「私はこれなんだ」というモノを探す放浪の旅では 得がたい財産に出会えるはずです。
- Vol.118
- 映画監督 堤幸彦(Yukihiko Tsutsumi)氏
原発問題へのメッセージ、テロ問題、防衛産業、人間模様など観る人によって楽しみ方がある重厚なエンタテインメント『天空の蜂』
『天空の蜂』を完成させた今のお気持ちは?
100名を超えるスタッフ、キャストとひとつになり、苦労を分かち合った作品がとうとう完成した感慨に浸っています。たった今、強くあるのは、「やってよかった」という満足感でしょうか。 私はいつも、最新作が失敗したら監督生命が終わる覚悟でメガホンを取っていますが、幸いにして原作者である東野圭吾先生からは、「私の言いたいことを、ちゃんと映像化してもらえた」との評価がいただけ、ひとつのハードルは越えられたように思っています。 あとは劇場で、観客の皆さんからの評価を待つだけ。どんな反応があるか、楽しみでもあり、怖くもありといったところです。心理としては、まな板の上に乗った鯉に近いものがありますね(笑)。
人気作家のヒット作を映像化するわけですから、プレッシャーもあったでしょうね。
原作は、科学技術に精通した作家が見事な未来予測をした小説。福島の原発事故から20年も前に作品が発表されたことを考えれば、未来予測以上の寓話です。そんなすごい作品を映像化するわけですから、プレッシャーがあったのは当然です。 でもそれは、あくまで映像化を任された監督としての緊張感の話。映画自体は、難しいこと抜きに楽しめるエンタテインメントに仕上がっていますので、ハラハラ、ドキドキと楽しんでいただき、読後感としてさまざまなメッセージに気づいてもらえれば嬉しいですね。
どんな映画ですか。
原発問題へのメッセージあり、テロ問題あり、防衛産業のディテールあり、技術者のプライドあり、親と子の愛情物語あり、さまざまな人間模様あり。観る人の好みや問題意識の数だけ、楽しみ方があっていい、重厚なエンタテインメントです。
関係者の間では、長く、「映像化は不可能」と言われていた原作ですね。
私は今年、60歳の大台の声を聞きます。そんな大きな節目にこういった重大な作品を手がけることになったいきさつには、少々運命的なものを感じます。20代の頃は社会に向けて発したいメッセージがあり、稚拙なりにも発信した。その後大人の世界に入り、「大人の振るまい」をするようになった。ただ、仕事を積み上げ、それなりに評価もいただく中で、映像を武器に表現している者が時代に問いかける作品を発表する義務はないのかという自問が常にありました。 後に、『天空の蜂』をきっかけに堤の作品傾向が変わったと言われることになるかもしれません。この作品への取り組みには、そんな重大な意味が内包されているような予感がします。
映像づくりの上で、心を砕いた点は?
物語を動かす重要なファクターである巨大ヘリコプター「ビックB」のリアリティについては、かなり心を砕きました。架空のヘリコプターで、実世界に参考を求めても、シングルローター(プロペラがひとつ)であそこまで大きなものは日本には存在しません、世界を見回してもかろうじてロシアに「近いもの」があるだけ。CGチームの奮闘で素晴らしい「ビッグB」ができあがりました。セットでの実写部分と編集を駆使して、納得のいく演出ができたと思っています。
私は、映画監督業を定食屋のおやじの気構えでやっています
オールスターキャストの大作を手がけた感想は?
