「5グランドルール」でさまざまな価値観や意識を持つ人たちとの対話の場づくりを支援
企業のブランドや理念の構築、新規事業開発などを手掛けるツクリビト株式会社 代表の小野裕子氏。一見ミステリアスな雰囲気を漂わせながらも、話し始めると親しみやすく柔らかな空気を醸し出す不思議な魅力の持ち主です。とかくマンネリ化、形骸化しがちな会議などの場を取り仕切り、参加者が喜びを感じられる環境をつくることで、プロジェクトを成功に導くのが彼女の真骨頂。参加者の心理的安全性と組織への貢献度を高めるベースとして「ほめる」「聴く」「受けとめる」「待つ」「愉しむ」を実践する「5グランドルール®」を提唱し、大きな成果を上げています。今回はそんな小野氏の仕事に対する姿勢や考え方、実際に現場で導入しているメソッドなどについて話を聞きました。
長期目標は立てず目の前の仕事を一生懸命にやってきた
小野さんは会社員として1年働いてすぐに独立されていますが、当時から現在のような仕事をイメージしていましたか?
全くイメージしていなかったです。私、行き当たり”バッチリ”タイプなので。
長期的に計画を立てるのではなく、目の前のことを一生懸命やって、それが終わると次の仕事の話が来るというのを繰り返してきました。ですから、将来の夢や希望は一切抱いていなかったです。仕事を一生懸命やっていたら「次はこういうことができませんか?」と依頼が来て「できますよー」って答えていたら、今みたいになっていた感じです。
会社を辞めて独立したのもお客さんに勧められたのが理由ですよね。
はい。当時はCD-ROMコンテンツを作ったりウェブサイトを立ち上げたりするお客様と、制作側との調整を行うディレクション会社に勤めていたのですが、あるプロジェクトで関わった社長さんから、「小野さんみたいな人は独立した方がいいよ」と言われて。「あ、そうかな」と思って、その日のうちに勤務先の社長に「独立します」と伝えたんです。独立がどういうことか、いまいちピンと来ていなかったですが、やってみようかな、という気持ちでした。
ディレクション業務は今の仕事と繋がっていますね。やはり「場を整える」役割だったのでしょうか。
人からは「生まれながらの仕切り屋」と呼ばれているんです。とにかくモヤモヤ、イジイジした状況が大嫌いなんです。どうせみんながエネルギーと時間を使うのなら、面白いことをして、いい仕事したなって達成感を味わいたいじゃないですか。学級委員長が「男子が~、女子が~」って人のせいにして騒いでいるクラスメートたちを整えるのと同じですね。
実際、学級委員長だったんですよね?
ずっと学級委員長でした。小学生のころから「学級委員長やってよ」「いいよ」みたいな感じで、与えられた役割を必死にこなしながら生きて来ましたね。
キャリアの目標を描いてゴールを目指す、みたいな場面はこれまでなかったのですか?
ないですね。よく目標を持てとか夢を持てとか言われますが。もちろん、それはそれで素晴らしいんですが、私には向いていなかったです。変に目標を持ってしまうと、できない自分にダメ出しを続けて生活が苦しくなってくるんです。目の前の具体的なプロジェクトに意識を集中する方が結局、物事が良い方向に進んでいきました。
自分自身にダメ出ししてしまうような体験があったのですか?
「真面目に経営しなくちゃ」と思って、経営塾のようなところに入ったことが一度だけあります。1年間の計画を立てて、立てた数字に対してどれだけできなかったか、できなかった理由は何かを分析して改善しながらやっていけと言われたんですが、それが猛烈に苦しくて。実際、やればやるほど数字が下がってしまって、3カ月で辞めてしまいました。
結局、コロナもですけど、不確定要素が大きい中で確定的に物事を決めるのが苦手なんです。不確定要素が大きい時は、不確定要素を楽しむ。そして三歩先ぐらいまで明るかったら大丈夫だと思っています。
人が率先して動きたくなる状況をどうつくるか
小野さんが加わるクライアントの会議は、何人くらいの規模が多いのですか?
