ほぼ全財産を投げ打ってつかんだ配給権。ウクライナ映画との出会いが、25歳の人生をガラリと変えた

Vol.228
Elles Films株式会社 代表取締役
Natsumi Kokawa
粉川なつみ

ウクライナで初めて3DCGで制作されたアニメーション映画『ストールンプリンセス:キーウの王女とルスラン』。同作を日本で公開するため、勤めていた会社を辞め、貯金をはたいて配給権を獲得したのが、粉川なつみさんです。配給会社「Elles Films」を立ち上げ約1年後、見事に劇場公開の目標を達成。その活躍が認められ、今年、月刊誌『日経WOMAN』が主宰する「ウーマン・オブ・ザ・イヤー」を受賞しました。当時25歳だった粉川さんが、1本の映画作品のために脱サラし、多くの人を巻き込んで行動を起こした理由とは?

ウクライナのために、映画業界にいる自分だからこそできる支援を

ロシアによるウクライナ侵攻に対して、現地の映画を配給することでウクライナを支援しようと考えたのは、なぜなのでしょうか?

単純に、私にできることが限られていたからです。大学で映画美術を学び、映画の宣伝会社に就職し、配給会社に転職して、映画業界にいる私に何ができるだろう…。そう考えて思い出したのが、以前、海外の映画作品をリサーチしていて見つけた『ストールンプリンセス:キーウの王女とルスラン』でした。当時は存在を知っただけで、作品を見てもいなかったのですが、あらためて試写を見てみたら、メッセージ性やアニメーションのクオリティの高さに驚きました。それで、この作品を日本で公開したい!と思ったのです。

勤めていた配給会社では、その思いは叶わなかったのですよね?

そうなんです。いろいろな条件が合わなくて自社で配給するのが難しいとわかりました。それなら会社を辞めて、自分で配給してしまおうと。マンション購入を目指してコツコツとお金を貯めていたんですが、このプロジェクトがうまくいって、事業が成功したらマンションは買えるはずだと、思い切って貯金をつぎ込むことにしたのです。 でもやはり、それだけでは全く足りなくて。クラウドファンディングで資金を募りました。とはいえ、最初の1カ月は友人・知人からの支援しか集まらず、ダメかも…と思いましたが、手当たり次第とにかくあちこちへPRをしまくりました。テレビ局やラジオ局の問い合わせフォームからメッセージを送ったり、大学などをまわってチラシを置いてもらったり、謎のウクライナセミナーに足を運んで、集まっている人たちの前で話す機会をいただいたり。今思えば、あのセミナーはかなり怪しかったとわかるんですが(笑)、その時はとにかく必死で動き回っていました。 打率はものすごく低いものの、行動したかいがあって、いくつかテレビやラジオに出演する機会に恵まれました。その中の1つが、別所哲也さんのラジオ。その反響が想像以上に大きくて、最終的には933万3105円もの支援が集まりました。1人で100万円も支援してくださった人もいたんですよ。

「自分もウクライナのために何かしたい!」諦めない心で前進していたら、いつの間にか協力者が増えていた

クラウドファンディングの支援者は、なぜ『ストールンプリンセス:キーウの王女とルスラン』を応援しようと思ってくれたのでしょうか?

支援者の多くが、「ウクライナのために何かしたい」という気持ちを持っている人たちでした。ウクライナの映画を日本で公開して、ウクライナという国や文化を日本の子どもたちに知ってもらおうという、私の思いに共感してくださった。中には、海外アニメのファンもいらっしゃいました。日本はアニメ大国なので、よっぽどの大作でない限り、海外のアニメは入ってきません。そういった意味で、海外の作品、しかもウクライナで初めて3DCGで作られた作品を日本へ持ってきてくれてありがとうという気持ちを、支援につなげてくれたのです。 私が貯金もなくて彼氏もいなくて、まだ誰にも知られていないウクライナの映画の配給権しか持っていないことを切々と訴えたので、不憫に思って支援してくれた人もいると思います(笑)。

資金が集まっただけではなく、KADOKAWAや朝日新聞社などの大企業が製作委員会に名を連ねて、力を貸してくれたんですよね。ナレーションは俳優の斎藤工さんが務めています。

朝日新聞社のプロデューサーさんには、ある場所でお会いした時に、支援を直談判しました。斎藤工さんは、街で偶然お見かけした時に追いかけて声をかけたのがきっかけです。クラウドファンディングの支援者も製作委員会の出資者もそうですが、皆さん、ウクライナのために何かしたいという気持ちを抱いていて。そこに私が現れたことで、じゃあ協力しようと力を貸してくれました。 よく「会社を辞めるなんて、すごい決断だね」とか「貯金をはたいて配給権を買うなんて、すごいね」と言っていただくのですが、私は全くそう思わなくて。やりたいことを実現するために、頑張っただけなんです。経験も人脈もお金もない25歳の自分1人では、目標が達成できないから、いろいろな人にお願いするしかないと思いました。諦めない心を持って、自分のできることを頑張っていたら、多くの人が応援してくれていた。ワンピースのルフィのように、突き進んでいく道の上で、最強の仲間と船を手に入れた!という感じです。

長く愛される作品の必須条件は「大衆受け」

『ストールンプリンセス:キーウの王女とルスラン』を公開して、どのような反響がありましたか?

