“悪人”が出てこないのに、共感できて、おもしろいのは『イタキス』の原作の面白さがグローバル仕様だからです。

Vol.137
映画監督・音楽プロデューサー 溝口稔(Minoru Mizoguchi)氏
Profile
北海道札幌市出身。映画監督/音楽プロデューサー。Victor Entertainment/BMG/EMI MUSIC、映像制作会社を経て(株)エムズプランニング設立。『イタズラなKiss THE MOVIE』をシリーズで監督、脚本。
落ちこぼれの女子高生・相原琴子が片思いするクールなイケメンの天才・入江直樹との紆余曲折な恋模様を描き、約30年に渡り、“恋愛のバイブル"として、日本だけでなくアジア各国でも愛されてきた漫画家・多田かおるの人気コミック『イタズラなKiss(以下、イタキス)』。昨年(2016年)、遂に映画化に至った背景には、生前の多田かおるさんと親交があり、作品世界を深く理解している溝口稔監督という存在があったからこそ。シリーズ3本のメガホンを取った溝口監督に話を聞きました。

3つのキスを中心に3本立ての映画を企画

溝口監督は、多田かおる先生の作品を包括的にプロデュースされていますよね。

そうですね。電子コミックスの著作権管理にも携わっていますし、『イタキス』だけじゃなく、多田先生の作品にいろいろな形でご協力させていただいており、自分のライフワークのようになってきました。今回の映画化もその流れの延長で、脚本を書き、監督もしました。

最近の映画は、前編後編と2本に分ける傾向はありますが、今回は3本立てにした意図は?

非常に長く続いている作品ですし、エンディングに至るプロセスが面白いのに、映画化した時に、<2時間もの>にしたら、その面白いプロセスを全部そぎ落として、シリーズのダイジェスト版になってしまうと思ったんですね。少女漫画の王道と言えば、<結婚=ゴールイン>のエンディングです。『イタキス』の場合は、そこまでに大きく三つの山場があります。高校卒業式のキス、大学生の清里でのキス、そしてプロポーズのキス。これを1本ずつの映画で分けられないかと思って、脚本に起こしてみたら、上手くハマったんですね。すぐに3本立ての方向性が決定しました。

男性から見た面白さはどのあたりにありますか?

『イタキス』って、男女関係なくツボがあると思うんですよね。いろいろな男性にも聞きましたし、僕自身もそうですけれども、琴子のドジで一生懸命なところが笑ってしまうし、すごく共感できる部分でもあります。スポーツに打ち込む人に共感できる人は、琴子のパワーや、恋に一途に頑張る姿にも共感できると思うんです。

ドラマに必要な悪役なしでも 世界共通の魅力を持つ原作の力

入江直樹役の佐藤寛太(さとうかんた)さんは、映画は未経験でありながら、監督が「君は完璧だ」と抜擢されたとか。

第一印象の目力がよかったですね。入江直樹って、目でものを語る男で、セリフはそう多くない。だから目が印象的な俳優でなければダメだと思いました。これが舞台なら、目を5ミリ動かしただけではさっぱり分からないし、ドラマでもテレビ画面のサイズって限度がありますよね。でも、映画の場合は5ミリ動かしただけでも、表情が微細にわかってしまう。佐藤寛太さんは、微妙な目の動きだけでものを語れる男だなと思ったんですね。もちろんビジュアル的にも直樹っぽいというのはあったんですけど、それ以上に目で何かを語る様がすごく印象に残りました。撮影前に「目でものを語る役というのは、大ベテランの役者さんでも非常に難しいけれども、入江直樹というのはそれぐらいの存在だよ。頑張ってね。」と話しました。

監督の仕事も大変そうですね。苦心された点はありますか?

『イタキス』って不良が出てこないし、大人も子ども悪いヤツがいません。少女マンガというカテゴリの王道的なパターンは、恋のライバルが登場して足を引っ張る、あるいは罠をかける、「あの子悪い子だよ」みたいな噂を流したりするという行為が展開されていくのですけれども、『イタキス』には“いい人"しか出てこない。かといって、昔の昭和時代の青春ドラマのように、「みんな頑張ろう」とか、「頑張ってね、応援するからね」という全体主義でもない。とても現代的な人間関係でありながら、悪いヤツが出てこないんです。そういう話は、ドラマづくり、映画づくりにおいてはとても難しいんです。