まちまちですが、少なくとも3人です。実は「3」という数字が非常に大事なんです。だから「3」の倍数で区切って、30人の場合は3人で10チーム作ります。2人だとどちらかがどちらかに同調して自分の意見を言わない、あるいは対立するという状態になりがちです。4人になるとサボる人が出てきます。3人だとそれぞれが自分の意見を一生懸命に出すようになるので、対話するときの基本は3人です。
そうした法則は経験を重ねて自ら発見していったのですか?
小学生の頃に気づいたんです。例えば、5人の班で何か決めようとすると、遊んでいる男子とかが必ずいるわけですよ。それが、3人になると、普段遊んでいる子もきちんと意見を言うようになります。学級委員をしていた時に気付いて、3人での対話をみんなにやってもらうようにしていました。そうすることで意見の量も増えて、みんなが「参加した感」が出るんです。ちょっとしたことなんですけど、自分が主体者になれたという経験は凄く大事なんですよね。仮に、会議で非協力的な社員がいても、積極的に参加したくなるような雰囲気を作るのが「対話の場づくり」になります。
人が率先して動くための「5グランドルール」も子どものころから気付いていたのですか。
どうすれば人が率先して動いてくれるかは分かっていましたが、仕事で場づくりに関わるようになって、さまざまな価値観や意識を持つ人たちが集まる中で、共通言語が必要だと考えて作ったのが「5グランドルール」です。「ほめる」「聴く」「受けとめる」「待つ」「愉しむ」のルールに沿った関り方をしているときは、自ずと社員の行動量が増えて、行動量が増えるとおのずと結果が出ます。
会議だけでなく、対人関係のいろいろな場面で応用できそうですよね。
「5グランドルール」を取り入れるよう勧めた夫婦が、離婚の危機を乗り越えて今は仲良しになった例もありますよ。小学校でボランティア授業を行った時は、小学3年生の子が「これからはいじめている子を注意します」と感想を書いてくれました。「5グランドルール」が人に勇気を与えて、人間関係や働きかけに変化を作り出せるというのが、とても嬉しい。たった5つのことなんですけどね。
企業のブランディングを手掛ける際に、何から手を付けるか、手順みたいなものは決めているんですか?
対象が企業でも人でも商品・サービスでもまずは、置かれている状況を観察することが大事です。ヒヤリングを通じて情報を集めたり、現場に行って観察したりして、事前情報を自分の中にたくさん入れておきます。その後チームと一緒にプロジェクトを進める際には、ブランド構築のステップを体系化した「8ステップ」を用いて、誰でもブランディングができるようになる「構築の型」を手渡しながらプロジェクト推進します。フレームワークと対話を通じて進めていくやり方です。
実際に対話を進める際、具体的にどんなことを聞いていくのでしょうか。
問いかけのレベルと、答える状況の作り方という2つの要素があります。人間には答えやすい質問と答えにくい質問があって、「いつ」「どこで」といった質問には答えやすいけれど、「なぜ」と聞かれたら考えますよね。一番答えることが難しいのは「あなた何者なの?」という質問で、次に難しいのが理由を聞かれること。ですから、難易度の高い質問の答えを出すためには、理由を問うより重みが低い質問を繰り返し、情報を集めることが必要です。「どんなふうに間違えたの?」「具体的にどんな動作をしていたの?」「いつそれに気づいたの?」とか、相手が答えやすい質問を重ねます。
もう1つは対話の仕組みづくりです。複数の参加者で対話の質を高めるためには、量が必要になるんです。チームのアウトプット量を増やすために、発想するときは発想する、検討するときは検討する、という状況を作ることが重要になります。多くの人は「何かアイデアを発想して」と言われても、つい脳内でアイデアをジャッジしてしまうんです。アプトプット量を増やせれば、それらを検討するとき質の高い対話ができます。発想、検討のそれぞれを明確に使い分けること、そして、その2つの状況を素早く行ったり来たりするのがイノベーションが起きる対話の仕組みです。これらもフレームワークによって組み立てていきます。
たとえばブレインストーミングを行っているときに、アイデアに文句を言ってはいけないといったことでしょうか。
ブレインストーミングは結局、喋らない人は喋らないままなんですね。私が推奨しているのはブレインライティングというやり方で、発想するときは喋らずに、時間を決めて一枚の付箋に一つの事柄を書き出していきます。たとえば、思いつく動物を全部書く場合は「猿」「鹿」「ウサギ」など、一枚の付箋に1つずつ何枚も書き出していく。対話の時間になったら、それらを集めてみんなで検討する。そうやって、対話の量と質を高める仕組みを作っていきます。
曖昧に見られる仕事を数値化して取り組みやすく
今、仕事上で意識して取り組んでいるテーマはありますか?