日本語吹き替え版で、主人公ルスランの声優を務めたINIの髙塚大夢さんのファンを中心に、多くの観客がSNSに何度も感想を投稿してくださって、ものすごく盛り上がりました。日本に避難しているウクライナ人を招いた試写会では、「まさか自分たちの国のアニメーションを日本で見られるとは」と喜んでくれて。多くの子どもたちに見てほしいと思って、日本語吹き替え版を作りましたが、たくさんの子どもたちがキャラクターの絵を描いてくれたり、感想を伝えてくれたりして、うれしかったですね。 公開するまでは、全くお客さんが入らなくて、赤字になってみんなに迷惑をかけたらどうしよう……と怖くなる時もありました。でも、DMなどで励ましの言葉を数多くいただいて、その度に元気になって、頑張ろうと思えて。映画に関わる仕事をしてきましたが、直接応援の声をかけてもらったのは初めてで、こんなにも励みになるものなのかと、ありがたかったです。 一時は、周辺国に避難をしながら仕事を続けていたウクライナの制作会社のスタッフたちも、「憧れの日本で自分たちの作品を公開してくれてうれしい」と言ってくれました。アニメ大国の日本は、世界のアニメーターにとっての憧れなんです。

今年の9月には、DVDが発売されましたね。粉川さんが思う、この作品の魅力とは?

私は英語が話せませんが、それでも理解できるストーリーのわかりやすさに惹かれました。映画通に受けるような作品ももちろん大事ですが、子どもでも楽しめる大衆受けする内容であることが、すごくいいなと。何があっても諦めない、王女・ミラのキャラクターが自分と被ったし、多くの子どもたちが憧れる存在になるのではないかと思いました。 私自身、『マイ・インターン』や『プラダを着た悪魔』など、わかりやすい作品が一番好きなんです。映画業界にいる人たちは、ものすごい数の映画を見ていて、「ゴダール映画が好き」とかマニアックなことを言うけれど、私にはわからなくて。大衆作品しか知らないというコンプレックスを抱いたこともありましたが、私がおもしろいと思う作品なら、きっと多くの人にとってもおもしろい。それでいいと思えるようになりました。 毎週、映画が何本も公開されているけれど、すぐに上映が終わるものが少なくありません。そうではなく、息が長く愛される作品を届けたい。そのためには、多くの人に好きになってもらうことが大事になってきます。

誰かの人生を変えるかもしれない作品に、一球入魂したい

今後は、どのような作品を届けていきたいと考えていますか?

『ストールンプリンセス:キーウの王女とルスラン』以降、配給した4作品はすべて、わかりやすいストーリーと伝えたいメッセージがあることを基準に選んでいます。作品自体のメッセージはもちろんですが、私自身がその作品を通して、見る人に伝えたいことがあるかどうかを大切にしています。 会社員時代は、正直、自分自身があまり気に入っていない作品でも宣伝をしないといけなかった。でもやはり、熱が入らないんですよね。映画作品の宣伝には、およそ3カ月かけますが、有限な人生の中で向き合うのならば、一球入魂できるような作品がいい。

次回の配給作はもう決まっているのでしょうか?

時期は決まっていませんが、パキスタンのアニメ映画を公開したいと考えています。1組の男女がいて、惹かれ合って……という大まかなストーリーは『ストールンプリンセス:キーウの王女とルスラン』と似ていますが、メッセージが全く違う。パキスタンは内戦やアメリカとの緊張状態に置かれていて、非常に不安定な国。作品を通して、戦争の無意味さや無残さを伝えたいという監督の思いが込められています。 私たちの世代は戦争を経験していません。だからこそ、映画を通して伝えることが重要だと思います。それに、ウクライナやパキスタンといった普段あまり知ることのできない国について興味をもつきっかけを生み出せる。そうした、映画というメディアの魅力を存分に生かせるような仕事をしたいですね。

これからの展望を聞かせてください。

大それたことは言えませんが、多くの人が劇場で見たくなる作品を届けたい。映画の興行収入は増えていますが、入場料が高くなったから増収しているだけ。映画館に足を運ぶ人自体は減っているのが現状です。 私が劇場で初めて見た映画は、ハリー・ポッターでした。幼稚園か小学校低学年くらいだったと思います。それまで、母親が原作を読み聞かせてくれていて、頭の中でハリーたちが繰り出す魔法をイメージしていたのですが、劇場で見た魔法は想像の500倍くらいすごかった。あれは大きなスクリーンで見たからこそ、感じられたのだと思います。 その感動が忘れられなくて、私は今、映画業界にいます。そういう体験をする人が1人でも増えてほしい。何かを感じ、生きる活力を得られるような作品を届けていきたいです。

取材日:2024年8月29日 ライター:佐藤葉月 動画撮影・編集:浦田 優衣
プロフィール
Elles Films株式会社 代表取締役
粉川なつみ
大学在学中に、インターンとして勤務した映画の宣伝会社に入社。WEBパブリシティ・タイアップなどに携わる。その後、中国系の映画配給会社に転職して配給から宣伝、DVD制作などに従事。ロシア軍のウクライナ侵攻を機に、ウクライナの人々を勇気づけるため、会社を辞めてほぼ全財産を投げ打ち、ウクライナのアニメ映画の日本配給権を獲得。2022年7月にElles Films株式会社を設立した。2022年9月末~11月末に実施したクラウドファンディングでは約900万円が集まった。現在は、映画作品の配給・宣伝のほか、業務委託として韓国アーティストや国内アイドルの宣伝・PR・マネジメントを請け負う。

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