気持ちと体を動かすのがコピーライターの仕事。人を動かす“やじるし”を作っていきたい
- Vol.142
- 株式会社博報堂 総合プラニング局 クリエイティブディレクター / コピーライター 尾形真理子
- Profile
- 1978年生まれ、東京都出身。2001年博報堂入社。クリエイティブディレクター / コピーライター。LUMINE、資生堂、キリンビールなどの広告を手掛ける。
“ビジネスマン”としてのライターになろうと考えたとき、生活の中に言葉を置くコピーライターに惹かれた
コピーライターを目指そうと思ったきっかけは何だったのでしょうか?
学生時代から、話すより書く方がラクというか性に合っていると思っていたので、“ライター”と名のつく仕事に就きたいと漠然と考えていました。とはいえ、ライターと名のつくものは他にもあって……。雑誌のライターや新聞などの報道記者などジャンルにはこだわっていませんでしたが、あくまでも“ビジネスマン”としてのライターを考えていました。本を読むのはすごく好きな学生だったんですけど、作家という職業は考えたこともなかったですね。
数ある職業のライターの中からコピーライターを選んだのはなぜでしょうか?
私が就職を意識し始めたのは2000年ごろなんですが、あのころはまだ大きな広告キャンペーンが打たれたり、広告の企画や制作に特化した会社が設立されたりと広告業界が華やかな時代でした。そんな中、コピーライターという職業があることを知り、ライターの中でも特にコピーライターという職種に興味を持ちました。実は最近、この質問をよくされるので、なぜ惹かれたのか、ちょっと考えてみたんです。それで思ったのは、「タダで見られること」なんじゃないか?と。新聞や雑誌は購入して読むものですが、広告のコピーはタダで見られます。そこが「オトクだ」と感じたんです。特にそう思ったのは、JR東海の『そうだ京都、行こう。』の広告。あれには本当にびっくりしました。京都の神社仏閣のベストシーズンや通常は拝観できない場所が、生活の中に突如あらわれた。私たちが普通に⽣活していたら⾒ることができない満開の桜や紅葉の盛りなど、そのお寺が⼀番美しいと思われる場⾯を撮影して⾒せてくれる、それをなんと“タダ”で……。そこに書かれている言葉も素晴らしかった。学生だったわたしが⾒ても、ものすごくお⾦をかけて作られているのが分かったんですよ。ありがたいという気持ちでいっぱいになりました。
コピーだけでなく写真や映像を含め魅了されたJR東海の広告。逆にコピーとして記憶に残っている広告ってありますか?
2000年のドリームジャンボ宝くじの広告の「1億使っても、まだ2億。」は印象的ですね。正直、“3億が当たる”と言われても大金すぎてピンとこず、宝くじを買おうとまでは思いませんでした。ただ、このコピーを見て、あれこれして1億円使ってしまってもまだその倍もあるんだ、と“3億円”という金額が急にリアルに感じられて、宝くじが当たる人がうらやましくなり欲しくなりました。お金という一定の価値に対しても、表現方法次第で受け取る側の価値観を一気に変えてしまう……。言葉の力って面白いなと感じました。
再プレゼンになったときは、考える時間ができてラッキーと思えるように。“人のせいにしない”のが一番大事
コピーライターになりたくても、博報堂に入社されてすぐにプロのコピーライターになれるわけでないですよね。
名刺をもらったところで⾃⼰申告みたいなものですからね(笑)。お医者さんのように技術を学んで資格を取ってこの職に就いているわけではなく、ただの会社内での配属なんですよ。しかも私、スロースターターで技術を学ぶのに時間がかかったタイプなんです。弊社は、新⼈はトレーナーと呼ばれるコピーライターの先輩に3年半ほどついて広告のイロハを学んでいくんです。最初は⾒よう⾒まねで成長のペースは人それぞれですが、まずは広告制作に対する姿勢みたいなものをすごく教わりました。
広告に対する姿勢というのはどのようなことですか?
