有利な道具をチョイスすれば ずっと好きな”絵”を描いていられる
- Vol.8
- モーショングラフィッカー 田所貴司(Takashi Tadokoro)氏
どの媒体を介して広まっても価値の薄れないアートに魅力を感じた。
出身は美術大学の絵画科ですね。今の仕事とのつながりは?
当然のことですが、絵は自分で描く。そして、自分で描くための道具は自分で作る。それが大学時代に学んだことです。古典美術を習うと、昔の画家は自分で石を拾ってきて、砕いて絵の具を作るところから始めるのだと知る。ダ・ビンチのフレスコ画が今ボロボロなのは、彼が彼の考える最先端の技法を駆使するために絵の具を調合したからです。それと同じ感覚で、映像作品を作るためには機材を自由自在に使いこなしたい。編集と合成を自分のツールにしたいと考えた。だからポストプロダクションに就職してエディターから始めようと思いました。その時から、その先には自分の映像作品を自分で作るというイメージは明確にありました。
絵画から映像にシフトした経緯は?
大学2年の時にはすでに、興味は映像に行ってましたね。まず、ファインアート。ナム・ジュン・パイクやビル・ビオラなどのメディアアートに、大きな影響を受けた。そのうちにエンターテインメントの面白さに目覚めて、この道に進むことになりました。
映像のどんなところに興味を持った?
興味を持ったのは、映像媒体全体です。まだ油絵をやっていたころに、こんな疑問が湧きました――なぜ、みんな美術館に絵を見に行くのだろう。絵の素晴らしさはパンフレットの写真や複製では伝わらないと感じている人々は、つまり、絵の本質ではなく、それが本物、実物であることに価値を見出しているんです。オリジナルに価値があるものは、媒体を介したとたんに価値がなくなる。そう考えているうちに、どのモニターで流れても、どの媒体を介して広まっても価値の薄れない映像作品に魅力を感じるようになりました。
その興味がエンターテインメントに振れて、モーショングラフィッカーを目指すことになったんですね。
大学3年の時点で、ニューヨークに渡ってビデオアートを勉強しようと考えました。実際に向こうに渡って、2ヶ月ほどホームステイをしながら学校選びをした。その、学校選びの活動中に気づいたんです。最先端と言われている大学でも、機材はプロの使っているものに追いついていない。Harry(*2)という機材がポストプロダクションにしかなかったことは大きかったですね。大学へ行くよりプロになった方がいいかもしれない。最先端の機材に触れながら、お給料ももらえるはずだし(笑)と考えるようになりました。
それで、ポストプロダクションに就職したんですね。田所さんの考えは受け入れてもらえたんですか?
理解者は少なかったです。はじめから将来独立するつもりであるとわかったら、入れてもらえなかったでしょう。
経営も、クリエイティブの環境作りに必要な責任あるプロセスだと思っています。 足元をちゃんとしないと、好きなことをやっていけない。
G-gravity(gemnox)、EXFLAREという2つの会社を運営していますね。それぞれ、どんな会社ですか?
G-gravityは制作プロダクションです。EXFLAREはマネジメント会社。PVはほとんどの場合G-gravityで受注しますが、CMはCM制作会社さんから田所貴司が指名されてディレクターとして参加するケースが多い。その場合、EXFLAREが僕のマネジメントを担当します。プロダクションとマネジメントを一緒の会社でやるのは良くないことが多いと考えて、別会社にしました。gemnoxは編集スタジオです。今はAvidを入れていますが、次のステップでは、やはりinfernoも導入したいですね。
編集スタジオを持つというのは、成功した音楽家がプライベートスタジオを持つような感覚なんですか?
それは違いますね。そうはしたくない。一個人が好きなことをするために確保したわけではありません。クリエイターがマシンを所有するという環境が、どんなものを生み出すのかを試してみたいんです。プロダクションとアーティストとハードを持ったクリエイティブ集団がどんなことをできるのか?今までとはちょっと違ったことができるはずだという考えですね。映像制作のワンストップカンパニーみたいになれたらいいなという感じです。
gemnoxはポストプロダクションですか?
違います。ポストプロダクションをやるつもりはない。たとえば、モーショングラフィッカーを目指す人がポストプロダクションに入る。これは僕が歩んできた道なのですが(笑)、そこにある現実は、かなり厳しいものです。求められるのはオペレーターとしてのサービス。その現実に挫折する人は数多いでしょう。逆に、クリエイターが機材を手に入れて好き勝手をやるというのもまた、違うと思う。それでは商品はサービスであることを自覚したプロフェッショナリティが足りない。そんな、モーショングラフィッカーへのプロセスとgemnoxの構想は重なるところが多い。そんな風に理解してもらえればいいと思います。
会社の経営は大変ですか?
基本的に他人がやれることは自分にもできるとは思っていますが(笑)、やっぱりやってみると大変なことは多いです。でも、経営もクリエイティブの環境作りに必要な、責任あるプロセスだと思ってます。足元をちゃんとしないと、好きなことをやっていけない。正直、お金ほしかったら、フリーがいいですよ。絶対儲かります(笑)。僕は、こうやって組織を作って自分の世界観を実現していくのも選択肢のひとつと考えたうえで、選んでいます。媒体ということを標榜した時から、これは宿命だったと思う。映像制作はひとりでできないことが多いですから。特に、サービスでなく映像そのものが商品になる局面を乗り切るには、プロのスタッフが必要だと思う。
僕も2年早く生まれていたら、Harryに出会えず、大学へ行っていたと思います。
エディターが演出にまで手を伸ばして、これまでになかった活動を始めることに周囲からの反発はなかった?
