もっとプールに笑顔を! 日本唯一のプール専門水中フォトグラファーが語るイノベーションの生み出し方
独特の浮遊感のある非日常的な水中風景、楽しそうに泳ぐ人のこぼれんばかりの笑顔。プール専門水中フォトグラファー・西川隼矢(にしがわ じゅんや)さんの作品は、そんな不思議な魅力で見る者を引き付けて離しません。その活躍は写真だけにとどまらず、現在は株式会社Rockin’Pool(ロッキンプール)のCEOとして、プールにイノベーションをもたらすさまざまな事業にも積極的に取り組んでいます。水中フォトグラファーの道へ進んだきっかけから作品に対する姿勢、将来の展望やイノベーションの生み出し方など、たっぷりと聞きました。
見慣れた水中風景がアートに変わり、衝撃が走った
プール専門フォトグラファーに至るまでの経歴を教えてください。
水泳は小学校低学年から始め、大学では4年間、オリンピックを目指して練習に打ち込む日々を送りました。アテネ五輪代表選考会に出場しましたが、上には上がいるもので、オリンピックには手が届きませんでした。
しかし卒業後はその経験を生かせる仕事に就きたいと考え、上京してフィットネスクラブに就職。3年間、水泳のインストラクターをしていたところ、次第に水泳以外の自分の可能性を探りたくなって、意を決して転職し、IT業界に飛び込んだのです。
水泳とは全く異なる分野ですね! なぜITの仕事を選んだのですか?
もともとパソコンには興味があり、大学進学の際には水泳を辞めて情報処理の分野を選ぶか迷ったほど。一度はIT業界のことを知りたかったのに加えて、年を取ってから「あのときITに進めばよかった」と後悔したくないという気持ちもあったんです。SE(システムエンジニア)としてはゼロからのスタートだったため、最初の年はずいぶん苦労しました。
仕事に没頭しているうちに2年ほど水泳から離れてしまったのですが、あるときに仲間と水泳の練習会に参加することになり、大会にも出場するようになりました。そこで感じたのは「レースが楽しくない」という気持ち。残酷(ざんこく)なもので、引退してしまうと、せっかく出場した大会が自己ベストタイムから何秒落ちたのか、自分の衰えを確認する場になってしまうんです。
アスリートゆえの葛藤ですね。その後も水泳を続けたのですか?
はい。私自身が楽しめるプールのイベントをしたいと思い立ち、東京辰巳国際水泳場を貸し切って、碁石拾いやバランスボールをバトンに見立てたリレーなど、泳力に関係なく老若男女が楽しめる水泳大会を開催しました。これがすごく面白かったんですよ。しかし継続するには資金も必要です。そこで、大会の参加賞として作ったオリジナルのメッシュキャップやTシャツが好評だったこともあり、脱サラしてアパレル事業を立ち上げました。
水泳用品だけでなく、ランニングブームに乗ってランナー用のアイテムも展開したのですが、どうしてもモチベーションが上がらないんです。「スイマーを喜ばせたい」という気持ちで始めたはずなのに、なぜランナーを喜ばせるものを作っているんだろうと。水中写真に出会ったのは、そんな迷いを抱えている時期でした。
どのような出会いだったのですか?
競泳選手時代から切磋琢磨(せっさたくま)していた親友が引退することになり、記念に彼の泳いでいる姿を一冊のアルバムにして渡そうと思ったんです。
練習の様子を撮影しに行くと、プールの横に小窓があって水中をのぞけるようになっていました。そこから一眼レフカメラで撮ったのが、初めての水中写真です。それを自宅で現像したときのことは、今でも鮮明に覚えています。「こんなに美しい世界があるんだ」と衝撃が走りました。
見慣れたはずのプールの水中風景が、1枚の写真にした瞬間にものすごくアーティスティックな空間に感じられたんですね。この写真がきっかけとなり、プールでの水中写真をさらに追求しようとフォトグラファーとして活動することを決めました。
師匠もいない、学校もない。覚悟を決めて自己流を追求
プールでの水中撮影スキルはどのように身に付けたのですか?
100%と断言していいほど独学です(笑)。
活動を始めた当時、海中撮影のハウツー本は数多く出版されていましたが、プールの水中写真に関する本は一切ありませんでした。今でこそ、海中だけでなくプールでも撮影するフォトグラファーがいらっしゃいますが、その時はプール撮影の師匠もいないし、学校もない。海中撮影のノウハウがあれば、装置をそのままプールに持ち込んで撮影することもできますが、私にはそれすらありません。「自己流でやるしかないな」と覚悟を決めました。
ちょうどその頃、アパレル事業を閉じてスイミングスクールでアルバイトもして生活していたため、誰もいない夜間のプールを使わせてもらえないかとスクールにお願いして、夜な夜な水中撮影の研究をしたのです。
具体的にどんなことをしたのですか?