⼀度提案したのに、得意先から「もう⼀度練り直して、プレゼンしてください」と⾔われたら、普通は「え〜」ってなると思うんですが、その先輩は「もっと考える時間ができて逆にラッキー」と考える⼈でした。そういうスタンスってすごく⼤事で。貪欲さというか、欲の強さこそ才能とも言える。当時の私は、良いコピーを書いてみたいという気持ちはありましたが、良いコピーが何なのかも分からず、プレゼンに通ればいいという気持ちで、ぼんやりしたところもあったのだと思います。さすがに今は、プレゼンは過程であって目指すべき目的があるということが分かってきたと思いますが(笑)。可能性を追い求めて、常に考えていることが⼤事なんです。
とはいえ、たくさん仕事をしていたら悔しいことや挫折するときもあると思いますが。
プレゼンが通らなかったり競合で負けると、悔しいし、⼀緒に考えたスタッフに⼟下座をしたくなるほど落ち込みます。これは仕事をしていたら誰にでも起きることなので避けられないことですが、こういう時こそすぐ気持ちを切り替えて新しい可能性を⾒つけていくことが挫折しないコツだと思います。そして、そのように気持ちを切り替えるときに⼤事なのは“⼈のせいにしないこと”。⾊んな事情の中でやっている仕事なので、悪い結果になった理由を⼈のせいにすることは簡単。ただ、そんなことをしていても意味はなく、「その視点に気づけなかった⾃分が⽢かった」「伝わりづらかったのなら説明の仕方が乱暴だった」など、どんなことでもいいですが“失敗の原因は⾃分の中にある”と思うことが、この状況から脱出する⼀番の近道なのです。⾃分の中の原因を⾒つけて、そこを反省して次の仕事に向かっていく、なんか言葉にすると恥ずかしいですが、それがこの仕事を続けていくコツだと思います。
誰もが理解できて、見る人に気持ちと体を動かす“やじるし”を持たせれば、それは良いコピー
そもそも良いコピーって何なんでしょうか?
当たり前ですが、“機能する”ということが広告のコピーです。“機能する”とは何か?というと、「この商品を買いたい」とか「このブランドが気になる」など、気持ちの動きというか、気持ちと体を動かすきっかけになることだと思います。私はそれを“やじるし”と呼んでいるんですが、そういうベクトルのある言葉やそれをなし得るものになっているコピーが良いコピーなんだと思います。広告は無視されて当たり前のモノですが、“無風”じゃ広告を打つ意味がいない。その中で、どうやって無視をされずに印象に残し、“やじるし”を持ってもらうかを考える……。なかなかタフな仕事です。
広告のコピーと言えば、奇をてらった新語や造語などを用いて惹きつけるなどの手法もありますが、尾形さんのコピーはストレートな印象を受けます。
実は私、「ひとりよがり」ということはすごく罪だと思っていて。ドリームジャンボの「1億使っても、まだ2億。」もそうですが、シンプルで強いものが印象に残るんですよ。広告を目にする時間ってあっという間で。その短い時間の中で印象に残すためには、簡単だったり、単純におもしろかったり、美しかったりするものであることのほうが良いのではないかと考えています。⾒る⼈に負担をかけずにすぐに良さが伝わる、というのが広告の魅⼒ではないでしょうか。
尾形さんの代表作のひとつであるLUMINEの広告。「自分に夢中になれないと、誰かを真っすぐ愛せない。」など女性の心を掴んだ作品が数多いですが、これも“やじるし”を意識したから生まれたんでしょうか?
LUMINEは、コピーのひとつではなくシリーズ⾃体で“やじるし”になるように意識しています。LUMINEに⼊っているショップは他にも路⾯店があったり、ネット販売を行っているところも多いです。どこでもモノが買える時代に、わざわざLUMINEの中にある店舗に⾜を運んでもらう、ということが⼤事です。「◯◯で買い物したい」ではなく、「LUMINEの◯◯で買い物したい」と思ってもらうためには、LUMINEが枕詞につけてもらえるようにしないと意味がなく……。では、利⽤する⼥性たちにLUMINEとして、どのようにコミュニケーションを持てばいいのかを考えた結果、あのようなコピーになりました。気持ちを動かして共感してもらい、体を動かして⾜を運んでもらう、いわゆる“やじるし”を意識した結果ですね。
たまには傷ついたりすることもあるけど、“人を知る”ことが良いコピーを作るのに一番必要なこと
この仕事をするにあたり、日常生活で何か大切にしていることはありますか?
人を知るということです。自分が考えていることとは反対の考えを持っている人のことを無視するのではなく、その人は何でそう思うのか?を考えたりします。正直、⾃分が知らない感覚だったりネガティブに感じることもあるんですが、⾯倒くさがらずに向き合ってみる。好奇⼼旺盛というのもあるんですが、どこに違和感があるのか知りたい性格なんですよ。で、⼀⼈で勝手に傷ついたりして(笑)。ただ、コピーを書くときに他者の目を意識できているかというのはすごく⼤事だと思います。
自分のコピーも俯瞰して見たりするんですか?
