“不幸”と呼ばれる人、不器用な人に寄り添い、その美しさを描くのが映画ではないでしょうか
- Vol.135
- 映画監督 降旗康男(Yasuo Furuhata)氏
- Profile
- 1934年、長野県生まれ。57年東京大学文学部仏文学科を卒業後、東映東京撮影所に入社。 66年に『非行少女ヨーコ』で監督デビュー。以降、数々の作品を手がけ、日本アカデミー賞最優秀監督賞、最優秀脚本賞を始め、多くの賞を受賞するなど日本を代表する映画監督。
『鉄道員(ぽっぽや) 』や『ホタル』などを世に送り出してきた降旗康男監督と撮影監督の木村大作氏。ふたりが9年ぶりに再タッグを組んだ新作『追憶』が2017年5月に公開される。『追憶』は、俳優・高倉健さんの遺作となった『あなたへ』(監督:降旗康男)の脚本家である青島武氏と映画「グラスホッパー」の瀧本智行監督の 共同執筆によるオリジナル作品で、幼馴染の少年3人が、大人になってから、ある殺人事件の刑事、容疑者、被害者という異なる立場で再会を果たし、そこから事件の真相や封印された過去と対峙していくというストーリー。
岡田准一を主演に迎えて、小栗旬、柄本佑を中心に、長澤まさみ 、安藤サクラ、吉岡秀隆ら、豪華俳優陣が一堂に会した。『追憶』を撮り終えた降旗監督に、これまでの監督人生について話を聞いた。
映画は偉人 、成功した人を描くものじゃない
日本映画界“黄金のコンビ”とも言われる降旗監督と木村大作さんのタッグは9年ぶり、本作で15作品目にあたります。撮影現場でもあうんの呼吸で、降旗監督の指示は木村さんから出ることも少なくないという話もよく聞きくのですが、強い信頼関係がベースにおありなんですね。
大ちゃんとの信頼関係は自然に築かれました。特にきっかけもなく、流れるように。振り返ってみると、大ちゃんとは、特段、打ち合わせというものをしたことがないんです。それくらい(意思が)通じ合っている。言わなくてもわかるというかね。 最初に仕事をしたのは映画『駅 STATION』でした。撮影前日まで、僕が別の映画の撮影で京都にいたので、北海道でロケハンを終えた大ちゃんが京都まで写真を届けに来てくれて、ホテルのベッドの上で写真を並べながら、いろいろと説明してくれたんです。打ち合わせをしたという記憶は、それくらいですね。 そしてクランクインする前日に僕は京都からそのまま札幌の撮影現場に入って、そこで初めてスタッフにも会って「よろしくお願いします」って。その間は、全部大ちゃんが現場を準備して整えておいてくれたんです。それもほぼ全部、自分が思い描いていたものに近かったですね。
木村さんのインタビュー(クリエイターズ ステーションにて2017年2月22日公開)では「おこがましいが、降旗監督 が撮りたい映画が、自分にはわかる」とおっしゃっていました。
僕は、東映の演出部にいた頃に「次はこの作品を監督しろ」 と会社から言われた作品があったんです。それはある企業の社長の創業を描く企画でした。でも当時は、どうしてもその企画を撮りたくなくてね。その映画を辞退する口実に「大会社の創業者みたいな偉い人を描くのは、僕の作る映画じゃないと思うんです。僕はやっぱり、失敗したとか負けた人とか、そういった人たちを描くのが映画だと思っていて……。」という話をしたことがあったんですね。断るための口実で出た言葉だったけど、その後、改めて考えてみると、あの言葉は自分の心の底から出た本音だったし、自分の映画の本質だなと思いました。映画は、自ら状況や境遇の不運を引き受けてしまう“不幸な人”、自ら幸せや幸運を捨てて行く人たちを描くもの、そこでの人間の人間らしさ、悲しさや美しさを描くのが映画じゃないかと思って、これまで撮り続けてきたと思います。大ちゃんとは、それを一番わかってくれる仲間として、一緒にやってきました。あまり言葉は交わさないですけど、映画の現場では、撮影監督、監督として同じ場所に立っていると思っています。
『追憶』でも、わざわざ困難な道を選んでいく人たち、さらにその美学が描かれていると思いました。そのモチベーションはどこからきているのでしょう。
僕がただただ、そういう行為や生き方に憧れをもって、共感しているのだと思います。 憧れていても、なかなか自分ではそうできないからかもしれませんね。
高倉健が“イケメン俳優”から生まれ変わった瞬間とは
一般的に、そういう人は要領が悪いというか、不器用と言われますよね。ずっと共に映画を撮ってこられた盟友ともいえる名俳優・高倉健さんとも、そこで通じ合うものはありましたか。確か、高倉健さんは生前、「一番大好きな監督は降旗さん」とおっしゃっていました。
