「すべての当たり前は、まだ未完成」アイデアクリエイター・いしかわかずやさんに聞く“日常に魔法をかける発想法”
醤油を注ぐとイルカがシャチに変わる醤油差し、転がらない四角いガムテープ、2BやHBなどの硬さが視覚的にわかる鉛筆…。「こんな商品がほしかった!」と世間を驚かせるアイデアを生み出しているのが、アイデアクリエイターとして活躍するいしかわかずやさんです。
応募したデザインコンペの受賞率は驚異の9割超えを誇り、TikTokやYouTubeなどSNSの総フォロワー数は2025年1月時点で43万人以上!多くの人を魅了するいしかわさんのアイデア力は、どのように培われたのでしょうか。日常をおもしろくする発想力の高め方について、これまでの経歴とともにうかがいました。
デザインツールが使えず、鉛筆とコピー用紙で応募
現在勤めているLINEヤフー入社時は、ブランドマネジメント部にデザイナーとして配属されたんですよね。デザイン自体は、もともとお好きだったんですか?
そうですね。大学ではデザイン科学科を卒業しています。初めてデザインコンペに応募したのは、大学一年生のとき。憧れの先輩が運営メンバーを務めるコンペに参加しました。当時はデザインツールが使えない初心者だったので、ほかの参加者が見栄えよく仕上げてくる中、僕だけがコピー用紙に鉛筆で書いたスケッチを提出しました。
「ツールを使えないから諦める」のではなく、「できる範囲で作品を完成させる」という姿勢がすばらしいですね。
展示されている応募作品の中で、僕の作品だけ落書きみたいに見えたときは複雑でしたよ。「展示されることを知っていたら、もう少しきれいにしたのに…」って(笑)。結果的に、初めてのコンペで賞をいただきました。それで根拠のない自信がついたというか、「これで勝負するのが自分の居場所だ!」と確信したんです。自信過剰な気もしますけどね。それでも、当時の出来事が、デザイナーとして、アイデアクリエイターとしての原体験になっています。
アイデアクリエイターとしては、どのような活動をされているんですか?
これまでの経験を活かし、アイデア発想本の出版やオンラインコミュニティの運営、講演会やSNSでの情報発信を行っています。企業からの依頼による商品企画や、商品企画についてのコンサルティングに携わることもあります。
第24回 文房具アイデアコンテスト 審査員特別賞を受賞した「コメクレル」
自主的な活動と会社員の両立は、やはりご苦労が多いのでしょうか?
僕たちの会社は働き方が柔軟で、副業をしている人も多く、両立はそれほど難しくないかもしれません。僕は個人で積極的に外部の団体が開催しているデザインコンペに応募していたのですが、それを始められたのも、副業をしている同僚に影響を受けたのが理由の一つです。社内には会社以外でも活躍している人が多く、「自分もなにか始めないとやばい」と焦りを感じていたんですよね。
個人でコンペに応募し始めたのは、入社後どれくらい経ってからですか?
LINEヤフー株式会社(当時のヤフー株式会社)に入社し、4年ほど経ったころです。コロナ禍で、緊急事態宣言が発令された時期でした。在宅勤務が始まり、通勤時間がゼロになり1日に使える時間が増えたことで、「この瞬間に僕自身はなにも生み出せていない」と人生を見直すようになって。同僚が副業をしていたこともあり、「自分もなにか始めよう!」とコンペに挑戦するようになったんです。
「アイデアクリエイター」という肩書きで活動を開始したのも、同じ時期ですか?
コンペに応募するようになって、しばらくしてからですね。コンペで受賞するのはもちろんうれしいですし、賞金もいただけてありがたかったんですが、応募した作品が、自分の手から離れていくように感じ始めたんです。せっかく考えたアイデアが右から左にフェードアウトする感覚というか…。自分の中のストックが、まったく溜まっていない気がしたんです。そこで「どうせなら、おもしろいアイデアを残しておきたい」と思い、過去に使用していたSNSアカウントを再開することにしました。誰かに見せたい!というよりかは、SNSを「アイデアクリエイターとしての作品を保存しておくポートフォリオ」として活用しようと考えたんです。
先輩のスパルタ教育で鍛えたアイデアのロジック
コンペでの受賞や現在のSNSでの活動など、多くのアイデアを生み出し続けていますよね。その発想力は、どのように培われたとご自身では感じていますか?
