人・街・自然が響きあう空間へ─建築家・平田 晃久さんの哲学と、新生・練馬区立美術館の展望

Vol.224
建築家/京都大学教授
Akihisa Hirata
平田 晃久
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地域に根づき、区民やアートファンから長く愛される「練馬区立美術館」が、2028年を目途に新たに生まれ変わる。その設計を任されたのが、建築家/京都大学教授という2つの顔を併せもつ、平田 晃久さんだ。

人・街・自然が一体となった独創的なデザインは多くの業界で話題となり、2024年に開館された東急プラザ原宿「ハラカド」や、群馬県の「太田市美術館・図書館」など、数々の建築デザインを手掛けている。

今回は、2024年7月28日(日)~9月23日(月)まで行われる練馬区立美術館の展覧会「平田晃久―人間の波打ちぎわ」について、平田さんにインタビューを実施。自身の哲学とコンセプトを、展覧会の内容と照らしあわせながら紐解いてもらった。

生まれ変わる練馬区立美術館

まずは展覧会開催の背景について、教えてください。

練馬区で2022年3月に策定された「美術館再整備基本構想」にあたり練馬区立美術館のリニューアルが計画され、コンペを通してこの度、リニューアルの建築設計を任されることになりました。新生美術館の建築コンセプトは、「21世紀の富士塚/アートの雲/本の山」となっており、練馬に古くから存在する「富士塚」をテーマに、「美術と本」を街や人々とつなぐ場として構想されています。

40年にわたり運営されてきた練馬区立美術館の新しい局面に際し、私がこれまでに手掛けたプロジェクトや、未来への展望、建築の世界観や哲学を楽しめるような展覧会の場を設けてもらいました。

今回の「人間の波打ちぎわ」という展覧会は、どのようなテーマになっているのでしょう?

長い期間、当たり前のようにあった人間像が変わろうとしているこの時代、「人間とは〇〇である」という概念を超え、不確かなところで新しいものが次々と生まれているのを感じています。無数の人々・場所・時間が共鳴し響きあい、自然と人間がからみあうことで意識が広がっていく…。そんな“波打ちぎわ”をテーマに、「からまりしろ」「響き」「響きの響き」という3つの展示物を用意しています。

平田氏が考える、建築物の「からまりしろ」とは?

平田さんの考えである「からまりしろ」とはどういう意味をもつのでしょうか?

「からまりしろ」とは、はっきりと形作られる空間領域とは異なる“ふわふわとした隙間の錯綜”、あらゆる物質の傍らとも言える領域の重なりを指します。私が独立した時から使っているキーワードで、何かが絡まる「からまり」、のりしろ・伸びしろなど、余地を意味する「しろ」をあわせ、「からまりしろ」という言葉にしています。

その発想の原体験はいつ頃だったのでしょうか?

子どもの頃から自然の中で昆虫採集をするのが大好きだったんです。いろいろな虫を観察していました。例えば、蝶が飛んでいるのを見てみると、花と花の間にはものすごく複雑で入り組んだ立体的な隙間があり、それを乗りこなすように蝶が飛んでいました。 大人になるにつれ「人間も空間の中で、自分の身体の本能的なものを感じながら生きるような建築や都市はできないだろうか」と考えるようになり、それが私の着想のスタート地点にもなっています。

人間も動物であり、生物の一種でもあると

生物たちが自由に空間を楽しんでいるのに、なぜ人間は与えられた場所という平らな空間に閉じ込められているのか。そしてなぜ、生物の中で自分を特別な存在だと思っているのか…。そんな概念を改めて捉えなおすためのキーワードが、「からまりしろ」となるんです。

“何かが絡まる余地”という風に建築を捉えなおすと、もっと自然環境のような建築が作れるんじゃないかと考えていて。最初の展示室では、私が独立時から今に至るまでに設計したさまざまな形の「からまりしろ」を体験できる作品が紹介されています。

街と一体になった建築「太田市美術館・図書館」で感じた、集合的無意識

2番目の展示室「響き」では、平田さんが設計した太田市美術館・図書館(群馬県)の模型が展示されていますね。市民と街が一体となったプラットフォームは、どのようにして生まれたのでしょう?

太田市美術館・図書館の敷地は駅前にあります。太田市の人口は22万人で、SUBARUの群馬製作所があり、税収もある豊かな街にもかかわらず、駅前は閑散として、歩いている人がほとんどいなかったんです。そこで、市民を呼び戻すための起爆剤を作れないか?とコンペが行われ、街の人も一緒に計画に参加して生まれた建物でした。

設計するうえで大事にしていたことはありましたか?

