• サイトトップ
  • インタビュー
  • あの人に会いたい!
  • 第71回カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞! 年金不正受給、「母はいつ母になるのか?」、万引きで生計を立てる家族……。自分の中に溜まっていたものを一度溶かして描き下ろした、映画『万引き家族』について語る。

第71回カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞! 年金不正受給、「母はいつ母になるのか?」、万引きで生計を立てる家族……。自分の中に溜まっていたものを一度溶かして描き下ろした、映画『万引き家族』について語る。

Vol.151
映画監督・テレビディレクター 是枝裕和(Hirokazu Kore-eda)氏
Profile
1962年、東京生まれ。早稲田大学卒業後、映像制作プロダクション「テレビマンユニオン」に参加。主にドキュメンタリー番組の演出を手がける。95年、『幻の光』で映画監督デビュー。
1988年に発生した「巣鴨子ども置き去り事件」をモチーフに、社会から取り残された子どもたちの生命力あふれる姿を描いた『誰も知らない』。「子どもの取り違え」をテーマに、「親子の関係性を築くのは時間か? 血か?」という問いを投げかけた『そして父になる』。そのときどきに惹かれる題材をオリジナル脚本に落とし込み、新しいホームドラマに挑戦し続けてきた是枝裕和監督が今回新たに撮ったのは、犯罪を生業に都会の片隅で暮らす一組の家族だ。最新作『万引き家族』についてひもときつつ、20年以上映画をつくり続けて感じたことなどを聞いた。

新しい役者と組むことで広がる映画の可能性

本作は2016年ごろ、親の死亡を隠して年金を不正に受給していた家族の事件から着想を得たそうですね。

きっかけはそうですが、他のさまざまな気になることも複合的に絡み合っているんです。例えば『そして父になる』を撮ったころは、「女性は子を産んだら自然と母親になる」という実感がありました。その後、さまざまな本や実際の話に触れ、「女性も男性と同じように、産んだからといって母である実感を必ずしも持つわけではない。持つべきだという考えは、ある種の抑圧になる可能性がある」ということがわかってきた。それで「子は産まないけれど母になろうとする」という話を撮ろうと思いました。それとは別に「家族の万引き」という題材もあって、自分の中に溜まっていたものを一度溶かして描き下ろしたという感じです。

完成披露試写会の挨拶で「今回は肉体をきちんと撮ろうと思った」と発言されましたが、実際に夫婦の性愛のシーンがとても印象深かったです。

直接的な性描写はこれまで避けていたので(笑)、今回は挑戦しようと思って。リリー(・フランキー)さんと(安藤)サクラさんのラブシーンや松岡(茉優)さんのアルバイトのシーンは、実際に撮ってみて、役者の覚悟あってのものだなと感じました。また、(樹木)希林さんが自分を捨てた夫の実家に行って元夫とよく似た息子の手を握ったり顔を見つめたりする表情にも、性愛が漂っていると思います。それは意識的に希林さんがやっているのですが。

安藤サクラさんや松岡茉優さんなど初めて組む役者を迎えて、あらためて感じたことはありますか。

今回は、僕と作品と役柄と役者というのが非常に稀有なタイミングで出会えたということを現場で強く感じました。特にサクラさんは自分の子どもを産んだ直後に出てくれたことが大きい気がします。

後半、サクラさん単体の長回しのシーンがあるのですが、実は相手役の台詞は教えないで撮ったんです。いつも子役に行なう口伝えのような方法で、ホワイトボードに相手役の台詞を書いて本人に見せていった。そのときそこに座っているのは、安藤サクラさん本人ではなく、完全に役の信代で……、本当に圧倒されました。そのような方法で撮ると、多くの役者は本人に戻ってしまう。素に戻ってしまうから、よりドキュメント的にはなるけれど、結局それほど面白くはないんです。

是枝監督の映画『奇跡』にも、主演の子どもたちに自由に喋らせるドキュメントのシーンがあって、とても成功していたように見えましたが。

『奇跡』の場合は相手が子どもであり、それぞれの子どもたちに役のキャラクターを寄せたので、それで強引に成立させた部分があって。もちろん、物語からはみ出すものをあそこで撮ろう、という意識はあったのですが。今回は方法こそ似ているけれど、アプローチしたい結果が違った。サクラさんはそれに応えてくれたし、彼女だけでなく、応えられる役者が今回は揃っていたということだと思います。

続けて撮りたい役者、いつかまた撮りたい役者

映画『万引き家族』より
©2018フジテレビジョン ギャガ AOI Pro.

役者だけでなく、カメラマンも新しい人と組まれています。近藤龍人さんはいかがでしたか? 

