ひとりよがりで「いい映画」は作れない。恩人の言葉で奮起した、前田哲監督の教え

Vol.211
映画監督
Tetsu Maeda
前田 哲
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前田哲監督は、大泉洋さんの主演映画『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』、永野芽郁さん主演映画『そして、バトンは渡された』、天海祐希さんの主演映画『老後の資金がありません!』など、人気作品を数多く手がける映画界のヒットメーカーです。しかし、クリエイターとして順風満帆だったわけではなく、過去には「映画を作れない時期もあった」と振り返ります。

フリーの助監督を経て映画監督となり、映画界でのキャリアは35年以上。恩人である相米慎二監督や松竹映画の石塚慶生プロデューサーからもらった、仕事の価値観が大きく変わるほどの一言とは。キャリアやクリエイターへのアドバイスを、最新作である広瀬すずさん主演の映画『水は海に向かって流れる』の撮影秘話とともに聞きました。

高校時代「受ける映画を作れなかった」悔しさもルーツに

前田監督は、いつ頃から映画界に憧れていたのでしょうか?

小学生ですでに、映画界へ入ろうと決めていましたね。映画の世界しか知らない映画バカだったなと思います。

いえいえ、初志貫徹で素晴らしいです。その後の学校生活でも、映画漬けだったのでしょうか。

映画漬けというよりは、映画が居場所だったのでしょうね。高校時代は授業そっちのけで、学校をサボり喫茶店か映画館へ通っていました。文化祭で8ミリ映画を撮ったのですが、僕のスリラー作品がマニアックだったからか、他のクラスが製作した青春映画より、人気がなかったですね。みんなにウケる映画を作れなかった不甲斐ない自分を、見返したい気持ちは、どこか、根底にずっとある気はします。

悔しさも原動力だったと。映画界へ入った経緯は?

高3の進路指導で担任から「前田は大学には行かない方がいい」と言われて、卒業後は映画の専門学校へ行きました。ただ、在学中にドロップアウトして、東映東京撮影所でのアルバイトを始めました。

はじめはセット解体のアルバイトとして入ったのですが、僕自身は助監督になりたい気持ちが強かったので、大道具の棟梁に「助監督になりたい」と相談したんですよ。棟梁がいい人で、撮影所の所長に掛け合ってくれたのをきっかけに、テレビドラマの制作現場に関わりました。2 年ほどで十数本の2時間ドラマにたずさわり、縁が繋がって、1987年公開の映画『私をスキーに連れてって』の助監督に入れてもらったのが、映画助監督としてのキャリアスタートでした。

「お前の考えはお前の中にあるだけ」相米慎二監督がくれた人生を変える一言

1998年に公開された相米慎二総監督の映画『ポッキー坂恋物語 かわいいひと』で監督デビュー。以降、映画作品を作り続け、2021年公開の映画『そして、バトンは渡された』と『老後の資金がありません!』で「第46回報知映画賞」の監督賞を受賞するなど、数々の功績を残されています。

ありがたいです。運と縁のおかげだと思います。振り返ると、大きなターニングポイントが2つあり、最初に変わるきっかけを与えてくれたのが相米さんでした。思い返すと、助監督時代は自信満々で、自分が一番映画の現場をわかっていると勘違いしていたと思います。監督のもとで現場を仕切るのがセカンド助監督の役割です。自分は作品に身も心も捧げている気でいたので、スタッフに対して「なぜ、もっと映画に集中しないんだ」といつもイラだっていましたね。

監督デビューした時に、相米さんが「しょせん、お前の考えはお前の中にあるだけだ。スタッフが100人いたら、100個のアイデアを活かすことができる」と教えてくれました。スタッフが映画だけに集中したくてもできない時もあるし、それぞれの生活や都合があるからなのに・・・、ベクトルや考え方は違えども、みんな「いい映画を作りたい」と思っているのを、理解できていなかったんですよ。相米さんからの言葉で仕事への価値観が大きく変わりました。

先ほど「ターニングポイントが2つあり」と述べていましたが、もう一方は?

2018年に公開した大泉洋さん主演の映画『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』のプロデューサー、松竹映画の石塚慶生さんも人生を変えてくれた方です。監督デビューしてから、十数年間も映画を作り続けていましたが、2012年公開の映画『王様とボク』以降、映画を撮れなくなった期間があったんです。その時期に「キャリアはあるのに、賞も獲っていない、ヒット作もない。これからどうするんですか?」と問いかけてくれたのが、石塚さんでした。

一度、石塚さんから「企画を30個出してください」と言われて、実際に30個出したんですけど、すべてボツになってしまったときに「何をカッコつけてるんですか? 本当にやりたいものをやらないでどうするんですか?」と戒めてくれたんです。その後、改めて出した企画が『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』で、石塚さんからは「いい企画だけど、完成まで3年はかかりますよ」と言われました。「失うものは何もないから大丈夫です」と答えて、当時やっていた大学の准教授も辞めて、覚悟を決めて打ち込んだ作品でした。

背水の陣で挑んだ作品だったと。

しばらく映画を作っていないブランクもあったし、メジャー作品がヒットしていない過去もあり、最後のチャンスとして取り組んでいました。原作がノンフィクションであること、障害をテーマにする企画を通すのはハードルが高く、いい脚本を作り、スターを集めなければという課題もありましたが、障害に関する概念を突き破る主人公なので、勝負をかけるに値する作品になると確信がありました。

ひとりよがりで「いいと思うもの」を作ればいいわけではない

ターニングポイントとなった『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』以降の5年間で、映画への取り組み方に何か変化はあったのですか?

