柔らかな肉質を感じさせる霜降り肉、海の香りが香ってくるようなアサリ汁、プリプリのエビフライが添えられた一皿……まるで本物を思わせるような、暮らしに馴染む食べ物の絵本で注目を集めるイラストユニット「はらぺこめがね」。
夫婦で活動しながら「フルーツポンチ」(ニジノ絵本屋)、「やきそばばんばん」(あかね書房)、「みんなのおすし」(ポプラ社)などの絵本を制作しつつ、現在はワークショップ講師・エッセイ執筆など、幅広い分野で活躍しています。
そんな「はらぺこめがね」の原田しんや(はらだ しんや)さんと関かおり(せき かおり)さんが常に活動の中心に据えているテーマは、「食べ物と人」。今回は、クリエイターにとって大切な「ブレないテーマの見つけ方」について、ユニットの誕生秘話や今後の目標とともに詳しくお聞きしました。
大学卒業後はそれぞれ就職。会社員の壁にぶつかる
「はらぺこめがね」のお二人は、絵本制作やワークショップ講師、2024年9月には初のイラストエッセイが出版されますね。幅広く活動している印象です。
関さん:絵本については、常に制作している感じですね。年に2〜3冊は出版できていると思います。絵本の仕事をはじめてからは、子ども向けの仕事も増えました。子ども向けワークショップの講師をしたり、小学校に呼んでいただいて特別授業の先生を務めたり。
原田さん:僕たちは「これは子ども向け」「これは大人向け」といった区別はあまり意識していないんですけどね。絵本という性質や、「はらぺこめがね」というコミカルな名前の影響もあるのかな(笑)。現状としては、子どもたちに向けた活動が多くなっています。
それでいうと、初のイラストエッセイは子ども向けの枠を超えた作品になるのでしょうか?
原田さん:そうですね。もちろん絵本の仕事も続けていきたいですが、僕としては「はらぺこめがねは子ども向けの活動だけをしている」と思われるのも違うかなと思っていて。今回のイラストエッセイで、活動の幅をさらに広げられた気がします。
ありがとうございます。まずは、そんなお二人の出会いについて教えてください。
原田さん:もともとは、大学のクラスメイトだったんです。京都の大学に通っていました。
関さん:在学中におつき合いをはじめて、卒業後はそれぞれ東京の会社でグラフィックデザイナーとして働くことになりました。上京をきっかけに、同棲をスタートさせたんです。
原田さん:当時は、ユニットを組むなんて想像していませんでしたね。お互いスキルを磨いて、ゆくゆくは二人とも独立できたらいいなとは思っていましたけど。
関さん:でも、いざ会社員として働きはじめるとね。それどころではなくて……。
イラストユニット「はらぺこめがね」が生まれた理由
「それどころではない」とは、どういうことですか?
関さん:時代もあると思うけど、お互いに仕事がすごく忙しくて。寝袋やベッドが社内にあることが当たり前なんですよね。未経験者を育ててくれた恩はもちろん感じているけど、当時はハードな生活に心身が蝕まれてしまったんです。
原田さん:会社員という働き方が、僕たちには合わなかったのかも。実際に体験して、自分はサラリーマンにはなれないと痛感しました。
会社員時代、食事は取れていましたか?
関さん:カップラーメンとか、納豆巻きとか……(笑)。私は食にあまり興味がないタイプなので、食生活に関してのダメージはなかったけど、彼は辛そうでしたね。
原田さん:僕は食べることが好きなので、やっぱりイヤでした。ゆっくり食事をしたい気持ちはあるのに、忙しさに負けて食事を楽しめていなかったから。
はらぺこめがねの活動をはじめてからは、アトリエにキッチンがあるので自炊をする機会が増えましたね。だいたい僕がパッと作ることが多いかな、スパゲティとか。
食事を楽しめるようになってなによりです! 会社員として経験を積んだ後、どのような経緯ではらぺこめがねを結成したのでしょうか?
関さん:私は3年ほどで会社を辞めて、しばらくはアルバイトをしていました。退職後、実は絵を描けない時期があったんです。当時の支えになったのは、映画かな。好きな映画を見ながら、映画の絵を細々と描くうちに、ゆっくりと回復した気がします。その後、友達にデザインフェスタに誘われて、少しずつイベントに参加するようになりました。
原田さん:その時期、僕はまだ会社に勤めながら、彼女のイベント出店の手伝いをしていました。楽しそうに自分の絵と向き合う彼女の姿を見ているうちに、徐々に「自分もこの方向性が向いているのかも?」と感じはじめたんです。その後、4年ほど勤めた会社を辞めて、僕もアルバイトをしつつイラストレーターの活動をスタートさせました。
原田さんの退職後もすぐにユニットは組まず、個別に活動していたんですね。
原田さん:はい。同じイベントに参加しても、それぞれ別名義でした。その後しばらくして、冬のクリスマスマーケットかな。「そろそろ、一緒になにか描いてみる?」とイラストを合作したんです。そしたら、思いのほかお客さんに好評で。「二人で活動するのって、意外といいんちゃう?」ってね。
関さん:そうそう。そこから少しずつ二人の活動が増えてきて……。その頃には彼の影響で私も食べることが好きになっていたし、二人ともメガネをかけていたので(笑)。2011年に、イラストユニット「はらぺこめがね」を結成しました。
絵本出版を後押ししたのは、ある絵本店との出会い
はらぺこめがねでは、原田さんが食べ物の絵、関さんが人物や背景の絵を担当しているんですよね。もともと絵本作家を目指していたのですか?
