この時代だからこそ描けた物語『竜とそばかすの姫』で細田守監督が見るインターネットの今と未来
東映動画(現・東映アニメーション)在籍時代に手掛けた短編アニメーション映画『劇場版デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム!』(2000年)で一躍その名が知られ、独立後は長編アニメーション映画『時をかける少女』(2006年)をはじめ、国内外から絶賛される映画を作り続けている細田守(ほそだ まもる)監督。
その最新作となる『竜とそばかすの姫』が、2021年7月16日(金)に公開されました。『サマーウォーズ』(2009年公開)以来となる、現実世界とインターネット世界が交錯する物語を描くにあたって意識したことは? インターネットはどうあるべきで、今後どのような姿になっていくのか? 日本を代表する映画監督の一人である細田さんに、その胸中を伺いました。
ディズニー版『美女と野獣』に衝撃を受けた青年期
『竜とそばかすの姫』の着想はどのようなものだったのでしょうか。
「インターネットの世界を舞台に「美女と野獣」を描いたらどうなるか」と思いついたのがきっかけですね。ジャン・コクトー監督が撮った映画『美女と野獣』(1946年)はもちろんいいのですが、特に好きなのは1991年に制作されたアニメーション映画版です。
当時の僕は大学を卒業して東映動画(現・東映アニメーション)に入社し、アニメーターとして働き始めたばかりの頃でしたが、アニメの制作環境は非常に過酷なもので、続けていくのは難しそうだなと感じていました。
そんな時に公開されたのがアニメ版『美女と野獣』で、その素晴らしさに大きな感銘を受けました。「自分でもこういう作品が作れる日がくるなら、今は辛くてもアニメ製作を続けていこう」と思えたんです。それから30年が経ち、その念願を叶えたのがこの『竜とそばかすの姫』です。
細田さんをアニメ業界に踏みとどまらせ、その創作の原点にもなったのですね。タイトルからして『美女と野獣』を思わせるものになっています。
タイトルが決まるまでには紆余曲折があったのですが、結果“竜”と“姫”という対照的な存在が漢字一文字ずつで収まっているのがシンプルでいいよね、と多くの方に言っていただけました。“そばかす”と“姫”、というのもある意味対比語ともいえるくらいにイメージが大きく離れた言葉で、それをシンプルにまとめられたのも気に入っています。
細田監督の描く未来のカタチ
そんな本作の主な舞台はインターネット上の広大な仮想世界<U(ユー)>。『サマーウォーズ』で描かれた仮想世界<OZ(オズ)>を彷彿とさせます。再び仮想世界を描くにあたって意識されたことはありますか?
<OZ>は10億人のユーザーが参加しているという設定ですが、今のFacebookは、デイリーアクティブ利用者が18億人以上います(2021年現在、引用元)。『サマーウォーズ』を公開した2009年当時としては、10億というユーザー数も多めに見積もったつもりでしたが、公開から10年以上が経ち、その数を大きく上回られてしまいました(笑)。
これは感覚をアップデートしなければならないなと思い、『竜とそばかすの姫』の<U>は50億人が利用しているという設定にしました。この数字には、このくらいの大規模なインターネット世界が実現する日がくることを願って、という意味合いも込めています。
ユーザー50億人の仮想世界となると、さすがに5年や10年では実現しなさそうです。
そんな印象はありますよね(笑)。ただ2009年時点でも10億人のユーザーを抱えるインターネットサービスは、まだ先の話だろうと思っていました。50億人という数字も案外遠くない未来に達成されてしまうのかもしれません。
<U>は、ログインするためのデバイスがすごく小ぶりなのも印象的です。現代のものでたとえるなら、ワイヤレスイヤフォンくらいのサイズで。
たとえば現実のVR機器を見ると、大きなゴーグル型のものが多いですよね。ああいう形状をしているうちは、なかなか一般的に広まらないだろうなと思うんです。
女性が「かわいい」と思いながら気軽に着けてくれるようなものでなければ、いいものであっても日常化は果たせないだろうと考えています。SF映画『her/世界でひとつの彼女』(2013年)では、ほくろ程度の小さなサイズのカメラが描かれています。このくらいにならないと誰もが使うようにならないのではと、<U>を描くうえでは、そういうところにも気を使いました。今のご時世であれば、マスク型というのもリアリティがありそうですね。マスクを着けるのがとても自然な行為になりましたから。
本作はインターネットを介した人同士のつながりがポイントで、肯定的に描かれていると感じました。一方で、ネガティブな面もリアルに描写されています。監督はインターネットの未来をどのように考えておられますか。