大学時代に発想力を鍛えられたことが、理由の一つかもしれません。憧れの先輩がいて、なにより僕はその人に認めてほしくて。毎週のように、アイデアを先輩に見せていました。
でも、まったくダメで、毎回「これのなにがおもしろいの?」とボコボコにされるばかりでした。先輩のおかげで「なにがダメなんだろう?」と客観的に考える習慣が、そのときに身についたんです。
すごい、スパルタですね。
スパルタでした…。先輩にダメ出しされるまでは、「このアイデアはおもしろい!」と自分の中だけで決めつけていたんですよね。でも、見る人や審査する人のことをしっかり理解していないと、独りよがりなアイデアになってしまうんです。自分はどのコンペに応募するときも、審査員を必ずチェックしています。
それはなぜですか?
同じアイデアでも、誰が審査するかによって、やっぱり評価は変わってくるんです。審査員の方も人間ですからね。自分の好みや価値観に、評価が影響されるんだと思います。
例えば、大御所のデザイナーさんが審査員の場合、目が肥えているので「ちょっと便利だな」くらいのアイデアは響かない。意外性を作り、驚きを与えるポイントを盛り込まないといけないんです。
「アイデアを客観的に見る」「審査員の価値観や好みを読む」ことに加えて、ほかに意識していることがあれば教えていただきたいです。
ほかには、不便なポイントを見逃さないようにしています。過去作品の「折り目をつける紙コップ」も、不便さに着目したことで思いつきました。
例えば商談に行ったときやみんなでパーティーをするとき、紙コップが配られることがあると思います。ただ、紙コップの模様は全部同じで、時間が経ったりちょっと目を離した隙に、人のものと混ざって自分のものがわからなくなりますよね。この不便さを解消する方法を考えた結果、各々が自分の番号に折り目をつけるアイデアが浮かんだんです。
日常の小さな「不便さ」は、つい見逃してしまうポイントかもしれませんね。
人の心を動かすロジックには、「共感」と「驚き」があると思っています。驚きとは、意外性や、いい意味での裏切られた感。「いい意味での裏切られた感」を作るためには、これまで「正解」とされてきたものに新しい切り口を提案する必要があります。些細な変化を加えることで、驚きや新鮮さを生み出すことが、僕の得意なアプローチかもしれません。
商品アイデア草案
実際の商品『柴犬ソープディスペンサー』
「リラックスした状態で考える」アイデアが尽きない秘訣
アイデアを出すときの思考の流れを、もう少し詳しく知りたいです。例えば、Xで23万いいねを獲得した「イルカがシャチになる醤油差し」は、どのように発想したのでしょうか?
あのときは、まず人の心を動かすモチーフを探しました。ニッチすぎると限られた人にしか響かないので、ウサギや猫、アザラシなどの万人受けするモチーフの中から、イルカとシャチに注目しました。
次は、モチーフの特徴探し。注意すべき点は、見た人に「ほかの動物でもいいじゃん」と思われないようにすることです。
「ほかの動物でもいい」と思われると、なぜいけないんですか?
独自性がなく、単純に「おもしろい」と思ってくれないんです。人の心を動かせなければ、商品を選んでもらえません。重要なのは、モチーフ独自の特徴を考えることです。イルカとシャチの特徴として「芸をする」「飛び跳ねる」がありますが、犬も芸をするし、ウサギも飛び跳ねますよね。唯一無二のものを考えた結果、行き着いたのが「シルエット」でした。イルカとシャチはシルエットが似ている。これが、独自の特徴だと感じたんです。
「モチーフを探す」「特徴を見つける」、ほかにはなんでしょう?
