夢中になれる子供心が 新しい物を作り出す原動力に
- Vol.133
- トラフ建築設計事務所 代表取締役 / 建築家 鈴野浩一(Koichi Suzuno)氏
小さい物からのアプローチが 思いがけない新しい発想を作り出す
今回のトラフ展のテーマ「インサイド・アウト(=裏返し)」とは、とてもユニークですが、どんな意味があるのですか?
普通「都市計画」というと、大きなことから考えて、最後に小さなモノを考えるというのが通常の流れですよね。だけど、私たちは、逆に小さなモノを考えることから始まり、次第に幅広い範囲へアプローチしていきます。トラフの頭の中をさらけ出し、ヒエラルキーに捉われない私たちのアプローチの方法を、トラフ展を通して表現したかったのです。
なるほど、確かに小さなモノが沢山あって、私も何だか楽しく見ることができました。いつもどのようにして物作りを考えていますか?
「トラフ展」を見ていただいたら、何となく理解していただけるのではないかと思うのですが、まずは身近にある物を「ひとつの物」としてだけでなく、いろいろな視点から見てみるのです。穴があったらのぞいてみたり、触ってみたり、これが建物だったらどんな風景になるのだろうとか、発想の視点をあちこちに広げて、頭から煙が出るほど考えていると、目からウロコの考えがふっと浮かんでくることがあるのです。その新しい発想がプロダクトや建築のヒントに繫がったりするのです。
小さい頃、そんなことしましたよね。
そう。子供の頃は、何でも好奇心に繫がった。大人から見れば馬鹿げていることを夢中でやったりして、楽しかったですよね。物作りも同じだと思います。大人になればなるほど、固定観念や先入観に捉われてしまいがち。知識ももちろん必要ですが、まずは物を作ることを楽しまなければ。やっていて苦にならない楽しさを自分の中に問いかけ続けることが大切だと思います。だから、私たちは時間さえあれば模型をひたすら作っています。形にしてみると、自分の妄想が具体的になり、もっと違う考えが生まれて、また模型を作り直す。これを繰り返していくうちに大きな建築が思いついたりするのです。
机上に縛られないで外に出よう! 物作りのヒントは街中に隠されているんです。
今の若いクリエーターを見てどう思いますか?
学生であれば課題に、若いクリエーターであれば何らかのテーマに対して、がんじがらめになっている人を時おり見かけます。でも、机の前にずっと座っていても行き詰まったら何も出てこない。かと言って、有名な建築物を見に足を運んでみても、すでに完成している物からは真似をすることはできても、新しいアイデアはなかなか生まれません。それより、近所の街をゆっくり歩いてみたり、近くのコンビニに行くまでの壁を触ってみたり……。通り行く人の目線、例えば、大人と小さな子供でも目線は変わります。あらゆる視点から見たり、触ったり、覗いてみたりすると、それがヒントになる。私自身、外に出るとしばしば立ち止まって観察を始めてしまいます。車を運転していても同じ、通りすぎる景色の中でふと目に留まった物に出会うと、運転どころじゃなくなってしまうので、ちょっと危ないな、と思って乗らないようにしています(笑)。
五感がフル活動ですね!
ありきたりな身の周りの中から、美しさや楽しさを見つけ出して、世の中に伝える。そういったささやかなことも、建築という仕事の一部だと思います。「素直なアイデアを素直に形にすること」が建築設計の持つ楽しさではないでしょうか。
ホテルの小さな一室の内装が トラフと自分が進むべき道を明らかにしてくれた
独立してから、トラフを設立するまでの経緯は?
大学院の建築科を卒業し、せっかく建築を6年間も勉強したので、どういう道に進むにせよ、1軒は家を建ててからにしたいと思って、シーラカンス K&Hに4年間勤めました。当時は国立公園の中に建てる建築に携わり、役所の許可を取る為に何度も何度も企画書を作成し、プレゼンを繰り返したものでした。やっと着工の兆しが見えてきたところで、知事が変わり、プロジェクトなくなってしまいました。その後、住宅を1件担当して、会社を辞めて、建築家の知り合いを訪ねてオーストラリアに1年間滞在しました。だんだんお金がなくなってきたので、旅館に住み込みでバイトをしていました。そこのオーナーに、自分の作品のポートフォリオを見せたら、「君はここじゃなくて、建築の仕事をしたほうがいいんじゃない?」と言われ、ハッと我に返りました。
建築を諦めていたんですか?
