「原点はジャッキーのカンフー映画」気鋭のアクション監督が語る、クリエイティブの源泉と恩師から受けた薫陶
中国春秋戦国時代を舞台にしたエンターテインメント映画『キングダム2 遥かなる大地へ』。本作のアクション監督を担当しているのが、下村勇二さんです。『GANTZ』シリーズ、『図書館戦争』などの映画でアクション監督を務めるだけでなく、有限会社ユーデンフレームワークスの代表として、CMやゲームのアクション演出も手掛けるなど活動の幅を広げています。アクションに対するこだわりや思い、経歴について伺いながら、アクション監督・下村勇二さんのクリエイティブの源泉に迫りました。
知っているようで知らない「アクション監督」という仕事
まずは「アクション監督」の仕事内容について教えてください。
人によってやり方は違いますが、僕の場合は、まず台本にあるアクションシーンをもとにロケハンを行い、ビデオコンテを作ります。ビデオコンテとは、僕が考えたアクションシーンをスタントマンが演じ、カメラアングルやカット割りも含めて、こちらが考えたアクションを監督に確認してもらうためのものです。
これを監督とキャッチボールし、OKが出れば、壊しもの(消えもの)やCGなどを担当する専門チームと打ち合わせを開始し、並行して、役者のトレーニングを始めます。現場に入ったら、カメラアングルやカット割りを確認しながら、アクションシーンを演出し、撮影後はアクションシーンを編集します。これらが、僕がアクション監督として行っている一連の流れになります。
アクションを考えるときに気を付けているのは、どういったことでしょう。
特に気を付けているのは、キャラクターの設定とアクションがズレないようにすることです。例えば、そのキャラクターに格闘技経験があるのか、あるいは格闘技経験はなく感情的に動くのかといった設定を考えた上で、役者さんと一緒に全体の動きを作っていくことが多いです。キャラクターを取り巻く状況や対人関係が物語の中で変化することもありますので、その辺りも含め、キャラクターとアクションにズレが生じないよう気を付けています。
ビデオコンテを作る際、アクションのイメージはどの程度までできているのでしょう。
アクションの内容とカット割りが、概ね頭の中にイメージできている状態ですね。ビデオコンテを作る際には、監督の好みや求めていることに合わせて少しずつ内容を変えることが多いです。例えば『キングダム2 遥かなる大地へ』のときは、佐藤信介監督とは映画『GANTZ』などでこれまでに何本もご一緒して、好みや求めていることが大体わかっているので、そこに合わせてビデオコンテを作っていったという形になります。
撮影後の編集まで担当されていることに驚きました。
いろいろなパターンがあるとは思いますが、僕の場合はアクションシーンの素材を預かって編集までするケースがほとんど。編集に入る際には、現場でNGだったものも含め全ての素材を預かるようにしています。例えば、NG素材の中には、前半は良かったけど、後半はダメだったというものがあります。あるいは、前半が悪かったけど、後半が良かったものもある。僕は、こうした素材の良い部分をつまんで編集することが多いのですね。なぜなら、たとえビデオコンテ通りにならなかったとしても、現場で生まれた良い表情やアクションをつなげる方が、観客の心をつかむシーンに仕上がる可能性が高いと考えているからです。
アクションは作品を盛り上げるための1ピースでなければならない
エンタメ作品の中でのアクションの役割や魅力をどのようにお考えですか。
作品によってアクションの役割や魅力は変わってくるので、一言で説明するのは難しいですね。ひとつだけ僕が言えることとしては、アクションは、ドラマの中のひとつの要素として、作品を盛り上げるためのものだということです。
例えば、何の脈絡もなく突然アクションが始まって、「このアクションを見てください」みたいな形になるのは不自然ですよね。やはり物語が進む中で、登場人物と観客側の感情が高ぶったときに、戦いなどのアクションが始まる方が自然です。もちろん急にアクションが差し込まれることで、観客をハッとさせる効果を狙う場合もあります。いずれにしろ、アクションは作品を盛り上げるためのひとつのピースであり、きちんと作品の中に収まっていることが重要だと思います。
今回の『キングダム2 遥かなる大地へ』でこだわったのは、どういった点でしょう。
主演の山﨑賢人君と考えたのは、主役である信(しん)の活躍を、子どもたちが家族と一緒に応援できるような、ワクワクするアクションシーンです。
『キングダム2 遥かなる大地へ』は戦場が舞台ですから、単純に考えると、殺し合いのシーンを表現することが多くなります。残酷なシーンをリアルに演出すると、観客は「痛そう」「怖い」という印象を強く受けてしまいます。でも、この作品をそんな風に感じてもらいたくありません。主人公の信が、亡くなった友との約束を果たすため、大将軍になるという夢に向かって、戦いながら成長していく物語です。そこで今回のアクションシーンは、例えるならジャッキー・チェンのカンフー映画のような、エンターテインメント要素たっぷりのものにしようと考えました。
