映画「軍艦少年」レビュー|旅立つ者の想い、遺された者の想い
逃げたくない、自分の心から
長崎県の端島(軍艦島)が見える町で暮らす高校生・坂本海星(佐藤寛太)は母を失い、喧嘩に明け暮れる日々を過ごしていた。そして父の玄海(加藤雅也)もまた、妻に先立たれた悲しみから酒に溺れてしまう。ある日、海星は両親の育った軍艦島へ上陸する事となる。そこで見た若き両親の面影、母の遺したメッセージとは…。旅立つ者の想い、遺された者の想い。父子を中心に魂の喪失と再生を描く珠玉の物語。12月10日の公開を前に一足先に鑑賞させて頂いたので、本作品の魅力をお伝えできればと思う。
親子の関係
仲の良い3人家族が、母を失うことでバランスを崩してしまう。海星は行き場のない感情を暴力に変えてしまう日々。美術部で絵を描く事も辞めて、別人のように変わってしまう。海星の父・玄海もまた最愛の妻を亡くし自暴自棄となってしまう。家業のラーメン屋も開けず部屋に閉じこもって酒浸りの日々。強くて偉大だった父親が変わり果ててしまう。小さく細い背中が切ない。10代の少年にとって1番見たくない姿だったのではないだろうか。弱々しい父親と相反するように暴力という誤った強さに逃げる海星。きっとこの父子は似ているのだ。似た者同士、心の救済を見つけられずに苦しんでいる。
父親だって人間
この物語の特徴的な所は、父子共に苦しみもがいている事。子供の前では弱さを見せない、「父は常に強くあるべき」という押し付けがない。父親としての玄海ではなく、妻を亡くした男性としての玄海が強く描かれている。しかし、それ故に息子の海星は傷ついてしまう。それぞれの立場でそれぞれの想いが絡まり、縺れてしまうのがもどかしい。小さな街で周囲の人々と関わりながら2人はどのように変わってゆくのか。また、玄海の幼馴染の巌(赤井英和)が玄海と海星の両方を気にかけているのがとても魅力的だと感じた。玄海と巌は幼馴染であり、親友であり、元恋敵という関係性が更に熱い。
坂本海星役、佐藤寛太の真っ直ぐさ
坂本海星を演じるのは、劇団EXILE所属の佐藤寛太。表情、特に目で訴える演技がズバ抜けていて、台詞の無いシーンでも葛藤する少年の心がひしひしと伝わる。明るいやんちゃ少年が狂犬のように変貌してしまうのだが、まさに別人のように顔つきが変わっている。年齢まで変わったかのように見えるのが不思議である。僅かな眼球の動きや唇の緊張など細部まで拘ったのでないだろうか。映像越しにも強い熱意が伝わってくる。涙のシーンが複数あるのだが、その表現力の高さにも注目して欲しい。今後の出演作にも目が離せなくなりそうだ。
映像の美しさ/軍艦島での撮影
端島が世界文化遺産に登録された後、初の映画撮影となった。かつて炭鉱業で栄えていた痕跡と朽ちてゆくもの寂しさが入り混じった不思議な魅力である。島全体が廃墟と化した現在は、無人島となっている。上空からの映像は島全体を眺める事ができ、まさに軍艦のよう。満天の星空も美しい。父、母が育った小さな島で海星は何を見たのか。思い出の一端に触れ、海星はどう行動するのか。軍艦島だけではない。海星の暮らす街ののどかな風景に安らぎを覚える。特に小百合(大塚寧々)の車椅子のシーンが美しく、彼女は辛い闘病生活の中でも細やかな幸せを感じていたのではないだろうか。優しい笑顔がそれを物語っている。
最後に
本作品は喧嘩シーンや男の友情的な熱いシーンも多々あるが、それだけではない。大切な人を想い続けること、悲しみを乗り越える事、家族、友情…。性別年齢を問わず多くの人に是非観て頂きたい。
『軍艦少年』
12月10日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷他にて全国公開
佐藤寛太 加藤雅也
山口まゆ 濱田龍臣
柾木玲弥 一ノ瀬ワタル 花沢将人 高橋里恩 武田一馬
赤井英和 清水美沙
大塚寧々
監督:Yuki Saito
原作:柳内大樹 脚本:眞武泰徳 企画:眞武泰徳
主題歌:卓真 劇中画:柳内大樹
©2021『軍艦少年』製作委員会
配給:ハピネットファントム・スタジオ