原田さん:いや、絵本作家を目指していたわけではないんです。絵本を描くことになったのは、「ニジノ絵本屋」というお店を経営しているいしいあやさんがきっかけです。
関さん:はらぺこめがねを結成してはじめて出店したイベントで、いしいさんが「絵本店をやっているから、お店に遊びに来てね」と誘ってくださって。後日お店にお邪魔したときに、いしいさんから「絵本を作ってみようよ」と声をかけてくれたんです。
絵本制作の際に「出版社に持ち込む」「コンテストに応募する」などはイメージがつきますが、「絵本店から声がかかる」というのは珍しい気がします。
原田さん:そうですよね。しかも、いしいさんの発案は純粋な熱意からで、いしいさん自身も絵本を作ったことはなかったんです。幸い僕も彼女もデザイナー出身なので、本の制作に関して多少の知識は持っていましたが、それでもほとんどゼロからのスタートでした。
関さん:最初は、紙に描いた絵をホチキスで留めただけだったんです。それが、進めていくうちに「ちゃんとした本にしたいね」と全員が思いはじめて。個人でも製本してくれる印刷屋さんにお願いして、はらぺこめがねとして初の絵本「フルーツポンチ」が誕生しました。
すごい行動力ですね。完成した絵本は、どのような方法でお客さまに届けたのでしょうか?
原田さん:ニジノ絵本屋に商品として置いてもらうほか、いしいさんが書店に営業して並べてもらうこともありました。ただ、最初はほぼ手売りでしたね。
関さん:イベント出店のときに絵本を並べて、お客さんに直接販売したんです。絵本を作ることになった当初から「シリーズで3つは作るぞ」と決めていたので、その後「すきやき」「ハンバーガー」の販売も開始しました。
絵本を販売してから、はらぺこめがねとしての活動に変化はありましたか?
原田さん:すごく変わりました。絵本を見た出版社の方や、編集の方が「こんな仕事しませんか?」と声をかけてくれるようになり、仕事の幅が大きく広がったと感じています。
アパレルブランドのgraniph(グラニフ)と、Tシャツのコラボもされていましたよね。
原田さん:2冊目の絵本「すきやき」が出た頃に、グラニフさんからお声がけいただいたんです。いまだに、どうして声をかけてくれたんだろう? と思っています(笑)。
関さん:まだ作品数も少なかったから、びっくりしたよね。
原田さん:うん。グラニフさんとのコラボレーションを通じて、はらぺこめがねとしての知名度が一気に高まったと思います。今でも、グラニフさんがはらぺこめがねの宣伝の一端を担ってくれているように感じますね。
「苦手」を避けることで、自分の「得意」を見つける
2011年にはらぺこめがねの活動を開始してから、2024年現在まで、活動のテーマが「食べ物と人」から変わっていませんよね。軸のブレなさがすごいなと思います。
原田さん:描けば描くほど、僕は「食べ物」だけを描きたくなるんです。最近は食器すら自分で描かず、彼女に担当してもらっています。
関さん:私はもともと古道具が好きなので、食器類も描きはじめてみたらおもしろくて。食器を描くようになってから、実物の食器もいろいろ集めるようになりました。
お二人とも、自分の好きなものをベースに作品づくりをしているように感じます。だからこそ、モチベーションを下げずに活動を続けられるのでしょうか?
原田さん:そうですね。自分の好きなものやことをテーマにするのが一番いいんじゃないかな。楽しいし、好きだからこそ続けやすい。
自分の好きなものを見つけられない人は、どうすればいいと思いますか?
関さん:見つけられていないだけで、好きなものは必ずあると思います。もしかしたら、ムリに探そうとしなくていいのかも。
原田さん:うんうん。僕も、最初から「食べ物の絵を描いていくぞ!」と確固たる意志があったわけではないですよ。たまたま冷蔵庫にバナナが入っていて、食べ終わったあとの皮を見て「ちょっと描いてみようか」と絵にしてみたら楽しかった。彼女も「めっちゃいいやん」と褒めてくれたので、軽い気持ちで「じゃあ続けてみようか」と食べ物の絵を描きはじめた。きっかけは、ただそれだけなんです。
関さん:「やってみる」「続けてみる」ことで、きっと気づくことがあるんですよね。
なるほど。「やってみる」「続けてみる」ことで、日常に溶け込んで気づかない「好きなこと」が可視化されるのかもしれないですね。
関さん:そうですね。あとは、苦手だと感じることを排除するのもいいと思います。したくないことを避けたら、残るのは自分の好きなことだから。働き方で考えると、私たちは会社員の働き方が合わなかった。それを避けたからこそ、今はイラストユニットというストレスのない働き方を見つけられました。
たしかに、苦手分野を避けることで、得意分野や興味の方向性がハッキリしそうです。そういう「好きなことの見つけ方」もあるんですね。
原田さん:したくないことは、極力しないにこしたことはないですよね。はらぺこめがねの活動でも、自分たちが本当にやりたいことを忘れないように心がけています。ユニットの結成当初は「ちょっとしんどいな」と思う仕事も引き受けていたけど、やっぱり僕は食べ物を描きたい気持ちが強くて。諦めずに、自分のやりたいことに軸を戻していった結果、今では「食べ物と人をテーマに活動する人たち」として認識してもらえるようになりました。
関さん:「楽にやろう」くらいの気持ちでね。ムリなくできることを続けていれば、気づいたときには自然と自分に合ったことが見つかっているんじゃないかと思います。
取材日:2024年9月5日 ライター:くまのなな スチール:岡﨑 祥太郎 動画撮影:指田 泰地 動画編集:遠藤 究