漫画で一生懸命やってきたから こういう幸運にも巡り合えた

Vol.7
漫画家 カネコアツシ(Atsushi Kaneko)氏
 
江戸川乱歩である。言うまでもなく、推理小説と怪奇小説の大御所で、読んだことのない人はいたとしても、名前を聞いたことのない人はまずいない。というわけで、江戸川乱歩原作の映画も過去に数多く作られた。乱歩は日本の娯楽映画のひとつのジャンルと言っても過言ではないでしょう。そしてこの秋、『乱歩地獄』公開。4つの原作からなる4話の構成。監督も4人が腕を競うという意欲作である。その、4人の監督のひとりに起用されたのが、カネコアツシさん。これがデビュー作。ファンキーな作風で磐石なファンを獲得している人気漫画家が、『蟲』という題材をどう料理したのか?を根堀り葉堀り、聞いてみました。

スタンダードの確立している「乱歩」だから、 どういじってもいいんじゃないかと解釈した。

「蟲」 『乱歩地獄』(c)2005「乱歩地獄」製作委員会

「蟲」
『乱歩地獄』(c)2005「乱歩地獄」製作委員会

初監督作品が完成して公開間近、今の気持ちは?

う~ん、よくわからない。これは面白くなるはずだという確信があって作っていたんですが、終わってみると、正直、仕上がりがどうなのかわかんなくなってます(笑)。漫画に比べると思い通りにならないことが多いですからね。その場その場で「面白くなるように」と判断して作っていったんですが、その結果、どれほどの内容になったのかっていうことに関しては、今はわかんない、というのが率直な感想です。

自己評価は今後固まる?

そう思います。まだ客観的に見られないということなんですよね。漫画も、単行本化して何年かしてから見返さないとわからないんです、僕の場合。

この作品で目指したことは?

自分の作品として、ちゃんと作りたかった。監督はイエス・ノーを言ってればいいんだという監督論もあるようですが、僕は、自分が漫画を描いている感覚で自分の作品として完成させたいと思った。自分の生理が作品に表れているような映画作りを目指しました。

乱歩というテーマは重たかったり、難しかったりしませんか?

いや、逆にスタンダードなので、どういじってもいいんじゃないかと解釈しました。乱歩的イメージのクリシェ(常套句)ってできあがっていると思うので、そこから抜け出すのが面白いと思った。

それは、「壊す」ということ?

いや壊すではないですね。別の切り口があってもいいんじゃないかということですね。

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それは、たとえば、主人公の部屋のパラダイスのイメージ?

そうですね、原作の設定をそのまま持ち込んでも仕方ないと思いました。原作では主人公が蔵に死体を持ち込みました。あの当時はそれ自体がスノッブで特別なことでした。でも、現代は人がプライベートな空間を持っているのはあたり前なので、さらに踏み込んで、みんなが頭の中に持っている誰も立ち入れない空間を具現化して、マジックリアリズムみたいなものを作ろうと思いました。

あの空間は自分のイメージとおりだった?映画は美術さんの手を経てできあがりますよね。

そうですね、全部ひとりでやるわけにはいかない。でも、不思議とジレンマはなく、普段できないことをやっている楽しさのほうが大きかったですね。シナリオ書くときからイメージは湧いてるんで、全シーンコンテを切って、スタッフとディスカッションしながら作り上げました。映画界の超一流のスタッフが集まってくれて、僕のコンテを見て、「面白いね」と盛り上がってくれたので、とにかく楽しかったです。

好き勝手にやった『蟲』が、バランスの中で、 ちゃんとパートのひとつになっているので、恐るべし、です(笑)。

批評にさらされるのは、怖いとは思わない?

批評にさらされるということは、漫画も映画も同じと思ってます。でも映画は、漫画ほど怖くはないですね。「だって、初めてなんだもん」って、開き直ってます(笑)。逆に、批評家さんたちは、これをどう受け止めるのだろうということに興味津々な現在です。

「蟲」 『乱歩地獄』(c)2005「乱歩地獄」製作委員会

「蟲」
『乱歩地獄』(c)2005「乱歩地獄」製作委員会

『蟲』のメガホンをとることになったいきさつは?