最後に考えたのが、違いです。シルエットが似ているイルカとシャチの違いを考えたときに、浮かんだのが「色の違い」でした。雑貨として表現するときに、イルカは白、シャチは黒かなと。そこで、白いものが黒く変わるアイテムを考えた結果、最終的に「醤油差し」にビビッときたんです。醤油を入れる前後で、お皿の色が変わるなと思って。
考え方を詳しく教えていただきありがとうございます。疑問なのですが、アイデアが枯渇することはないのでしょうか?コンスタントに作品を発信しているように見えます。
アイデアはまだまだ尽きません。僕は、起きているときすべてが発想の時間なんです。「アイデアを出すぞ!」と意気込む人も多いですが、それだとその瞬間だけしか頭を使わないことになるので、あまりオススメしないです。料理好きな人が、キッチン用品を集めるのと似ているかも。キッチン用品を調べて「これかわいいな、これもいいな」と想像するのは、実際に購入しなくても楽しいですよね。同じ感覚で、僕も気負わず、リラックスした状態でアイデアを出すようにしています。
アイデアを考えることが自然とできるからこそ、色々なところにアンテナが張れるんですね。
そうですね。基本的に、すべてのモノを疑うようにしています。僕らの周りにある「当たり前」は、必ずしも完成形とは限らず、まだまだ改良の余地があるかもしれません。でも、無理に考えをひねり出そうとすると、かえって発想が固くなってしまうんですよね。最近は、寝る前の30分を瞑想や思考の時間に充てているんですが、その時間に滝のようにアイデアが浮かんできます。SNSで大きな反響を呼んだ「ペリカンの調味料入れ」や「イルカがシャチに進化する醤油皿」のアイデアも、その30分の間に生まれたものなんです。
1〜2カ月じゃ成果は出ない。「半年」を意識して動く
クリエイターの中には、成果が出ずに悩む人も多いと思います。いしかわさんにも、世間から注目されない時期はありましたか?
もちろんです。SNSを始めたころは、投稿に1いいねすらつかないこともありました。新しいチャレンジをするとき、多くの人が「1〜2カ月続けたら成果が出るはず」と考えがちですが、少し甘いかもしれません。活躍している人の話を聞くと、「成果が見えてくるのは半年後」ということが多いです。僕も、個人活動を始めてから最初の半年は、ほぼ反応をもらえず…。それでも続けていたら、スタートから半年後にいきなりバズったんですよ。
活動をスタートしてすぐに成果を期待してしまうのは、クリエイターとしてはよくあることなのかもしれないですね…。
成長曲線は、多くの場合ゆるやかな右肩上がりではないと思います。変化のない状態が続いたかと思うと、いきなりドーンとあがる。また変化が感じられなくなり、しばらくしてドーンとくる。この「ドーン」のタイミングが、半年くらいなんですよね。
「半年」という言葉は、急いで成果を求める心を落ち着かせてくれそうです!
周りの評価を気にせず、自分と向き合う時間を作ってほしいですね。評価を求めすぎると、気持ちが折れやすいから。僕もSNS運用を始めたころは反応が少なかったけど、「作品を保管するポートフォリオだから問題ない」と割り切っていました。かつては、僕も「この人を超えたい!」と他人を意識していましたが、終わりのない追いかけっこに疲れてしまって。自分の活動だけに集中するようにしたら、アイデアを出すことがさらに楽しくなりました。人の視線や評価に縛られず、自分がやりたいことにエネルギーを注げば、ストレスなく想像力を発揮できると思います。
最後に、自身のキャリアをどう歩めばいいか考えているクリエイターにアドバイスをいただけますか?
自分だけの唯一無二のポジションを作ることが重要だと思います。その鍵になるのは「組み合わせ」。新しいことを始めようと調べてみると、「なんだ、自分の考えたことはすでに誰かがやってるじゃん」と感じる瞬間があるはずです。でも、そこで諦めてしまうのは、あまりにもったいないんですよね。僕自身、YouTubeでガッツリ顔出しをして、動画で歌を歌うこともあります。こうして素性を明らかにすること自体が、あまり表に出たがらないクリエイターとの差別化につながっています。異なる要素を「組み合わせる」ことで、自分にしかない土俵を切り開いていく。その意識が、新たな道を見つけるきっかけになるはずです。
取材日:2025年1月16日 ライター:くまのなな 動画撮影:村上 光廣 動画編集:遠藤究