも、自分が判断する事って、自分のキャパのなかでしか発想できませんよね。でも、依頼された仕事が突拍子もないことだったとすると、むしろ思いもよらない新しい自分が発掘される、その実感がすごくあるからです。
若い人を見ていてもったいないなぁと思うのは、何か頼まれたときに「向いてないから」「やったことがないから」「忙しいから」と簡単に「できません」って言ってしまうんですよね。ただ流されて断れないのは問題ですが、自分の主義として断らない、頼まれた仕事には積極的に取り組もうと決めることはぜひやってほしいなと思います。
成功も失敗も若いうちこそたくさん経験すべし。 最大公約数的近道だけでは、人は成長できない。
最近の若い人の話が出ましたが、その他に感じられることはありますか?
そうですね。私が感じる特徴のひとつに<無駄なことをしないで効率的に結果を求める>っていうのがあるんですよ。ネット社会がまさにそうで、たとえばおいしいものを食べに行こうよというとき、まずグルメサイトの口コミを見て、ポイントの高いお店から選ぶわけです。ここなら間違いないんじゃないかっていう、要は最大公約数的な近道を得ることにものすごく長けているんです。
でも、それって人の意見に従っているだけだから、失敗は少ないかもしれないけれど自分にとっておいしいお店は見つけられないですよね。ちょっと気になるから入ってみようかって食べてみて、自分にとっておいしいのかおいしくないのか、好きなのか嫌いなのか判断していくっていう経験を重ねていくことで、おいしいお店を見つける勘とか自分の好みが育っていくんですよね。
つまり、効率よく近道を選んだり、「やりやすいこと」や「やりたいこと」だけを選ぶというのは、経験=自分の成長を逃していることなんです。
若い人たちが消極的なのは、「失敗したらどうしよう」と思ってしまうからでは?
いや、失敗失敗っていいますが、若いうちの失敗で取り返しのつかないことなんてないです。幸い今の日本では、健康な若者が飢えて死ぬことはありませんよね。もっと肩の力を抜いて、若いうちに成功も失敗もたくさん経験してほしいと思いますね。
それが先ほどの「断らないこと」につながる?
そうですね。まずは断らないこと。次に自分から「やりたい」と一歩前に出ることです。成功し続ける人はいないので、仕事をすればするほど失敗も多くなります。それが人生の糧になる。 僕はよく「迷ったら手を挙げてください、迷ったら一歩前に足を踏み出してください。悩む前にそう決めてください」って言うんです。「やろうかな、やめようかな」と思ったときは、行動として必ずやる方を選ぶと決めてください。それがあなたを確実に成長させますよって。
ご自身も40歳で未経験の映画プロデューサーに転職するなど、「やっておけば良かった」より「やっておいて良かった」を選び続けていらっしゃいましたよね。
たまたま新聞の求人欄で「映画プロデューサー募集」という小さな広告を見つけて、その足で履歴書を買いにいったんです。リクルートで転職情報誌の統括編集長をしていたので、面接の時に社長から「いいポジションじゃないですか」って言われましたけど、当時自分の中ではさて次をどうしようかっていうのがあったんですよね。
すごろくの“あがり"というわけではないですが、編集者としては社内にこれ以上のポジションはもうないわけで、かといって役員という道は自分のやりたいことではなかったので、ものづくりの仕事で今までやっていないことに挑戦したいなって思っていたんです。映画の仕事は子どもの頃からの憧れで、30代後半ぐらいから沸々と映画の仕事をしたいっていう気持ちはあったんですよね。
忙しい週刊誌の編集長をしながら、シナリオ学校にも通われたとか。
「ビーイング」編集長の頃ですね。週に1回、2年ぐらい通いました。楽しかったですよ。その世界では一生徒だし、学生とか主婦の方とか自分の日常ではまず会わない人たちと友だちみたいになって。最初の半年はシナリオの基礎を学ぶための授業で、そのあとはゼミで先生についてシナリオを書いてはお互いに批評し合うんですが、まとまった休みがあると頼まれてもいないシナリオをひたすら書いてましたね。
自分のテーマをもっている人は、 人生を変える偶然と出会う確立が高くなる。
転職のきっかけはたまたま出会った求人広告でしたが、準備は着々と整えていらした?