もちろんです。LUMINEの1本のコピーにだって⾊んな意⾒があって。そんな⾊んな感情がある中で、どのあたりに着地点を置いて“やじるし”でつなげればいいのかをいつも考えています。本当にそれでいいの?と⾃分でジャッジするためにも、誰よりも⾃分で書いたコピーをディスっていますよ(笑)。こんな風に嫌悪感を⽰す⼈もいる、こう共感する⼈もいる、などのセンサーがないと、そのコピーはひとりよがりの物になってしまう気がして。そのためにも人を知ろうと思っているんだと思います。もちろん知りきることはできませんが……。自分の持っているものでよしと思わない、今持っている感覚だけで仕事をしないようにしています。私のやっている仕事が、ファッションやビューティなどパーソナルを扱ったものが多いので、作家性が強いと思われがちですが、広告は公共性のあるものだと意識しています。100万人が良いと思う広告って、広告を見て良いと思った人が100万人いたということでしかないんです。つまり、1人1人と向き合っていくことが自ずと社会と向き合っていくことになるんだ、と思いますね。
言葉は決して万能じゃない。言語化できないものをそれに近い言葉で補って伝えていく作業がコピーライター
コピーを考えるとき、鉛筆を使うと聞いたのですが。
パソコンで打ち込むとなんかキレイにまとまっている風に⾒えてしまうので、考えるときは⼿書きですね。とはいえ、考えているときは文字だけではなく図形や線などを書いたりしていて……。言葉だけを考えているわけではなく、“こういう感じ”というものを形にしているところがあります。何かを考えているとき頭の中ってぐちゃぐちゃで、パソコンで表せるほどキレイに整理されていないんですよ。だからコピーを考えているときの紙は、そんな頭の中に近い状態になっています。
気持ちを表すのは言葉だと難しいってことですか?
⾔葉って決して万能じゃないんですよ。「エモい」とか「シュっとしている」なんて⾔葉は、実際の雰囲気はよく分からないですし……。私はそのような⾔語化できないモノに対して、そのモノが持つイメージの輪郭線を際⽴たせてそれに近い⾔葉で補って伝えていく、という作業をしているのだと思います。もしかしたら、私は⾔語からコピーを考えていないのかもしれませんね。たとえば、頑丈で操作性がスムースな携帯電話があったとしても、そのコピーは「頑丈」と「スムース」とはならないんですよ。意味としては理解できても、そのまま言えば優位性を感じてもらえるかはわからない。情報はニュースリリースを読めば分かることで、気持ちを動かす“価値”を伝えることがコピーだと思います。広告って⼝説き⽂句なので。どうしたら⼝説けるかな?これじゃフラれちゃうかな?なんてことを⽇々考えていますね。
コピーライターになって大変なことも多いと思いますが、よかったと思うのはどういうときですか?
単純に⾯⽩い仕事だと思います。これでいいというゴールがないので、いつまでたってもコピーが下⼿だと悩みますし、全然ラクにならないんですよ。それを嫌だと感じるときもあるんですが、逆に満足してしまっても⾯⽩くないな、と。いつになっても捕まらない何かを追っかけている楽しさがあります。LUMINEなどは、コンセプトメインキングはそんなに変えずに⻑年やっているので飽きるかと⾔えば、そうでなくて。⼥性の⼼の様⼦やファッションとの関係性は答えがなく、時代と共に変わっていくんです。そんな常に変化していくものを追っかけることができる⾯⽩い仕事だと思います。何かを作るという仕事は、わたしにとっては社会との接点を持つことで、そこからいろんな効果や意⾒が⽣まれてくる。⼤変なことも多いですが、非常に楽しい仕事です。
取材日:2017年6月21日 ライター:玉置晴子
尾形真理子(株式会社博報堂 総合プラニング局 クリエイティブディレクター / コピーライター)
1978年生まれ、東京都出身。2001年博報堂入社。クリエイティブディレクター / コピーライター。LUMINE、資生堂、キリンビールなどの広告を手掛ける。朝日広告賞グランプリなど受賞多数。2010年、短編小説集「試着室で思い出したら、本気の恋だと思う。」(幻冬社)を発売。