近藤さんは熊切和嘉監督や山下敦弘監督とインディーズの頃から組んでいて、そのころからいいカメラマンだなと思っていたのですが、僕よりふた世代下だし、僕みたいなおじさんは声をかけにくかったんです(笑)。でも吉田大八監督の『桐島、部活やめるってよ』も撮って、そのカメラがまた素晴らしく、僕の世代ともやるんだなと。そこからいつか組もうと意識しながら彼の作品を見るようになりました。 実際に組んでみると、近藤さんは作品に合わせてスタイルを変えていくタイプでした。それも面白いなと。あとは、完全に演出家の目というか、役者のお芝居を最優先に考え、カメラの位置を決める。それが非常に的確でした。新しい人と仕事をするのはすごく楽しいし、学びがありますね。

逆にリリーさんや希林さんは是枝監督の過去作にも頻繁に出演されていますが、同じ役者に出演してもらうことの面白さ、デメリット以上のメリットはどこにありますか。

デメリットを感じ始めたらもう撮らないんじゃないかな。希林さんには「あなたが撮りたくても、客はもう私なんて見たくないわよ」とよく言われています(笑)。「私はそんなに引き出しが多くないから、毎回違うことできないわよ」と。でも、毎回違う。そこがすごいところだなといつも思うんです。

例えば『ワンダフルライフ』の主演の井浦新さん、『誰も知らない』の柳楽優弥さんをいつかまた撮りたいという想いは?

もちろんです。なぜ続けて撮る役者と一度しか撮っていない役者がいるのかをきちんと分析したことはないけれど……、たぶん主役でキャスティングした人をもう一度撮るときには、その作品を超えないといけないと思う気持ちがあるんです。次にやるときは違う勝負をしたい。あらためて思いますが、役者と一緒に歳を取れるというのはとても素敵で、幸せなことです。

ロケハンやリサーチで映画全体のイメージが構築されていく

事前準備のロケハンやリサーチも映画を支える大きな要ですが、印象的な発見はありましたか。

荒川区や墨田区をロケハンしたとき、開発から取り残されたあたりは青いトタンが至るところに残っていました。家族の住む家の周りもずっとそうで、団地脇の工場も屋根がそうだった。それで、海に見立てようかなと思ったんです。

もうひとつ、養護施設の取材で、親の虐待を受けて入所している子どもの部屋を見たり、施設の方に話を聞いたりしていたら、ちょうど学校から帰ってきた女の子がランドセルから教科書を出して、いきなりレオ・レオニの「スイミー」※1を読み始めたんです。施設の方が「やめなさい、みんな忙しいんだから」と言ったんだけど、まったく止めずに最初から最後まで僕らの前で読み通した。それでみんなで拍手をしたら、すごく嬉しそうな顔で笑ったんですよ。とても感動しちゃってね。その子は外部から大人が来るということが嬉しかったんだろうし、自分がそれを読めるようになったということを、本当は親に伝えたかったのかもしれないけれど、代わりに僕たちに伝えたのかもしれないなあと思って。

その「スイミー」の小さい魚の話と、青いトタンが重なって、海の底から水面を見上げているような暮らしをしている家族という全体のイメージが構成されていったんです。

※1 オランダ出身のアメリカの絵本作家レオ・レオニ作の絵本。日本語版『スイミー―ちいさなかしこいさかなのはなし』は、谷川俊太郎訳で、1963年に出版された。光村図書出版が発行する小学校2年生用の国語教科書に1977年から載録されている。

パンフレットには「10年くらい自分なりに考えてきたことをぜんぶこの作品に込めようと、そんな覚悟で臨みました」とあります。「10年考えてきたこと」とは何を指すのでしょうか。

題材はもちろん、演出、配役、役者との関係性……その全部ですね。10年前の『歩いても 歩いても』のとき、意識的に視界を狭めて足元を掘るという作業を自分に課した方がいいなと思い、やり続けてきました。今回は、もう一度『誰も知らない』でやったぐらいまで社会も視野に入れて描いてみようと。そういう意味でも、10年経って自分の適性のスタンスに戻したという感じです。

集大成かつ新境地という想いを持ちました。題材もストーリー運びも演出も確実に是枝裕和監督の作品でありながら、かつ是枝監督から完全に独立していると。

ようやく大人になったのかな?(笑) なんでもそうですが長くやればやるだけ……、歌に譬(たと)えると自分の好きな語彙やコード進行がもう一度出てくるときがある。ただ、歌っているのは「いま」の自分でしかなく、僕にとっては同じ曲の繰り返しではないんですけどね。

テレビディレクターという出自が関係する是枝映画

映画『万引き家族』より
©2018フジテレビジョン ギャガ AOI Pro.