「いい人」しか出てこない映画って、人間が奥行きをもって描けていなかったり、物語も単調になりがちですよね。

そうなんです。恋愛ものに限らず、アクションでも何のジャンルでも、登場人物が病気になったり事件が起きたりすることでストーリーに起伏ができて、「次はどうなるんだ?!」というハラハラ感が出るんですけど、『イタキス』の場合は、原作からしてそれがないんですよ。悪い事件が起きるわけでもないし、悪人もいないから、映画としてどうやって起伏をつけるかというと、なかなか難しいところがありましたね。そこはテンポ感を意識しました。 だけど、あんなに長くみんなに受け入れられているというのは、これはもう原作の力でしかないですよね。本当に一種独特です。男女関係なく楽しめるというのは、そういうところに秘められてるんじゃないかなと思います。女性にしか理解できないような裏切りや嫉妬というものがないんですよ。だから、男性には理解できない部分もあまりないし、男女を乗り越えて、性の垣根というかジェンダー関係なしに「面白いじゃない」っていう(笑)。

ユニバーサルなんですね! つまり今回溝口監督は、日本だけではなく海外にも、そして老若男女にも通じる普遍性を持った作品をユニバーサルに届く映像に仕上げるというミッションがあったということだと思いますが、工夫された部分はありますか?

『イタキス』の軸といえば、いつの時代も変わらない男女の恋愛群像です。それは、源氏物語からずっと変わらない普遍的なもの。そのため、現代に限ったツール、例えば、スマホは絶対に登場させないと決めました。ですから、エキストラの人たちにも「撮影中はスマホは使用しないでください」とお願いしたくらいです。

たしかに、最近のドラマや映画ではスマホの画面が登場することもあるのに、一度もスマホは出てきませんでしたね。

年齢が上の世代になると、スマホが出てきただけで「自分たちとは関係のない世代の話」だと思ってしまうことがあると思うんですよ。実際に『イタキス』の原作が描かれた80年代はまだスマホがない時代でしたし、その頃に青春時代を過ごした世代にも届く物語にしたかったんです。

すぐに直感で決めた 琴子と入江役

そのピュアさはヒロイン・琴子役に反映されている気がしました。琴子役を演じた主演の美沙玲奈さんに関してはいかがでしょうか。

最初にプロフィール写真を見たんですけれども、それがすごくいい笑顔だったんですよ。「これは琴子ちゃんの笑顔だ」って思いました。
原作を読まれた方は分かると思うんですが、琴子って、もとは綺麗だけど、何かを頑張ってる時に、一所懸命すぎて“ブサカワ"になっちゃう子。美沙玲奈さんのプロフィールで最初に見た笑顔が、琴子のようなキュートで明るい笑顔で、黙っている時のプロフィール写真を見たらすごく美人なんです。実際に最初に会った時、「はじめまして」と言ってニコッと笑った笑顔が、「すごく琴子っぽいな」と思いました。入江役の佐藤さんと並ぶと、身長差もぴったり。二人ともオーディションで公募の方をたくさん見て決めたと言うより、会ってみてすぐビンゴでした。

入江直樹のお父さん役の石塚英彦さんの起用もびっくりしました。

石塚さんの場合は、存在そのものですよね。さっき、入江直樹は目でものを語ると言いましたけれども、石塚さんの場合は、顔の表情で全部を語れるじゃないですか。セリフでどうのこうの表現するよりも、顔で全部表現できてしまうっていう。

琴子のお父さん役の陣内さんもハマり役でしたよね。

陣内さんもハマり役でしたね。陣内さんは、『イタキス』的ですよね。琴子のパパはすごく職人気質で、ちょっと堅物っぽいんだけど、どこか抜けてるところがあって。陣内さんって、ロッカーとしてすごくかっこいいんだけど、三の線の演技もなさる方ですし、全然嫌味なくそれをやる方ですから、もうぴったりでしたね。

