知っていることをやっても面白くない 創造から冒険を抜いたら ただの再生産になってしまう
- Vol.57
- 映画監督 諏訪敦彦(Nobuhiro Suwa)氏
パリから日本へ。子どもの感受性が引き起こす、不思議な ファミリーストーリー『ユキとニナ』いよいよ公開。
主人公のひとりである、ユキが不思議な存在感と魅力を放っていました。
最初から自信があったわけではなく、僕も、共同監督のイポリット(イポリット・ジラルド)もかなり迷いながらの撮影でした。ユキ役のノエ・サンピは初めての映画出演ですし、自分の中にあるものをストレートに表現する子でもないですから。いつも、「この子は何を考えているんだろう」と思っていました(笑)。初めて会ったときの、「この子は人の視線を引きつける」という直感を信じて進んだ撮影でした。
森の撮影でノエちゃんが、「泣けない」と主張したためにストーリーまで変わったそうですね。現場で脚本を変えていく、つくっていく「即興の映画づくり」と言われる諏訪監督作品ならではの出来事ですね。
映画づくりの手法については、これが絶対にいいという自信が芽生えたことはまだない(笑)。ただ、ものづくりのスタイルって、つくる人がどう生きてきたか、どんな環境で育ったかと不可分と思います。僕は優柔不断で、デートで女の子に「どこへいこうか」と聞いてしまうタイプ。それで、初めての映画のときに、現場で「わかんない」と言ってしまい(笑)、スタッフとキャストが「じゃあ僕たちも考えよう」と参加してくれて、今に至っています。
それは、育った環境だけが原因ではないような(笑)。
確かにそうかも知れませんね(笑)。僕は、謎だらけのこの世の中のことを知りたいから映画を撮っています。自分の中にある世界には限界があるし、あまり興味がない。外に向かって自分を開いて、カメラを向けることに興味があるし、面白い。映画との、そういう関係性がこういう制作手法に向かわせたのかもしれません。 ですから、役者さんには、あらかじめこういうやり方であると理解してもらうことは必須です。セリフが決まっていないと絶対できないという方もいらっしゃいますから。ただ、僕は、知っていることをやっても面白くない。創造から冒険を抜いたら、ただの再生産になってしまうと思うのです。
森の妖精から手紙の届くエピソードは、 パリの子どもたちに取材してアイデアを得ました。
離婚を考えているお母さんに、森の妖精を偽って翻意を促す手紙を出すエピソードがとても心に響きました。あれも、即興?
プロットは、パリの子どもたちに取材してアイデアを得ています。ああいう、ロマンチックな答えがいくつもありました。ただ、やはりセリフは決めずに撮影に入り、文面や手紙のデコレーションなどは全部役者に任せました。
ユキが畳の上に上がると、なんとなく所作まで日本人のように見えたのが不思議でした。母親が日本人であるノエちゃんの、もうひとつの不思議な魅力を感じました。
ああ、それは僕も編集のときに気づいたんです。歩き方やおばあちゃんを相手にしている姿が、しとやかになるんですよね。ノエの実生活も日本におばあちゃんがいて、日本にも何度も来ているようですから、そういう中で身についているんでしょうね。
監督なのか、俳優の顔なのか、照明がよかったのか、 実はよくわからないし、 わからないところが映画の魅力だと思う。
諏訪さんはフランスの映画、フランス語の映画をたくさん撮っていらっしゃいます。てっきりフランス語ペラペラと思っていたのですが、そうでもない(笑)。
撮影は、通訳なしではできませんよ(笑)。僕とフランスの関係は、映画を通しての、後天的なもの。わかりやすく言えば、僕の映画を評価してくれる人が、日本にではなくフランスにいるということです。言葉は堪能ではないですが、映画という共通言語が間を結んでくれています。
今回の作品が、俳優であるイポリット・ジラルドとの共同監督というのも、日本では実現しないことと思います。
僕は、映画の共同性にとても興味を持っています。すばらしいショットが撮れたとして、それは監督の技量なのか、俳優の顔がよかったのか、照明がすばらしかったのか、実はよくわからないし、わからないところが映画の魅力だと思う。ですから、この映画は「××作品」と作家のレッテルを貼ることには意味を感じません。ほとんどの場合、流通の都合上レッテルこだわるのだと思う。 そこで僕は、ぜひ共同監督作品を手がけたかったのだけど、相手が監督ではどうしてもぶつかってしまう、一方、普段共同でつくっていると考えている俳優との間にも、実は編集の権利等、監督である僕に支配権のようなものがある。その2点が、イポリットとのコラボレーションを考えたきっかけでした。
では最後に、若手クリエイターたちにエールをお願いします。
皆さんもそう実感しているでしょうが、僕も、今は、ものづくりが簡単にできる時代ではないと感じています。ものづくりに取り組みつづけるのは、本当に厳しい。ですが、ものづくりへのチャレンジがなくなってしまっては、社会は貧しくなります。それは、人間にとってなくてはならないことと思います。 クリエイティビティとは、何もクリエイターになること、職業としてものづくりをすることだけを指すとは思いません。大切なのは、クリエイティブに生きることです。どんな生き方だっていい、どんな職業でもいい、そこにいかにクリエイティビティを持ち込めるかを提案するような活動を持続してほしいと思います。
取材日:2009年11月26日
Profile of 諏訪敦彦
1960年広島県生まれ。大学卒業後、長崎俊一、山本政志、石井聰亙などの作品に参加する一方で、『はなされるGANG』(84年/8ミリ)などの作品を発表。テレビドキュメンタリーの演出を手掛けた後、97年『2/デュオ』で監督デビュー。定型のシナリオなしで撮影されたその作品の完成度の高さが、国内外で絶賛され、ロッテルダム国際映画祭でNETPAC賞を受賞する。 2作目の『M/OTHER』では三浦友和を主演に起用、99年カンヌ国際映画祭監督週間に出品され、国際批評家連盟賞を受賞。アラン・レネ監督の『二十四時間の情事』をリメイクした、3作目『H Story』は主演に『ベティ・ブルー 愛と激情の日々』でその名を知られるベアトリス・ダルを起用、2001年カンヌ国際映画祭ある視点部門に出品される。 ヨーロッパでの評価は圧倒的であり、ヴァレリア・ブルーニ=テデスキを起用した(サルコジ仏大統領の妻カーラ・ブルーニの実姉)、4年ぶりの長編作品『不完全なふたり』はロカルノ国際映画祭で審査員特別賞を受賞し、フランスでの上映もロングランヒットを記録した。オムニバス映画『パリ・ジュテーム』では唯一の日本人監督として『ヴィクトワール広場』を制作、主演にジュリエット・ビノシュを起用、イポリット・ジラルドも出演しており、本作の企画に至った。 2008年より、東京造形大学の学長職を務めている。
1997 『2/デュオ』 1999 『M/OTHER』 2001 『H Story』 2002 「a letter from hiroshima」(オムニバス『After War』の一篇) 2005 『不完全なふたり』 2006 『パリ、ジュテーム』(オムニバス「ヴィクトワール広場」) 2009 『ユキとニナ』