申し訳ないくらい、つまらないです。シンプルです。プロデューサーの宮崎さん(宮崎大氏)が僕の漫画を読んでくれていて、指名してくれた。なぜか僕の名前が頭に浮かんだんだそうです。一度、名刺を交換する機会があった程度の面識だったのですが、ある日、宮崎さんから「やりませんか」というオファーがあって、ちょっと驚きながらお話を伺った、てな具合です。

映画を監督するということは、青天の霹靂だった?

実は、僕は一時断筆をして映画学校に行っていました。でも、当時の映画界は僕の眼には楽しそうに見えなくて、やっぱり漫画の世界に戻ったんです。当然、もともと映画には興味がありました。だから、宮崎さんは、そういう過去のことを知っていて声をかけてくださったのかも、と思ったりもしました。聞いてみたら、そんなこと全然知らなかったそうで(笑)、あらためてびっくりでしたね。

作品の方向性に関して、最低限こうしてくれとかの指示はあった?

ほとんどなかったですねえ。だから、ほんと、謎だらけで(笑)お会いしてお話しながら、「この人は俺をどうしようとしてるんだ?」「まてよ、罠か?」と思ったことさえありましたよ(笑)。そうだ、思い出した!「実写でなくてもいいよ」って言われたんだ。アニメでもいいし、絵を描いて紙芝居でもいいし、とにかく好きにやってくれていいということだった。すごいでしょ(笑)。そこでじっくり考えて、「実写でやりたいです」と言ったんです。

『乱歩地獄』全体のビジョンのようなものは提示された?

鏡を使ってほしい。彼岸を見るイメージを盛り込んでほしい。くらいですね。その後、プロットは3パターンくらい提出したんですが、毎回「面白かったです」という程度の反応しかなくて(笑)。ほんとに好きにやっていいんだ、これは、と確信しました。でも、不思議なことに4本揃ったものを観てみると、ちゃんと宮崎さんの作品になっている。見事に掌で踊らされたなあと思った。好き勝手にやった『蟲』が、バランスの中で、ちゃんとパートのひとつになっているので、恐るべし、です(笑)。

どこを観てほしい?どう観てほしい?

僕の話に関しては、最終的に笑ってもらえれば成功だと思います。これも後にわかったんですが、宮崎さんは「『蟲』は笑える話だな」と思って僕にオファーしたらしい。“後でわかる”っていうのが、今回のプロジェクトならではなんですけどね(笑)。

僕は物語が作りたい。セリフと絵で物語を作るという 意味で、漫画と映画は一緒だと思う。

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役者のいる仕事への感想は?

俳優や女優と面と向かって話したこともないので、演出しろって言われても困るわけですよ(笑)。僕にできることは、頭の中にあるイメージを伝えて、違ってたら「こう直してください」と言うだけですよね。役者さんは台本のセリフを頭に入れて、咀嚼(そしゃく)までして本番に臨んでいる。僕はもう、口あけて、「すごいなあ」と感心してただけでした(笑)。

NGは?

出しましたよ。イメージだけは明確にあるので、それを言わないのは役者さんにも失礼なので、勇気を出して言いました(笑)。

脚本まで自分で担当するということに関しては?

僕は初めからそうするつもりでした。どうせなら自分でやらなくちゃという考え方です。漫画家に頼む以上、そうなるということになると思う。

脚本のできあがっている案件を監督してと頼まれたら?

受けないですね。どうせ苦労するなら、自分で物語を作りたい。僕は基本的にお話を作りたいんです。僕にとって映画は物語作りなので、そこを分けて考えてないです。セリフを考えてるときには画も浮かんでますし。

漫画というフィールドと映画というフィールドの関連性は?

今はまだよくわかってないですが、どちらもセリフと絵で物語を作るものなので、一緒だと思っています。

映画と漫画の決定的な違いは?