いや、僕は偶然が人生を転がしていくという実感があるんですよね。人生のターニングポイントにはいつも「たまたま」の力が働いていたように思うんです。 実は、「週刊ビーイング」でスポーツ選手や経営者、作家、俳優といった著名人のインタビュー記事の連載があったのですが、この記事の中で最も多く出てきた単語を調べたら、なんとそれが「たまたま」だった。「偶然」や「予期せぬ」という言葉も結構あって、登場していただいた方々の数多くが同じように偶然によって人生が転がる経験をしていたんです。 では、この人生を変える偶然はなぜ起こるのか? それはその人が自分のテーマをもっているからだと思うんです。テーマがあると、僕が小さな求人広告を見逃さなかったように、世の中をウロウロしているときに向こうから飛び込んでくるんですよね。
テーマのない人とテーマのある人では出会い方が絶対に違ってきます。だから、みなさん何でもいいからテーマをもってくださいねということもよく言いますね。
テーマは自分のなかにあるから自分が偶然を引き寄せるということでしょうか?
そうなんです。やりたいことがわからないとか、自分に向いていることはなんだろうって悩んだら、一人で考えて立ち止まってしまうのが一番いけないと思いますね。難しく考えずに、昔から好きだったものはなんなんだろうとか、身近なことにヒントがあると思うんですよね。 そんな人に僕がよく聞くのは「もしも何にでもなれるとしたら、どうしたいですか?」ってことです。いろんな制約なしに、今あなたが何にでもなれるとしたら何になりますか? そこにやりたいことのヒントがあったりするし、そこからテーマをもつことができると思いますね。
最後に、若いクリエイターにアドバイスをお願いします
若い人の最大公約数的近道を選びがちな話をしましたが、クリエイターにとってはこれをやっていると致命的だと思います。器用だけれど幅が広がらないとか、得意分野ならいいけれど新しい得意分野ができないってことになっていっちゃうんですよね。それこそ成功も失敗も回り道もたくさんの経験をして、自分の幅を広げることを意識してほしい。クリエイターの世界では愚直さということが実は一番大事なんだと思うんです。
クリエイターって、もともと職人的な部分があるでしょう? 先輩や親方について雑用をしながら見よう見まねで技を身に付けて、教えられたことにちゃんと応えながら少しずつスキルを上げていくという世界ですよね。 だから、若い人は特にセンスの善し悪しよりもまずやる気。それだけですよ、師匠が弟子に求めることは。 そうやって一生懸命やっていること。あることにひたむきに情熱を傾けることが、結果的にその人を磨き、その人の魅力を引き出してくれる気がします。一生懸命やっていれば必ず人は見ていてくれます。これは僕が今までを振り返ったときの実感ですね。ただ、渦中のときはそうはなかなか思えないものなので、だからだまされたと思ってとにかく目の前のことを一生懸命やってみたらって言いますね。必ず道は開けるからって。
取材:2013年8月8日 ライター:小林
Plofile of 田中和彦(たなか かずひこ)
株式会社プラネットファイブ代表取締役 コンサルタント/プロデューサー
1958年 大分県生まれ。 1982年、一橋大学社会学部卒業後、リクルート入社。人事課長として、新卒/中途採用・教育研修・能力開発などを担当。広報室課長を経て、転職情報誌『週刊ビーイング』『就職ジャーナル』など4誌の編集長を歴任。 ギャガ・コミュニケーションズ/バイスプレジデント、クリーク・アンド・リバー社/執行役員、キネマ旬報社/代表取締役などを経て、現在は、企業の人材採用・教育研修・モチベーション戦略などをテーマにコンサルティングを展開する株式会社プラネットファイブ代表取締役。 “今までに2万人以上の面接を行ってきた”人材コンサルタント兼コンテンツプロデューサーとして活躍中。 朝日新聞でコラム『はたらく気持ち』を毎週土曜日に連載中。 プロデュース映画『受験のシンデレラ』(和田秀樹初監督作品)で、第5回モナコ国際映画祭グランプリ受賞。 著書に 『それでも仕事は「好き」で選べ』(大和書房) 『断らない人はなぜか仕事がうまくいく』(徳間書店) 『「最強の新人」と呼ばれるための1日60秒トレーニング』(Nanaブックス) など多数。 (プロフィールはプラネットファイブより引用)
<著書/プロデュース作品>