自分を疑うことでしょうか。自分の考えが正しいわけでもないし、自分のセンスが一番ではないし、当たり前のことですが、映画をスタッフとキャストと一緒に作り上げていくことを徹底しようという、意識の変化かもしれません。『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』の主人公・鹿野さんのように、人に助けられながら生きているんだと、身をもって理解できたんだと思います。助監督時代はもちろん、監督デビュー以降にも勘違いがあり、毎年映画を作れていたのは運とタイミングがよかっただけだと、今では思います。

前田監督の人生そのものが、クリエイターの指針になりそうです。ご自身の経験もふまえて、生き方のアドバイスもいただければと思います。

浴びるように映画を見て、浴びるように(脚本を)読む。クリエイターを目指す若者たちにお伝えするとしたら、何でもとにかく吸収する姿勢を持っていてほしいです。そのときは意味が理解できなくとも、いずれ自分の血と骨になりますから。質より量の時期なんです。名作と言われているものから、自分が興味を少しでも持ったもの、人が勧めてくれものまで、時間の許す限り、見てほしい、体験してほしいと思います。効率的なことを追ってはいけない時期なんです。

僕は、明日すぐ役立つことではなく、5年後、10年後に役立つことを学ばなければ意味がないと思っています。若いときは多くの作品を見てきましたけど、それでも、「あの時代に戻りたい。もっと見ておけばよかった」と後悔もあるんですよ。若いうちに何でも吸収しておけば、いずれクリエイターとしての血と骨になります。

僕は仕事の合間に映画館で黒澤明特集、小津安二郎特集、成瀬巳喜男特集などを貪るように見ていました。当時の経験は今も記憶に強く残っています。他ジャンルでも言えることで、伝統芸能や絵画など、とにかく多くの本物の作品にふれておくことは、必ず未来の自分に味方してくれるスキルとして現れてきます。

田島列島が描く原作の力を受けた映画『水は海に向かって流れる』

前田監督の最新映画『水は海に向かって流れる』が公開されます。原作は人気漫画ですが、実写化にあたり作品の構想をどのように膨らませたのでしょうか?

最初は、田島列島さんの原作にある持ち味、独特なユーモアや間を「どう映像化しようか」と考えました。原作を拝読したときに、田島さんの描かれるキャラクターはみんないとおしいと感じましたし、お話の舞台となるシェアハウスで彼らと一緒に過ごしたいと思いました。その空気感をスクリーンで具現化できれば、多くの観客に響くものになると確信しました。

完成した作品には、誰しも「自分の物語」として捉えてもらえるという手ごたえを抱いたそうですね。

それもやはり、原作に力があるからです。田島さんはキャラクターの愛おしさを描かれている一方で、残酷さもちゃんと表現されていて、たがいのバランスが絶妙とも思ったんですよ。周囲からは「何で小さな石ころににつまずいているの?」と言われるけど、自分にとっては大きな岩だと感じてしまうことって、誰でもあると思うんですよね。そうした気持ちに寄り添いながら、声高に励ますのではなくそっと背中を支えてくれる優しさに溢れた作品になったと思います。

広瀬すず、大西利空から感じられた才能と魅力

最新映画『水は海に向かって流れる』では、初めはクールで周囲へ徐々に心を開いていく、主人公・榊さんの心情の変化が見事に描かれていました。演じた広瀬すずさんとは、役柄について綿密に話し合ったのでしょうか?

広瀬さんには「こうしてください」と、具体的な指示はほとんどなくて、広瀬さんとは撮影前に、脚本を1ページづつ辿って、榊さんの感情の流れについては話し合いました。ト書きも含めて「ここはこういう感情だと思いますけど、どう思いますか?」と一字一句を丁寧になぞって、意見交換はしましたね。ただ、お芝居は相手役がいてこそ完成しますし、事前にきっちり詰めるのではなく、ある程度の余白も残した上でクランクインしました。

前田監督から見た、広瀬さんの魅力は何でしょうか?

