もっと多くの人に作品を届けたい!クリエイターの才能を掛け合わせて映画『犬王』をプロデュース

Vol.199
アスミック・エース株式会社 ライツ事業本部アニメ事業部部長
Fumie Takeuchi
竹内 文恵
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©2021 “INU-OH” Film Partners

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ヴェネチア国際映画祭でのワールドプレミア、トロント国際映画祭での北米プレミアなど、国内外の映画祭に選出されてきた話題のアニメーション映画『犬王』。能楽師・犬王と盲目の琵琶法師・友魚(ともな)の友情物語を、圧倒的な独創性で観客を魅了する湯浅政明監督がミュージカル・アニメーションとして映像化した話題作です。
世界での評価も高い作品を手がけてきたアスミック・エース株式会社プロデューサーの竹内文恵さんに、作品の誕生秘話、アニメーションプロデューサーの仕事について、クリエイターが大事にした方がいいことを教えてもらいました。

才能のある人の作品を世に広めたい

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プロデューサーを職業に選んだきっかけは?

映画業界にはまず宣伝から入りました。そこで初めて携わったのが、今回の『犬王』の監督でもある湯浅政明監督の劇場デビュー作の『マインド・ゲーム』(04年)でした。同時期、「妄想代理人」(04年、WOWOW)という今敏監督のアニメシリーズにも関わって。日本のアニメーションを代表するこの二人の監督とお仕事をしたことで自分の人生が変わりました。

アニメーションに詳しかったわけではないけど、お二人の生み出す作品や仕事っぷりを見て、アニメーションの仕事をしたい!という気持ちが強くなったのを覚えています。とはいっても自分が作り手になれるとは全く思わなかったので、才能がある方の作品をどうしたら世に広げられるか。そのためのお手伝いをしたいという気持ちが強かったです。

元々、アニメーションが好きだったのですか?

実はアニメーションにそんなに詳しかったわけでもなく、周囲の詳しい人からのおススメ作品を観るくらいでした。学生時代も日本の古い実写映画とか、アメリカン・ニューシネマ、60年代、70年代のヨーロッパの映画などを多く観ていました。就職する際、映画や音楽といったカルチャーに携わりたいという思いから、当時カルチャー誌「Esquire(エスクァイア)」の編集部があった、TSUTAYAを運営しているカルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社に入社しました。作り手になるとか、アニメーションの仕事をするとかは特に考えていませんでした。

カルチュア・コンビニエンス・クラブでは、編集部には行けず、新店に置くビデオのラインナップを決める仕事をしていました。当時、TSUTAYAが1年間に約100店舗開店していた時代で、毎日、レンタルの回転率という数字を見ながら、どの作品をお店に揃えるべきかを日々考えていました。そこで気づいたのが、自分の好きな作品が意外と人気がないことで……。数字が悪いのでその店の周辺エリアに住んでいる人に、名作を届けられないという現実でした。この仕事を通して、自分の感覚が偏っていることも客観的に分かりましたし、世の中に受け入れられている作品の傾向のようなものは垣間見られた気がしました。とてもいい経験だったと思います。

人気を数字で計るのはプロデューサー業に似ている気がしますね。

そうだと思います。ちなみに『マインド・ゲーム』は、興行収入的には結構厳しい数字でした。評価は高いのに数字を残せなかった。本当に悔しくて、この時、こういった作品をどうしたらもっと多くの人に見てもらえるようになるんだろうと考えたのが、プロデューサーを意識した初めの一歩だったのかもしれません。

その後、フジテレビの深夜アニメ枠「ノイタミナ」に関わらせていただいた経験も非常に大きくて。当時、TVシリーズのアニメ本編の中に、衣装タイアップでアディダスさん(アディダス ジャパン株式会社)の服を入れていただいたり、主題歌やエンディングテーマを監督に直接提案させていただいたり……。深く作品に携われたことで、企画のもっと最初の段階から宣伝に広がる要素を入れた方がより多くの人に作品が届くのではないかと思い、プロデューサーに転向しました。

みんながあまり気にしていない作品でも、タイミングとともに上手く魅力が伝われば大勢の人に見てもらえるかもしれない、そんな作品の市場を作っていきたい。そういう意味でも、今回の『犬王』ももっと多くの人に知ってもらいたい作品です。

『犬王』は素晴らしい才能が集結した作品

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『犬王』はどのような経緯で誕生したのですか?