もちろんありました。ディレクターさんたちは、とても面白がってくれて応援してくださいましたけど、ポストプロダクションからは強い反発がありました。
苦労した?
独立した当初は苦労しましたね。なにしろ、編集スタジオが借りられない。「フリーランスには貸せません」が基本でしたから。だから長野の第3セクターのスタジオとか、某放送局さんのスタジオとか、探しに探して、隙間を縫うように活動していました(笑)。
‘90年代以降、映像制作のデジタル技術はもの凄い速さで進歩していますね。そんな時代に活動していることへの感想は?
そうですね。僕も2年早く生まれていたら、Harryに出会えなくて、大学へ行ってたと思います。いずれにしろ大切なのは、やりたいことがしっかりとあるかだと思う。たとえば、Harryが最先端でなくなるとともに消えていったアーティストもたくさんいます。テクノロジーは、ツールのチョイスだと思えば簡単に捨てられるはずなんだけど……。次のものは、1週間もあれば覚えられるので、有利な道具をチョイスするということを心がければ、ずっと好きな“絵”を描いていられる。僕はそう考えています。
ちょっと前までダサいと思われていたことが、「イケる」の範疇に入ってきたような気がする。
最近気になることは?
時事ネタ。気になります。そういうことを知っているのと知らないのでは、まったく違う。小泉劇場にも注目してますよ(笑)。
この1年でもっとも印象に残る出来事は?
会社の引越しですね。
嬉しかったこと?
だんだん状況が良くなっているように思えること。
最近、もっとも印象に残る仕事は?
久保田利伸さんの『君のそばに』という曲のPV。とても気さくな方で、編集スタジオにも足を運んでくれました。『同じ月を見ている』という映画の挿入歌にもなってますね。こちらのSPOTを演出した関係もあって、久保田さんには、とても親しく接していただきました。
生活信条は?
「なんかやってる」(笑)。時間を見つけるとなにかやってる。家に帰っても、なかなか寝ない。平均睡眠時間は4時間くらいですかね。2時間のこともあるけど6時間のこともあるので、平均値が4時間です。
最近のマイブームは?
90年代!ちょっと前までダサいと思われていたことが、「イケる」の範疇に入ってきたような気がする。たとえば、『セブン』っていう映画がありましたね。フィルムの傷っぽい映像を筆頭に、あの作品のテイストは、あの当時たくさんの人が取り入れた。影響を受けました。そして、当然いつの間にか廃れたんですが、今やると、けっこうイケる(笑)。CMなんかでも、一発OKということが多いですよ。一周して誰も使わなくなったころにやると、けっこういけるんですよ。先取りは、90年代ですよ!……もしかしたら、まったくはやらないかもしれないけどね(笑)。
【用語解説】 *1 モーショングラフィッカー(G-gravityHPより) 「演出」と「グラフィッククリエイター」、そのどちらでもなくて、どちらでもある都合の良い言葉が欲しくて生まれた言葉です。これは、今までになかった、これからのNEXT CREATORの新しいポジションだと考えています。これからのクリエイターが、これからのクリエイターたちによって、これからのクリエイターのために、新たなクリエイティブをカッコヨク生み出していって欲しい。そんな願いも込めています。
*2 Harry(ハリー) 1985年、英国クオンテル社がリリースした世界初のノンリニア編集機。ビデオ録画した素材をデジタルに取り込むことで自由自在な編集が行える。映像制作の世界に革命を起こし、本格的なデジタル化の水先案内をしたとも言える機材。田所さんはそのHarryでデジタル映像制作の可能性に開眼し、ついで、合成機能に重点を置いたinferno(インフェルノ/Autodesk社)と出会うことによって、モーショングラフィッカーとしての歩みを確実なものにしました。
Profile of 田所貴司
多摩美術大学絵画科にてファインアートを学ぶ。1993年同大学卒。主にCM、ミュージッククリップ等の演出を行う傍ら、そのモーショングラフィックスを時として自ら行う。他に類を見ない独自のスタイルで、"超カッコイイもの"を探し求め、創り続ける。1998年にG-gravity Inc.を設立。2002年度から多摩美術大学において、特別講師として『メディア映像とファインアートの可能性』をテーマに「Motion Art」講義を展開。他、専門学校・研究機関等においても積極的に講演活動を行う。TBS 『24人の加藤あい』・ANB 『D's Garage』・NTV 『LOST Generation』をはじめとしたTV番組出演、FMラジオ番組への出演多数。2003年1月にはクラブチッタ川崎において、映像とダンスによるメディア融合型イベント『UNGRAVITY』をプロデュース。また、32回、33回、34回フジサンケイグループ広告大賞に審査員として参加。2005年EXFLARE設立。映像表現の多様性・可能性を追い求めつつ、現在に至る。
G-gravity:http://www.g-gravity.com EXFLARE:http://www.exflare.com