人気長寿ドラマ『相棒』の21年間は“進化”の連続だった。撮影監督が明かす映像への“哲学”
2000年から続く、俳優・水谷豊さん主演の人気長寿ドラマ「相棒」。この老若男女“3世代”にわたり愛される作品を撮り続けてきたのが、同作の「season2」から撮影監督を担当している会田正裕(あいだ まさひろ)氏です。株式会社アップサイドの代表取締役も務める会田氏は今、現場に立ちながら、後進の育成にも力を入れています。水谷さんの監督作でも撮影監督を務めるほど厚い信頼を獲得する会田氏は、 どのような“哲学”を胸にドラマや映画を手がけているのか。過去のキャリアについて、2022年10月スタートの新シリーズ「season21」も期待される「相棒」撮影の舞台裏と共に聞きました。
高校3年生から映像業界に。憧れの“映画”へたどり着くまでにあった苦労
会田さんはどのような経緯で、映像業界へ入られたのでしょうか?
元々、幼い頃から「好きなことを仕事にできる」と予感していて、レーサーやミュージシャンなど様々な夢を思い描いていました。その中で、一番現実的だと考えたのがカメラマンでした。実際に仕事を始めたのは、高校3年生からです。知り合いにドキュメンタリー映像などを撮っているカメラマンさんがいて、その方のもとでアルバイトとして働き始めました。
仕事は楽しく、次第に「一生の仕事にしたい」と考えるようになりましたが、働く中では現実の壁にもぶち当たりました。実は、カメラマンと言っても当初は写真家を目指していました。自分の中では創作したいという思いが強かったのです。一方、アルバイト先のカメラマンさんとの仕事を通して、クライアントからの請け負い仕事が大半を占めると知り「自由なモノづくりはできないのか」と悩みました。
当時、高校卒業後の進路を考える時期でもあったので、創作できる仕事はないかと調べていくうちに知ったのが、今の仕事である映画の撮影監督でした。ただ、現実はそうたやすくなかったですね。アルバイト先のカメラマンさんに「撮影監督になりたいんです」と相談したら「俺は映画を撮っているわけではないし、別のカメラマンに弟子入りするしかないんじゃないか」と言われてしまったのです。映画界には徒弟制度があり「一人前になれるのは40歳」と聞いて、迷っていたところ「テレビ業界へ入りカメラマンになるのが近道ではないか」とアドバイスをいただいたので、進学した後、21歳でテレビ番組の中継を請け負っている会社へ入社しました。
その後は、理想通りの道を歩んでいったのでしょうか?
順風満帆ではなかったです。テレビ番組の中継を請け負っている会社で、最初に任されたのはカメラマンではなく、中継車の機材を操作するビデオエンジニアでした。念願のカメラマンになれたのは入社から2年半後でしたね。実は、ビデオエンジニアの時代に勝手に撮影の練習もしていて、カメラマンになるまでの期間に配置転換を申し出たこともあったのですが、会社からは「せっかく中継の仕事を覚えたのにもったいない」と慰留されました。
一時期は希望通りの職種へ付けないため、会社を辞めようとも考えていたのですが、そのときに「ここまでやる気がある人間を辞めさせていいのか」とかばってくれた先輩が、のちにドラマの世界へ導いてくれた方でした。
カメラマンになった直後に、実は、方向性が違うという気持ちがぬぐえず会社を辞めてしまったのですが、その時期に「うちに来ないか?」と誘ってくれたのが、僕よりも前にドラマ制作の会社へ転職していた先ほどの先輩でした。仕事に厳しい方だったので付いていくべきか悩みましたが、やはり「ドラマや映画を撮りたい」という気持ちが強かったので、誘われた会社に入ろうと決めました。
ようやく念願だった映像を「創作する」世界に一歩、近づいたのですね。
そうですね。ただ、キャリアのスタートはドラマの制作会社でしたが、理想と違う部分もたくさんありました。入社した当時は、スタジオでセットを組み撮影するドラマが主流で、休みなく、異なる作品の台本を数冊抱えながら、様々な放送局やスタジオを駆け回っていました。現場で5台あるうちの5台目のカメラを回す下っ端のカメラマンとして、数万カットは撮影したと思いますが、次第に「映画とは違う世界だな」と感じるようになり、30歳目前でその会社を辞めて、フリーランスに転身しました。
とはいえ、まだ映画の世界には行けなかったですね。フリーランス時代、映画で使われている35mmフィルムのビデオカメラでCMを撮影するときもあり、そうした機会を大事にしながら映画界へ飛び込む糸口を探していました。足がかりになったのは、使用した機材の感想を綴る執筆活動でした。撮影の仕事をするかたわら、機材の使用感を自主的にメーカーへ送っていたのです。それがたまたま、現在は休刊している業界の技術雑誌『月刊ビデオα』(株式会社写真工業出版社)の編集長の目に留まって、連載を任されるようになりました。
現在、カメラメーカーの開発へ関わるようになったルーツでもありますが、次第に新製品へのアドバイスなどを求められるようになりました。これまで出会った人のご縁で東映の撮影所などで、カメラマンとして働き始めることになったのです。
そこで柴田恭兵さんが主演されていたドラマ「はみだし刑事情熱系」のカメラマンを担当していたときに始まったドラマが「相棒」でした。水谷さんの作品はそれまでにも何作か関わっていましたが、どうしても関わりたいと思い、両作を共に担当していたプロデューサーに「「相棒」をやらせてほしい」と懇願して、最初はカメラマンとして入り、のちに撮影監督を任されるようになりました。
「頭の中で描いているもの」を撮るのが仕事の本質。水谷豊と「進化」への思いを共有
ドラマや映画の現場で、撮影監督はどのような役割を担うのでしょうか?
