カルチャーを生み出す場となるような 空気や空間をデザインしていけたら
- Vol.58
- 空間デザイナー/有限会社ベルベッタ・デザイン代表取締役 長谷川喜美(Kimi Hasegawa)氏
空間デザインのポテンシャルをより高く受け止めて、 「空気をデザインする」と提唱する。
では、まず、長谷川さんが提唱している「空気をデザインする」の意味についてうかがいます。「空間」ではなく「空気」という点に、とても興味をそそられます。
インテリアを扱う事務所のほとんどは、床、壁、天井をデザインするという定義を持ちますね。でも私は、この仕事について、もっとポテンシャルの高い受け止め方をしたいんです。たとえば森や砂浜、何もない場所まで範疇に入れて、その場に求められる目的に合わせてどんな表現をするかを考えることも仕事としたい。そんな気持ちを込めた言葉が、「空気をデザインする」です。想いを伝えるデザインと言えば分かりやすいでしょうか。
たとえば家具デザインなど、空間デザイナーの仕事からはみだしているかに見える作品があるのも、そういう理由からなんですね。
一度も手がけたことのないジャンルの仕事を受けた時こそ、楽しみたいですね。
まったくのゼロからのスタートでも、ものをつくりあげる自信がある。
必要であれば、その道のプロにブレーンとして参加してもらえばいいんです。足りないところを助けてもらうことに、変なこだわりはありません。むしろその方が、ものづくりの核の部分に、集中することができ、我々のノウハウもどんどん蓄積します。
私たちの歩んでいるのは商業デザイナーの道。 ビジネスが理解できなくては、良いデザインをできない。
2004年に有限会社ベルベッタ・デザイン設立。大手施工会社で順風満帆に仕事をされていた中での、独立。周到な準備をしての独立だったんですか?
計算も準備も、まったくせずに飛び出しました。自分がデザイナーとして世の中にどう受け止めてもらえるのかを、知りたくて。挑戦してみたい、後悔したくないの一念で独立しました。
会社を立ち上げると、経営者として経理などにも労力をそがれますよね。負担ではなかったですか?
当初は、いやだなと思っていましたね(笑)。でも、私たちの歩んでいるのは商業デザイナーの道なんです。ビジネスが理解できなくては、良い仕事もできない。その点については、この数年をかけてじっくりと確信しています。 お客様もいれば、予算だって任される。そんな身で、「美しいデザインをするだけ」では、通用しないんですね。振り返ると、独立して一番の財産は、それを学べたことだとさえ感じています。
独立して、会社を興して、収入を増やすだけでなく、そういう成長まで実感できるなんて幸福なことですね。
会社員のころ、いかに会社に守られていたかを痛感させられますね。美しいデザインをするだけでは、本当の意味でデザインの一部分しか携わっていないと私は思っています。一方、今の立場はいろいろな責任を負わされているけれど、その分、さまざまな可能性があります。会社から守られている立場で仕事をしたほうがよいか、もっと広い枠組みを任されたいのか好みの問題でもあるのですが、私は圧倒的に後者が楽しい。時には枠組み自体をつくるところから参加させてももらえるのは、独立のリスクを負ったことへのご褒美なのだと思っています。
お金のためだけに仕事をするようになったら、 デザイナーを止める時と思っています。
誤解が生まれないよう、確認しておきたいんですが、長谷川さん、お金のためだけにデザインをするわけじゃないですよね(笑)。
お金のためだけに仕事をするようになったら、デザイナーを止める時だと思っています。自分の必要性を感じられない仕事、デザイン性のない仕事をお金のためだけにやるつもりは、まったくないです。
この分野に興味を持ったきっかけは?
最初にあこがれたのは、小学生のころに、建築家でした。でも、理数系が体質に合わないことに気づき、美術系に方向を修正し、最終的に店舗デザインのおもしろさに気づき、桑沢デザイン研究所のインテリアデザイン科に進みました。
影響を受けた作家、デザイナーなどはいますか?
フィリップ・スタルク(フランス/アサヒビール本社:スーパードライホールなどで有名)は好きですし、影響を受けたと思います。歯ブラシからビルまで、自由にデザインする感覚が大好きです。
いろいろなカルチャーがミックスされ、 新しい何かを生み出し、発信するような場をつくってみたい。
「空気をデザインする」を実践していく上での、今後の目標や夢は?
カルチャーを生み出す場となるような空気や空間をデザインしていけたらと思っています。1970年代に、チェルシーホテルがアンディ・ウォーホルやシド&ナンシーの伝説を生んだように。いろいろなカルチャーがミックスされ、新しい何かを生み出し、発信するような場をつくってみたいですね。
なんか、楽しそうですね。そんな長谷川さんに、あえてここまでの歩みを振り返ってほしいんですが(笑)。
まわりにいる人々に支えられて、自由に楽しく生きてこられたと思っています。多くの人々に助けられ、背中を押してもらえたことには、心から感謝しています。
他力本願?(笑)。
この世に、「棚からぼた餅」ってないと思っているんです、残念ながら。一見大ラッキーに見えることも、実は普段からの振る舞いや考え方が巡り巡ってのこと。そういう運命観なので、努力だけはおこたっていないと思います(笑)。すべき努力をしていないと、幸運もないし、人の助けも得られないと信じています。
最後に、若手クリエイターたちにエールをお願いします。
デザインに責任を持つ。他分野の方であれば、仕事に責任を持つという言葉でもいいですね。私は、それを大事にしてきましたし、これからも大事にしていきたいです。時間がない、クライアントの指示、予算が少ないとさまざまの理由があっても、最終のデザインを100%受け止めて、自分の責任とする。決して逃げてはいけない。読者の皆さんも、そこを肝に銘じてデザインや仕事に取り組んでほしいですね。そうすれば必ず成長できると思います。
取材日:2010年1月25日
Profile of 長谷川喜美
桑沢デザイン研究所卒業。 施工会社、デザイン事務所を経て2004年ベルベッタ・デザイン設立。
【空気をデザインする】をテーマに、商業施設/イベント/エキジビション等の空間デザイン全般を幅広く手がける。近年ではオープニングから手掛ける、表参道ヒルズクリスマス、日産デザインセンターブランドルーム、マツダ新車発表会では次代を担う3人の女性クリエイターとして参加。DDA産業大賞[通商産業大臣賞] DDA優秀賞等多数受賞。■ベルベッタ・デザインHP http://www.velveta.jp/