映画ソムリエ/東 紗友美の”もう試写った!” 第3回『ひらいて』
『ひらいて』
▶予測不能の愛。主人公の行動から目が離せなくなる度:100
自分自身のイヤな部分をえぐる。自分を見つめ直す機会が欲しい人にオススメ!
好きなのに、気持ちが届かない。
どんな言葉を並べても、どんな行動を見せても、自分はあの人の世界には、存在していない。
その事実は悲しくて、耐えかねて。
それならば、いっそ相手を傷つけたいという衝動に駆られてしまう。
愛しくて溢れ出した気持ちはいつのまにか刃へと形を変え、
本心からではない言葉なのに、氷のように冷たい言葉を発する衝動は止まらない。ああ、一体どこに向かうのだろうか。
自分が確立されていなかった、歪な感覚を、かつて持ち合わせていた。
でもそれは遠い昔のこと。だから、そんな自分はとっくに葬ったはずだった…。
芥川賞受賞作家・綿矢りさが描く小説「ひらいて」は、好きな人に相手にされない主人公が、好きな人の好きな人をロックオンし、その奇妙な三角関係が意外な方向へと向かいだす。
好きな人の意中の人を気にしてしまうというのは共感できる人も少なくないかもしれないが、主人公の愛(山田杏奈)は、恋愛という名の世界観をはみ出していながらも”好きな人が愛する人への興味”という、実は誰にも内在しているかもしれない内側を鮮烈に抉り出す。
監督は『また一緒に寝ようね』で、ぴあフィルムフェスティバル2016映画ファン賞・審査員特別賞を受賞、オムニバス映画「21世紀の女の子」でも注目を集めた、若干26歳・新進気鋭の若手監督・首藤凜。彼女が「この映画を撮るために監督になった」というほど思い入れ、10年越しの映画化となったという、初の長編商業映画である。
「(首藤さんが)“この作品が撮れないなら人生終わる”くらいの熱量だった」とプロデューサー杉田浩光氏もコメントしているが、淡い色味の柔らかな光射す場面でさえも並々ならぬ気迫を感じさせ、演出力の凄みと、監督の溢れ出す作品への愛情を受け取ることができた。
それにしても、問題だ。もう35歳。良い大人である私が、いとも簡単に過去の自分を引きずり出されてしまった。主人公は、自分の嫌な部分の欠片を集めて生まれたような存在で、だからこそ、彼女がどこに向かうのか他人ごとになんてできない。無視できない。もう目が離せないのだ。
しかも、それだけで済まされる映画じゃなかった。
自分の中にいるふたつの自分。善人と悪人。一方ではなく、そのどちらの部分も炙りだす。
屈折しているとわかっていても、自分の穏やかとはいえない側面と対峙した時に、生を実感させられる。確かに、あたたかな血液が全身を巡った気がした。
そんなこんなでもう一度観たいのに、怖くて今はまだそれができない。
もしかしたら、もう観ることはできないかもしれない。でも、これは間違いなく傑作だ。
2021年 10月22日(金) 全国ロードショー
出演
山田杏奈
作間龍斗 芋生悠
HiHi Jets/ジャニーズ Jr.
山本浩司 河井青葉 木下あかり
板谷由夏 田中美佐子 萩原聖人
監督・脚本・編集:首藤 凜
原作:綿矢りさ『ひらいて』(新潮文庫刊)
音楽:岩代太郎 主題歌:大森靖子「ひらいて」(avex trax)
制作プロダクション:テレビマンユニオン 製作:「ひらいて」製作委員会
配給:ショウゲート
©綿矢りさ・新潮社/「ひらいて」製作委員会