人は多面的なモノ。だからこそ自分の視点を大切に撮っていきたいです

Vol.161
映画監督 白石 和彌 (Kazuya Shiraishi)氏
Profile
1974年生まれ、北海道出身。1995年に中村幻児監督主催の映像塾に参加し、その後、若松孝二監督に師事。1996年『標的 羊たちの哀しみ』の助監督になり、行定勲監督や犬童一心監督作に参加。2009年に『ロストパラダイス・イン・トーキョー』で長編監督デビュー。
映画『孤狼の血』(2018年)や『凶悪』(2013年)など ハードボイルド作品を多く手掛けている白石和彌監督が今回手掛けたのが、 日本映画の名作『麻雀放浪記』のリメイク作『麻雀放浪記2020』。ブラック コメディという今作とこれまでのハードなアウトロー作品には、「名もなき 人たち、それも底辺や弱者に焦点を当てたい」という同じ思いが詰まってい ました。監督に、映画を撮るうえで大事にしていること、フィクションとノ ンフィクションの魅力について語っていただきました。

カメラは重量によって映像が変わる。だから今回は iPhoneでポップに撮影しました。

『麻雀放浪記』といえば、1984年に監督・和田誠&主演 ・真田広之で映画化されていますが、リメイクしようと思ったのはなぜです か?

10年ほど前に斎藤工さんが色川武大(阿佐田哲也のもう ひとつのペンネーム)さんの原作映画『明日泣く』(2011年)で「麻雀放浪 記」の原作者・阿佐田哲也さんを演じているんですよ。そのときにいつかは 『麻雀放浪記』をリメイクできれば、という話になったみたいですね。僕は そのずいぶん後にお話をいただいたんですが、1984年の映画は邦画史に残る 大傑作であってそれに勝てるわけがなく、正直リメイクする意味ってなんだ ろうな?と思いました。ただ、主人公の坊や哲(ぼうやてつ)が2020年にタイムスリ ップしてくるという設定が出てきて、最初は半笑いだったんですが、色々話し ていると昭和な男が現代にきたら今の社会の歪みなどをコメディタッチで 描けるんじゃないかな?と思い始め、監督をすることにしました。

コメディなんですね。

そうですよ! 昔の麻雀ってすべて手で牌を積んでいたの でイカサマも多かったのですが、今は全自動で積んでくれるからイカサマ ができない。だったらそれを哲がどうするんだ?という話ですから。いまで こそ麻雀は頭脳ゲームでスポーツだって言われていますが、哲にとって麻雀 とは博打をするためのツールでしかなくて生業だったわけですよ。なので必 然的に麻雀するのに金を賭けないなんてありえない!となる。そして当たり 前ですが賭博法違反で捕まります(笑)。やっぱり彼にとって現代は生きづ らいんです。でもそんな中、当時よりも便利な現代に色々順応してアプリの 麻雀で死闘を繰り広げたりするんで、そんな姿を笑ってもらえるといいなと 思っています。

白石監督のイメージといえば“アウトロー”なイメージなので、コメディとは意外でした。

『孤狼の血』のような作品は一部の熱烈なファンがいて くださいますが、やっぱり一般の方はなかなか見に来てくださらない。なの でコメディもやってみたいなという気持ちはありました。ただ、設定がぶっ 飛び過ぎて、今までの作品とあまり変わらなくなったというのはあるかもし れませんが(笑)。日本でのハードな映画は、北野武監督の映画『 アウトレイジ』シリーズとかはありますが、多くは作られていないというのが現状です。とはいえ、『孤狼の血』でこういう作 品も面白いと感じてくださった方もいるわけで。アウトロー路線の作品をつ くっていきつつ、新たなこともできればと思っています。

新しいことといえば全編をiPhoneで撮影したんですよね 。

こだわって最後の方は意地になって撮っていました(笑 )。哲は2020年の未来にくるので、少しのSF感とか、昭和な男から21世紀を 見たときの違和感を伝えたかったんですよ。そしてできた映像を見るとやっ ぱり映画のカメラとは違います。これはもともと僕の悩みのひとつだったん ですけど、狙ったわけではないのにどうしても映像が昭和っぽくなってしま う。変な緊張感が漂っていて全然ポップじゃないんです(笑)。『凶悪』や 『孤狼の血』だとそこが良さになるのですが、今回はコメディなのでそんな に重い映像にしてもな…というのがどこかにありました。カメラと映像って 、実はそのカメラの質量と映像の重さが比例するんです。映画のカメラで撮 ったらそれなりに重い画になるし、一眼レフだと少し軽めになる。そういう 意味でiPhoneは一番軽いカメラなのでこれを使い、軽くてポップな画のコメ ディにしようとしたんです。

映画って意外とアナログで手づくり感満載。みんなでひ とつのモノをつくっていく。

子どもの頃から社会派だったりアウトローな作品が好き だったのですか?