湯浅監督とは『マインド・ゲーム』の後、テレビシリーズの「四畳半神話大系」(10年、フジテレビ系)でもご一緒して、いつか映画で何かをつくりたいと思っていて……。いろいろ考えているときに、たまたま書店で古川日出男さんの「平家物語 犬王の巻」(河出文庫)を見つけ、松本大洋さんが描かれた犬王と目が合ってしまったんですね。その日のうちに一気に読んで興奮し、気が付いたら企画書を書いていて。そのまま湯浅監督に相談したのが最初です。

原作は細かく章が分かれており、センテンスも短く口承文芸のスタイルに近いですが、映像化の想像はすぐできましたか?

古川さんの「平家物語 犬王の巻」の余白があって、文字としての面白さを突き詰めたものだと感じました。森見登美彦さん原作の「四畳半神話大系」のときも感じたのですが、小説の文字だからこそ表現できる形、読み手の自由な時間軸で感じられる魅力がありますよね。例えば、森見さんは怒濤の文字量で綴られ、古川さんは音楽的な言葉の置き方で物語が展開します。

それを映像化するのは簡単ではないですが、非常に面白いと感じました。湯浅監督はイマジネーションを膨らませるのが得意な方でもあるので、古川さんの原作とも合うのでは?と思いました。監督の想像世界が物語と交わることで、さらに何か別の感情やテーマが膨らんでいく気がして。音楽やステージのシーンに関しては、湯浅監督に預けておけば、“血湧き肉躍るもの”にしてくれるであろうという期待がありました。

“血湧き肉躍るもの”、今回の映画を観るとまさしくその表現がピッタリだと感じます。

『犬王』は能楽が世阿弥によって大成される以前、まだアカデミックなものになっておらず、庶民が楽しむものだった時代を描いています。その頃の能楽(申楽)は、どこか今のフェスに近いというか……。犬王というポップスターを庶民たちが楽しんでいる、その姿を大事にしたかったんです。そうすることで現在の私たちが見て、遠い時代の物語だけど近しいと感じられるのではと思いました。

そして、脚本を「逃げるは恥だが役に立つ」(16年、TBS系)の野木亜紀子さん、キャラクター原案を「ピンポン」「鉄コン筋クリート」の松本大洋さん、音楽を連続テレビ小説「あまちゃん」(13年、NHK)など話題作を手がけている大友良英さんといった実力派ばかり。どのような経緯でこのメンバーになったのですか?

松本大洋さんに関しては原作の装丁画を担当されていましたので、当初からご依頼するイメージでした。脚本に関しては、まず古川さんのお話を90分の一方通行の時間の流れの中で見せるためには一つの大きな背骨を作らないといけないと思い、それには二人の友情の軸を大事にしたいですね、と監督と話しました。

お客さんが感情移入しやすいように物語を構築できる人と考えたときに、登場人物たちの感情の寄り添い方が上手な野木さんにお願いしたいと相談しました。スケジュール的に厳しいかと思ったのですが、タイミングがよく……。しかも野木さんは松本大洋さんのマンガのハードコアなファンで、一緒に作品を作ることに興味を持ってくださり、また「四畳半神話大系」も楽しく見てくださっていたとのことで、ご快諾いただきました。

音楽に関しては、音楽劇の要素が強いのでとても大事で。ノイズミュージックから朝ドラのテーマ曲まで、幅広くいろんな引き出しをお持ちの大友良英さんにお願いするのはどうか?と監督にご相談しました。また、劇中のステージシーンの歌詞はアヴちゃん(女王蜂)が書いてくれたのですが、言葉の選び方やこだわり方が本当に素晴らしく、音楽と重なって心打つシーンになりました。

スタッフに関してはみなさん、素晴らしい才能をお持ちの方が集結してくださり、それぞれにクリエイティブを高め合っていただいたかたちです。

実際にできあがったものをご覧になっていかがでしたか?

監督から絵コンテが上がってきて、まずびっくりしました。脚本には、「ステージでこのようなことが語られる、このように犬王が変化します」としか書いていないのに、どこからこのようなイマジネーションあふれるものになったのか?と驚くシーンの連続で。

その後、絵コンテからアニメーターの方々がラフ原画を繋いでレイアウトを組んだ、アニマティックと呼ばれる映像にしてくれるのですが、それを見ると、今度は、監督の設計をスーパーアニメーターさんたちがすごい画力を持って形にしている。本当に感動しました。とくに鯨が登場するステージのシーンは圧巻です。ぜひ劇場で見てもらいたいです。

海外を視野に入れて国内の興行収入に頼りすぎない作品づくり

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『犬王』はヴェネチア国際映画祭、トロント国際映画祭、アヌシー国際アニメーション映画祭など、世界の映画祭に出品されていますが、最初から世界を見据えてつくられていたのでしょうか?