こちらの想像を超える演技を見せてくださるんですよ。先ほど言ったとおり、お芝居は相手役があって完成するものですから、撮影現場でのライブ感も重視していますが、広瀬さんはふと出る表現が特に強いんです。テストで「あの感じよかったです」と言っても覚えておらず、一瞬一瞬で常にベストの演技を出してくるのが、とても素晴らしいし、凄い!計算して表情を作るのでもなく、自然にその時に出た感情を率直に表現できるのは真の俳優である証拠です。

相手役を務めた17歳の大西さんは、注目の若手俳優として期待されています。

はじめてご一緒しましたが、子役時代からの経験が豊富なのに、擦れたところがない初々しさを持っていて、相手とのライブ感で芝居ができる。ただ今回は、感情を吐き出すシーンの撮影では、翌日に持ち越すほど苦戦していました。物語の中で大西さんが演じた直達は、感情をあまり表に出さないキャラクターですが、そのシーンは普段とは真逆で、一気に感情を爆発させる必要があったんです。苦戦していたのは、それだけ直達になりきっていたからだと思うんですよ。最終的には、僕らスタッフも心を揺さぶられるほどの感情が溢れ出す演技を見せてくれました。

大西さんの魅力も伺いたいです。

相手との距離を感じさせない、ずっと前からの親友のような親しみやすさがありますね。初対面のとき、他人に壁を感じさせないと思いましたし、どこか飄々としていているのだが、ちゃんと役について考えている。演技についても今までの経験値を理屈というよりも、体に刻みつけている感じが素敵だなと思いました。少し天然でマイペースなとこころがあって、女性スタッフからは、ほっとけない弟のように愛されていましたね。よりいっそうの活躍を期待しています。

取材日:2023年5月10日 ライター:カネコ シュウヘイ スチール:幸田 森 ムービー 撮影:指田 泰地 編集:遠藤 究

 

『水は海に向かって流れる』

ⓒ2023 映画「水は海に向かって流れる」製作委員会 🄫田島列島

6 月9日(金)TOHO シネマズ 日比谷ほかにて全国ロードショー

キャスト:
広瀬すず
大西利空 高良健吾 戸塚純貴 當真あみ/勝村政信
北村有起哉 坂井真紀 生瀬勝久

監督:前田哲 
原作:田島列島
  「水は海に向かって流れる」(講談社「少年マガジン KCDX」刊)
脚本:大島里美 音楽:羽毛田丈史
主題歌:スピッツ「ときめき part1」(Polydor Records)
エグゼクティブプロデューサー:
小西啓介 和田佳恵 高見洋平 出來由紀子 平体雄二
企画・プロデュース:関口周平 プロデューサー:近藤あゆみ
撮影:池田直矢 照明:舘野秀樹 録音:西山 徹
美術:布部雅人 装飾:大原清孝
衣裳:立花文乃 ヘアメイク:岩本みちる 豊川京子(広瀬すず)
編集:田端華子 選曲:泉 清二 音響効果:佐藤祥子
記録:原田侑子 助監督:玉澤恭平 制作担当:守田健二
宣伝プロデューサー:田中弘美
製作:ハピネットファントム・スタジオ テレビ東京 講談社
         フォスター・プラス スタジオブルー
製作幹事・配給:ハピネットファントム・スタジオ
製作プロダクション:スタジオブルー
🄫2023 映画「水は海に向かって流れる」製作委員会 🄫田島列島
講談社 2023/日本/カラー/ビスタ/5.1ch/123 分/G

 

ストーリー

この雨の日の出会いが、世界を変えた――
通学のため、叔父・茂道の家に居候することになった高校生の直達。だが、どしゃぶりの雨の中、最寄りの駅に迎えにきたのは見知らぬ大人の女性、榊さんだった。案内されたのはまさかのシェアハウス。いつも不機嫌そうにしているが、気まぐれに美味しいご飯を振る舞う26 歳の OL ・榊さんを始めとし、脱サラしたマンガ家の叔父・茂道(通称:ニゲミチ)、女装の占い師・泉谷、海外を放浪する大学教授・成瀬…と、いずれもクセ者揃いの男女5人、さらには、拾った猫・ミスタームーンライト(愛称:ムー)をきっかけにシェアハウスを訪れるようになった直達の同級生で泉谷の妹・楓も混ざり、想定外の共同生活が始まっていく。そして、日々を淡々と過ごす榊さんに淡い想いを抱き始める直達だったが、なぜか「恋愛はしない」と宣言する彼女との間には、過去に思いも寄らぬ因縁が……。榊さんが恋愛を止めてしまった《本当の理由》とは……?

プロフィール
映画監督
前田 哲
撮影所の美術助手を経て、フリーの助監督として伊丹十三監督、阪本順治監督、周防正行監督らの作品に参加。1998年に相米慎二監督が総監督を務めたオムニバス映画「ポッキー坂恋物語 かわいいひと」で劇場映画監督デビューを果たす。主な監督作は『陽気なギャングが地球を回す』『猿ロック THE MOVIE』『王様とボク』『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』など。2021年には、瀬尾まいこの本屋大賞受賞作を映画化した『そして、バトンは渡された』や天海祐希が主演の『老後の資金がありません!』の2作品で「第46回報知映画賞」監督賞を受賞。

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