映画全体としては、スケール感の大きな、幅広い層が楽しめるエンターテインメント作品に仕上がっており、日本映画の指針のひとつになるような作品になったと感じています。自分が関わった作品の試写では、いつも粗探しをしてしまうのですが、今回は純粋にお客様目線で楽しめました。見終わった後の高揚感も感じられて、とても感動しましたね。
原点は、ジャッキー・チェンのカンフー映画
アクション映画に興味を持つようになったきっかけを教えてください。
僕の世代だと、やはりジャッキー・チェンの影響が大きいです。小学生の頃ですかね、当時はカンフー映画がブームで、ジャッキーの映画がテレビで放送されることも多かった。ジャッキーの映画を見た次の日には、友達と動きを真似たり、学校の裏山でバク転を練習したりと、もう夢中になって遊んでいましたね。
僕が中学生のときに一家で、九州の田舎から奈良に引っ越しました。その頃、テレビゲームが人気となっていましたが、うちの両親はゲームを買ってくれませんでした。その代わりではありませんが、うちにはビデオカメラがあったんです。これを使って、弟や友達相手にアクションをしている様子を撮影してもらい、自分で編集したりしていました。
そのうち、アクションをきちんと学びたいと思うようになり、高校2年から二十歳頃まで、当時大阪にあった倉田アクションクラブ(養成所)に通い、アクションの基礎を学びました。
その後、フリーのスタントマンになられたそうですね。
関西では京都の太䅈(うずまさ)に撮影所があった関係で、時代劇がメインでした。もちろん時代劇にもやりがいはありましたが、他のジャンルのアクションにも携わりたいと思い、上京しました。上京してからは、どこかの事務所に入ることはせず、たまたま仲良くなった友達がジャパンアクションクラブ(JAC)出身だったこともあり、仲間同士で集まって自主制作映画をどんどん撮るようになりました。
その作品のひとつが、1996年に自主制作映画の映画祭「インディーズムービー・フェスティバル」で入賞されたそうですね。
はい。授賞式の際、グランプリ受賞者の北村龍平監督に声をかけられ、『VERSUS(ヴァーサス)』という作品に参加することになりました。この作品が僕のアクション監督としてのデビュー作になります。
どのような思いで参加されたのでしょう。
今は漫画原作のものなど、いろいろなジャンルのアクション映画が作られるようになりましたが、当時のアクションものというと、ヤクザが出てくる「Vシネマ」が多かった。でも僕たちは香港映画を見てきた世代で、香港映画のような派手なスタントや立ち回りのある作品を作りたいと思っていたのです。そんなときに北村監督が、ホラーあり、ガンアクションあり、ワイヤーアクションありのダークヒーローものの作品を撮ろうと声をかけてくれました。この作品なら、若い僕たちの力で、今までの日本映画では見せられなかったような作品を作れるのではないかと、非常に期待が高まりました。とても大変でしたが、毎日ワクワクしながら撮影に挑んでいましたね。
香港のアクション監督兼俳優、ドニー・イェン氏から受けた薫陶
その後、香港のアクション俳優兼監督のドニー・イェン氏に師事されています。これはどういった経緯だったのでしょうか?
倉田アクションクラブの先輩である谷垣健治さんに声をかけられたのがきっかけです。ドニー・イェンがドイツでテレビドラマを作ることになり、日本でスタントマンを探しているというので、声をかけてくれたのです。来日していたドニーに自主制作映画を見せたところ、「お前おもしろいな」と気に入ってくれて、撮影に連れて行ってもらえることになったのです。
撮影は一年ほど続きました。その間、ドニーとは同じマンションに住み、プライベートもずっと一緒でした。時間があるときにアクションを教えてもらったり、深夜に僕たちの部屋で映画を見ながら話し込んだりしながら、いろいろなことを学ばせてもらいました。
思い出に残っているエピソードはありますか。
あるとき現場でなかなかOKが出ないことがありました。簡単なアクションなのに、何回やってもドニーからOKが出ず、30回、40回と繰り返すうちに体力的にも精神的にも限界がきて、一緒にいた谷垣さんに「もうどうしたらいいのかわからない」と伝えたところ、ドニーから「どれか使うから、もういい」と言われました。
その日の夜、「自分はもう使ってもらえないだろうな…」と部屋で落ち込んでいると、ノックがあり、ドニーがお茶に誘ってくれました。ついていくと、僕にもわかるやさしい広東語や英語で、「俺が若かったときはもっと厳しかったぞ」と話し出しました。ドニーには、ユエン・ウーピン(香港のアクション監督)という師匠がいますが、彼にしごかれたというのです。それを聞いて、あ、この人、もしかして僕を励ましてくれているのかもしれないと。
