クライアントである企業を 元気にするのが広告の使命
- Vol.66
- クリエイティブディレクター・コピーライター 小西利行(Toshiyuki Konishi)氏
僕がコピーを任された時には、 まず「これで人が動くか」を最重視します。
2006年の独立から数えて、5年目。相変わらず、ご活躍のご様子。お忙しそうですね。
おかげさまで、忙しくさせてもらってます。先日、ある広告会社の偉い方が、無理ですと言ってるのに強引に仕事を頼もうとするので、おもわず、「なぜ?」と聞いてしまったのですが、とても納得の行く答えが返ってきました。「ラーメンが食いたくなったら、行列のできている店をめざすものだろう。それだけのことだよ」と(笑)。 少々乱暴な意見と言えばそうですが、評価してもらってることには変わりありませんので、嬉しく感じました。
ただ、世の中は不景気と言われていますし、広告業界に構造改革が起こっているのも事実ですよね。
それは、僕も十分に認識しています。ですが、特別驚いてはいません、構造改革というのはいつの世にもあるものですから。たとえば過去には、新聞や雑誌が媒体の主役だったところに突然ラジオやテレビという電波媒体が出現しています。その時の業界に起こったインパクトは、今私たちが感じているインパクトと変わらないくらい大きかったはずです。越えられない変革とは思えないですね。
独立からここまでを振り返って、感じることは?
会社に所属していた頃からうすうす感じていたのですが、「自分のコピーライティングは、他の人とやり方が違うぞ」という点を改めて認識しましたし、加速しているのも実感します。
どういうことですか?
僕のコピーは、マーケティング的なんですよ。「こうだから、これ」、「あっちより、こっち」というような、シンプルな動きをすごく意識して思考するんですね。
「モノより思い出」(日産自動車 セレナ)という名作コピーも、その典型ですかね。
当時の関係者からは、「それは、マーケティング用語じゃないか。コピーと言ってはいけない」と怒られたこともありました(笑)。 情緒的なコピーに多くの名作があるのは知っていますし、僕自身「すごいフレーズだなあ」と共感するものもたくさんあります。ただ、僕がコピーを任された時には、まず「これで人が動くか」を最重視します。どんなに感情を揺さぶったとしても、それで人が動かなければ広告コピーとしては失敗と思うのです。「かっこいい」とか「素敵」だけでなく、「確かにそうだよね」という気持ちを引き出せたら、人は動くのだと信じています。
企業から相談を寄せられた際には、 ちゃんと解答を提示できる広告クリエイターでありたい。
以前あるメディアのインタビューで、広告におけるメッセージは「伝える」ではなく「伝わる」でなくてはならないとコメントしていますね。
今もその考えは変わりません。単にメッセージを言いっぱなしではなく、常にちゃんと受け手に「伝わる」方法を考えていたいですね。
その考えは、いつ頃形成されたのですか?
「人が動く」ことの重要性に気付いたのと同時だと思います。コピーライターという仕事は言いたいことを伝えるのではなく、「伝わるをつくる」ものなのだと気付きました。本当にある瞬間、明確に理解しました。
小西さん的広告クリエイティブ作法は、独立後の仕事の内容にも影響を与えているのでしょうか。企業経営のコンサルタント的なお仕事などは、そう思えますが。
僕もそう思います。企業の組織の中に内在する問題点を探り当てて、「単純に言うと、こうですよ」「人が動くポイントはここですよ」と言語化してあげるのがけっこう得意です。
それは、いわゆるCI(コーポレイト・アイデンテティ)の活動にも通じますね。
近いですよね。広告クリエイティブとして外に向かって発しているメッセージってのは、実は同時に、内に向けても発信していることになります。それを社員たちが受け止めると、組織全体が劇的に変わったり動きだしたりします。会社に所属していた時代から、そういうところまで視野に入れた仕事は好きでしたね。
でもそれは、広告クリエイティブの枠をはみ出していませんか?
僕は、そう思いません。たしかに経営コンサルタントの資格は持っていませんが、クリエイティブの視点からの方が、いま求められているコンサルティングができると確信しています。これに関して僕はいつも、医師を例にとって説明しています。「なんか体調悪いですけど」と相談されて、「ああ、これは癌ですね」と診断して、「じゃあ、どこかに行って治してもらってください」はないでしょう(笑)。なんか変だなと感じて相談を寄せる企業人は、相手が免許や資格の所持者かなんてどうでもいい。「問題が見えたなら、ちゃんと治してくれてもいいじゃないか!」と、シンプルに考えます。だから少なくとも僕は、責任を持って治療や執刀まで引き受けることにしています。ただ解答の方向を示すだけじゃなく、実際にそれを実行する方法を提示できる広告クリエイターでいたいと考えています。
大切なのは、 自分の中にある「おもしろい部分」に気づけるか否かなのです。
広告クリエイティブの視点から、企業の問題点の解決にも貢献することはできる。
通常の広告表現に、必ずその側面があるとさえ思っています。結局のところ、クライアントである企業を元気にするのが広告の使命ですから。 置かれた状況や予算の規模を勘案して、テレビでキャンペーンを張る場合もあれば、ウェブを使って情報発信する場合もある。同様に、組織の内側に向かってメッセージすることを選択する場合もある。それも、企業を元気にするメスのひとつという意味で、同列に考えています、僕は。
将来のビジョンをお聞かせください。POOL inc.を、どんな会社に育てていきたいですか。
当初は50人規模、100人規模に拡大する道もあるかなと思った時期もありましたが、今は、適正人数は15人くらいだろうかと考えています。つくるもののクオリティを確保しつつ、おもしろい仕事に取り組んでいくにはそれくらいかなと。
最後に、読者のクリエイター諸氏にエールを送っていただきたいと思います。
広告クリエイティブの世界は、おもしろいものが勝ちます。おもしろいというのは「こういうの、初めてだ」とか、「思わず買っちゃいました」とかですね。乱暴に言えば、何でもいいんです、当たり前とか平凡でなければ(笑)。他者よりちょっと変わった視点や思考があればいい。しかもそれは、決して特殊技能ではないというのが僕の見解です。 大体、広告クリエイティブをめざすということは、それだけで十分に資質ありです。まったく素質のないプレイヤーが、プロ野球を目標にしないのと同じ意味で。そこで僕からのアドバイスは、「資質は十分なんだし、大切なのは、自分の中にある『おもしろい部分』に気づけるか否かなのですよ」ですね。そこを把握できていれば、他者の企画やアイデアを見て「あれは、自分には無理だ、まいった」なんて思いながら、でもしっかりと自分らしい、平凡でないことを提案できます。つまり、絶対に生き残れます。
取材日:2010年10月4日
Profile of 小西利行
1968年、京都府に生まれる。1993年博報堂入社。コピーライターとして制作局に配属。2006年同社退社後、POOL inc.設立。
【主な仕事】 日産自動車 セレナ「モノより思い出」 プレイステーション「暮らし、イキ!イキ!」 サントリー「伊右衛門」 サントリー 「ザ・プレミアム・モルツ」 サントリー「胡麻緑茶」 レクサス LS600hL ハウスメイト「行こう。同じ未来へ。」 エーザイ「チョコラBBローヤルT」 「24 -TWENTY FOUR-」FOX JAPAN ボーダフォン(現:ソフトバンクモバイル)「ボーダーを超えるボーダフォン」 Sony Make. believe 好奇心プロジェクト