「ワンダヴィジョン」のアートディレクター・チカコ スズキさん「いつか時代劇に携わってみたい」
2014年にアメリカンコメディドラマ「ハウス・オブ・ライズ」でエミー賞の美術賞を受賞するなど、ハリウッドで活躍している日本人アートディレクター(美術監督)のチカコ スズキさん。報道現場を扱った社会派ドラマ「ニュースルーム」。マーベルシェアシリーズの「エージェント・カーター」、「ワンダヴィジョン」など、数多くのドラマに携わってきました。今回は、チカコさんにどのようにしてハリウッドの仕事に就いたのか、アートディレクターという仕事について、「ものづくり」で大事にしていることなどを伺います。
報道を学ぶために渡米して、実際に学んだのは舞台美術、気持ちはハリウッドに
高校卒業後、渡米したチカコさん。最初から美術を学ぶことが目的だったのですか?
最初は漠然と英語を学ぼうと思って留学しました。大学に入って何を学ぼうかと考えたときに、昔からいろいろなものを見て回りたいという気持ちが強かったこともあり、報道を勉強しようと思ったんです。取材でいろいろなところに行って見られるという安易な考えでしたね。ただ実際に学んでみて、ちょっと自分の方向と違ったというか、もう少し娯楽性のあることを勉強したいと思い、演劇学部に代わりました。私は衣装とかメイクアップを学びたかったのですが、その学校は、照明から美術、演技など演劇に関わること全てを学ばなければいけなくて。そして自分が学びたかった衣装のクラスがたまたまいっぱいで。まず他のクラスからと舞台美術のクラスを選んだのが、私の人生を変えることに。そこで出会った先生が本当に素晴らしい方で、その影響から美術にのめり込み、ブロードウェイのセットデザイナーになろうと4年間がっつり、舞台美術を勉強したんです。
スタートは舞台美術だったんですね。
そうなんです。その後もう少し学びたくなって、全米の演劇学校のトップ3と言われている、カーネギーメロン大学の大学院に行き舞台美術を学んだのですが、またそこでもちょっと違うと感じて……。周りのみんなは演劇オタクな人ばかりで、知識も情熱もすごすぎて、そのノリについていけなかったんですよ。なんか普通に会話をしていても急に歌い出したりと、私生活もミュージカルな人が多かった(笑)。それで、今まで勉強したことを活かしつつ何ができるんだろう? と考えたときに映像美術にいきつきました。最終的に3年で卒業したのですが、1年生の後半からは気持ちはハリウッドでしたね。
舞台から映像……。同じ美術でも全く違う気もするのですが。
舞台はお客様の想像力にお任せすることが多く、普通じゃ考えられないセットを作っても案外違和感がなかったりします。ただ映像となると現実に近づけなければならないのでリアリティが必要。そういう違いはありますが、根本に脚本があるのは同じ。脚本を読んでイメージを膨らまして、いろいろなことを調べていくんです。私は、大学時代に脚本の読み込みをすごくさせられたので、それが役に立っていると思います。そして脚本家やプロデューサー、ディレクターの想像を汲み取っていくことが大事。アートディレクターと聞くと職人のようなイメージがあるかもしれませんが、みんなと意見交換をしながら共同で作業していきます。これは舞台と映像、違いはないですね。
映画やドラマのような運命の人との出会いが今の自分を作っている
大学院卒業後、ハリウッドでアートディレクターとして歩み始めます。何かツテなどあったのですか?
何もなかったです。卒業したらすぐに車に荷物を詰め込んで、L.A.までアメリカ横断です。当時は本当に何も考えず、自分のインスピレーションだけで突き進んでいたというか……。きっと若いからできたんだと思います。まずはアシスタントとして働こうと、当時はまだメールやSNSがない時代だったので、知らない人に電話をかけて仕事を探すところから始めました。めちゃくちゃハードルが高かったですね。そこで出会ったのが、『エド・ウッド』や『ノーカントリー』などの映画で美術デザインを手掛けたリチャード・フーバー。リチャードの家で面接のようなことになり、私の卒論を見せたら「僕、この映画版のデザインをしたよ!」という話になったんです。私の卒論は、彼が美術を担当した映画『DEAD MAN WALKING』(デッドマン・ウォーキング)のオペラ版だったんですよ。そこで盛り上がって、いきなり「今日から働ける?」とトントン拍子に……。それ以降、ずっとお世話になっていますね。
なにか運命を感じますね。
私が卒論を書いたとき『DEAD MAN WALKING』を観ていましたが、何の意識もしていなかったです。ただこうやって続いていったのは運命だと感じます。やっぱり人のつながりってすごく大事だし、大切にしたいことですね。リチャードのツテでお知り合いになった人とも今でも付き合いがあるなど、どんどん繋がっていくんですよ。
お話を聞いているとコミュニケーション力が高いと感じます。昔から得意だったのですか?