見る映画を考えると、悪い世界とか危険なにおいがする 作品に興味があったんだと思いますが、そのときは特に意識をしていなかっ たですね。まぁ恋愛モノはあまり見なかったですが、子どもの頃なんてブロ ックバスター映画全盛期だったので、ハリウッド映画もすごく見ていました 。まぁ今でもマーベル映画を見ますし、スマホカバーを“キャプテンアメリ カ”にするくらい好きですから(笑)。ハリウッドのエンターテインメント は、脚本がよくつくられているため、映画だけではなくドラマもよく見ます 。日本映画との違いは説明をあまりしないということ。日本映画だと15分ほ どかけるところを、5分くらいでいとも簡単に見せて上手い。セリフの量が違 うんですよ。ちょっと見習いたいなと思います。

そもそも監督が映画の世界に入ったきっかけはなんだっ たんですか? 映画監督には憧れていたのですか?

監督というより映画に携わりたかったんです。中村幻児 監督主催の映像塾に参加したんですが、そこで若松孝二監督が半年に1回くら い講義しに来ていて、当時『標的 羊たちの哀しみ』(1996年)の助監督を探 していた若松さんがやりたい人いない?と聞いたのがきっかけでした。スタ ッフに憧れていたけどカメラを撮ることができるわけでなく、ほかに技術が なかったため助監督になったんです。助監督はなんでもやらされましたがす ごく楽しかったですね。

映画の世界に入って驚いたことはありました?

想像していたものと全然違いました。もっとシステマチ ックなものだと思っていたのですが、実は見えないところをガムテープで固 定していたりと色々アナログで(笑)。監督が思い描くことを実現するため にみんなが一丸となってつくっている感が満載だったのが衝撃でしたし、そ こが面白いなと思いました。特に僕より上の世代の助監督に話を聞くと、お 金がないピンク映画を撮っているときはもっと大変なことがいっぱいだった らしく、映画『止められるか、俺たちを』(2018年)でも描いていますが、 かなり悪いことをやっていたらしいですよ(笑)。そこも時代の変化ととも に変わったところですが…。そのチーム感に惹かれたというところもありま す。

監督として大事なのは世の中をどう見ているかの“視点 ”

『麻雀放浪記2020』はiPhoneで撮影していましたが、今 は誰もが映像を撮って発信できる世の中に。そんな中、監督として大事なの はなんだと思いますか?

誰でも撮れるものになっていているからこそ大切なのは “視点”だと思います。どういう視点で物事を見て、物語としてどう描いて いくか…。そこがプロにとって大事なことです。人と違った切り口で描くこ とで、世の中がまた変わって見えてきますから。

“視点”を大切にしながら撮っている監督が、映画をつ くるうえで一番描きたいことを教えてください。

名もなき人たち、それも底辺や弱者に焦点を当てたいな というのはずっとあります。人を描くということです。最近、“炎上”とい う言葉が世間を騒がせたりしていますが、今の時代って少しでも社会悪だと 思ったら徹底的に叩くじゃないですか。でも叩いている人ってそこまで聖人 君子なのかな?と思ったりして。多かれ少なかれ人は誰しもが失敗する生き 物です。ではそんな失敗した人は再浮上するチャンスはもらえないのか? も しもらえない世の中だったらイヤじゃないですか。きちんと反省して罪を償 えば復活できる世の中になってほしい。多面的であって複雑なのが人間で、 だからこそ面白いんだと思います。悪を許せとはもちろん思いませんが、色 んな側面から見た“人間って何なんだろう?”を描いていきたいんですよ。