自分たちの感性だけで設計しないことを心がけました。いくら独創的で先進的な建物を作ったとしても、結局、街の人が建物の周りを歩いてくれないと意味がないんです。自分たちだけで考えて「太田市の人はこうやれば来るだろう」と決めつけるのではなく、街の方々を巻き込んで作ろうと、2014年5月から9月までの5か月間で、計5回のワークショップを実施しました。

かなり思い切った決断でしたね。実際どのように進んでいったのでしょう?

ワークショップでは毎回設計に関するテーマを決め、私が提示した複数案からひとつを選択し、全員で設計手法を決めていきました。たとえば「施設のゾーニング」というテーマであれば、美術館と図書館の機能を分けるべきか? 混ぜるべきか?を皆で話し合って選択します。各プロセスで重要な決定事項を全員で決め、決まったら後戻りはなし。回を重ねていきながら、最終的な設計内容も固まっていきました。

いろいろな参加者がいて、多くの視点があり、さまざまな意見をぶつけあう過程がすごくエキサイティングでしたね。そういう人間の集合的無意識みたいなものが建物に投影されるという体験も初めてでした。その時に得た経験をもとに、2つ目の展示室は人間活動の集積が発生させる「響き」と対話することがテーマになった作品を紹介しています。

「集合的無意識」が建築においてどのような意味をもつのでしょう?

少し話を戻すのですが、先ほど挙げた「からまりしろ」を私はよくジャングルの一本の木を例に説明しています。生物が生きるために必要不可欠な環境のことを「生態学的ニッチ」と呼びます。ジャングルの木には、(1本あたり)数百種類の生き物が生きていると言われています。つまり数百の生態学的ニッチが一本の木に集まっていることになります。 さまざまな環境条件の場所に多様な種が共存する…そんな様相を建築でどう作り出せるか? を考えるうえで集合的なものとの対話が大きな役割を果たしました。そんな集合的無意識のようなものの総称を「響き」と表現しています。

時空を超えた響きが、新たな響きを生み出していく

 

 

「からまりしろ」と「響き」は、独立しているわけではなく、つながっているんですね

そうですね。太田市立図書館・美術館のプロジェクト以降、集合的な無意識と対話をしながら建築するそのプロセスをも、「からまりしろ」と表現しています。太田市の時も、もしわれわれだけで完結させていたらこの考えには至りませんでした。多くの人の意見、先ほどの話に例えるなら、さまざまなニッチがあったからこそ、いい意味で浸食され、削られていったことが全体の魅力につながっていると思います。

2番目の「響き」では集合的な何かについて“今生きている人”、現在に焦点を当てて対話する建築を紹介しました。対して3番目の「響きの響き」では、今ではないいつか、ここではないどこかで、誰かが奏でた響きが現世の響きに流れ込んでくる。という考えのもと、縄文土器、広重の浮世絵といった文物が置かれています。例えば、古来の遺跡、発掘される前は普通の畑だった場所に、遺跡というまったく違う時間軸のものがこつ然と現れることで、その場所の捉え方も変わります。

そういう風に建築には複数の違う時空が入り込んでいることがあり、それが建築の面白さでもあります。2つ目の展示室である「響き」は現代にフォーカスしていますが、3つ目であるこの展示室は過去の建築物や、過去から影響を受けた現代の作品を展示していることもあり、テーマを「響きの響き」としています。

今回の練馬区立美術館のリニューアルコンセプトには、江戸時代に造られた「富士塚」というタイトルが入っています。これも“過去の時空を取り入れる”という考えから来ているのでしょうか?

リニューアル案である練馬区立美術館の模型を見ていただくと、建物は階段で覆われており、その階段の向かう先がちょうど富士山の方向を向いています。そして建物の正面に対してやや斜めに傾いた方向にある階段からは富士山が見えるようになっています。

富士塚には、本当の富士山に参詣できない人にもご利益があるように…という願いが込められているんですよ。練馬にも下練馬・江古田・中里などいくつか富士塚がある。「オリジナルを拝むためにコピーを見て拝む」という考えって、現代美術やアニメーション・アートともつながる部分があると考えています。富士塚は郷土の歴史とも関係があり、他にもいろいろな要素と結び付けられるので、テーマにするには、面白そうだなと思ったんです。富士塚そのものは江戸時代の発明ですが富士山のような山を遠くから特別なものとして観る感受性は江戸時代よりもっと前からあったはずで、おそらく縄文時代からあり、それが現代の私たちにも引き継がれていると思っています。そうやって、普通に美術館を作ろうと論じているだけではわからなかったであろう結びつきが引き寄せられていくのも、建築の面白い側面だと思っています。

もっと自然に近い建築を 平田さんが建築家を志した理由

冒頭で、幼少期に昆虫採集が好きだったとお聞きましたが、平田さんが建築の分野に興味をもったのはいつ頃でしたか?