漫画家・多田かおるは 「奥ゆかしい女性」

ところで溝口監督は、生前の多田先生をご存知なんですよね。多田先生は、どんな方でしたか。

僕は、多田先生のご主人で音楽プロデューサーの西川茂さんと親しくさせていただいていることから、多田さんとも親交がありました。多田さんは、旦那さんである西川さんの後ろを三歩下がって歩く古風な方でした。それは多田さんの奥ゆかしい性格だけでなく、西川さんがもともとミュージシャンであったため、例えば、二人で買い物に出かけた時に、買い物袋を持って歩く西川さんの姿をもしファンが見たら、とてもがっかりするだろうという気づかいでもあったと思います。ミュージシャンという仕事は夢を売っている商売だから、ファンの夢を壊さないためにも一緒に並んで歩かないというポリシーがあったようです。「三歩下がって」というのは言葉のアヤで、本当は三メートルぐらい下がって歩いていました。なので、映画のパート1の中に、直樹が、琴子に「外では三歩、いや三メートル下がって歩け」というセリフを入れたんです。元ネタは、多田かおる先生のご夫婦の関係。旦那さんである西川さんのことを気づかうとても素敵な女性でした。

ご主人のマネージャー的な存在でもあったのでしょうか。

マネージャーというか、ファンだったんじゃないでしょうか。もともとお二人の出会いは多田さんの作品『愛してナイト』がきっかけでした。そのころ多田さんは大阪にお住まいで、『愛してナイト』の取材で、大阪でバンド活動をしていたご主人と出会いました。「PRESENCE(プレゼンス)」というバンドでメジャーデビューもして、当時はかなり人気がありました。

琴子と入江の成長物語は 恋愛×スポ根×青春物語

まるで少女マンガみたいな出会いですね。ところで、映画のパート2にも原作にはなかったエピソードが盛り込まれていると聞きました。

琴子が須藤先輩と夜中に入江を尾行するシーンです。原作では琴子が一人だけで、直樹、松本姉にくっついて松本宅まで行くのですが、多田先生のプロットでは、「須藤先輩と一緒に見に行った」と書いてあったんですよ。その多田先生の最初のアイデアを活かして映像化したんです。

よく原作がドラマ化や映画化されたときに、原作とは違うエピソードや描写になることが少なくありませんが、今回は原作にどれだけ忠実に映像化できるかが僕の挑戦でもあり、多田先生がマンガにしなかった部分をどう盛り込んでいけるかというチャレンジでもありました。

『イタキス』は入江君に一目惚れした琴子が、何とか憧れの入江君に近づこう、好きになってもらおうと、勉強に運動に頑張って成長していく物語ですが、実はそんな琴子に影響を受けて入江君も成長していくんですよね。

最初の出会いから考えると、直樹ってすごく喜怒哀楽の表現が激しくなっていくんですけど、それって琴子のおかげなんですよね。『イタキス』が一本の映画の尺の中で描ききれないというのはそういうところで、最初は能面みたいな顔だった男が、あんなに喜怒哀楽の激しい男になったの? というのは、それなりに琴子のおかげというヒストリーもあるんですね。成長物語です。

そういう意味では、理想の相手に「少しでも近づきたい」と自分自身を高めて成長していくという点は、とても硬派な恋愛関係ですよね。そのストイックさは「スポ根マンガ」とすら言えるのではないでしょうか。

やっぱり『イタキス』が男女を超えて受け入れられているのはその点で、琴子って打算がなく「一所懸命に頑張れば、夢が叶う」と信じている子なんですよね。そういう意味では「スポ根」かもしれません。直樹の助けもあるけど、一所懸命頑張れば、国家試験に受かるんだとか、恋愛も成就するとか、その前向きでまっすぐな姿勢が受けているんですよね。

最高のクライマックスを迎える 映画「プロポーズ編」

監督は『イタキス』の一番の理解者ですね。

僕の場合は、作者と親交があったので、作者の意図や製作裏をよく分かっているということが大きいと思います。それは別に自慢とかではなく、原作に描かれているエピソードができ上がった経緯を知ることができたので、ドラマ化、映画化をするにあたって、作者が意図していた方向性が見えてくるということだと思います。これはどの漫画原作の映画化もそうだと思いますが、小説であれ、マンガであれ、作者はどういう意図でこの原作を作ったのか、その本質を理解することが映像化する上で必要だと思うんですね。その意図さえしっかり把握していれば、映像表現として原作とは違うセリフ、行動があっても、原作の世界観を描いていけると思います。上っ面だけ原作と同じエピソードにしても、もっと深い意図は映像表現としては出てこないし、逆に壊しすぎてしまうと、原作とは全然違う世界観の別作品が出来上がります。日本文学では“行間を読め"と言われますが、ここに書いてあることの意図は何か、作者は何を訴えたかったのかを理解して、形のない行間を脚本に起こして映像という具体的なものにするべきなんです。