カメラマンよりも幅広く、スタッフの外側から撮影全体を見渡すイメージです。例えば、今目の前にあるモノを映せば映像を記録できますし、それも撮影です。ただ、撮影監督は見えているものを撮るのではなく、スタッフの意思も汲み取り「自分が頭の中で描いているもの」を撮るのが、仕事の本質なのです。ですから、撮影技術だけではなく、知識や想像力、コミュニケーション能力も求められます。
台本だけができあがっている状態で作品の絵を想像するときもあります。例えば、いいロケ地があったとして、そこからさらにイメージを膨らませていく。登場人物同士のやり取りやシーンの意味を思い浮かべながら「風があった方がいい」「何時に撮るのがいい」、「どの季節に撮影するのがいい」と想像していくのが本来の仕事なのです。
監督をはじめ他のスタッフと話し合う機会も多く、たがいの映像に対する美学や哲学をすり合わせていく難しさもありますが、現場に関わるみんなの思い描いている絵がバシッと合ったときには、この仕事ならではのやりがいを感じます。
『相棒』のドラマ全シリーズや映画、水谷さんが監督するすべての作品で撮影監督を担当されています。水谷さんとは、どれほどのお付き合いになるのでしょうか?
俳優としての水谷さんと撮影監督の立場でお仕事をするようになったのは「相棒」がきっかけでした。水谷さんとは思いを共感できる部分が多いです。映画『相棒-劇場版III- 巨大密室!特命係 絶海の孤島へ』(2014年4月公開)で国内初のフル4K撮影に挑めたのも、水谷さんが監督を務めた映画『轢き逃げ 最高の最悪な日』(2019年5月公開)で邦画初のフルHDR(ハイダイナミックレンジ)映像での撮影に挑めたのも、水谷さんのチャレンジ精神があってこそでした。
水谷さんは常に「進化しなきゃ」と言っています。長寿シリーズの「相棒」は2022年で21年目を迎えますし、安定しているように見えますよね。ただ、時代は進んでいて、俯瞰的に見ると安定は停滞とも捉えられるのです。水谷さんは安定を嫌う方で、「進化し続けてこそ、時代に追いつける」という哲学を持っているのです。『相棒』について「来年も同じことやっていたら、古臭くなってあっという間に終わってしまうし、僕らのやってきたものは『何だったのか』となるから進化しなきゃ」と言っていたこともありました。
僕も色々とやりたい人間ですから、水谷さんの思いに共感しています。過去には「一つの作品に留まり続けると、人生でいくつかの大事なことを失ってしまうかもしれない」と考えて、―相棒を離れようかと考えた時期もありましたが、続けてきてよかったと今では思っています。
長寿シリーズ『相棒』の作品づくりで、学んだことはありますか?