実は高校の時までは科学者になりたいと思っていたんです。具体的には生物学者ですね。それで理学部を受験しようと思って準備していたんですが、大学を受ける直前にふと、建築もいいかもな…と思い建築学科を受験しました。

なぜ建築の道を志そうと思ったのでしょう?

自分でも正直、理由はわかっていないんです(笑)。ただ、「自然環境に近いような建築はないのだろうか?」という素朴な疑問はずっとありました。私は大阪の泉北ニュータウン出身でボックス上のビルに住んでいました。昆虫採集をしていた山のフィールドと、人間が住んでいる空間って、なぜこれほど違うんだろう?と幼心に思っていたんです。

展示を観ましたが、自然や幾何学模様の建築物もあり、“科学者になりたかった”という変遷を垣間見られた気がします。ご自身の建築で、どんな気持ちや感情を持ってほしいですか?

建築というジャンルの性質上、人の感情を作り出すことはなかなか難しいと考えています。ただ、自分がある環境下に置かれた時、何か決められたことをするための部屋が用意されているのではなく、自分の感覚を通して“ここでこういうことをしよう”という能動的な行為が出てきますよね。空間に対して受動的なものだけを享受するのではなく、自分から能動的に考えたり、行動できたり、働きかけるような気持ちや経験をしてもらいたいです。

点と点を最短でつなぐ…という姿勢が良しとされる昨今ですが、平田さんの作品は線やプロセスに重きを置いていらっしゃるんですね。

例えば山に雨が振った時、雨が土に染み込んで下まで行き、もう一度それが雨になるまでには、自然においてものすごく多様な道筋をたどってきていると思います。今の建物は、屋根や雨どいで雨をキャッチしたらそのまま下水道に行き…という単純な工程ですが、これってあまりにも自然とはかけ離れている気がしていて。いろいろな多様性があるところに、多くの可能性が潜んでいて、そこで発見されるものがあると考えています。建築もそういうプロセス…「からまりしろ」が多い状態で作っていく方が面白いと、さまざまな設計に携わる中で感じてきたと思います。

最後に、建築業界を志すクリエイターの方々にメッセージをお願いします!

建築はどんな風にもアプローチできるジャンルだと思っています。人の数があればあるほど、建築の姿も多岐にわたります。表現できることも幅広く、自分自身が感じるもの、面白いと思っているものを投影できる面白い分野なので、そこに楽しさを感じられる人はぜひ、建築業界に来てください!

取材日:2024年8月7日 ライター:FM中西 スチール:あらい だいすけ 動画撮影:指田 泰地 動画編集:遠藤 究

『平田晃久―人間の波打ちぎわ』

平田晃久―人間の波打ちぎわ

会期:2024年7月28日(日)~9月23日(月・休)
休館日:月曜日 ※ただし9月16日(月・祝)は開館、翌9月17日(火)は休館
開館時間:10:00~18:00 ※入館は17:30まで
アクセス: 西武池袋線中村橋駅下車 徒歩3分

プロフィール
建築家/京都大学教授
平田 晃久
1971年大阪府に生まれる。1997年京都大学大学院工学研究科修了。伊東豊雄建築設計事務所勤務の後、2005年平田晃久建築設計事務所を設立。2015年より京都大学赴任。現在、京都大学教授。主な作品に「桝屋本店」(2006)、「sarugaku」(2008)、「Bloomberg Pavilion」(2011)、「太田市美術館・図書館」「Tree-ness House」(2017)、「9h Projects」(2018-)、「Overlap House」(2018)、「八代市民俗伝統芸能伝承館」(2021)など。また、バウハウス(ドイツ)、ハーバード大学(米国)、Architecture Foundation(英国)などで講演。そのほか、東京、ロンドン、ベルギーなどで個展、MoMA(二ューヨーク近代美術館)にて「Japanese Constellation」展(2016)を合同で開催。ミラノサローネ、アートバーゼルなどにも出展多数。

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