映画は多田かおる先生へのトリビュート的な要素もあるんですね。

そうかもしれません。それから、多田先生は、ずっと関西にいたこともあって、吉本新喜劇が大好きでした。多田先生の作品ってみんなひねっていないベタな直球系の笑いが多いですよね。海外の映画、テレビ関係の方と話をしていると、『イタキス』の原作を読まれている方も多くて、感想を聞くと、みんな「ギャグが面白い」って言うんです。言葉や文化が違っても、キャラクターの動きや表情でオチがある、ああいうところは、どこの国の人が見ても面白いようです。

次はとうとうパート3の「プロポーズ編」ですね。クライマックスである雨の中でのプロポーズのシーンへのこだわりはありましたか?

やっぱり一番こだわりましたね。雨粒から水たまりに映えるライティングにまでこだわりました。シチュエーションが決まっているシーンで、どれだけオリジナリティのある映像を撮れるかが勝負どころですよね。映画のいいところは、奥行きをもたせた映像が作れるところです。あくまでもフォーカスはキスをしている二人に置きますが、その二人を彩るために、ロマンチックな人肌のある雨を降らせて、遠くの景色にどうボカシを入れるか、照明の配置であったり、水たまりに映る照明の色や反射など、何層ものグラデーションをつくって二人の周囲を作り込む。そういうところにこだわりました。

では最後にクリエーターに向けてエールをお願いします。

エールなんておこがましいことを言える立場じゃありません。いい作品を作るには、監督の頭の中を具現化するだけではなくて、プロデューサーも含めたチームワークのすべてだと思います。限られた予算の中で、いいものを作るためには、いい作品を観客に見てもらうためには、それぞれの持ち場でメンバー全員が力を発揮する必要があります。監督はクリエイティブ魂を燃やし、プロデューサーはお金や人間の手配をする、役者は再現できないようないい芝居をする、それぞれの持ち場の人たちが100%のエネルギーで、それ以上の仕事をすることで、ひとつのいい映画、作品ができると思います。

取材日: 2017年2月15日 ライター: 河本洋燈

溝口 稔(みのぐち みのる)

北海道札幌市出身。映画監督/音楽プロデューサー。音楽業界にて、ディレクターとしてミリオンヒット作を含む様々なアーティストを手掛けるかたわら、企画制作や海外販売などで映像ビジネスに携わる。音楽・映像の両方でプロデューサーとしてマルチに活動しながら、多田かおる先生の夫である、西川茂氏と多田先生の生前から親交を深め、作品ネタとなるエピソードを間近で見聞してきた。また、2008年には「イタズラなKiss」未完部分のアニメ化を企画し映像化。それ以来「イタズラなKiss」関連作品の全てにおいて、企画または脚本監修、脚本家として参加している。そうした長年関わってきた作品への愛情が募り、また西川茂氏からの監督要請という依頼も重なり、本作の映画化における初監督を務めることになった。

『イタズラなKiss THE MOVIE』

原作:多田かおる
監督・脚本:溝口 稔
出演:佐藤寛太(劇団EXILE)、美沙玲奈、山口乃々華(E-girls)、大倉士門、灯敦生、石塚英彦、陣内孝則

 

累計発行部数3500万部、“永遠の乙女のバイブル”として日本のみならず世界中で愛され続けている漫画「イタズラなKiss」初の実写映画化シリーズ。ドジでおバカなポジティブガール・相原琴子(美沙玲奈)は想いを寄せるIQ200の天才イケメン・入江直樹(佐藤寛太)とひょんなことから同居生活を送ることに。入江に冷たくされてばかりの琴子だったが、それでも“入江くん熱”は高まるばかり。すると、次第に入江にも少しづつ変化が……?果たしてトラブル続きの二人の恋の行方は!?

 

「イタズラなKiss THE MOVIE~ハイスクール編~」 3月14日(火) DVD発売【¥3,800(税抜)】&レンタル開始
特設ページ: http://gaga.ne.jp/dvd/itakiss-movie/

「イタズラなKiss THE MOVIE~キャンパス編~」 3月28日(火) DVD先行レンタル開始/4月28日(金) DVD発売【¥3,800(税抜)】
特設ページ: http://gaga.ne.jp/dvd/itakiss-movie2/

 

映画公式HP: http://itakiss-movie.com/

 

発売・販売元:ギャガ © 「イタズラなKiss THE MOVIE」製作委員会 © 多田かおる/ミナトプロ・エムズ

 

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