『犬王』に関しては、最初から海外の出資パートナーを募ってつくりました。それにより、文化庁が中心となっている国際共同製作の助成金を取得し、かなり早い段階から湯浅監督が『犬王』をつくると発表していました。

日本では企画の発表はアニメだとかなり製作が進んでアフレコの前後くらい、実写だと撮影前後にされることが多いですが、海外ではプリプロ段階でも発表し、実現しないことも割とあったりします。早めに発表することで、海外でのプリセールスが成立して、日本での興行の数字に頼りすぎない形が作れるなど、利点も多いように感じます。

というのも、日本映画は、国内の興行収入がいくらだったかに、極端に左右される業界になっていて……。以前当たったのと似たような作品以外は作りづらくなっているのが現状です。そのような状況を回避するためにも、今回この形を取りました。もちろん、このような形をとれたのも湯浅監督がこれまでつくられてきた作品に対する評価の高さがあったからだと思います。

海外で作品を売るためには監督が大きなカギを握るのですか?

監督をきっちり見てくれるという感覚はあります。「この監督の作品ならば……」という感じですね。一方で、映画祭は、フレッシュな才能に対してもかなり意識的です。名前は知らなくても新しい才能を見出したいという執念のようなものを感じるときがあります。そういった取り組みは、ジャンルを狭めず、多様性を保つことができますから長期的に考えた時に凄く重要だと思います。

アニメーションに関わる人で、日本だけではなく世界を含めて活躍するにはどこに注目すればよいですか?

日本のアニメーション全体で、監督やアニメーターさん、演出家で才能がある方は大勢いらっしゃるように思います。今は、クリエイターがやりたいことを上手く翻訳したり、力を引き出したりしながら、チームに物事を伝達して仕事を進められるような人が足りてないのかな、と思います。そこを補強できれば、今いる才能あるクリエイターの方々がより力を発揮して、素晴らしい作品を生んでいけるんじゃないでしょうか。才能あるクリエイターの方々と一緒に走り、その人の才能を周囲に分かる形で提示する人が今、求められているように感じています。

まさしくプロデューサーの仕事に近いですね。プロデューサーの仕事で一番大事なことは何だと思いますか?

プロデューサーの仕事は、クリエイターの方々によい出会いをしてもらえるよう、それぞれのクリエイティビティがスムーズに発揮し合える環境を整えることなのかな、と思っています。作品をつくっていると、色々な立場で色々な声が上がってきます。それはお金の話だったり、クリエイター同士、各セクションでのモノづくりへのこだわりだったり、さまざまで。そういった中で、最終的にできあがった作品を見て、「あの人が言っていたのはこういうことだったのか」と、改めて思い合えることが理想だと思います。

本当にたくさんの意見がありますが、プロデューサーは作品の根っこの部分から離れないようにして、最終的に届くであろうお客さんの受け取り方をイメージしながら、作品に関わった人が一番喜ぶ形を見つけていくことが大事なのかな、と思います。もちろんクリエイティブのトップは監督ですが、他の人の意見も監督にしっかりと伝えて、それにより監督のクリエイティビティがより高まるのが一番理想だと思います。
そのためには、色々な情報を伝えるタイミングやそれについて誰が一番詳しくて、一番考えているのか、見極める目を養うことも大事なのかもしれません。

やはりアニメーションの製作はチームなんですね。

そうですね。期間も長く、関わる人数も多いので。あと、チームでいくと、製作のもう一方、出資する側についても言えるのですが、より良くしたいという欲はとても大事ですが強欲はダメだよな、と。段々少なくなってきましたが、「安ければ安いほど良い」みたいなことをまだたまに聞くことがありますが、プロデューサーはそういう強欲を諫めたり、みんながやりやすい状況をつくったりするのも仕事なのかな、と。

自分が思い描くもののために突き詰める力が大事

一度、会社を辞めてフリーランスとしても働いていたと聞きましたが……。

私は一度会社を辞めて、フリーランスを経験してまた同じアスミック・エースに戻ってきました。フリーになってよかったのは、色々な配給会社さんとお仕事をして、それぞれの会社ごとの個性や考え方の違いなどを知れたことです。

今、組織側にいる身としては、プリセールスという形でインディペンデント映画等に投資をして数多くの傑作を生んだ銀行家、フランズ・アフマン氏じゃないですが、需要と供給を見極めながら、チャレンジングな企画がビジネスとして成り立つ環境を、色んな形で創り出してけるようになれたらと思います。

クリエイターとして大事にするべきことは何だと思いますか?