高倉健さんも、そうした影の美しさを大事にする方でしたよね。毎年十数本撮っていた頃から、数年に1本の映画を撮る時期まで、長年ずっとお付き合いをさせていただいていたのは、やはりそういう本質的なところで共感できていた部分があるのかもしれませんね。健さんは、出演する映画を決めるにあったっての矜持(きょうじ)があったんです。健さんの言葉で言うと、「脚本のどこか1行に、背筋がぞくっとするようなものがあれば、僕はその1行を頼りに出演を引き受ける」のだと。もちろん出演するかしないかをご自分で決めることが出来たのは役者人生の中盤以降だと思いますが、初期の東映やくざ映画全盛期の頃から、自分にとっての俳優の道を探しているうちにその境地に至ったのではないでしょうか。自分の共感や嗅覚を大切に役を選んできた。だから、健さんはいろんな役を演じられてきましたが、どんな役を演じても、高倉健の中に登場人物がいるのではなく、常に人物の中に高倉健がいましたね。そこが高倉健という俳優の特別なところでした。
確かに俳優でいらっしゃるのに、「不器用な男」という看板はなんだか矛盾していますね。でもその矛盾を説得力ある魅力と役者としての付加価値に変えていた唯一無二の俳優だったと思います。
俳優としては不器用だったのかもしれませんね。その不器用なところを、どうやったら俳優として成立できるかと考えた時に、登場人物のセリフなり、行動なりを、自分のものにしていくということだったのでしょう。脚本を読んで、その登場人物が自分のものにならなければ、出演はしない。そういう俳優としての生き方を自分で定めた時から、高倉健という、“単なる美形のスター”から生まれ変わったんじゃないのかなと思っています。自らが状況や環境の不運を引き受ける。その美しさに燃え尽きてしまう。そんな役がぴったりでしたし、そこに健さんの魅力があったんだと思います。
どんな演出をお付けになったんですか。
芝居に関して相談をされたら、答えることはありましたけど、あまりこちらからあれこれ言った記憶はありません。ロケ地やセットを見て、自分はその中でどうすればいいんだろうとご自身の中で醸造されるタイプの役者でした。頭の回転はとても速くて、僕なんかは追い付けないほどでしたし、かつウィットに富んだ方でした。
健さんの頭の回転の良さを感じたエピソードはありますか?
『ホタル』は、もともと天皇の戦争責任を描きたくて、企画がスタートしました。ただ、テーマがテーマだけに企画は難航しました。そのため、途中でテーマを替えて、「特攻隊と言われている人たちは、本当はどんな人たちだったんだろう?」と特攻隊に焦点を絞った企画に切り替えました。そして、日本によって植民地支配をされた朝鮮半島から特攻隊にならざるをえなかった登場人物をつくりました。その筋書きを健さんに話したところ、健さんはしばらく無言で考え事をしていました。そしてその後「じゃあ、韓国に行ってアリランを歌うことになるんですかね」とぽつりと言ったんです。僕らはまだ筋書きの構想程度しか考えていなかったのに、映画の一番重要な意図を適切に理解してくれただけでなく、「アリランを歌う」というシナリオの具体的な提案までしてくださる頭の回転の速さと柔軟さがありました。ありがたかったですね。
韓国でアリランを歌うシーンは、とても意義深いシーンだったと思います。
企画に対する想いは一致したな、とほっとしました。健さんは、そうやって胸に響くものがあれば、そこに全力を賭けてしまうという感受性の強さと一本気なところがある俳優でした。その姿勢が「不器用な男」と言われた所以だったのでしょう。実際、「アリランを歌う」という提案を自分でしたにも関わらず、撮影前日の晩まで「やっぱり歌わない方がいいでしょうか?」と心配して逡巡されていた面もありました。自分の感受性だけで突き進んでしまうところがあったことは自覚されていたんだと思います。 『鉄道員(ぽっぽや) 』の時も、企画の打ち合わせの際、スタッフに「みなさんは昭和25~26年の恋人が口ずさむ歌というと、どの曲を思い出しますか?」と聞いた時に、健さんが「僕にとってはテネシーワルツですね」とおっしゃって、あのシーンが生まれたんです。でもその時も、後から歌うかどうしようか悩まれていましたね。僕は「もうこれが最後の作品になるかもしれないから、個人的な想い出のある歌を歌ってもいいんじゃない」 と言ったんですが(笑)。
意外なエピソードです。
また『ホタル』の時は、主人公の若い時代をほかの俳優さんにやってもらったのですが、健さんにとってはかなり抵抗があったようです。ご自分で演じたかったのでしょうね。ですから、その若い俳優さんが出るシーンの撮影の時は、自分の出番はなくても、ずっと現場に来ていました。スタッフはみんな「健さんが撮影現場に来ると役者の演技が硬くなっちゃうから来ないでくださいよ」と言っていましたけど、よく差し入れを持って、それを口実に現場に来て、遠くから撮影を眺めていました。
映像も脚本も映画はどこをどう切り取るかにある
本当に一本気な方だったですね。ところで新作の『追憶』では岡田准一さんが主演ですが、岡田さんはどんな役者さんだと思われましたか。
『永遠のゼロ』を観に行った時に、岡田准一さんを観て、いい俳優さんだなと思いました。人間に内在する“陰”を演じきれる、いまの日本映画界では数少ない主演俳優だと思ったので、その“陰”を引き出したいと思って撮りましたね。