昔は人見知りだったんですが、この仕事をするようになって、自分の殻を破ってコミュニケーションを取るようにしています(笑)。ただ順応性はあるタイプなのかもしれないですね。どこにいっても馴染めるから。ただ渡米したころは、やはり言葉の壁を感じることも多かったですよ。そのときはなるべく外国人の友達と一緒に遊んで、英語を使わなきゃいけない境遇に自分を持っていきました。そうしたら慣れてくるというか……。「最初の一歩は自分から動かないと」何も始まらないのかなと。
アートディレクターはイメージを現実世界で形にする仕事
そもそもアートディレクターとはどのようなお仕事ですか?
作品全体のイメージを現実の世界に落とし込んでいくのがアートディレクターの仕事です。そのために大道具さんや小道具さん、装飾さんたちに指示を出して形にしていきます。デザインを始めるときは平坦な2Dの世界ですが、実際に大道具さんが建て始めて3Dに、そこから装飾さんらが入っていろいろデコレーションしていくとまたガラッと変わるんですよ。多くの人の手が入り、物が増えていくことによって、どんどん世界が濃くなっていき、最終的には役者さんができあがった世界で生きてくださることで現実になっていく……。ゼロからどんどん世界を作りあげていくのが楽しいです。
1話分の映像の中であっても、セットはたくさん出てきますよね。
たくさん…そうですね。海外ドラマだとパーマネントセットというメインのセットがいくつかあり、それはシーズンを通して使用されます。他に1話ごとに出てくるセット。これは毎回建てます。あとロケの場所にセットを建てることも。そこに装飾をするなど何かしら手を入れています。
ディレクションについてお聞きします。大道具さんや装飾さんに指示を出す際に気をつけている点はありますか?
装飾さんにはあまり多くを言わずにお任せするようにしています。私自身、一番弱いのが装飾なんですよ。自分の家の壁に絵を飾ったりするのも苦手で(笑)。装飾さんはここにこういう感じの絵を飾りたいと伝えたら、完璧な物を揃えて配置してくれるんですよ。これは本当に才能。だからそこは才能に任せて口を出さないようにしています。だからこそ最初に、ニュアンスや色などはきちんと伝えることを大事にしていますね。
人の関わる仕事だと、皆が気持ちよく仕事ができる状況が一番ですよね。
本当にそうですね。とくにテレビの現場になると、かなり長丁場になるんですよ。例えば日本のキー局にあたるネットワークでのドラマは、1シーズン23話とか平気であり、大体10カ月ほど同じメンバーで仕事を進めていくことになります。そしてその番組が人気になると5年とか10年とか続いていって……。そうなるともう家族ですよね。だからこそ、ざっくばらんに言いたいことが言える関係性を作っていく必要があります。あとは、長期間の集中力も大事。10カ月間、ずっとその作品のことを思い続けるわけですから。これは、長年この仕事をして分かってきたことかもしれません。
エミー賞を獲ってもこれという変化はなかった
2014年には「ハウス・オブ・ライズ」でエミー賞の美術賞を受賞されましたが、賞を獲ったことで何か変わりましたか?
受賞後は新しい仕事のオファーがきたときに、「これできます?」みたいなことは聞かれなくなりました。信用されるようになったというか、まぁ大丈夫でしょうみたいな感じなんですかね。変化としてはそれくらい。気持ち的にも変わらなかったし、正直ギャラも上がっていないですし(笑)。日本からのオファーもなかったです。あまり日本ではエミー賞が知られていないというのもあるのですが、アカデミー賞との違いは感じています。
日本の作品も手掛けてみたい気持ちはありますか?
作品によってはやりたいですよ。とくに時代劇をやりたいとずっと思っていて。元々日本史が好きだったので興味があるのですが、アメリカに行ってから余計に、住んでいない日本の良さが分かってきている。だからこそやってみたいなって。ハリウッドでも今、「第二次時代劇ブーム」がきているのですが、なかなか携われないですね。ただハリウッドのはやっぱり“なんちゃって時代劇”になるので、もし私がやれるならその部分を変えたい思いはあります。
ちなみに日本人であることが強みになったり、またその逆はあったりするのですか?