そうですね。ここまでのオールスターキャストは、私は初めての経験です。ただ、長くキャリアを積んだおかげで、俳優陣のほとんどとは面識があり、やりづらいといったようなことはありませんでした。 もちろん、キャラクターの描き分けには力を注ぎましたので、特筆すべきこととしてあるなら、「今回、私は特別の思い入れを持って演出していますよ」という気持ちがご出演いただいている皆さんに伝わるよう、振る舞いや態度に気をつけたことでしょうか。 今まで一度も演技指導したことのない仲間由紀恵さんに細かい指導をしたのも、そんな気持ちの表れでした。
映画監督が作品ごとに作風を変えるのは、一筋縄ではいかない難しい作業と思いますが、堤監督は見事にそれをやり遂げていますね。
私は、映画監督業を定食屋のおやじの気構えでやっています。カレーライスも親子丼も、専門店に決して引けをとらない一皿がお出しできる定食屋でありたい。「あの店に行けば、いろんなものがそれぞれにおいしくいただける」――そんな噂が広まってくれればと祈りながら、一作々々、作品ごとに違う、目指すべき目標を見定めながら演出しています。
『天空の蜂』は、これまでのメニューのラインアップとはひと味違う料理でしたか。
そうですね。監督人生初の大作に、捨て身で挑みました。
では、定食を仕上げるフライパンも変えた?
いえ、そういう大チャレンジだからこそ、フライパンは慣れ親しんだものではなくてはならないんです。私がもっとも信頼し、もっとも長くやってきたスタッフを総動員しての撮影となりました。自称「堤組の本隊」での取り組みが必須でした。慣れ親しんだフライパンで、レシピや食材に初めてのチャレンジを繰り広げた仕事だったと認識しています。 特に、登場人物の心のひだを描けるか否かがこの作品の成否を握ると思っていましたが、スタッフの力のおかげで満足行くものに仕上がりました。 繰り返しますが、スタッフの力なくしてこの大作は完成しませんでした。振り返れば20数年前に一緒に映画界での歩みをスタートした仲間たちが、しっかりと力を伸ばしてくれたからこんなこともできるようになった。そういう意味でも、とても感慨深いものがあります。
『天空の蜂』は、記念碑になってくれるかもしれない作品
堤監督といえば、いわゆる異業種参入監督ですね。
すべて自覚して、狙ってやったことではないですが、結果として異業種から劇場公開映画に参入して、ボーダーを破壊してきた者のひとりであるのは自認しています。当時、バブル景気華やかし1980年代、日本映画界の古色蒼然とした側面とハイビジョンに代表される最新のデジタル映像技術が、融合すべきとはわかっているのに融合しきれないジレンマのような状況を生み出していました。 そんな頃に私の頭の中に浮かんだのは「消耗品としての映画にチャレンジするのは、意義あることではないか」とのアイデアです。具体的には、TVと映画が別ものだという既成概念を突き崩すことで生まれる可能性を具現化する。 試行錯誤の中で生まれたのが『金田一少年の事件簿 上海魚人伝説』であり、『ケイゾク/映画 Beautiful Dreamer』でした。TVドラマとして視聴率を得た物語を、ハイビジョンカメラで劇場公開映画にする。今となってはいたってポピュラーな手法ですが、当時はまったく前例がありませんでした。時代の先鞭(せんべん)をつけたと自負しています。
旧世代の映画人からは、色眼鏡で見られそうですね。
確実に、嫌われていますね。日本アカデミーには、渡辺謙さんの出演映画『明日の記憶』と吉永小百合さんの『まぼろしの邪馬台国』を撮った時以外、呼ばれていません。(笑) ただ、私の方から日本映画界を拒否する気持ちはありませんし、『天空の蜂』を端緒に、映画人の仲間入りができるなら嬉しいとさえ思っています。そういう意味でも、記念碑になってくれるかもしれない作品なのです。この作品は。
メディアの垣根を超えて活躍しているわけですから、各分野のスタンダードやフォーマットにこだわる必要はないのでは?