抽象的な物を数値化して、お客様にとって取り組みやすくするという点には力を入れています。事業のブランディングや新事業のコンセプト開発や理念づくりなど、わたしの仕事は言ってみれば曖昧なことをやっているわけです。曖昧だから必要ないわけではなくて、これらはいわば川の泉の湧き出し口です。この湧き出し口を曖昧にしてこなかった会社は取り組みに筋が通るので、風通しが良く、社員の心理的安全性が担保されています。また、そういう現場では社員の組織貢献度が高く、「もっとこうしたい」という働きかけも多くなります。
抽象度が高い部分をクリアにしていけば上手くいくという事実を数字で示せるように、組織開発に携わっている友人がサーベイ分析法を編み出してくれました。「5グランドルール」と心理的安全性と組織貢献度の相関性が8割を超えているという結果が出たので、「5グランドルール」を扱った組織の変化が数値化できるんです。私たちがプロジェクトに加わる前と後でどれだけ組織が変わったかをすぐに示せるようになったのです。組織の状態が分かれば、どの階層にどんな研修やプロジェクトが必要か具体的に分かるため、施策を効果的に行う手順も設計できるようになります。
企業のブランドや理念の構築、新規事業開発など数値化しにくい仕事は曖昧なイメージを抱かれがちですが、非常にロジカルに積み上げているわけですね。
プロジェクトに入る前に、「5グランドルール」の質問サーベイをやり、アンケート項目ごとに数字を出します。各項目の単体の数字よりも、複数の項目の数字結果のギャップや違和感から、組織の心理的安全性や、協創力、貢献力などが浮き彫りになります。一度も訪れたことがない会社でも、現場でどんな問題が起きているかが鮮明に分かるんです。だから、問題解決のために、こういう手順で社員にアプローチしたほうが良いですよ、と提案できます。「5グランドルールサーベイ」を実施し、提案プロジェクトを実行した会社に、プロジェクト終了後同じサーベイを行うとほとんどの場合数字が改善します。
他に取り組んでいるテーマは?
女性に対するアプローチです。特に30~50代の女性は、仕事、家族、子育て、親の介護などさまざまな責任を抱えてくたびれてしまっている人が多い。女性がもっと愉快に生きていける考え方や、生活の術を伝えていきたいなと最近思っています。
今の仕事とは別のところでなにかやる感じですか?
基本的には、「5グランドルール」を自分自身に用いることを勧めています。自分をほめて、自分に立ちどまり自分の声を聴き、いろいろな状況や感情をを受けとめて、やらなきゃと焦るのではなく待つ、そしてすべてを愉しんでいく。女性社員に対して、経営者から1 on 1のコーチングをお願いされることも増えています。対話の時間を通じて女性たちが自信を取り戻したり、安心してくれたりするので、どんどんやっていけたらいいなと思っているんですよね。
そういう小野さん自身は、1日24時間のうち、何をしている時が一番楽しいですか?
もうね、なんでも愉しむって決めたんです。だから常に愉しいですけど、特に彫刻をやっている時は、時間密度が上がりとても愉しいですね。計画を立てることが嫌いという性格がそこにも出ているんですが、最初にどんな作品を作るか決めないんです。ガンガン刃を入れていって、そこで出た形で面白いと感じる方向に向かって彫っていくと作品になるという作り方です。削りすぎてしまった時も、角度を変えると良い形に見えたりするので、失敗と捉えない。失敗ってないんですよ。
取材日:2022年10月4日 ライター:吉田 浩、スチール撮影:幸田 森、ムービー撮影:李 ヒデ、編集:遠藤 究
考え方の仕組みを整えること、現場メンバーを巻き込むチームビルディングで、 変革が起きるプロジェクト現場を創業以来900以上経験。
一般社団法人ビーイング・バリュー協会理事/マスターコンサルタント
明治大学サービス創新研究所客員研究員
International Forum of Visual Practitioners会員
東京デザインプレックス研究所講師
東京理科大アカデミー講師