今はインターネットと言われると、心ない誹謗中傷を思い浮かべる方も多いのではと思います。それが蔓延してしまうのは、SNS(ソーシャルネットワークサービス)と人生がかぎりなく密接なものになってきている一方で、インターネット上ではある程度の匿名性が担保されているからです。もし実際に面と向かって酷いことを言ったら、人間性を疑われてしまいますからね。
ですが近年は、インターネット上での誹謗中傷が大きく問題視され、処罰される事例も増えてきました。インターネットは匿名性が薄れ、社会性を帯びてきているとも言えます。
今後はこの流れがもっと加速し、企業やサービスの提供者などには、個人情報がつまびらかになっていくのではないでしょうか。「テクノロジーの進歩は個人を自由にはさせてくれない」というのはちょっと違うかもしれませんが、今ほどには匿名性を担保してくれるものではなくなっていくのかなと。
膨大な個人情報を元に、僕らが欲しいものを僕らが欲しいと思うより早く提示・供給されるような世の中になるのではと予測しています。その方が圧倒的に便利で、楽ですからね。そもそも現時点でも、さまざまな企業がビッグデータを集めて活用しているわけですし。
『竜とそばかすの姫』では、そこまでのことはまだ描いていないんですけどね(笑)。
『竜とそばかすの姫』が完成したばかりですが、いつか監督がそうした可能性を描く作品を手掛けられるのも楽しみです。
ただ、『竜とそばかすの姫』は、まだ個人の匿名性やプライバシーの秘匿が担保されている、今だからこそのインターネットの利点は描けたと思っています。それは、「見知らぬ誰かが、見知らぬ誰かを助けられる」ということです。
利害関係がない人たち同士が出会い、お互いに名前を知らなくても、気持ちを通い合わせ、必要であれば連帯できる。それこそインターネットの強みであり魅力で、僕の映画では、そういうことを20年くらい前からずっと描いてきているつもりです。
インターネットのもたらすダイナミズムが尊重される時代の“細田流制作術”
ワークフローに沿ったお話も伺えればと思います。『おおかみこどもの雨と雪』(2012年)以降の作品はすべて監督がお一人で脚本も手掛けておられますね。
『時をかける少女』のように原作をお借りして、それと“格闘”しながら脚本を作り上げていく場合は、監督と脚本家が分かれていた方がいいでしょう。実際、『時かけ』では奥寺佐渡子(おくでら さとこ)さんという実績と経験を備えた方にお願いできました。
ですがそれからの映画作品は、僕の内から出てきたものだけを原作としています。たとえば『おおかみこどもの雨と雪』は言ってしまえば僕の母についての物語なんです。それを僕以外の人が脚本にするというのも、ちょっと変な話で。なぜなら僕以上に、僕の母のことを知っている人はいないわけですから。僕が一人で脚本も手掛けるようになったのは、そういう理由からなんです。
また監督の作品を象徴するものとしては、雲をはじめとした美しい背景美術も挙げられます。そこに焦点を当てた「スタジオ地図の宙(ソラ)と雲展」(2021年11月14日まで)が開催されていますね。雲や空といった背景には、どのような思いを込められていますか?
僕の作品はすべて夏に公開されていますので、夏らしさを表現するものとして入道雲を描いています。夏休みに、健康的に日焼けした子供たちが入道雲を見あげる――夏という季節にそうした風景をイメージする方は多いでしょう。僕もすごくいい情景だと思っています。
僕の作品を見て「大人の方であればそうした原風景に思いをはせてほしいし、子供であればそういう風景を、夏を象徴するものとして見てほしい」いつもそういう願いを込めているんです。
本作では、フラワーアーティストの篠崎恵美(しのざき めぐみ)さんやファッションデザイナーの森永邦彦(もりなが くにひこ)さんなど、普段アニメーション制作とはほとんど関わりを持たない、他業種のスペシャリストが数多く参加されています。特に大きな驚きや手ごたえを感じたクリエイティブをお教え願えますか。
『竜とそばかすの姫』はいわばそういうコラボレーションだらけの作品ですので、制作時はいつも驚きに満たされていました(笑)。作品の題材がインターネットだったからこそ、スタッフ選出もこれまでよりその影響を受けた面はあると思います。「この職業の人は、この範囲の仕事だけすればいい」というような固定観念を取り払ってくれるのも、インターネットのいいところの一つだと思うからです。
たとえば、<U>のコンセプトアートをお願いしたエリック・ウォン(Eric Wong)さんは、彼がインターネットで公開していたクリエイティブに惚れ込んで、お声がけしたのですが、彼がロンドン在住で、建築家兼デザイナーであるというのはお願いしたあとで初めて知りました。
プロフィールや職業に縛られない、一種の公平な世界。これこそインターネットがもたらしてくれるダイナミズムともいうべきものです。これからはこうしたダイナミズムがもっと尊重される世界になっていくでしょう。
そうしたダイナミズムに満ちた制作体制は、当初から意識されておられましたか?