映画は人と一緒に作るということですね。いろんな人のいろんなイメージがモザイクになってできあがる。その過程を楽しめないと映画は作れないと思う。一方漫画は、自分の明確なイメージが大切だと思う。たとえば僕は、漫画は、自分が読みたくなるようなもの、面白がれるものを描いています。今後もそうしていくつもりです。できるなら、映画もそうありたいですね。

めちゃめちゃラッキーだったと思います。 でも一方で「俺、努力してきたもん」という気持ちもあります。

プロセスも楽しめたし、あがりも満足?

そうですね。

次回作への課題は?

もう少し気楽に臨めたらいいなと思う。無理かもしれないけど。緊張せずに撮るなんて、永遠に無理だろうとは思いますけど。

こんな形で映画にかかわれて、幸運だったと思う?

めちゃめちゃラッキーだったと思います。でも一方で「俺、努力してきたもん」という気持ちもあります。漫画で一生懸命やってきたから、こういう幸運にも巡り合えたのだと思う。たとえば「いつか映画撮るために今漫画を描く」というのは、僕は不純だし、漫画に対しても映画に対しても失礼だと思う。そういう目論見なしで純粋に頑張ってきたからこうなったと、今は思ってます。

映画は、またやってみたいですか?

やってみたいですね。今後のチャンスは『蟲』の評価次第だと思いますが、望まれてなにかをするっていうのは幸せなことなので、僕の監督する作品を観たい、作ってみたいと思う方がいるならやってみたいですね。

自主制作は?

ないですね。望まれてやりたいですね。でないと、僕のような素人監督のもう1本なんて、許されることではないと思う。

観てくれる人がいるなら、やりたい。なんですね。

僕らは好き勝手やって生きてるんだから、それくらいの謙虚さがあっていいと思う。漫画は読んでくれる人がいるから描ける。映画も観てくれる人がいるから作れるのだと思います。ときどき、自分が満足できれば評価されなくてもいいと断言する人がいますが、違うと思う。「自己表現しなきゃ生きていけない」なんて話を聞くと、ちょっと疑問を感じますよ。人が生きていくということは、仕事で稼いで、家族を養って、それにまつわる苦労に負けずに頑張っていくことでしょ。自己表現なんてその次に来ることだし、自己表現を仕事にするなんて、下賎なことだと思うくらいでちょうどいいとさえ思っているんです、僕は。

佐藤寿保監督「芋虫」 『乱歩地獄』(c)2005「乱歩地獄」製作委員会

佐藤寿保監督「芋虫」
『乱歩地獄』(c)2005「乱歩地獄」製作委員会

実相寺昭雄監督「鏡地獄」 『乱歩地獄』(c)2005「乱歩地獄」製作委員会

実相寺昭雄監督「鏡地獄」
『乱歩地獄』(c)2005「乱歩地獄」製作委員会

竹内スグル監督「火星の運河」 『乱歩地獄』(c)2005「乱歩地獄」製作委員会

竹内スグル監督「火星の運河」
『乱歩地獄』(c)2005「乱歩地獄」製作委員会

 

Profile of カネコアツシ

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1966年山形県生まれ。88年ビッグコミックスピリッツ(小学館)新人賞で佳作に入選。90年「ロックンロール以外は全部、嘘」の連載を開始し、本格的なデビューを果たす。ファンキーなタッチのイラストと魅力的なキャラクター、斬新なストーリー展開で若者を中心に絶大な人気を博す。漫画にとどまらず、CDジャケット、イベントのフライヤー、映画のポスターやチラシデザインをてがけるなど、その活動は幅広い。代表作に「BAMBi」(98)、「B.Q.」(99)など。「百鬼夜行~トミヤマ君の無意識」を原作にしたBS-i開局記念番組「地球大爆破」内[bakuha.com]は竹内スグル(乱歩地獄~火星の運河~監督)が監督を務めた。現在は月刊コミックビーム(エンターブレイン)にて「SOIL」を連載中。今回が映画監督デビューとなる。

『乱歩地獄』 シネセゾン渋谷、テアトル新宿にて11/5(土)より、拡大ロードショー! HP:http://www.rampojigoku.com

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