「日本人だから雇われた」ことはほぼないですね。ただ、結局ダメになってしまいましたが、マンガ原作の『AKIRA』の実写版のお話しはいただいていました。どうも予算的に折り合いがつかなかったみたいです。楽しみにしていただけに本当に残念。逆に差別もとくに感じないです。ハリウッドは人種差別が表沙汰になったり「MeToo運動」が起きたりする度にどんどん変わっています。以前だと男性しかいなかった照明や大道具などの部署にも女性が増えてきていて。人種・性別にかかわらず実力があれば活躍できるでしょう。ちゃんとやっている人は残って成功しているので、興味があって粘り強い人はぜひ挑戦してもらいたいです。
配信ドラマが多くなり、よりエンタメが面白くなってきた
コロナ禍により、日本では映画界に大きな影響が出ており、制作側、観客共に変化が起きています。ハリウッドではどのような影響があったのですか?
コロナが始まったころはスタジオも閉まっていましたが、今は普通ですね。コロナ前からAmazonのような配信サービスが強くなっていて、その配信用作品のおかげか10年前に比べたら作品数がすごく増えています。配信は規制が少ないので、(普通のTV)ネットワークではできない作品がたくさん作られる。だからジャンルも多く、面白い作品もたくさん。その延長上で、昔は映画しか出ていなかった俳優さんもドラマに出演することが増えてきました。映画とドラマの差がなくなってきているんだと思います。ただ一方で、映画の魅力も再認識しています。やはり大スクリーンと素晴らしいサウンドで作品を見るのは特別ですから。あと、セットも大写しで隅々まで見せられますしね。大きな画面で見せるために作られた作品、その世界にどっぷりハマれるのが映画の魅力です。
作品数が多くなると見られなくなる作品も増えてきますね。
その問題はありますね。私の友人でもプロデューサーや監督がいますが、作品が埋もれないようにプロモーションに力を入れています。まぁ一番いいのは口コミだと思います。以前、私が映画祭のプロデュースをしていたとき、日本映画の『カメラを止めるな!』(17年)を上映したことがあるんですよ。ちょうど作品の選考をしていたときにTwitterで話題になり始めていて。見たらすごく面白かったし、なによりも映画愛が伝わってきて、これは絶対にハリウッドで上映しなければと思いました。とはいえ、L.A.で日本映画まで追っかけている人はなかなかいなくて、観客が入るのかな?と不安でした。ところが、日本で話題になっていることが口コミで広がってソールドアウト。大盛況でした。そのときは本当に口コミの力ってすごいなと。まぁこんなに上手く話題にならない作品もいっぱいあるのですが……。でもそれにめげずに作り続けることも大事だと思います。
クリエイターにとって大事なことは何だと思いますか?
自分が情熱をもてる好きなことを見つけることです。情熱がないと、どんなことも続かないので。ただ、何に熱中したらいいのか分からない若者も増えてきていると聞いています。そういう人は、少しでも外に目を向けると何か見つかるんじゃないかな?と思います。それが今まで興味のあったものだったり、全く違うものの可能性もある。私も自分のやりたいことにたどり着くまで、すごく回り道をしましたから。でも時間がかかってもいいと思うんですよ。そうして、いつか何かを見つけられた人は強いです。
チカコさんも最初は舞台美術から始めたのでしたね。
そうですよ。ただ私は昔から、何かを作り出すことに興味があったのは確かで。小学校のときに学級会で演劇をしたり、高校生のときに体育の授業で創作ダンスをしたり……。これらは全て作り出すことです。「何かを生み出すのが大好き」それは大人になっても変わっていないですね。
日々、自分のクリエイティブな感度を上げるためにしている事はありますか?
映画を観たり、美術館に行ったり、街中を歩いているときも建物や照明などをよく見ています。そうやって日常から少しずつですが刺激をもらって、自分の中のストックを増やしています。あと最近は、Instagramもよく見ているかな。自分がフォローしていない「オススメ」とかにすごい建築やデザインが出てきたりしたら嬉しくなります。自分が知らない世界に触れるのは楽しいですよ。
取材日:2021年6月3日 ライター:玉置 晴子 ムービー撮影・編集:椎名 賢治
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映画好き、映画製作を目指す方、海外で映画の仕事をしたい方、背景美術に興味のある方必見のセミナー開催!
日本の美術館とは少し様相が異なるハリウッドの美術監督という仕事について理解を深めると共に、デジタル化やネット配信が主流になりつつある近年、ご自身の仕事や環境の変化と、それに伴う今後の動き予測や今の世代が持つ海外進出のチャンスなどについてお話いただきます。
また海外で活躍するための基本的なスキルや意識について、ご本人の経験談を交えてお話いただき、海外で活動するために、まず何をしたらよいのかを現在のハリウッドの環境に照らし合わせながらお話いただきます。
~終了しました~
Website: chikakosuzuki.com
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