さらに話を聞くうちに、僕たちのことをちゃんと気にかけくれていることが伝わってきて、彼からもっとしっかりと学びたいと思うようになったのです。
その出来事がきっかけで、ドニー・イェン氏に師事するようになったのですね。
次の日から、彼が編集している現場にも同行して勉強させてもらえることになりました。彼の編集をそばで見ていると、なぜ自分にNGが出ていたのかがわかりました。
違いは、ほんの数ミリ単位のズレだったりします。単に身体能力の問題だけではありません。芝居が良いか悪いかによっても、前後のつながりが大きく変わってきます。ドニーはそうした要素も込みで、数ミリ単位でアクションを見ていて、僕の表現は彼の要求を満たしていなかったというわけです。
アクションはカット割りが激しいときには、観客の目にはほんの一瞬しか映りません。だからこそ、ほんの些細な動きの違いで伝わらなくなってしまうことも多い。ドニーからは、そうしたアクションの真髄のようなものをたくさん学ばせてもらいました。このときに学んだものは、僕のスタイルのベースになっています。
アクション業界の労働環境を健全化したい
下村さんは「JAPAN ACTION GUILD(ジャパン・アクション・ギルド)」にも、立ち上げ人として参加されています。この組織はどういった思いで立ち上げられたのでしょうか。
今は芸能事務所に所属している方にも労災保険がおりやすくなりましたが、以前はなかなかおりませんでした。特にスタントマンは危険な仕事が多く、リスクが高いため、なかなか労災保険が出ないといった状況にありました。その他にも、賃金の提示が曖昧になっているなど、アクション業界は労働環境にさまざまな問題を抱えていました。
そうした問題をひとつひとつ解決していき、アクション業界で働く人が安心して仕事ができる労働環境を作っていこうと立ち上げたのが、「JAPAN ACTION GUILD」です。
労働環境の改善の他にはどんな活動を?
アクション業界についてあまり知らない人に、アクション監督や殺陣師(たてし)、スタントマンなど、いろいろな人がいてアクションが成り立っていることを伝えたり、アクションそのものの魅力を伝えたりする活動にも力を入れています。
例えば映画の殴り合いのシーンを見た人から、「本気で殴り合っているのでしょうか」と聞かれることが、今でもあります。もちろん本当には殴り合ってはおらず、いろいろなテクニックを使って、殴り合っているかのように見せているだけです。僕たちはあくまでも安全第一で、怪我がないように心を配りながら、アクション作りに励んでいます。そういったアクションシーンを作り出す技術や仕掛け、アクション業界の人が抱いている思いも、多くの人に知ってもらえればと考えています。
最後に、クリエイティブの現場で試行錯誤しているクリエイターに向けてメッセージをお願いします。
もちろん(クリエイティブな)仕事は、頑張ってやり遂げることが大事です。でもひとつ気をつけたいのが、一生懸命になり過ぎてしまうと、夢中になり始めた頃に抱いていた情熱や憧れが消えてしまうことが多々あるということです。僕は、夢中になっていた頃の気持ちを持ち続けることが、とても大事じゃないかと考えています。
仕事をしているといろいろな壁にぶち当たることがあるでしょう。どんなときも、夢中になっていたときの気持ちを持ち続けていれば、きっと光は見えてくると思います。
取材日:2022年5月19日 ライター、スチール撮影:庄司 健一 ムービー 撮影:村上 光廣 編集:遠藤究
『キングダム2 遥かなる大地へ』
©原泰久/集英社 ©2022 映画「キングダム」製作委員会
2022年7月15日(金)ロードショー
原作:「キングダム」原泰久(集英社「週刊ヤングジャンプ」連載)
監督:佐藤信介 脚本:黒岩勉、原泰久 音楽:やまだ豊
出演:山﨑賢人、
吉沢亮、橋本環奈、清野菜名、
満島真之介、岡山天音、三浦貴大、濱津隆之、
真壁刀義、山本千尋、
豊川悦司、
髙嶋政宏、要潤、加藤雅也、高橋努、
渋川清彦、平山祐介、
玉木宏、小澤征悦、佐藤浩市、
大沢たかお
©原泰久/集英社 ©2022 映画「キングダム」製作委員会
ストーリー
これが天下の大将軍への第一歩だ―――
新たなる戦いの舞台は、決戦の地・蛇甘平原。
「秦」国へと侵攻を開始した隣国「魏」を迎え撃つべく、国王嬴政の号令のもと行軍。信は歩兵として戦地へと赴き初陣に臨む。
初めて目の前にする本物の戦場で、運命をともにする新たな仲間との出会い。そして、絶望の戦場でたちはだかる強大な敵。
信は亡き友・漂と交わした「天下の大将軍になる」という宿願を果たすため、さらなる過酷な戦いへと身を投じていく―――。