いえ、そうではないのですが、退職後のリフレッシュを兼ねて、オーストラリアの建築物を見に行くために滞在していたので、その土地で建築の仕事をしようとは考えてなかったものですから、目からウロコな感覚でした。帰国後横浜国大の非常勤講師をしている時に、ホテル クラスカの小さな部屋の内装をしてみないかという誘いを受け、間接的に知り合いだった、独立したての禿君を誘ってみたんです。なぜ彼を誘ったのか……。タイミングだったとは思いますが、心のどこかで気になっていたのかもしれません。
仕事を進めていく上で、お2人の役割分担はありますか?
せっかく2人体制のチームなので、同じ案件を常に2人で関わって進めています。明確な役割分担ではありませんが、どちらかというと私がディレクションし、彼が実現に向けて走りだしていくといった関係性でしょうか。
チャンスをモノにできた理由はなんだと思いますか?
1番最初に2人で手掛けたホテルの客室の内装について、どうやって進めていくかを話しているうちに、ホテルの備品も自分の持ち物も、それぞれの形の穴へパズルのように片付けることができたら「備品さえも主役になれる」という子供が考えるような少々冒険的なアイデアが浮かびました。それが採用され、後にホテルのインテリアが高く評価されると同時にトラフも注目を浴びました。ホテル クラスカは、最寄りの駅からも少し遠く、最初の頃は周囲にほとんど何もありませんでしたが、海外からのゲストも増えて、今では少しずつおしゃれなショップやカフェが増えてきています。小さな内装から始まり、街の様子が変わっていく。これこそ私たちトラフが考える「小さな都市計画」です。
最後にクリエーターへエールをお願い致します。
型にはまらず「素直なアイデアを素直な形にする」気持ちに切り替えてみてください。子供の頃、頭に思い浮かべていた楽しい世界と現実の世界を無理に切り離す必要はないと思います。まずは物作りを楽しむこと。自分が楽しんでいなければ、世の中を驚かすような物は作れません。柔軟な細胞を大切にすることが鍵だと思います。
取材日:2016年11月7日 ライター: 鍋嶋まどか
トラフ建築設計事務所 http://torafu.com/
鈴野浩一(すずの こういち)と禿真哉(かむろ しんや)により2004年に設立。建築の設計をはじめ、インテリア、展覧会の会場構成、プロダクトデザイン、空間インスタレーションやムービー制作への参加など多岐に渡り、建築的な思考をベースに取り組んでいる。主な作品に「テンプレート イン クラスカ」「NIKE 1LOVE」「港北の住宅」「空気の器」「ガリバーテーブル」「Big T」など。「光の織機(Canon Milano Salone 2011)」は、会期中の最も優れた展示としてエリータデザインアワード最優秀賞に選ばれた。2015年「空気の器」が、モントリオール美術館において、永久コレクションに認定。2011年「空気の器の本」、作品集「TORAFU ARCHITECTS 2004-2011 トラフ建築設計事務所のアイデアとプロセス」 (ともに美術出版社)、2012年絵本「トラフの小さな都市計画」 (平凡社)、2016年「トラフ建築設計事務所 インサイド・アウト」(TOTO出版)を刊行。
鈴野浩一(すずの こういち)
1973年:神奈川県生まれ 1996年:東京理科大学工学部建築学科卒業 1998年:横浜国立大学大学院工学部建築学専攻修士課程修了 1998~2001年:シーラカンス K&H 勤務 2002~2003年:Kerstin Thompson Architects(メルボルン)勤務 2004年2月~:株式会社トラフ建築設計事務所共同主宰 2005~2008年:東京理科大学非常勤講師 2008~2012年:昭和女子大学非常勤講師 2010年~2011年:共立女子大学非常勤講師 2010年~:武蔵野美術大学非常勤講師 2012年~:多摩美術大学非常勤講師 2014年~:京都精華大学客員教授 2015年~:立命館大学客員教授 2015年~:グッドデザイン賞 審査委員
会期:2016年10月15日(土)~12月11日(日)11:00~18:00 休館日:月曜・祝日 会場:TOTOギャラリー・間 入場料:無料
くわしくは、TOTOギャラリー・間ページをご覧ください。