キャリアのスタートはテレビ。30代で『幻の光』を初監督され、以降23年で13作品を撮られてこられました。テレビが出自であることはやはり、ご自分の映画に大きな影響を与えていると思いますか?

ええ。テレビのディレクターは基本的に自分で企画書を書き、放送局へのプレゼン、リサーチ、取材、編集、ナレーション原稿の執筆まで行います。局のプロデューサーと番組の方向性などについてバトルもしながら、自分の描きたいものを番組内に残して放送にこぎつけるまでが仕事。そういう仕事を20代でしていたので、自分にとっては、オリジナル企画を立ち上げて、監督・脚本・編集を行うことは普通のことなんです。

もうひとつ、僕の映画では助監督以外に、監督助手というポジションをあえてつくっています。テレビと同様、企画の準備段階から、撮影、仕上げまで一貫して関わってもらうことで、企画を立てられる未来の監督を育てることができたらと。『永い言い訳』の西川美和さん、『エンディングノート』の砂田麻美さんはそのような経過をたどって監督になったふたりであり、現在はオリジナル映画の企画制作に特化した製作者集団「分福(ぶんぷく)」のコアメンバーでもあります。法人化して4年近く経ちますが、おかげさまで1期目に採用したメンバーが今年劇場用映画で監督デビューする予定です。2期目に採用したメンバーもオムニバス映画「十年」の監督のひとりとして短編を発表します。

最後に、いまの日本映画業界について思うところはありますか?

国内マーケットでペイできる可能性があるという点だけは、他のアジアのマーケットから見るとまだ恵まれているけれど、それもいつまで続くかわからない。中国のマーケットが大きくなり、アジア圏の映画の世界地図が大きく書き換えられているなかで、東宝をはじめとする日本の大手映画制作会社はあまりにも未来のビジョンがぼんやりとしている。

もちろん危機感を覚えるつくり手などは増えていて、中国で撮りはじめた監督もいますが、やはり業界全体が意識改革をして、国を上手に巻き込むくらいしていかないと。例えば合作映画へ向けて共同制作協定を結んだり、海外で撮ろうと思っている人たちをサポートするシステムをつくるとか、クールジャパンで無駄にしたお金の10分の1でいいから、人材育成に使っていただければ大きく変わっていくのではないかと思います。

取材日:2018年4月27日 ライター:堀 香織

是枝裕和(映画監督・テレビディレクター)

1962年、東京生まれ。早稲田大学卒業後、映像制作プロダクション「テレビマンユニオン」に参加。主にドキュメンタリー番組の演出を手がける。95年、『幻の光』で映画監督デビュー。2004年、『誰も知らない』がカンヌ国際映画祭にて史上最年少の最優秀男優賞(柳楽優弥)受賞。13年、『そして父になる』でカンヌ国際映画祭審査員賞受賞。14年に独立し、製作者集団「分福」を立ち上げる。カンヌ国際映画祭パルムドールを受賞した最新作『万引き家族』は18年6月8日公開。

『万引き家族』

  • 原案・監督・脚本・編集:是枝裕和
  • 音楽:細野晴臣(ビクターエンタテインメント)
  • 出演:リリー・フランキー 安藤サクラ 松岡茉優 池松壮亮 城桧吏 佐々木みゆ 高良健吾 池脇千鶴 / 樹木希林
  • 配給:ギャガ
  • © 2018フジテレビジョン ギャガ AOI Pro.
 
6月8日(金)TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開

 

第71回カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞!
日本アカデミー賞最優秀賞作品賞ほか全6冠 『三度目の殺人』の是枝裕和監督最新作!
家族を描き続けた名匠が、“家族を超えた絆”を描いた衝撃と感動の物語

 

©2018フジテレビジョン ギャガ AOI Pro.

高層マンションの谷間にポツンと取り残された今にも壊れそうな平屋に、治と信代の夫婦、息子の祥太、信代の妹の亜紀の4人が転がり込んで暮らしている。彼らの目当ては、この家の持ち主である初枝の年金だ。足りない生活費は、万引きで稼いでいた。社会という海の底を這うような家族だが、なぜかいつも笑いが絶えず、互いに口は悪いが仲よく暮らしていた。
冬のある日、近隣の団地の廊下で震えていた幼い女の子を、見かねた治が家に連れ帰る。体中傷だらけの彼女の境遇を思いやり、信代は娘として育てることにする。だが、ある事件をきっかけに家族はバラバラに引き裂かれ、それぞれが抱える秘密と切なる願いが次々と明らかになっていく──。

くわしくは、映画『万引き家族』オフィシャルサイト をご覧ください。

 

続きを読む
TOP