コンテンツをつくる者のあるべき姿勢として、各分野の巨匠や先達への敬意は必要だと思いますし、私はとても強く持っています。映画界にも、TVドラマ界にも、演劇界にも憧れの存在があり、どのジャンルでもいまだ、そういった憧れの足もとにも及ばない状況だと自分を戒めています。 大切なのは、足もとにも及ばないけれど、一歩でも近づきたいという思い、執念ではないでしょうか。
そういう執念があるから、映画でも、TVドラマでも、演劇でもかなりの数をこなすチャンスに恵まれているのではないですか。
どうなんでしょう。数をこなせばいいというわけでもありませんしね。
チャンスの数を増やすのも、ひとつの才能 秘訣は「商業演出家としての純化」
チャンスの数を増やすのも、ひとつの才能ではないですか。力を見せつけるチャンスさえない演出家は、星の数ほどいるように思えます。
そこを誉めてもらえるなら、秘訣は「商業演出家としての純化」にあるのではないでしょうか。芸術家然として構えている暇があったら自分は商業作家だと割り切って、来るものを拒まずにやってきたのが奏功(そうこう)したとは思います。
そういう、肩の力の抜けた歩み方は、なぜできたんですかね。
う~ん、業界への入り方が不純だったからかもしれませんね(笑)。21歳で、拾った新聞に掲載されていたTVの専門学校の記事に触発されて、フラッと入学したのがきっかけ。それまでの私は、10代後半から20代にかけてのもっとも多感な時期にロックミュージックにのめり込み、映画やTVなんて「観たらばかになる」くらいのとらえ方で生きていましたから。
なるほど、肩に力など入りようがない(笑)
最初に入った現場はTV番組の収録で、就労環境は驚くくらい劣悪なことがすぐにわかりました。それでもめげずに前に進めたのは、TVの世界で沢田研二さんやゴダイゴやツイスト、サザンオールスターズなんかが堂々とスターとして活躍していて文句なしにかっこよかったから。 業界への疑問なんかがふっとぶくらいにそういったアーティストたちへの共感があったせいで、キャリアの滑り出してめげることがなかったのが幸運だったように思います。
底辺からTV制作の世界に入ると厳しい体験が多いそうですし、挫折する人も後を絶たないようですね。
私は、キャリアの早い段階で、サザンの桑田さんなどから「やりたいことをやって、楽しければいいじゃないか」という諦観を感じ取ることができ、「この仕事は電波芸者、くらいの心構えでいいんだ」と割り切れましたから(笑)。 そういった割り切りを掴むと、観衆が100人しかいない舞台も9万人動員する舞台も、制作費100万円の映像だろうが制作費40億円の映像だろうが、一緒なんですよ。何が面白いかを自分が掴んで、それを誰に見せるかさえはっきりしていれば仕事の本懐(ほんかい)を外すことはないのです。
何か1つ「私はこれなんだ」というものを持ってください
堤監督に憧れ映像作家や映画監督を目指す若者たちに、エールを送ってください。
映画を1万本観なさいと、私は言いません(笑)。私は、そういうタイプの人とはむしろ仲良くできないかもしれない(笑)。それより、たとえばネパールに1年いましたとか、自衛隊で匍匐(ほふく)前進を2年やっていましたとかいう人の方に、より可能性を感じます。 冗談はさておき、言いたいのは、一つだけでいいので、何か1つ「私はこれなんだ」というものを持ってください、ということです。見つけるのに手間取ったとしても、10年くらいなら棒に振ってもかまわないと思う。誤解を恐れずに言えば、それが見つかるまでは、就職していようが無職だろうが、定住していようが全国を彷徨っていようが、「放浪」なんです。簡単ではないですよ、何しろ見つかるまではあるのかないのかさえ確信持てないし、もちろんどんなかたちをしているのかなんて想像もつかない。 ただ、見つかるまで諦めないぞと執念を維持してアンテナを張っていると、必ず出会いがありますし、何かが見えてくる瞬間があります。何にもなかったはずなのに、つながっていることに気づき、驚かされる体験もするでしょう。 いわば奇跡です。奇跡が体験できることだけは、100%保証します。ただ、動き回らないといけませんよ。アパートにこもってネット検索に熱を入れても、絶対に体験できません。
