あの『砂時計』ですからね プレッシャーがなかったと言えば 嘘になります
- Vol.36
- 映画監督 佐藤信介(Shinsuke Sato)氏
コミックスで700万部の大ヒット作『砂時計』、初の映画化。
『砂時計』を完成させた、今のお気持ちは?
いい映画になって、本当にほっとしている。一言で言うと、そうなります。
大ヒットしたコミックスを原作にした映画作りは、いろんな意味で大変だと思います。
本格的な原作ものは、これが初めてでした。しかも、600~700万部売れたという“あの”『砂時計』ですからね。プレッシャーがなかったと言えば、嘘になります。昨年夏にひとりでロケハンに出て、劇中に登場するサンドミュージアムに行ったのですが、仁摩駅という小さな駅に、若い女性たちが何人も降りてくる。明らかに『砂時計』ファンの方たち。これも劇中に登場する琴ヶ浜に足を運ぶと、そこにもファンの方たちがいて――こんな田舎がメッカのようになるほどの作品なんだ。一番プレッシャーを感じた瞬間でした。
主人公の12歳から26歳まで、14年間を2時間の中で追うのは、大変な作業ですよね。話を組み立てる上でのアイデアは?
初期段階では、いろいろなことを試しましたよ。たとえば、トリプルキャストも真剣に検討しました。結局、少女時代と大人時代のダブルキャストに落ち着いたのは、せいぜい2時間の中で主人公役が3人もいたのでは散漫になるだろうと判断したから。ダブルキャストに決めて以降は、今度は、ダブルキャストという要因に引っ張られすぎないように気をつけました。ストーリーや感情で観客を惹きつけることに集中しなければと、自分に言い聞かせました。
演出家によっては、ダブルキャストの演出が「腕の見せ所」と発奮することもあるでしょうが。
Aさんのほうがこうだったから、Bさんもこうしなければ――とかやり始めたら、むしろネガティブな効果のほうが大きかったと思う。そこは、キャスティングの段階で、雰囲気等の共通点を見出しているのだからと信じ、お互いの物まねや、手練手管は使わないようにしました。
試写を見た感想で言えば、2人はとても自然に、ひとりの女性に見えましたよ。後半に、数少ない、「2人の顔がオーバーラップするシーン」などは、とても効果的だった。
あれは、脚本作りの段階から意識していました。脚本自体、後半に向けて2人が被っていく構造にしていたのですが、編集でさらにその側面が色濃くなりました。
主人公の内面を描くには、ホラーテイストもありだと思った。
成人した杏(主人公)が婚約する佐倉という登場人物、すごくインパクトがありましたね。あのキャラクターは、原作を超えた描き込みがされている。
脚本はもっと書いているし、撮影ももっとしています。編集でカットしてああなりましたが、僕としては、佐倉という人物は現代の主人公を照らす存在として最重要視していました。だから脚本で書き込んだし、高杉さん(佐倉役)ともかなりディスカッションを重ねました。このお話は現代の主人公を最終目標にして進んでいく点が肝なわけで、かなり重要な登場人物です。
ところどころ、ホラーテイストなシーンが混じってくるのが、これまた印象的でした。
このお話にはもうひとつ、主人公の内面を追いかけて追いかけて追いかけまわす(笑)、精神の旅のような側面もある。そこをどう描くかと考えたときに、局面局面で説明ナレーションが入ったり、主人公が会話で「私はこう思った」と説明するのは避けたかった。どうしようかと考えて、悪夢的映像で視覚的に訴えるアイデアに行き着きました。劇中に、「私のことなんて、あなたにはわからないよ」というセリフが出てくるのですが、まさに彼女の内面は誰にも見ることはできない。その中身を、ああいう悪夢っぽいシーンで描くのもありだと考えたわけです。
青春もの、恋愛ものであるはずの映画で、ホラーなシーンの撮影もある。現場の雰囲気はまったく変わるのでは?
たしかに(笑)。「いったいこれ、なんの撮影だっけ?」と、笑うスタッフもいましたね。そういうことも含めて、僕にとってはとても楽しかった。
もうひとつ、台所にたたずむ主人公とおばあちゃんを窓の外、木の上くらいの目線から撮ったシーンが、とても綺麗だった。
気づいてもらえて、嬉しいです(笑)。ああいう綺麗な絵が必要だと思って撮ったシーンで、かなり予算を割いてセットを作り、撮りました。しかもセットの中でも、あの台所の外側部分はあのシーンでしか使っていない。あのカットのためだけに、セットを一部拡張するわけですから、構想の段階から、スタッフ内でけっこう賛否が分かれ、議論に議論を重ねて、やっと撮れたシーンなんです。あそこは実は、ストーリーの流れの中では、とても残酷な出来事のイントロダクションになる。だからこそ綺麗でなくてはならないと思い、こだわりました。
監督としては、満足感の大きいシーン?
