とにかく読者を喜ばせたい ビジネスマンの感覚で、徹底したお客様第一主義
- Vol.56
- カレルチャペック紅茶店オーナー/絵本作家/イラストレーター 山田詩子(Utako Yamada)氏
「良いものを知っているから」という自意識を、 「つくってみたい」という気持ちが乗り越えて、 絵本創作が始まった。
1987年に東京都国分寺市に紅茶の茶葉専門店「カレルチャペック紅茶店」をオープンし、2002年に初めての絵本「ぶたのチェリーのおはなし」(偕成社)を出版。その間には紅茶に関するイラスト・エッセーや関連本の出版もされています。絵本を出版することになった、いきさつや動機は?
絵本に関しては、その7年前ほどから編集者にアプローチはいただいていましたが、ずっとお断りしていました。アプローチしてくださった編集者は絵本の世界ではスター的な存在で、それに気おされた部分もあるし、絵本を描くのはそんなに甘いものではないという気持ちもありましたから。
絵本に関して自分の考えがある方だったんですね。
マニアです(笑)。母がYWCAの教師だった関係で、小さなころから絵本に囲まれて育ちました。蔵書は今、自分で買ったものを含め3000冊位になっています。ヨーロッパやアメリカの古い、良いものもたくさん目にしてきたので、軽々に「生産側」に立つことを許さなかったんですね。私などが手がけても、良いものをつくれるのかとずっと自信が持てなかった。
そんな躊躇を乗り越えたきっかけは?
1998年に長男を出産しました。彼に絵本を与えるようになって、いろいろと新鮮な体験をした。たとえば、私が与えた多くの絵本の中から彼が選び寵愛するものが、私の好みと違います。当たり前のことなのですが(笑)、そんな経験を経て、「自分の子どもに喜ばれる絵本をつくるのは、素敵なことかも」と思うようになりました。 そうすると、「良いものを知っているから」という自意識を、「つくってみたい」という気持ちが乗り越えたんです。 ただいまだに、数多くの素晴らしい絵本作家たちえのリスペクトが強く、絵本を手がけるたびにガチガチになってます。肩に力入りまくりで、創作しているんです(笑)。
‘50~'60年代のアメリカの絵本をイメージし、 版画のような作風を確立。
1作目の「ぶたのチェリーのおはなし」から、独特の作風を確立しているのはすごいと感じます。
小さなころから親しんでいた、アメリカの絵本がアイデアソースです。特色(4色のかけあわせではなく、インクを特別に調合してつくった色)を何版もすり合わせて、版画のように仕上げる手法です。それが、私にとって、懐かしい‘50~’60年代のアメリカの絵本。 実は、印刷手法自体は、すでにカレルチャペックの商品パッケージで再現できていましたので、それをそのまま絵本に転用しました。
なんか、すごい手法を独自確立していますね。そんなことできる印刷所が、あるんですか。
それはもう、当初は大変でしたよ(笑)。私もまだ若く、生意気でしたから、できるでしょう、やってくださいと、製版技術者とかなりネゴシエートしました。
パッケージにしても、絵本にしても、そのやり方は手間がかかるし、コストもかかる。
でも、綺麗でないものをエンドユーザーに手渡すのはいやなんです。私や印刷所の方々が少々大変でも、お客様が喜んでくださるなら救われるじゃないですか。 たとえば絵本作家にも、自分を表現するために作品を描く方と、とにかく読者を喜ばせたいという方の2通りのタイプがあると思います。私は、明らかに後者ですね。さらに言えば、私を動かしているのはアーティスト気質ではなくビジネスマンの感覚なのです。だから、徹底したお客様第一なんです。
バンドのフリーペーパー制作担当、 高校時代に好きになった紅茶、 ものづくりが好きでぬいぐるみをつくって卸していた。
山田さんが絵本マニアだということはわかりました。でも、産業社会学部を卒業し紅茶専門店を経営する方が、絵を描いたり印刷手法を確立したりというところが、よくわからない(笑)。
大学時代にバンド活動をしていて、フライヤーやバンドのフリーペーパー制作を一手に引き受け、デザイナーをしていました。もともと、ものをつくるのは嫌いではなく、同様に大学生のころに、ハンドバッグやぬいぐるみをつくってファンシーグッズ店に卸してました。
なるほど、なるほど。なんというかつくるのが好きで、実際にこまめにつくるれる人だった。
遊びに来る子に、紅茶のメニューを出して選んでもらったりなんていうこともしてましたね。
おお、そこで紅茶ですか。
高校生のころから興味があって、明治屋で輸入の茶葉を買ってました。大学に進むとお茶の学校に通っている友人ができて、彼女にいろんなことを教わりましたね。茶葉の種類や入れ方、高級なお茶を1週間飲みつづけて、味を覚えるなんていう特訓もした(笑)。お湯を入れてからの蒸らし時間をいろいろと変えてみたり、季節ごとにお菓子を添えたり、いろんな楽しみ方も試しました。
じゃあ、カレルチャペックの事業の構想も、その時すでにできあがっていた。
とまでは行きませんが、まともな就職ができるとは思っていなかったし(笑)、仕事にするなら喫茶店は違うだろう、消費者に販売する形態がいいというくらいの考えはありました。 東京で事業を起こしたのも、友人を訪ねて遊びにきた時に親切な不動産屋さんと出会ったのがきっかけで、計画をたてたわけじゃない。あまり深く考えずに好きなことをやっていたら、いつの間にかこうなったという感じなんです。
カレルチャペックも絵本もイラストも、 会社で引き受けていることで、 個人的な活動と考えていることはひとつもありません。
今後の展望や目標は?