「相棒」には“見えないからこそ見える世界”もあると教えてもらいました。例えば、犯人の背中越しに右京さんがいたら、視聴者の方々はきっと、自分の中で理想的な犯人の表情を頭に浮かべると思うのです。具体的にそのもの自体を撮影するのではなく、違った視点から“見せる”こともできると学びました。
先ほど述べたキーワードの「進化」は「相棒」にも関係していて、水谷さんもお芝居に変化を加えていますし、監督をはじめ僕らスタッフも、シリーズと共に成長しています。撮影監督としては、映像技術の進化に合わせて撮影手法も変えてきました。物語や登場人物、出演者の魅力はもちろん、それらの魅力を伝えるための映像づくりもまた、作品の下支えになっていると思っています。
2022年10月スタートの「相棒 season21」では、14年ぶりに寺脇康文さん演じる亀山薫が相棒役で帰ってきますが、彼の見せ方も初期とは変わりそうですね。
寺脇さんは長台詞が上手な方で、過去のシーズンでは最長11分の長台詞を話していたこともありました。ただ、今の時代は「1カット辺り、4秒以下の方が視聴者の興味が持続する」という研究もあるので、長台詞が見られるかは分かりません。それでも、進化を続けるならば、何かに挑戦する必要があると思いますし、撮影の面でも、同じ撮り方で「懐かしい」と思われるだけではいけないので、変化を加えられればと思います。
プレイングマネージャーの立場には葛藤も。日本の映像業界の課題は「多様性」
会田さんは現在、ドラマや映画の制作をトータルに手がける株式会社アップサイドの代表取締役も務めていらっしゃいます。
従来の映像業界にあった、長い下積み期間を重ねてようやく一人前になる“徒弟制度”を経験せずに業界へ入ってきた人間ですが、「相棒」へ関わり始めてから数年後、ドラマと映画の制作を一手に担い、将来の人材も育てられる集団を作りたいと考えていたのです。ちょうどその頃に出会ったのが現在の会社の創業者で、2021年に代表取締役を受け継ぎました。
現在は“プレイングマネージャー”のような立場で、活躍されています。
現場へ立つ機会は減ってきましたが、「相棒」をはじめ撮影監督としていくつかの作品に関わっています。ただ、葛藤もありますね。年齢がひと回り以上も違う創業者から、“いつか引き継いでほしい”と言われていましたけど、現場にも立ちながら、同時並行で事業拡大していく厳しさも味わっています。
ただ、一方では後輩たちの成長も感じていますし、YouTubeも浸透した現在は、若い世代の方々の多様性にも驚いています。今は、好きなこと手軽に映像化できる時代になりましたよね。私たちの時代は、映像の仕事で自分を表現する前に、技術を習得しなければならないといった常識に囚われていましたが、今はそのような時代ではなくなってきました。
好きなことが先にあると、似た趣味嗜好を持った人たちのツボを突く映像が撮れるのです。そこで「もっと上手く撮りたい」と思うならば、技術をあとで学んでもいい。「一人前になれるのは40歳」という時代ではありませんし、若い世代の方々の可能性をどう見出せるかを考えるのがだんだん楽しくなってきました。
昨今は、配信サービスの台頭もあり映像業界の構造が変化しつつあります。担い手の1人として、国内の映像業界の未来に何を思いますか?
日本の映像業界にとって、今が最大にして最後のチャンスだと思っています。海外発の「Netflix」や「Amazon Prime Video」、「Disney+」などの配信サービスが可能性を広げてくれましたが、海外に学ぶべき課題がたくさんあると感じています。
クリエイターの育成はその一つです。例えば、ハリウッドや「カンヌ国際映画祭」が開かれるフランスでは、プロデューサーや監督、撮影監督などの役割で活躍したい若者に向けて、プロフェッショナルが講師として指導する「マスタークラス」と呼ばれる専門の教育制度があります。アメリカやカナダ、中国、韓国など、様々な国籍の若い人材が将来の活躍を夢見て切磋琢磨しているのですが、日本にも同様の環境が必要だと感じています。そこで行われている英語の授業も、わずか1年間で環境が激変する可能性もある映像業界で日本が生き残るためには、急務だと思っています。
実は過去に、一緒に仕事をした海外のクリエイターから「日本はポテンシャルがすごいよね」と言われたこともありました。ただ、日本はこれまで人材の多様性を認めてこなかった。その問題を解消するために、入り口が閉鎖的だった映画界は多様な人材を受け入れるようになってほしいですし、僕自身は後進の世代を育てながら、新たな作品づくりに取り組んでいきたいと思います。
取材日:2022年7月19日 ライター:カネコ シュウヘイ スチール:あらいだいすけ ムービー 撮影:指田泰地 編集:遠藤究
『相棒 season21』
2022年10月12日スタート 毎週水曜 よる9時放送