かなり達成感のある撮影でしたね。斉藤岩男さんの美術も、すばらしかった。
あの佐藤信介が、大ヒットコミックスを原作とした脚本を書く。
佐藤信介ファンの多くは、「佐藤信介のつくるオリジナルストーリー」が好きなのだと思う。そういう意味では、今回のような原作のある作品は、ファンもかなり注目しているはず。取り組むにあたっての心構えは、ありました?
脚本の仕事で三島由紀夫の『春の雪』を原作に、映画の脚本を書いたことがあります。その時に思ったのは、映画化にあたり、原作を完全に壊すという取り組み方は、やめようと。むしろ、原作のファン、昔読んだ人、最近読んだ人、そういう人に観てもらっても、「そういえば、あれはこういう話だったかも」、「たしかにこういう解釈も成り立つ」と共感してもらえるようなアプローチをしたいと思いました。『砂時計』にも、脚本作りの段階から、そういう心構えで取り組みました。
原作が大ヒットした上に、テレビドラマ化されてそっちもヒット。映画を作る者にとっては、むしろハードルが高くなったのでは?
そうですね、言わば3回目の作品化ですからね。テレビドラマのダイジェスト版を作っても意味はないので、3つめの「『砂時計』の楽しみ方」を提示できればいいなと考えました。また、原作をぜんぜん知らない映画ファンに、映画として面白いと思ってもらえるようなものにもしたかった。最終的には、原作とも、テレビドラマとも違う新しい切り口は示せたと思っています。
取材日:2008年2月1日
Profile of 佐藤信介
1970年生まれ。広島県出身。武蔵野美術大学在学中の93年に脚本・監督を務めた16ミリ短編映画『寮内厳粛(りょうないげんしゅく)』がぴあフィルムフェスティバル94(PFF94)でグランプリを受賞。また、引き続き在学中に脚本・監督を務めた中編作品『月島狂奏(つきしまきょうそう)』(94)と長編作品『正門前行(せいもんまえゆき)』も高い評価を受ける。 その後、PFF94の審査員だった市川準監督の『東京夜曲』(97)、『たどんとちくわ(「たどん」を担当)』(98)、『ざわざわ下北沢』(00)、および行定勲監督の『ひまわり』(00)、『ロックンロールミシン』(02)、『サヨナライツカ』(02、未制作)の脚本を執筆。その一方ドラマの演出や脚本を精力的に手掛ける。 2001年尾崎豊の代表曲に初めて使用許可がおりた映画『LOVE SONG』で監督メジャー・デビュー。続く監督第2作目『修羅雪姫』では本格アクションを監督。各国の映画祭で公開され、アメリカ、イギリスをはじめとする、20カ国以上で配給が決まる。2003年には北米で公開。各誌で好評を博す。 2003年ジャニーズ・エンタテイメント制作の映画第2弾として全編宇宙を舞台としたSF映画『COSMICRESCUE』を監督。 2005年『いぬのえいが』(監督:犬童一心ほか)のメインストーリーの脚本と劇中の一本『恋するコロ』の監督・脚本として参加。続いて10月公開『春の雪』(監督:行定勲)の脚本を手掛ける。 また『県庁の星』(監督:西谷宏 主演:織田裕二)の脚本も執筆。2006年2月公開。 2005年から始まった短編企画は、『死角関係』(05)『死亡時刻』(06)と続き、『デッサン』、『ハイヒール』(07)と立て続けに制作。『死亡時刻』は、ドイツ、スペイン、アメリカなど、各国の映画祭で上映されている。
【作品】 <映画・監督作品>
- 1996年 『寮内厳粛』『月島狂奏』
- 1997年 『正門前行』
- 1998年 『恋、した。 花嫁の秘密』『恋、した。 千話喧嘩』
- 2000年 『三原有三』
- 2001年 『LOVE SONG』『修羅雪姫』
- 2003年 『COSMIC RESCUE The Moonlight Generations』
- 2005年 『いぬのえいが』
- 2006年 『死亡時刻』
- 2008年 『砂時計』