こう見えて私は、かなり受け身なタイプです。マイペースではなく、Their paceなんですね。求められてする仕事が性に合っている。絵本なども、その典型ですね。「流されてるだけじゃないか」という指摘もあるんですが(笑)。カレルチャペックの事業も、店舗数などに目標を置くより、いいものをつくる、美味しいものをつくるというがんばり方でつづけていきたいと思っています。
絵本に関しても、目標は持たない?
ひとつだけ思うのは、死ぬまでに「これを描いたから、もう死んでもいい」と思える1冊が描きたいという願望はある。そうなったら、素敵でしょうね。
山田さんの中で、カレルチャペック経営と絵本創作はどんな風にすみ分けされているのですか。
どちらも会社で引き受けていることで、個人的な活動と考えていることはひとつもありません。絵本の作家としてサイン会に出ても、まるっきり先生の態度なんてとれないですね。ファンの方も「カレルチャペックのお茶をウェディングで使いました」とかおっしゃるから、「はは~、ありがとうございます」と平身低頭します(笑)。サイン会で人生相談されることも、あります(笑)。いずれにしろ、すべてお客様なので、ありがたいわけです(笑)。
では最後に、若手クリエイターたちへのエールをお願いします。
私は、「30歳を越えたくらいでやりたいことが見つかればいいんだ」と言ってくれていた親に感謝しています。だから皆さんには、やりたいこと探すのに急ぐ必要はないとアドバイスしたいですね。ゆっくりでいいから、飽きないで取り組めることを執念深く探すことにエネルギーを注いだら、いつか納得いくものがつくれると思う。クリエイターにとってそれは何ものにも変えがたい最高の瞬間ではないでしょうか。 私は今、紅茶に関してはそれができていると思う一方、絵本はまだチャレンジの途上と思っています。納得のいくものをつくるがんばりの最中という意味で、皆さんとはライバルと思うので、ともにがんばりましょう!
取材日:2009年10月14日
Profile of 山田詩子
1963年名古屋市生まれ。カレルチャペック紅茶店オーナー、絵本作家。日本紅茶協会認定ティーインストラクター。 1986年立命館大学産業社会学部卒業。1987年上京。1987年東京都国分寺市に<カレルチャペック紅茶店>、2002年<カレルチャペックスウィーツ>を開店。1992年<カレルチャペック紅茶店>を武蔵野市吉祥寺に移転。 “おいしい紅茶を楽しく!“というテーマでオリジナル紅茶、ハーブ、紅茶道具等の商品多数発表。『たのしいティータイムブック』(主婦と生活社)『紅茶好きのメニューブック』(文化出版局)他ティータイム関連の著書多数。絵本に『ぶたのチェリーのおはなし』(偕成社)、「ママといっしょ」『さあ おでかけ』(ブロンズ新社)等。多忙な中、9歳と11歳の男の子の母親として子どもと手芸や工作、料理、お菓子作り等で四季を楽しんでいる。
■ カレルチャペックHP http://www.karelcapek.co.jp/ ■ 「山田詩子の9つのカップ」(ブログ) http://utako-tealover.cocolog-nifty.com/