最初から意識していてそうなった面もありますし、作品内容に引っ張られて、制作中により一層そうなっていった、という面もあります。両方ですね。
「インターネットを介したプロダクション」という意味では、公式サイトなどで行われたエキストラシンガーの募集も印象的でした。
音楽監督である岩崎太整(いわさき たいせい)さんからの考案でしたが、すごくおもしろい試みになりました。何千人もの方がガイドラインにそって歌声を送ってくださり、「Pro Tools」という音楽編集ソフトを使って、全員の方の歌声を使わせていただきました。
岩崎さんは映画『ワンダーウォール 劇場版』(2020年)でも、合唱シーンに生で収録したものを使用しています。その臨場感がものすごくて。今回の企画は、その延長線上にあるともいえるかもしれません。エキストラシンガーの歌うところはライブ感あふれる、いいシーンに仕上がったと思います。
これまでの作品も含めての話になりますが、『時をかける少女』以降は、きっちり3年おきに新たな長編アニメーション映画を制作・発表し続けておられます。こうしたスパンは意識されてのことですか?
長編劇場アニメーションを作るのに必要な最短の期間で、かつ、企画が古くならない最長の期間。その折り合いがつくのが私の中では3年なのです。
プリプロダクションにかける期間、プロダクションにかける期間……というような内訳も、ご自身の中では決まっておられるのでしょうか。
大まかなものはありまして、いつもそれに即して制作しています。そういう意味では、ある程度はルーティンワークのようになっていますね。
最後に、クリエイターを目指す若者たちへ向けたメッセージをお願いします。
若い演出家と話すと伸び悩んでいるというような話は聞きますし、昔を振り返れば、僕自身も悩んでいたことはあったと思います。ただ、同じ業界にいる者同士ですら目指す場所やゴールは人それぞれで異なるものですし、僕がやっていること、やり方は多数派ではないと認識していますので、あまり若い方の参考にはならないかもしれないです。
そのうえで、あえて言うならば「チャレンジしてみる」でしょうか。僕は大学を出てアニメ業界に入る前から演出志望でしたが、最初の6年間はアニメーターとして経験を積みました。今思うとそれが結果的に、いいキャリア形成につながったと思っています。最初から演出助手をやっていたらできなかった経験だからです。「演出をするうえで武器になっている」という感覚があります。
求められる作品は時代とともに変化していきます。苦しいことや辛い時期もあるだろうとは思いますが、若い皆さんがチャレンジして糧を得て、時代に即した新しい作品を作っていってくれたら嬉しいですね。
取材日:2021年7月8日 ライター:蚩尤 スチール撮影:庄司 健一
『竜とそばかすの姫』
?2021 スタジオ地図
7月16日(金)より全国公開中
ストーリー
自然豊かな高知の田舎町に住む17歳の女子高校生・内藤鈴(すず)は、幼い頃に母を事故で亡くし、父と二人暮らし。母と一緒に歌うことが何よりも大好きだったすずは、その死をきっかけに歌うことができなくなっていた。曲を作ることだけが生きる糧となっていたある日、親友に誘われ、全世界で50億人以上が集うインターネット上の仮想世界<U(ユー)>に参加することに。<U>では、<As(アズ)>と呼ばれる自分の分身を作り、まったく別の人生を生きることができる。歌えないはずのすずだったが、「ベル」と名付けた<As>としては自然と歌うことができた。ベルの歌は瞬く間に話題となり、歌姫として世界中の人気者になっていく。数億の<As>が集うベルの大規模コンサートの日。突如、轟音とともにベルの前に現れたのは、「竜」と呼ばれる謎の存在だった。乱暴で傲慢な竜によりコンサートは無茶苦茶に。そんな竜が抱える大きな傷の秘密を知りたいと近づくベル。一方、竜もまた、ベルの優しい歌声に少しずつ心を開いていく。現実世界の片隅に生きるすずの声は、たった一人の「誰か」に届くのか。二つの世界がひとつになる時、奇跡が生まれる。
キャスト
中村佳穂
成田 凌 染谷将太 玉城ティナ 幾田りら
森山良子 清水ミチコ 坂本冬美 岩崎良美 中尾幸世
森川智之 宮野真守 島本須美
役所広司 / 石黒 賢 ermhoi HANA / 佐藤健
メインテーマ: millennium parade × Belle 『U』(ソニー・ミュージックレーベルズ)
スタッフ
原作・脚本・監督:細田 守
作画監督:青山浩行 CG作画監督:山下高明 CGキャラクターデザイン:Jin Kim 秋屋蜻一
CGディレクター:堀部 亮 下澤洋平 美術監督:池 信孝 プロダクションデザイン:上條安里 Eric Wong
音楽監督/音楽:岩崎太整 音楽: Ludvig Forssell 坂東祐大
色彩設計:三笠 修 撮影監督:李 周美 上遠野学 町田 啓 衣装:伊賀大介 / 森永邦彦 篠崎恵美 編集:西山 茂
リレコーディングミキサー:佐藤忠治 スーパーヴァイジングサウンドエディター:勝俣まさとし ミュージックスーパーヴァイザー:千陽崇之 キャスティングディレクター:増田悟司 今西栄介
企画・制作:スタジオ地図
?2021 スタジオ地図