堤監督にとっての、「私はこれだ」は何なんですか。
13~4歳頃のロック体験ですね。音楽にのめり込みすぎて父親に殴られ、母親に怒鳴られ、でもやっとのことでギターを手に入れた。あそこまで熱中して突き進んだ日々が、今の自分を形成していると確信を持って断言できます。自慢じゃないですが、音楽の才能はありませんでしたから(笑)、この分野には大した実績は残せなかったですが、あのロック体験が一番の宝になっています。私のやってきたことを手にとって一皮々々むいていくと、どの作品も結局あの頃の私に行き着きます。
取材日:2015年7月22日 ライター:清水洋一
Profile of 堤幸彦
1955年生まれ、愛知県出身。1988年に故・森田芳光プロデュースのオムニバス映画『バカヤロー!—英語がなんだ—』で映画監督デビュー。以来、映画、TVドラマ、舞台、PVなど幅広い分野で活躍中。
- 【劇場公開作品】
- 1988年 『バカヤロー!—英語がなんだ—』シリーズ1作目
- 1991年 『!(ai-ou)』
- 『HOMELESS』
- 1993年 『中指姫』
- 1995年 『さよならニッポン!—南の島の独立宣言—』企画・監督
- 1997年 『金田一少年の事件簿—上海魚人伝説—』
- 1998年 『新生 トイレの花子さん』
- 2000年 『ケイゾク/映画 Beautiful Dreamer』
- 2001年 『溺れる魚』
- 『チャイニーズ・ディナー』
- 2002年 『ピカ☆ンチ-LIFE IS HARD だけどHAPPY-』
- 『トリック劇場版』
- 『Jam Films/HIJIKI』短編オムニバス参加
- 2003年 『恋愛寫眞』
- 『2LDK』
- 2004年 『ピカ☆☆ンチ(ピカンチダブル)-LIFE IS HARD だから HAPPY-』
- 2005年 『EGG』
- 2006年 『サイレン 〜FORBIDDEN SIREN〜』
- 『明日の記憶』
- 『トリック劇場版2』
- 2007年 『大帝の剣』
- 『包帯クラブ』
- 『自虐の詩』
- 2008年 『銀幕版スシ王子!〜ニューヨークへ行く〜』
- 『20世紀少年 ー第1章ー 終わりの始まり』
- 『まぼろしの邪馬台国』
- 2009年 『20世紀少年 ー第2章ー 最後の希望』
- 『20世紀少年 ー最終章ー ぼくらの旗』
- 2010年 『劇場版トリック霊能力者バトルロイヤル』
- 『BECK』
- 2011年 『はやぶさ/HAYABUSA』
- 2012年 『堂本剛 平安神宮公演2011 限定特別上映 平安結祈 heianyuki』
- 『劇場版 SPEC〜天〜』
- 『MY HOUSE』
- 『エイトレンジャー』
- 2013年 『くちづけ』
- 『劇場版 SPEC〜結(クローズ)〜漸(ゼン)ノ篇』
- 『劇場版 SPEC〜結(クローズ)〜爻(コウ)ノ篇』
- 2014年 『トリック劇場版 ラストステージ』
- 『エイトレンジャー2』
- 2015年 『悼む人』
- 『イニシエーション・ラブ』
- 『天空の蜂』
江口洋介、本木雅弘、仲間由紀恵、綾野剛、柄本明、國村隼、 石橋蓮司、佐藤二朗、向井理、光石研、竹中直人、 やべきょうすけ、手塚とおる、永瀬匡、松島花、落合モトキ、石橋けい 他
監督:堤幸彦 原作:東野圭吾「天空の蜂」講談社文庫 主題歌:秦 基博「Q & A」(オーガスタレコード/アリオラジャパン) 脚本:楠野一郎 音楽:リチャード・プリン 配給:松竹
2015年9月12日(土)全国ロードショー人気ベストセラー作家・東野圭吾が1995年に発表し、映像化は絶対不可能といわれた同名小説を「SPEC」「20世紀少年」シリーズを手掛けた堤幸彦監督が映画化。 最新鋭の大型ヘリ「ビックB」が何者かにより乗っ取られ、原子力発電所の真上で静止するという原発テロと事件解決に向けて奔走する人々の8時間を描いた社会派サスペンス。主演は、初共演の江口洋介と本木雅弘。東日本大震災による原発事故を経験した日本において、改めて社会と人間の在り方を問う。
©2015「天空の蜂」製作委員会
くわしくは、『天空の蜂』公式サイトをご覧ください。