プールにマネキンを沈め、プールサイドに置いたストロボライトを少しずつ動かしては撮って確認、の繰り返しです。光の当て方や角度による水面の映り込みなど、試行錯誤を重ねてオリジナルのマニュアル作り、自己流でノウハウを蓄積していきました。
今考えれば、誰にも習うことなく技術を追求していった結果が、水中でストロボライトを使用する一般的な海中撮影とは全く異なる独自の撮影方法を生み出すことにつながったのだと思います。
転機となった仕事は?
最初は友人の子供を撮影することが多く、その写真を親御さんの了承をもらってSNSで公開していたところ、「こんな写真見たことない」と口コミで評判が広がりました。それから半年もかからず有名スイム用品メーカーから広告写真撮影の依頼があり、それがきっかけで大手企業からも声がかかるようになっていきました。
プールは楽しい。その感情を呼び起こさせたい
西川さんが考えるプール写真の魅力とは何ですか?
空間描写を“作り込める”ことだと思います。プールでの水中写真は、単に被写体を撮影しただけでは白く濁ったようになりますが、十分な光量で撮影したものを現像することで、コントラストがはっきりとした写真になります。
それに加えて、背景に黒い布を貼ったり、複数のストロボライトを使用した「多灯ライティング」をしたり、水面への映り込みを利用した角度から撮影するなど、さまざまな工夫をこらすことで多種多様な演出が可能になるんです。細かな設計を重ねたうえで、被写体の感情が際立つような一瞬を写真に閉じ込める。撮影準備の過程も含めて、全てにおいて“作り込める要素”があるんですよ。
また、海中撮影と違って、プールでは納得がいくまで何度でもリテイクできます。そこに泡などの偶然性が加わると、自分の想像を超える作品が撮れることがあるんです。撮影したときに現場で「よし、いいぞ」と納得した会心の1枚が、現像するとさらに驚くほど美しい作品に昇華することも。そういう「1度で2度おいしい」みたいな写真が撮れたときは、喜びもひとしおですね(笑)。
実は、プールという場所は泳ぐだけではもったいないほどアートな空間です。しかし、その魅力を発信している人はごくわずかしかいません。だからこそ、私が発信し続けなければいけないという使命感を持ちながら、プールでの水中写真の魅力をさらに探求して、もっといろいろな人がプールに集まる文化を育てていきたいと考えています。
西川さんの作品には、子供の笑顔が印象的なものがたくさんありますね。
子供の写真を撮ると、本人以上に親御さんがとても喜んでくれるんです。親御さんからはプールの中の子供の表情は見られませんから、「水中でこんな笑顔になっているの!?」と驚かれます。
それに、子供が水泳を辞める理由の多くは、「しんどい」とか「つまらない」といったことだと思います。水泳に負の印象を持ったままだと、大人になってから健康作りやダイエットなどの機会に、気軽に「プールに行こう」の選択肢は出てこないと思うんですよね。プールでの笑顔が写真に残っていることが、「プールは楽しいものだ」という感情を呼び起こすきっかけになればと思っています。
自由な発想とテクノロジーでプールにイノベーションを
西川さんがCEOを務めるRockin’Pool(ロッキンプール)とはどんな会社ですか?
「人と笑顔をもっとプールに集める」という企業理念を掲げており、文字通り「ロック」を「プール」に「イン」する会社です。私はロックの定義を「自由と遊び心」だと思っています。昔は「プールで遊ぶ自由」がありました。今は「プールに飛び込んではだめ」「水に沈みっぱなしもだめ」など、規制が増えてプールの楽しさが失われつつあると感じています。
でも、自由に遊ぶ楽しさこそプールを好きになるきっかけだと思うんです。ですから「自由と遊び心」のロックを取り入れて、プールをより面白くしていきたいという思いで運営しています。
プールアイテム開発事業の一つにプールとVR(仮想現実)を組み合わせた水中ゲームがあります。各メディアで話題になっていますが、その発想はどこから生まれたのでしょう?
プールVRゲームは、水の抵抗を利用して、高齢者や障害者の方まで誰もが楽しみながら運動ができるバリアフリーテクノスポーツです。私は以前から「25mをただ泳いだり歩いたりするだけ」という縛りから開放されたプールを作りたいと考えていましたが、これまでのプールは新しいテクノロジーを受け入れられない空間でした。ITやIoTが発達した今でも、スマートウォッチの持ち込みを禁止するプールもあるほどです。それはすごくもったいない。
例えば、25mプールの1レーンに3人泳いでいたら「かなり混んでいるな」という印象を受けます。つまり25mに3人というのが、レストランでいう満席状態なんです。でもプールVRでは、1人当たり2mで区切れば25mレーンに12ブースを設置でき、プールでより多くの人が、さまざまな楽しみ方をできるようになります。
今後、プールはどのように変わっていくでしょうか?