自分が楽しめて熱中できることに関して徹底的に突き詰め続ける力と、それがどのラインまでなら世の中に受け入れられるかを見つめる目、でしょうか……難しいですが。やり方とタイミングで受け入れられる度合いは変わってくるので、受け入れられることからの逆算でなくて、なるべく自分のやりたい側に寄せながら、物事を考えていくことが大事だと思います。それは弊社の創立者・原正人プロデューサーや、株式会社マッドハウスを創業した株式会社スタジオM2の丸山正雄さんといった業界の大先輩の仕事に触れてきたことの影響もあるかもしれないです。自分なりのスタイルを持ちつつ、発信したいものが一番拡がるタイミングや手法を考え続けるということなのかな、と。

才能を見つけてくるのもプロデューサーの仕事だと思いますが、日々気をつけてやっていることはありますか?

なるべく色々と新しいものを面白がって、仕事につながるものを何かしら考え続けてるくらいでしょうか。次はこんなものを見てみたい、この人とこの人がこんなテーマで何か作ったら面白そうってことを自然と意識しているというのは、あるかも知れません。

取材日:2022年4月28日 ライター:玉置 晴子 スチール:小泉 真治

『犬王』

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5月28日(土) 全国ロードショー

【キャスト・スタッフ】
声の出演:アヴちゃん(女王蜂) 森山未來 
    柄本佑 津田健次郎 松重豊
原作:「平家物語 犬王の巻」古川日出男著/河出書房新社刊
監督:湯浅政明 
脚本:野木亜紀子 キャラクター原案:松本大洋 音楽:大友良英
総作画監督:亀田祥倫 中野悟史 キャラクター設計:伊東伸高 
演出:山代風我
作画監督:榎本柊斗 前場健次 松竹徳幸 向田 隆 福島敦子 
    名倉靖博 針金屋英郎 増田敏彦 伊東伸高
美術監督:中村豪希 色彩設計:小針裕子 撮影監督:関谷能弘 
編集:廣瀬清志
音響監督:木村絵理子 音響効果:中野勝博 録音:今泉 武 
音響制作:東北新社
歴史監修:佐多芳彦 能楽監修:宮本圭造 
能楽実演監修:亀井広忠 琵琶監修:後藤幸浩

アニメーション制作:サイエンスSARU
配給:アニプレックス、アスミック・エース
公式サイト: INUOH-anime.com 公式Twitter: @inuoh_anime

ストーリー

室町の京の都、猿楽の一座に生まれた異形の子、犬王。周囲に疎まれ、その顔は瓢箪の面で隠された。
ある日犬王は、平家の呪いで盲目になった琵琶法師の少年・友魚と出会う。名よりも先に、歌と舞を交わす二人。 友魚は琵琶の弦を弾き、犬王は足を踏み鳴らす。一瞬にして拡がる、二人だけの呼吸、二人だけの世界。
「ここから始まるんだ俺たちは!」
壮絶な運命すら楽しみ、力強い舞で自らの人生を切り拓く犬王。呪いの真相を求め、琵琶を掻き鳴らし異界と共振する友魚。乱世を生き抜くためのバディとなった二人は、お互いの才能を開花させ、唯一無二のエンターテイナーとして人々を熱狂させていく。頂点を極めた二人を待ち受けるものとは――?
歴史に隠された実在の能楽師=ポップスター・犬王と友魚から生まれた、時を超えた友情の物語。

プロフィール
アスミック・エース株式会社 ライツ事業本部アニメ事業部部長
竹内 文恵
1975年生まれ、福井県出身。神戸大学卒業後、カルチュア・コンビニエンス・クラブに入社。新規店舗立ち上げ業務などを経て、2000年アスミック・エース・エンタテインメント(現アスミック・エース)に入社。2004年からフジテレビの深夜アニメ枠“ノイタミナ”立ち上げに参加。「ハチミツとクローバー」(05年、06年)、「東のエデン」(09年)、「四畳半神話大系」(10年)の宣伝やプロデュースを担当。その後、フリーランスを経て、2014年にアスミック・エース映画製作部に。映画『3月のライオン』(17年)『映画 すみっコぐらし』シリーズ(19年、21年)などをプロデュース。現在、ライツ事業本部アニメ企画部長。

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