それこそ、人を描くとなるとノンフィクションという方 法もあると思うのですが…。

それぞれの良さがあると思います。ノンフィクションっ て実際にあったことなので意外と杜撰(ずさん)なことが多いんですよ。例 えば、朝に自分の妻を殺した男が、午後に何かの拍子でおばあさんを助けて それを別の誰かに見られてしまう、そんな普通じゃ考えないことが起きてし まうんです。今村昌平監督の映画『復讐するは我にあり』(1979年)などを 見ていると、何でこのタイミングで映画館に行ったの?みたいなシーンがこ こかしこにあるんですよ。人間の頭の中で思いつかないことがノンフィクシ ョンにはある。なのでノンフィクションを映画化する一番の醍醐味は、想像 もしなかった展開から巻き起こる面白さなんだと思います。物語の面白さよ りも突拍子もない人間の面白さというか…。人間をえぐるという意味で素晴 らしいですね。対してフィクションは物語の面白さがあると思います。まぁ 事実は小説より奇なりということもあるので複雑ですが…。ただ今回の『麻 雀放浪記2020』の脚本家・佐藤佐吉さんはかなりブッ飛んだ感性を持った方 で、僕なんかが想像もしていなかったことがいっぱい出てきました。なので 、笑って見てもらいたいです。

では最後に、クリエイターにとって大事なことを教えて ください。

面白いと思うことが途中で「おやっ」となったとしても 一回は自分を信じて、最後まで駆け抜けることです。自分を見失わないこと が大事。そのために僕はその場を楽しむということを心がけています。映画 のいいところは、一緒につくってくれるスタッフやキャストがいて、アイデ アや疑問を出してくれたり、ときにはつまらないと意見してくれること。そ の声を聞きながら、自分をさらけ出してやりたいことを確認してみつけてい くのが、映画監督だと思います。あと、エンターテインメントをつくっている のだから楽しむことも大事。作風からか僕の現場はピリついているだろうと 思われますが、そんなことは全然ない!! みんな楽しんでいますし、僕自身も 楽しいです。そういうのが映像に伝わりますから。

取材日:2019年2月19日 ライター:玉置 晴子 ムービー:撮影)王奔(オウホン) 編集)遠藤究

白石 和彌(Kazuya Shiraishi)氏/映画監督

1974年生まれ、北海道出身。1995年に中村幻児監督主催 の映像塾に参加し、その後、若松孝二監督に師事。1996年『標的 羊たちの哀 しみ』の助監督になり、行定勲監督や犬童一心監督作に参加。2009年に『ロ ストパラダイス・イン・トーキョー』で長編監督デビューを果たすと、2013 年に実際に起きた凶悪殺人事件を題材にした『凶悪』で数々の映画賞を受賞 。2017年には『彼女がその名を知らない鳥たち』、2018年には『孤狼の血』 でブルーリボン監督賞を連続で受賞を果たした。2019年はテレビドラマ「フ ルーツ宅配便」(テレビ東京系)の監督を担当するほか、『麻雀放浪記2020 』が2019年4月5日、香取慎吾主演の『凪待ち』が2019年内に公開予定。

麻雀放浪記2020

原案:阿佐田哲也(文春文庫刊)
監督:白石和彌
脚本:佐藤佐吉 渡部亮平 白石和彌

出演:斎藤工
  もも(チャラン・ポ・ランタン) ベッキー 的場浩司 岡崎体育
  ピエール瀧 音尾琢真 村杉蝉之介
  伊武雅刀 矢島健一 吉澤 健 堀内正美 小松政夫
  竹中直人 ほか
主題歌:CHAI「Feel the BEAT」(Sony Music Entertainment (Japan) Inc.) 音楽:牛尾憲輔
©2019「麻雀放浪記2020」製作委員会

2019年4月5日(金)公開予定!

ストーリー 突然ですが、1945年の《戦後》から【東京■リン■■■】が中止となった 2020年の新たな《戦後》へ“奴”はやってきた。 その男の眼に映るのは、彼の知る戦後とは別の意味で壊れたニッポンの姿 。 少子高齢化に伴う人口減少、マイナンバーによる過剰な管理社会、AI導入 がもたらした労働環境破壊、共謀罪による言論統制・・・国が掲げる、輝か しい明日は何処へ消えてしまったの? この一見絵空事のような未来に現れた“奴”の名は——————“坊や哲”(ボーヤ テツ)! 二十歳で童貞なんていう若干無理な設定なんだけど、幾多の激戦を制してき た若き天才ギャンブラーが次に戦うのは、私たちの生きるこの世界、未来の 日本だったのだ!

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