いろいろな目的の人がプールに集まる文化になっていくと思います。リハビリや美容のため、さらには運動しながら勉強したい人など、あらゆる目的を持った人が1つのコースに入り、それぞれが違ったことをしているイメージですね。従来のプールは、時間やコースを分けるなどして、同じ属性の人を集めるのが一般的でしたが、もうその必要はなくなります。もちろん今まで通り泳ぐコースもありながら、VRを楽しめるブースがプールサイド側にあり、それぞれが違うことをしている。そんなプールが今後増えていくんじゃないかな。
いずれにせよ、VRに限らずちょっとしたことでプール環境がガラリと変わるくらいのイノベーションが起きるはずです。プールはここ30年間、全くといっていいほど進化しておらず、少し先進性のある取り組みをしただけでもインパクトが大きいです。テクノロジーによる新しいコンテンツを導入できれば、プールがより楽しい場所になる余地はまだまだ残されていると思っています。
保護者に安全安心を届けたい。ぶれない軸が自分の強み
今般のコロナ禍で、西川さんが開発した水泳指導者向け耐水透明マスク「プールマスクマン」が話題を集めています。どんな思いで作ったのですか?
プールでの子供の指導は、顔と顔がとても接近する場合があり、飛沫(ひまつ)が直接口に入りやすい環境にあります。「声を出さないで指導している」所もあるようでしたが、限界があると感じました。
布マスクは表情が見えにくくレッスンの質に影響しますし、そもそも濡れたら息ができなくなってしまうので危なくて使えません。そこで、前方に出る飛沫をカットする透明な耐水マスクが必要だと考えました。
開発をする際に気を付けたことはありますか?
今、スイミングスクールのほとんどは、密を避けるためにプールの入口までしか保護者が同伴できなかったり、送り迎えだけしかできなかったりする状況です。つまり、プールでどういうコロナ対策が取られているか、肝心な部分がブラックボックスになっていることが多いので、保護者に安全安心を届けたいと考えました。
そこで「プールマスクマン」という子供でも覚えやすいネーミングにして、スクールのエントランス付近には、プールマスクマンがコロナ星人と戦う姿を描いたポスターを掲示してもらい、子供たちにその塗り絵を配布することで、親子で「プールに行ったらプールマスクマンがいて、それでね」と自然な会話が生まれるような仕組みを作りました。
透明マスクを作るだけではなく、どうしたら保護者に伝わるかということをセットにして打ち出したというわけです。そしてとにかくスピード感が重要ですから、発案からマスクの配布まで、わずか19日間でやり終えました。
すごいですね。その原動力はどこから生まれたのですか?
「プールに関わる人を笑顔にしたい」というぶれない軸を持っていると、迷いがないんです。
今回の「プールマスクマン」も、少しでも迷いがあれば19日間では絶対に完成しなかったでしょう。プール専門フォトグラファーになる前に紆余曲折(うよきょくせつ)あったことで、今はしっかりと修正ができている。それが私の強みでもあります。
人から「NO」といわれたアイデアは「GO」だ!
今後、プールとテクノロジーを融合させてどんな世界を作っていきたいですか?
24時間365日、ずっとプールの中で生活できる環境を作りたいと考えています。人間は老いとともに活動領域が狭まり、体験の質が落ちてしまう。しかし、カプセルのようなプールに入ってVRゴーグルを装着すれば、バーチャルな空間で第2の人生を楽しめるかもしれません。
人生100年といわれますが、もっと先まで人生を楽しめる可能性だってあります。老いても面白い人生が待っていると思うと、老後をポジティブにとらえることができませんか?
そういう明るい未来、面白い未来を作って、その中で経済圏を構築できれば、ビジネスとしても可能性が広がるのではないかと思います。実用化までにはまだまだたくさんの課題がありますが、私が生きている間に必ず実現させたいと本気で考えています。そしてまず私自身が入りたいですね(笑)。
イノベーションで世の中を変えたいと思っているクリエイターに向けて、メッセージをお願いします!
どんなアイデアにも必ず「NO」という人はいます。「何それ絶対に売れないよ」とか「ダサい」とか。でも皆が「YES」と言うことは、どこかの誰かがすでに実現していることです。「NO」というのは、その人にとってイメージできないことだからなんですよ。
私は人から「やらないほうがいいよ」と言われたときは、むしろ「よし! 俺はこの人の想像力を超えている」と喜んでしまいますね(笑)。他人にはイメージできないけれど、自分でイメージできているのであれば、それは可能性の塊の証なので完全に「GO」です。他人がイメージできないものを作ることで、その先にイノベーションがある。自分の人生の軸を持って、ぶれずに突き進んでください!
取材日:2020年7月6日 ライター:小泉 真治