生みの苦しみはどこにありましたか。
安藤サクラ演じる女性が物語の中心にいるのですが、岡田准一さんを含め三人の男たちがどうやって出会っていくか、その過去と現在の時間の交錯を通じたふたつの物語が上手くかみ合わなくて、脚本は何度か改稿しましたね。安藤サクラさんは『ケンタとカズとカヨちゃんの国』を観て以来大好きで、一度は一緒に仕事をしたいなと思っていたので実現して嬉しかったですね。
降旗監督はもう半世紀以上も映画を撮られている訳ですが、お辞めになろうと思ったことはありますか。
僕は映画業界に入った頃、一度、辞めようと思ったことがあるんです。当時の映画界は、今でいうブラック企業よりブラックな現場でしたからね。でも、演出部に入って2年目くらいのときに、家城巳代治さんという監督と、宮島義勇というキャメラマンの作品の撮影に入りました。その時に大勢エキストラがいるショットを撮る時に、宮島さんは僕にキャメラを覗かせてくれたんです。その時に「この四角の中が“映画”なんだ」ということを、強烈な体験とともに身をもって理解したんです。一度は辞めようと思った映画業界ですが、その経験から、やっぱりここが僕の居場所だと、映画監督として映画を撮りたいと初めて自覚的に決意したんだと思います。だから、家城巳監督と宮島さんが僕にとってのお師匠さんですね。
「映画は構図」という話は奥深いですね。物事や景色のどこに焦点を当ててどう切り取るかによって、見える景色も物語も全然変わってしまいますよね。
そういうことですね。脚本も映像も、どこをどう切り取るかだと思います。
ちなみに木村大作さんに「映画に大切なことって何だと思いますか」とお尋ねしたら、「やっぱり、“見る”ということだよ。よーく物事を見るということだ」とおっしゃっていたのですが、いまのお話とつながるでしょうか。
そうですね。やっぱりひとりの方を撮っていても、反対側の人の顔も想像できる、そんな構図をつくれたらとずっと思って撮ってきました。なかなか難しいことですけれども。
最後にクリエイターに一言アドバイスをお願いします。
いま映画の配信媒体数はとても広がりました。劇場だけではなくて、テレビスクリーンだったり、スマートフォンだったり。新しい媒体に関しては、みんな初心者です。ですから、若くても、年齢を重ねていようとも、みんな同じスタートラインに一斉に並んでいると思いますね。もうお手本なんて関係なくて、それぞれの媒体の中で、媒体に則したものを作っていく。それが大事なんじゃないですかね。だから、自分が偉そうに言えることは、何もないと思っています。でも僕なんかの趣味で言わせると、劇場で知らない人たちと一緒に同じ映画を観ること、隣の人の息遣いを感じながら観る映画体験は、やっぱり特別なものだと思っています。映像を見るスタイルはさまざまですが、そういう見方が一番だなあと思いますね。そこは年老いた人間のこだわりかもしれませんけども。
また、木村大作さんとコンビを組む事はありますか?
そうですね、また大ちゃんとタッグを組んで撮るかもしれませんね。
取材日: 2016年10月25日 ライター: 河本洋燈
降旗康男(ふるはた やすお)
1934年、長野県生まれ。57年東京大学文学部仏文学科を卒業後、東映東京撮影所に入社。 66年に『非行少女ヨーコ』で監督デビュー。以降、『新・網走番外地』シリーズ、『冬の華』(78)、『駅 STATION』(81)、『居酒屋兆治』(83)、『あ・うん』(89)、『鉄道員 ぽっぽや』(99)、『ホタル」(01)、『単騎、千里を走る。』(06)、『あなたへ』(12)、『少年H』など数々の作品を手がけ、日本アカデミー賞最優秀監督賞、最優秀脚本賞を始め、多くの賞を受賞するなど日本を代表する映画監督。
『追憶』
岡田准一、小栗旬、柄本佑、長澤まさみ、木村文乃、安藤サクラ、吉岡秀隆
監督:降旗康男 脚本:青島武 瀧本智行 撮影:木村大作 制作プロダクション:東宝映画、ディグ & フェローズ 配給:東宝 2017©映画「追憶」製作委員会 2017年5月6日(土)ロードショー!
日本映画界の伝説と豪華俳優陣が奏でるヒューマンサスペンス
『駅 STATION』『夜叉』『あ・うん』『鉄道員』といった数々の名作を世に送り出してきた監督・降旗康男とキャメラマン・木村大作の黄金コンビ。名匠二人が9年ぶりにタッグを組んで挑むのが本作『追憶』。 一つの殺人事件をきっかけに刑事、被害者、容疑者という形で25年ぶりに再会を果たした幼なじみの3人。それぞれが家庭をもち、歩んできた人生が、再び交錯し、運命の歯車を回し始める。主演は全世代から幅広い人気を誇る国民的俳優の岡田准一。共演には小栗旬、柄本佑、長澤まさみ、木村文乃、安藤サクラ、吉岡秀隆といった豪華俳優陣が集結した。風情豊かな北陸の地を舞台に、珠玉の日本映画が生まれる。
詳しくは、『追憶』公式サイトをご覧ください。